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二章「雨の日の記憶」
十四、
しおりを挟む十四、
シャンシャンッ。
今までこの音を聞くと、神秘的な雰囲気があり気持ちが凛とすると思っていた。
けれど、今は違う。不吉な事が起きる前兆にしか考えられなくなった。
その音は、鈴の音。
それも1つではない。複数重なった、重く耳に残る音だ。
夢の中で七五三鈴の音が聞こえて、うなされるという事をあの日以来多くなっていた。あの日というのはもちろん、白無垢の女が崖から飛び降りたのを目撃した時からだった。あの事件は、矢鏡にとって生きてきた中での1番の衝撃だった。
どんなに罵声を浴びせられても、無視をされても、孤独になっても、矢鏡は生きる事に執着していた。いや、死が恐ろしかったのかもしれない。臆病だからこそ、独りだからこそ、苦しみや痛みに襲われるだろう事が怖くて仕方がなかったのだろう。
だからこそ、あの少女が追い詰められ自分から命を絶ってしまった事が信じられなかったのだ。けれど、白無垢の少女の姉だという女の話を聞けば、あの時の少女の呪いの言葉の意味も、自分から命を絶たなければいけない状態だった感情も、少しだけかもしれないが理解したつもりだった。
そんな辛く悲しい立場にたっていた本人ではないのだから、全てを理解出来るとは思ってもいない。けれど、想像は出来る。
あの女が村や家族から「逃げたい」と言った言葉を。
夢の中でもそんな事を考えてしまうのは、全て鈴の音のせいだ。また、夢の中で鈴を聞かされうなされているぐらいなら、もう目を覚ましてしまおう。
矢鏡は無理やり自分の意志で夢から覚め、目を開いた。そんな事が容易に出来てしまうのだ、きっと浅い眠りだったのだろう。
目を冷ますと、寝起き特有のぼんやりとした視界と気持ちになる。が、どうも鈴の音だけは耳にこびりついているようだ。
「……悪夢か……」
ため息とともに体を起こした、矢鏡でその異変に気づく。
その鈴の音は寝ぼけているわけでも、耳鳴りでもない。現実に聞こえてくるのだ、と。
あの日のように、少しずつ近くなっていく鈴の音。神楽鈴の沢山の鈴が重なって聞こえるのだ。
「……くそっ!!」
この鈴が聞こえてくる理由は1つ。
雨の日を止めるために娘一人を犠牲にする儀式。人身御供のためだ。
確かに、最後にあの女と話してからもう5日以上雨が降り続いている。そして、あの女は1度も矢鏡の家に来ることはなかった。
たかが数回会っただけの女なのだから、放っておけば良いのかもしれない。ただ、矢鏡の髪を褒め、人身御供にされる事に怯えていただけの女なのだから。
………それだけの、女なのか。
そんなはずはないだろう。
今まで、矢鏡の事を「綺麗」「神様みたい」と褒めてくれた人はいただろうか?外見を褒めるだけではなく「優しい」と言ってくれ、頼ってくれた。
不安になったり、恐れたり、拒絶したりする人間ではない人が他にいるはずもない。
自分にとって、心が温かくなる言葉をくれた唯一の人。自分の存在を認めてくれた。
そんな彼女を助けなくていいわけがない。
その答えが出るまでそう時間がかからなかった。すぐに立ち上がり、頭巾もかぶる事もせずに、弓矢と短剣だけを持って、家を飛び出した。
雨が降った時の山道は、泥となり滑る。何度も転び、泥だらけになりながら、七五三鈴の音の後を追った。その音は泥道のためかなりゆっくりと進んでおり、まだ矢鏡の家の近くだった。
走ってきたので矢鏡の呼吸は荒かったが、それでも何とか息を潜めて、人の気配がする方を木々の間から盗み見る。すると、前回と同じように白い装束を着た人々が一列に並んでゆっくりと歩いている。もちろん、七五三鈴をもっている人間もいる。だが、決定的に違うことがあった。それは、白無垢を着た女がいないのだ。その代わりに駕籠を持った男が加わっていた。矢鏡は、きっとあそこの中に女が入っているのだろうと思った。
