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三章「新たな香りと終わりの予感」
十六、
しおりを挟む十六、
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蛇の呪いは、紅月の体を侵攻していっている。
早く祓う方法を考えなければいけない。自分の力が強くなれば問題はないのだが、自分に感謝してくれる人間は紅月しかいない。前回使った『耳なし芳一作戦』では、紅月の負担が大きくなってしまう可能性がある。あの程度の呪いでも、矢鏡は倒れてしまったのだ。それよりも力が強いやっかいな呪いとなると、太刀打ちできないだろう。
呪いが暴れ始めた時のために、力は残しておきたかった。
それなのに、予想外の依頼が舞い込んでくることになる。それも、紅月によって。
「うわー。銀髪に黄金の瞳。コスプレじゃない、本物ってやっぱり綺麗っすねー」
「………なんだ、こいつは」
「わ、しっかり声も聞こえる。声までかっこいい。イケメン声、いいな」
「だから、誰なんだ!」
矢鏡の前には、自分と同じか少し高いぐらいの長身の男が立っていた。漆黒の髪に切れ長の黒い目。こいつもこの国ならではの風貌をしていた。けれど、高い鼻に小さな小顔は、最近テレビの歌番組で見るアイドルという人物によく見ていた。司会者に「イケメンですね」と言われていたので、この国での「かっこいい」という分類の人間なのだろう(イケメンはかっこいい。かっこいいは、女性から人気の容姿をもつ人物を示す言葉だと紅月に教えて貰った)。そして、白檀の香りを纏っている男だった。
それに加え、彼の周りには沢山の猫がおり、膝には黒猫や三毛猫、腕には真っ白で青い色をした瞳の子猫、肩にも茶色の猫が乗っており、男の近くの足元にもわらわらといるのだ。
「矢鏡様、すみません。彼は、私の友人の成瀬肇くんです。肇くん、こちらは矢鏡神社の神様の矢鏡様。その、私の旦那様です」
「あー、ご結婚おめでとうございます。神様と人間って、結婚出来るんですねー。それで、2人はどこまでいってるんですか?」
「ちょ、ちょっと、肇くん!?そういう事は普通面と向かって聞かないから!というか、今日はそんな話しをするために矢鏡様を紹介したわけじゃないんだから」
「どこまでいってるって、何のことだ?」
「あー、それは………」
「矢鏡様も話にのっからないでください!」
何故か真っ赤になって話を止めようとする紅月に疑問を持ちながらも、肇という男をジッと見つめる。
自分と会話が出来ているという事は、この男は矢鏡という人外の存在に見えているという事だ。
矢鏡との会話がなくても、あの状況自体がそれを物語っているが。
この日、紅月は「紹介したい人がいるの」と矢鏡を誘って街へと出かけた。
案内された場所は、街から少し離れたところにある、緑が豊かな公園だった。敷地も広いのだが、遊具はあまりないため、比較的静かな公園だった。子どもより、大人がゆっくりとくつろげる場所のようだ。今日は梅雨の晴れ間で、気温も丁度いいので公園にはそれなりに人もいた。けれど、今日は平日の昼間だ。そこまで人数は多くなった。
友達でも紹介したいのだろうか。と、いっても自分の事は見えないだろう。不思議に思いながらその場所までついて来たが、それは杞憂だったようだ。
だか、その事が1番驚いたわけではない。友人は女性だとばかり思っていたので、男性が待ち合わせ場所に現れた時は驚いてしまった。しかも、年下のイケメンだ。やはり、紅月はモテるのだろう。
心の奥が、モヤモヤとしてしまう。自分が夫なのだから、何の心配もしなくていいはずなのだが、自分の知らない所でイケメンの異性と関わっているのかと思うと、悔しくて仕方がなくなる。
「こいつは、紅月のファンの男か?」
「え、俺のファンじゃなくて、俺がファンなの?そんな事初めて言われたー。紅月ちゃんも神様も面白いね」
「こいつがおまえのファンのはずがないだろう。何でそうなるんだ」
「えっと、肇くんは舞台役者さんなの、結構人気の役者さんみたいで」
「紅月ちゃんは知らなかったみたいだけどね。俺の知名度もまだまだだなー」
何で、こいつは紅月を気軽に「紅月ちゃん」と呼んでいるのだろうか。
遊び人か?どうして、紅月と知り合ったんだ?沸々の疑問と不信感が募っていく。
さっさと依頼を終わらせて、この男から離れてしまおう。そう思い、自分から肇という男に話をふることにした。
「私が、知らなかっただけだから」
「まーねー」
「それで、俺への依頼というのは、これらの事か?」
「あぁ。そういう事ー。どうしてこうなるかわからなくてね」
「それを知りたいだけか。祓う必要はないか?」
「うん、可愛いしね」
