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二章「雨の日の記憶」
十、
しおりを挟む十、
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あれは、何百年前の事か。
もう正確な数字など覚えてもいない。自分が人間だった頃の話しだ。
こんなに文明も発達していない日本では、まさに弱肉強食の世界だった。身分が高い人は、女や子ども、老人には厳しく、お金がない人間には興味がない。今もそうかもしれないが、表立ってそれを態度に出す人間もその時代は多かった。それが普通だからだ。
もちろん、優しくしてくれる人間も居たが、それは大体が辛さをわかってくる同類の人。そのため、生活が苦しく、共倒れするか、やはり途中で捨てるかしかなかった。
そんな矢鏡もそんな、底辺で生きる人間であった。
矢鏡は両親に捨てられた。
原因は生まれながらに銀色の髪のせいだった。生まれてすぐに、銀色の髪だとわかった両親は赤子を隠しながら育てた。外に出ることもせず、必ず頭から布を被せて、隠し続けた。けれど、そんな事をいつまでも続けておけるはずもない。矢鏡が大きく成長すると、狭い部屋に飽きてしまい、外に出ていってしまう。頭の頭巾を被るように伝えていたが、ある年の夏に暑くて川に飛び込んだ時に頭巾が取れてしまったのだ。それを見た近所に住む友人達は、一気に顔色を変えて怯えた。
「化け物だ……。あいつは化けもんだった!!」
そう恐れ、泣きながら矢鏡を残して走り逃げてしまったのだ。
黒髪やちょっとした茶色の髪しか見たことがない人間にとって、透けるような銀髪の人間など見た事も聞いたこと事もなかったのだろう。そんな未知の存在との出会いは恐怖しかないはずだ。それは自分でもわかっているけれど、悲鳴を上げて、鬼でも見た方のように逃げられてしまうとやすがにショックを受けてしまう。
小さな村だ。そんな噂はあっという間に知れわたってしまった。
それから、矢鏡の家族は村で疎外されるようになったのだ。無視されるのは当たり前。それくらいならば、まだいい方だった。店で食材を買わせてくれなかったり、罵倒されたり、母親は叩かれたりもした。初めは両親も我慢していたが、精神的に参ってくると、全て矢鏡がいるせいだ思うようになった。村人のように無視をするようになり、罵倒し、食事を出さなくなり、ついには家を追い出されたのだ。
矢鏡はそれでも両親を恨む事はなかった。自分がいるせいで両親が苦しんでいるのを間近で見てきたのだ。自分が捨てられるのは仕方がないな、と思っていた。それに、両親に気を使ったり、苦しめられるぐらいなら一人で生きていこうと幼いながらに思ってしまっていたのだ。
両親は、少しのお金と弓矢や短剣、少しの衣服と母親が大切にしていた手鏡と共に家を出した。少しは、愛情が残っていたのだろう。それには矢鏡も感謝した。
そのまま町を出て森で住むようになった。町の近くでは、矢鏡の存在を知っている人ばかりなので、森で出会ったり、食材などを町に買いに行けない。そのため、その村から離れた地で生きる事にした。
そのため何日も昼間は森を歩き、夜は木の上で寝て過ごして、山の中の廃小屋を見つけ、そこに住み着くようになった。自分で狩りを独学で学び、その食材を村で売りに行き、お金にしたり、自給自食で生きていくようになった。
危険な事もあったが、他の人達の狩りを盗み見たり、街で売っている野草を見てどんなものが食べれるかなどを勉強などもした。もちろん、街に行くときは銀髪は隠していく。
「最近は、雨の日ばっかりだな」
そんな暮らしが20年ほど続いた。森で一人で暮らす日常にもすっかり慣れ、森の住人である動物も矢鏡を恐れ、そして小動物は懐くようになってきた。だが、ここ数年雨の日が多くなり、山の様子も変わってきていた。作物は上手く育たず、土砂崩れも頻繁に起こっており、村は大変な被害を受けたようだった。野菜を食べられない代わりに肉や魚を食べられる矢鏡は良かったが、それでも動物たちが食べる葉も腐ってくると、生きられずに死んでしまう。そんな危機的な状況が見られた。
そんなある日。
この日も小雨が降っていた。が、朝早くに鈴の音色が森の中響き渡っており、矢鏡も起き上がった。
「夜が明けたばかりだろ?なんだ?」
もう少しで春と言う、少し肌寒い季節。
矢鏡は布団から起き上がり、すぐに上着、頭巾を身に着けて家を出た。何があってもいいように弓矢と短剣も持つ。七五三鈴だろうか。鈴同士が重なり合って、高い音が響いている。その音を追いながら、矢鏡は慎重に朝露が落ちている山道を歩いていく。
しばらくすると、山には似合わない真っ白な服に身を包んだ人たちが数十人列になって歩いている。
神社の神主と巫女のような上下純白の着物に身を包んでおり、真っ赤な傘や黄色の鈴がやけに目立って見える。目に入ったのは大人に囲まれて丁度中央に小柄な姿の女が必死に歩いていた。しかも、白無垢を身に着けており、どうも歩きにくそうだ。横顔もほとんど見えなかったが、紅を縫った真っ赤な唇だけ見えた。
これは嫁入りの行列なのだろうか。雨も降っている、もしや狐の嫁入りというやつなのか。そう思うと、矢鏡は身が震えた。試しに両手の指で組んだ隙間から覗く『狐の窓』で彼らを見たが、そこから見える景色は狐の姿に変わる事もなく人間のままだった。
無言で鈴の音だけを鳴らしてゆっくりと進む。その横顔に笑みもない。
これでは、結婚式ではなく葬式のようだ。そんな風に思った。