矢鏡の知っている女ではない可能性もあるが、嫌な予感がする。きっと、あそこの中には「また会いに来る」と告げた女が白無垢姿で座っているはずだ。きっと怖さで震え、今からの事を想像しては泣いているのだろう。
そう思うと、矢鏡はすぐに走り出した。
嫁入り行列の信仰は大分遅い。
そうなれば、崖につくのも時間がかかるはずであるし、前回と同じであればお経を読む時間もあるはずだ。
そう考えた矢鏡は一気に山道を下った。目指した場所はもちろん、崖の下にある川だ。あの女と降りた時はかなり時間がかかってしまったが、矢鏡だけであれば、簡単に到着する。山道がぬかるんでいるが、それを利用しながら滑り落ちるように目的地へと向かった。
雨が降り続いているため、いつもより水量が多くなっているが変わらない川の姿を見えてきた。と、思った。
「な、なんだ。あれは……」
思わず、そんな低い声が出てしまい足が止まった。
前に血の付いた白無垢が落ちていた辺りに、ありえないものの姿があったからだ。
それは真っ黒な巨大な蛇だ。蛇を大きくしただけではなく、ずっしりと太っているのがわかる。何か獲物を体の中に納めた時のように、ぶっくりとした胴体。そして鱗は真っ黒で、丁度雨雲のようなどす黒い色だ。だがその中に赤い箇所があり、それが際立ってみえる。瞳とチロチロと見え隠れする舌だ。瞳は河に落ちている岩のように大きく、舌はとても長い。矢鏡は恐れから、気づかぬうちに体が震え、後ずさりしてしまっていた。
「……あれが神様だって。嘘だろう。あんなのは神様じゃない、化け物ではないか……」
どうみても、神々しさは感じられず、逆に異界の住人と言ったほうが納得できる容姿と雰囲気だった。
巨大な蛇は、崖の下をうろうろとしては上の方をじっと見つめている。そして、時よりぱっくりと大きな口を開けている。その顔は期待に満ちた顔だった。
そう、そこから人間が落ちてくるのを楽しみにしているように。
それがわかった瞬間、矢鏡はぞわりと鳥肌が立った。この白い巨体の蛇は人間を食べるつもりなのだ、と。
きっと、ここから人間、いや食料が落ちてくると理解しているのだろう。それを今か今かと心待ちにしているのだ。
すると、崖の上から鈴の音とお経が雨音に混じって微かだが振ってくる。
白い巨体に怖気づいているうちに、もう嫁入り行列は崖まで到着してしまったようだ。
この蛇が河女の妹を食べ、その女も今から腹の中へ入れようとしているのだ。
そう思うと、矢鏡の手は自然に弓矢へと伸びていた。矢鏡は山の中で生活し狩りをして育った。そのため弓矢にはかなりの自信があった。短剣を使うよりも弓矢で仕留める方が得意だったのだ。
「離れた所から弓矢を打てば、この場から逃げて貰えさえすれば、あいつを助けられる」
そう思った矢鏡は、ゆっくりと白い蛇に近づき、矢が届く範囲までくると、ゆっくりち矢をひいた。狙うはあの真っ赤な血のような瞳だ。
禍々しい空気と、蛇が動く度に聞こえる石がすれる音とぎょろぎょろとした目。それを全身で感じては、先程よりも体が震えてしまう。
自分が倒せば、彼女が助かる。
矢鏡を褒めてくれた、彼女を。
「名前を聞くって決めてたんだ。だから、俺は、何が何でも助けるって決めたんだ………」
そう言って、矢鏡は弓矢を真っ赤な瞳に向けて、矢を放った。
矢鏡が神へと崇められるようになったのは、この戦いのためだった。
矢鏡は巨大な蛇を倒し、晴れの日を取り戻したのだった。
束の間の、栄光と光りの時間を。
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