肇はニコニコとしてながら、周りに集まる猫たちの頭や顎を撫でながら、目を細めて笑う。どうやら、猫が好きなようで、その猫たちも触られては、嬉しそうに声を上げている。
「それにしても、珍しいな。こんなにも死んでいる猫に懐かれるなんて」
そう。肇に群がっている猫たち。
それらは全て、死んだ猫たちなのだ。死んだ原因などわからないが、この世界に魂が残っているということは、しっかりと供養されていないという事なのだろう。だが、肇という男の周りにいる猫たちは悪い気が感じられず、ただただ人間と関わりたいという気持ちが伝わってくるだけだった。
肇本人も別段困ってない様子なので、祓う必要もないようだが。
「元々猫が好きなんすよねー。でも一人暮らしでそこそこ仕事も忙しいと生きてる猫は飼えないからさ。舞台で遠征も多いし。だけど、他の人が見えないなら仕事場にも遠征にも連れて行けるでしょー?だからいいかなーって。こいつら餌の取り合いもしない良い子だから助かってるよ」
「え、仕事場に連れて行ってるの?」
「ついてくるから仕方がないんだ。まぁー、おかげで「現場に猫の鳴き声がする」って心霊現象化して問題になったこともあったけどね」
「見えなくても感じたり、声だけ聞ける人もいるからね」
「だが、問題がないなら別に俺は関係ないんではないか?」
矢鏡がそう言うと、2人は同時に焦り声を上げて矢鏡を止めた。
「そんな事ないですッ!」
「俺、困ってはいないんですけど、知りたいんですッ!」
この2人は自分に何か隠しているな。それは何となくわかったが、それが何かはわからない。
けれど、どうしても肇と話をしなければいけないらしい。矢鏡はため息をつきながら、肇の方を見た。
「………わかった。で、何を聞きたい?」
「えー、えっと……死んだ猫に懐かれる原因っすね」
「そんなのは簡単だろう。猫だって死んで仲間や人間と関わりたくても見て貰えなくなった。寂しいんだよ。そんな時に、猫が好きでしかも自分を見える人間がいたんだ。そりゃ近づきたくなるだろう。しかも、他の死んだ猫も一緒にいるとなれば、悪い奴じゃないと安心もするしな。猫仲間も増えれば人間もいる。そして、エサまで与えてくれる。死んだ猫にとって、好条件ではないか」
「な、なるほど。でも、この猫たちは成仏したくないんすかね」
「今は幸せそうでもあるがな。成仏するにこしたことはないだろうな」
「そうっすよねー」
困った様子で腕の中の白い猫を撫でる。
どうやら、成仏させるか、そのままにするのかを迷っているようだ。そうやって真剣に悩むほどに死んだ猫に愛着を持っているのだろう。餌を分け与えているぐらいだ、本当に猫が好きなはずだ。
「そんなに悩む必要はないだろう。今は、まだこの世でやりたい事があるのだろうからな。満足したら、きっと自分で行くべき場所へ帰る」
「勝手に成仏出来るもんなんですか?」
「あぁ。心配しなくていいだろう」
「あー、猫が1匹少なくなって、どこに行ったんだろうって思ってたんっすよね。じゃあ、成仏したのか」
「恐らくそうだろう。おまえが、猫へ何もしてないのなら」
「めちゃくちゃ懐いてた子だった。じゃあ、満足したのか。あー、でも、こいつら全員が満足したら、誰もいなくなっちゃうのか。それはそれで寂しいな」
「私が見つけたら連れてくるよ。蛙みたいに」
「……蛙?」
会話の途中で、話題にはそぐわない言葉を紅月が発したので、つい聞き返してしまう。
すると、「やっぱり神様も気になるっすよね」と、肇は勢いよく声を上げる。
「この白猫、紅月ちゃんが見つけて名前をつけたんですけど。蛙っすよ。しかも、目が緑色だからっていう安直な理由で。しかも、蛙って。動物に動物の名前をつける奥さんなんですよ。2人の子どもが出来た時も、気を付けた方がいいっすね!」
「「こ、子どもッ!?」」
肇からの爆弾発言に、矢鏡と紅月は大声でその言葉を重ねては2人で更に顔を赤くする。紅月にいたっては、口をパクパクとさせて、もう何も言えないというほどに固まっている。夫婦なのだから、当たり前の話なのかもしれないが、やはり目の前の男は無神経な人間らしい。
紅月とそんな話も、呪いを祓った時に口づけをしたぐらいで全く夫婦らしい事をしていない2人。それなのに、余計な事を言ってくれたものだ。
そんな様子を見て、肇は「あー、これは全く進んでないレア夫婦だな。こういうの契約夫婦?仮面夫婦っていうんだっけ?」と訳のわからない事を言いながらも珍しいものでも見るかのようにニヤニヤしている。
死んだ者たちが見える肇は、男前で猫好きで、そこまで悪い奴ではないのはわかったが、変わり者だと矢鏡は認識したのだった。
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