そして、大分距離はあるが、矢鏡の視線の正面に、その小さなな女が歩く。
その時に一瞬だけだがその横顔が鮮明に見える。
目には涙が浮かび、唇も体も小刻みに震えていた。
「泣いてる?」
これか幸せな婚礼ではないのだ。そして、人目から逃れるように朝がの夜に嫁入りの行列をする。
それは、良いことではない。決して、それはない事は確かだった。
思わず飛び出して、何をしているのか問いただしたい。そんな衝動に駆られるが、矢鏡の体は動かない。
動物に対しての対処や狩り方は学んできた。けれど、人間との関りは徹底的に避けてきたのだ。店で何かを売り買いする以外、ほとんど話したことがない。
それに、銀髪の男が突然飛び出せば、幼い頃のように罵倒され拒絶されるだろう。そして、やっと手に入れた平穏な暮らしも台無しになってしまう。
もしかしたら、緊張しているだけかもしれない。
だから、放っておけばいい。
矢鏡はその場から立ち去ろうと一度その行列に背を向けた。
けれど、どうしてもその場から動く事が出来ない。気になって仕方がないのだ。
それに、悪い事が起こるのではないか。そんな気がしてならないのだ。
「様子を見るだけでも」
そう思い、その人々にバレないように矢鏡は距離を取りながら、こっそりと追う事にしたのだった。
追っていくうちに、矢鏡はどんどん体が熱くなり、動悸も激しくなっていく。
この行列が向かっている先に、何があるのか。山に住んでいる矢鏡には十分に知っている。
あそこに行ってはダメなのだ。いい事など、何もない。
神主らしき老人が、お経をあげ始めた。
その場所は山の高い位置にある断崖絶壁。下には大きな岩がひしめき合っている川があるだけだ。その場所に訪れる者はほとんどない。危険が多いこの場所は動物さえも近寄らない。もちろん、矢鏡も含めた人間もだ。
それなのに。何故?
思考はそこで終わる。
いつの間にか老人のお経が終わり、多数の鈴の音が崖に響き渡る。川を流れる水の音よりも大きい。
そこで、ハッと目をそちらの向ける。と、先程震えていた白無垢の少女が一歩一歩崖に近づいていく。
先程よりも、体がガタガタと震えている。
それでも、その少女の足は止まらない。
急かすように神楽鈴の音が早くなっていく。
追い込まれている。この大人達に。この少女は、崖から飛び込もうとしている。いや、飛び降りろと、誘導されているのだ。
あと一歩進めば断崖絶壁から落ちてしまう。
そうなれば、彼女の命はあっけなく散ってしまう。
そんな時に、白無垢の少女はくるりと後ろを振り向いた。
「ーーーーーー」
声は聞こえない。
矢鏡は少し離れた森の中でその様子を盗み見ていたのだから。動かなかった足がやっとこの時に動いた。
けれど、わかっている。もう間に合わないと。
矢鏡が木々の間から手を伸ばした瞬間、白無垢の少女は恐怖で引き攣った表情のまま、後ろに倒れて行った。
真っ黒な瞳を見開いて、自分以外のもの全ての恨むような表情は、まるで想像上の鬼のようだった。
「みんなも死ねばいい」
白無垢よりも真っ白だった少女の血のように真っ赤な唇から出た最後の言葉。
それは全てを呪う言霊だった。
目の前に起こった出来事の衝撃から、矢鏡は逃げるように山を下り、自分の山小屋へと戻った。
また鈴の音が聞こえてくるのだろうか。そう思いビクビクしていたが、嫁入りの行列の帰りは静かすぎるぐらい何の音も聞こえない。いつもの森の静けさだけだった。
白無垢の少女。彼女は何故、あんな恰好で飛び降りたのだろうか。
震える体のまま、濡れた服を脱いで、天井から伸びた紐に引っ掛けた。そして、囲炉裏に火をつけて、その前にドカリと座る。
「何だったんだ、あれ……」
矢鏡の独り言に帰ってくる言葉はない。
脳裏に焼き付いてしまった、白無垢の少女の最後の表情で口の動き、そして、ゆっくりと宙に白無垢を靡かせながら川へと落ちていく姿。見ていないはずのその姿さえ頭の中で再生されてしまい、矢鏡はギュッと目を強く閉じた後に瞼を開いた。
最後の言葉は、口の動きだけだったので正確ではないかもしれない。
けれど、あの表情から、そしてあの状況からして、自分の意志で飛び降りたわけではないはずだ。
たとれ、自分で崖から落ちたのだとしても。
強要された。
それしか考えられない。
では、何故?
あの女が何か罪でも犯した犯罪者なのだろうか?そうだったとしても、どうして白無垢を着る必要がある?そして神主である老人や神に仕える者たちが同行するのか。何かに取り憑かれていたのだろうか?
考えても結論が出るわけでもない。
ハーッと息を吐きながら、水を飲もうと桶へと手を伸ばした。が、そこにはほとんど水が残っていない。
川に取りに行かなけらばいけない。そう、あの白無垢の女が落ちた川に、だ。
「そうだ。生きているかもしれないから見に行くだけなら……」
そう思って重い腰を上げる。
あんな高い場所から落ちて助かるわけもない。そう心の中ではわかっている。
死んでしまったとしても、きっと埋葬する人などいないのだろう。だったら、俺がやればいい。
そんな風に思って小雨が降りしきる中、菅笠を被り、白無垢の女の死体があるだろう川へと向かった。その手には水を入れる桶と桑、そして弓矢を腰に掛けて矢鏡は小走りに下った。
ちょうど崖の下にある川辺にやってきた矢鏡は、愕然とした。
白無垢の女の死体は、どこにもなかった。
あったのは、血と雨水で濡れた真っ白な白無垢、ただそれだけが残されていたのだった。
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