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二章「雨の日の記憶」
十五、
しおりを挟む十五、
○○○
「じゃあ、矢鏡様はその蛇神様を倒して、女の人を助けたんですね。だから、神様として祀られた……」
紅月は話を聞きながら何度か涙が溢れそうになった。
矢鏡が人間だった頃に、そんなにも辛いことはあったとは、知らなかったのだ。現在は昔ほど見た目の偏見はなくなったが、どうしても差別などは残っている。それが辛くて心を痛める人は沢山いるし、見た目の事で傷ついた経験は、ほとんどの人間が経験しているはずだ。それが、昔はもっと酷かった。想像するだけでも辛いのだから、現実はもっと過酷だったはずだ。銀髪をもつ矢鏡は独りで生きてきたはずなのに、人に傷つけられてはずなのに、どうして優しくなれるのだろうか。
たった一人の女の子が矢鏡の気持ちを明るいものにさせたのか。そう思うと、紅月の心はほんのり温かくなってきた。
けれど、どうして神様として祀られたはずの矢鏡神社は、今となってはボロボロになっていたのか。それに今日会った老婆の「蛇神様」という言葉。先ほど矢鏡が語ってくれた過去の話にも出てきた名前だ。偶然には出来すぎているので、同じなのだろう。
彼にどう聞けばいいのか。紅月は言葉を濁す。
それを見た矢鏡は、少し苦い顔をしながら大丈夫だ、と言わんばかりに紅月の頭を軽く撫でた後に流れるように髪をすいていく。まるで手で遊ぶように、紅月の髪に触れながら話を進め始めた。
「俺が死んだ後だから詳しくはわからんけどな。蛇神だと祀られていた巨大な白蛇は化け物だと言って村人たちは蛇神信仰を捨てたんだ。実際、人身御供を止めて、巨大な蛇が死んだ後は天候にも恵まれて、安定した作物が育つようになったらしい。けれど、数十年後に大災害が発生した。白蛇が住んでいた川が氾濫しそうだ。そして、2週間近く川の水が村を襲い、水が引いた頃にはいたるところから蛇の死骸が落ちていたそうだ」
「そんな事って……」
「それを見た村の人達は、蛇神様が怒っている。と思ったらしくあの白い巨大の蛇はやはり神様だと言い始めたんだ。そして、その蛇神を殺した俺は悪者に降格ってわけだ」
「……そんな」
「仕方がないことだ。本当にただの蛇だったのかもしれないが、結局は祀られた事で俺と同じように神様になったのだからな」
「そうだけど、悪い蛇が神様になるって……」
「悪鬼を祀っているところだってあるんだ。不思議はないさ」
全てを受け入れたように穏やかに話す矢鏡。
いや、諦めている。そんな風に見えてしまい、紅月は心が苦しくなった。
けれど、矢鏡に救われた人は確実にいる。それは事実なのだ。
「その女の子は、矢鏡様こそ本当の神様だと信じているはずです。もちろん、私も」
「……あぁ、そうだな」
矢鏡は、目を細めて嬉しそうに微笑み、「お前の方が優しいな」と、いままで一番優しい声で褒めてくれる。
話の途中で矢鏡の瞳が何度も潤い、光っていたのに紅月は気づいていた。
どうして、矢鏡の瞳は金色なのだろうか。
今度、彼に聞いてみよう。そう思いながら、雲の間から除く月を、彼と一緒に眺めた。
あんなに強く降っていた雨は、もう止んでいた。
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