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三章「新たな香りと終わりの予感」
十七、
しおりを挟む十七、
「で、何だったんだ。あいつは……」
「肇くんですか?実はいい子ですよね。言葉はまっすぐですけど」
「言葉も態度もだろ」
「でも、私以外で矢鏡様とお話できる人はいなかったので、貴重な人材ですよ」
「そこまで褒められると照れますねー」
「………だから、なんで家まで来てるんだよ!」
肇の相談という名の雑談の会が終わり、公園で解散したはずなのだが、何故か肇は2人の後をのこのことついてきて、夕飯まで食べているのだ。しかも、猫付きだ。どちらが幽霊かわからないほどに自分勝手だ。
肇が独り暮らしでいつもコンビニ弁当だと聞いた紅月はかなりの量を作って、肇をもてなした。食べきれる量ではない。きっと、あいつに持って帰らせるつもりだろう。何故、そこまでするのか。
それに、公園から変える時からどうも様子がおかしい。
「紅月ちゃん、お弁当屋さんで働いてるから料理上手って噂を聞いたから、食べてみたいなーって。やっぱ美味しいわ」
「そう言ってもらえてよかった」
「食べたらさっさと帰れよ」
「矢鏡様は冷たいなー。……あれ、紅月ちゃん食べてない?」
「うん。お腹すいてなくて……。それに、肇くんに食べもらいたいしね」
「………」
今日は顔色が良くない。紅月の体調が優れない事に矢鏡は気づいていた。
出かける事をやめるように話もしたかったが、紅月は何故か張り切っていたため、なかなか声を掛けられなかったのだ。何か特別にな事があるのだろう。そう思っていたが、蓋を開けて見れた、肇という男と会っただけだった。相談事も大したものではない。
あの2人が何をしたかったのか。矢鏡には全く理解出来なかった。
それよりも何よりも、紅月の体についてが心配事だ。
彼女の体で何が起こっているのか。それを理解しているのは、矢鏡だけだ。紅月自身は、前に矢鏡がしっかりと呪いを祓ったと思っているためだ。実際呪いは祓った。けれど、全ての呪いを祓い終わったわけではない。
紅月の体を蝕んでいるもの。
それは、矢鏡が大昔に倒した巨大な白蛇である。そして、それは蛇神様としてあの村で祀られている神の呪いなのだ。
矢鏡はもうほとんど廃れてしまった神社。一方では、信仰者が多く立派な神社まで建てられている。
そんな神様の呪いが、紅月の体にあるのだ。大きな負担がかかっているはずだ。
それに、紅月の体から、良くない気配を感じる事が多くなってきたのだ。
確実に悪い方へと進んでいる。
ここ数日はそれが徐々に大きくなっているようだった。
これまででは、紅月の命にかかわるものだ。
力が大きな神だからと言って尻込みをしている暇なのない。
昔だって、自分より遥かに大きい巨大な白蛇を討ったではないか。
神という立場になったとしても、また同じように倒せばいいのだ。
何度でも倒してやる。
「そうなんすかー。無理はしないほうがいいですよ。あ、その唐揚げもらいますね」
「唐揚げ沢山あるから持って帰ってね。タッパーに詰めておくね」
「やったー!」
「……おまえは少し遠慮をしろ」
矢鏡の心配をよそに、肇は自分のペースで話を進めていく。
早く紅月の呪いを何とかしなければいけないのだから、ゆっくりしている時間はないのだ。
けれど、紅月は少し辛そうにも見えたが、肇との会話を笑みを浮かべながら楽しそうしている。
いつも2人だけで過ごしていたが、他の人間を交えて話をすることはなかった。2人だけでゆったりと過ごす時間もいい。けれど、たまには賑やかに過ごすのも紅月にとってはいいのかもしれない。
「あ、そういえば。今度、神様の神社いきたいんすよねー。今回もお礼もかねて」
「な……本当か!?」
思ってもいなかった言葉に、矢鏡は体を前のめりにして大声でそう言ってしまった。肇はそれに驚いたよう様子で「いや、お参りするだけだけど……」と、言葉を洩らした。
そのお参りこそが、矢鏡にとって1番欲しいものなのだ。思ってもいないところから願いが叶えられた。
「おまえ、しっかり感謝して祈ってこい」
「はぁ……」
「お供え物はなんでもいい。置いてけ。なんなら、少しぐらい掃除しろ」
「……なんか次々に面倒を押しつけられているような気がするんだけどー………」
肇の最後の呟きは、矢鏡の耳に入っていなかった。
自分の神社に参拝者が現れた。しかも、自分に感謝をしたいと言っているのだ。
そうなれば、自分に力が入ってくる。1人だけだと微力かもしれないが、それでもないよりはあったほうがいいに決まっている。
紅月を助けるためには。蛇神の呪いを払うために力は必要なのだ。
自然と笑みがこぼれる。これで、紅月を助ける事ができるかもしれない。
いや、絶対に助けてみせる。大切な人なのだから……。
もし、呪詛払いが失敗したとしても、存在を守ってみせる。どんな方法でも。
「ふふふ。よかったですね、矢鏡様」
フッと横を見ると、まだ少し苦しそうではあるが、こちらを向いた紅花は嬉しそうに微笑んでいる。まるで、自分が褒められたり幸せな事があったりした時のような表情だ。どうして彼女が安心したような顔を見せるのか矢鏡にはわからなかった。
けれど、彼女も喜んでくれるならば、よかったのではないか。
華やかな笑みに、矢鏡もつられたのか移ったのか笑顔になってしまう。
一人ほんわかとした気持ちになって浮かれていたのだろうか。いや、そんなことはないと矢鏡は思っていたが、その時の肇の鋭い視線に矢鏡は気づかなかった。
「そろそろ帰ろうかなー。新婚さんの邪魔しちゃいけないしねー」
「……それをおまえが言うのか」
「じゃあ、タッパーに詰めないと!駅までの道わからないでしょ?駅まで送るから」
「大丈夫っすよー。神様に送ってもらうから」
「一人で帰れるだろう」
「まぁ、いいからいいからー」
変わらぬゆったりとした口調だが、意思は強いのだろう。有無を言わせぬ言い様は、何か意味があるのだろうと矢鏡にもわかった。
もちろん、紅月にこの男を送らせようとも思っていなかった。体調も心配であるし、ある意味で危険がありそうだからだ。
紅月は心配そうにしながらも、やはり本調子ではないのか矢鏡に頼むことに決めたようだった。肇のために作った沢山の料理達は数個のタッパーにパンパンに詰められ肇に渡された。重さもあるだろうが、肇は軽々とそれを持ち「わーい!嬉しいなー」と礼も行って受け取り、紅月の家を後にした。
矢鏡の前を肇が歩く。
夜の住宅街に肇の足音と声だけが響く。
「いやー、紅月さんの料理は最高っすね。こんな料理を毎日食べさせてくれる可愛くて優しい奥さんがいる神様なんていないんじゃないんですか。しかも、神様ってことはかなりの年数生きてるっすよね?なら、かなり年下?羨ましいですわー。まぁ、俺は年上の女がタイプですけど……」
返事をしない矢鏡の代わりに肇が永遠としゃべり続ける。人とすれ違ってもそれを止めようとはしないので、先程の男性は肇を不審人物を見るようにジロジロと見ていたが、彼は全く気にしていないようだった。矢鏡が止めない限り、彼の口は止まらないだろう。
それに、肇がわざわざ矢鏡と2人になりたかった理由もあるのだろう。
それを肇から切り出さないのらば、と矢鏡から問いかける事にした。
「そんなくだらないことを話したくて俺を呼び出したわけじゃないだろ?」
「あー。さすがにバレちゃってたか。わかっててついてきてくれたなんて、優しい神様ですねー」
「いいから用件を言え」
「あー、じゃあ、遠慮なく言わせて貰いますねー」
そう言って、くるりと振り向いた肇の表情は、今日1日の中で見た事もない、真っ黒な笑みであった。街灯の光を浴びて鋭く光る瞳は剣を向けられたように恐怖を感じてしまう。変わらないのはにやりとした口元であったが、そこには怪しさもある。
この男は舞台俳優と言っていた。紅月が本などの物語を実際にその登場人物になったように演じる人の事をいうのだと教えてくれた。テレビでやている「ドラマ」を舞台と言う場所で演じるのだと言う。
舞台役者というのは自分の気持ちを押し殺して仮面をつけて別物になりきれる。
では、どっちの顔が肇なのか。
出会って1日の矢鏡にわかるはずもない。
「紅月ちゃんって健気で可愛いけど、危ない部分があるんだよね。矢鏡さん、気づいてます?」
「………何のことだ」
「あー、やっぱり気づいてないんだ。まぁ、気づいてたらこんなお気楽に生活なんかしてないか」
「おまえは、紅月の何を知ってるんだ」
「矢鏡さんよりは知ってますよ。初めは面白い女だなーって思ったけど、なんか哀れになってきてさ。少しでも笑って欲しいから見てたけど。でも、なんかよわっちー神様のせいで紅月ちゃんが犠牲になるのは何か嫌なんですよねー」
「犠牲って、おまえは呪いの事を」
「本当に好きなら、何とかしてくださいよ。曲がりなりにも神様なんでしょ?矢鏡さんの神社でお祈りしますよ。紅月ちゃんがこれからもずっと俺と猫ちゃんを可愛がってくれますようにって」
「だから、お前は何を知ってるんだ!」
目の前の男は、紅月の命が危ないと知っている。
そう確信を持つには十分な会話だった。
けれど、何故知っている。死んだ者を見る事が出来る力以外に何か見えるのか。まさか、呪いも見えるのか。
だったら、教えて欲しい。紅月を助ける方法を。そう思い、肇に手を伸ばし声を荒げてそう問いかけた。
だが、虚しくもその手は空を切り、肇は矢鏡の言葉も手も避けるように背を向けて歩き始めた。
「紅月ちゃんが教えたくないから教えてない事を俺が言えるはずない。けど、紅月ちゃんを見殺しにしたら、俺はあんたの神社をぶっ壊してやる」
大嵐の前の風のように重く低い声で、矢鏡に向けて放った言葉。顔を見なくてもわかる。
あの笑みさえも、今は浮かべていないのだろう。
暗闇の中を1人去っていく肇の周りには、何故か猫たちの姿が見えられくなっていたのだった。
そして、白檀の香りもすぐに消えていった。
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