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16話「暗い決意と揺らがないはずの決意」
しおりを挟む16話「暗い未来と揺らがないはずの決意」
★☆★
気づいたら、いつも隣に居た。
それが幼馴染みという関係なのかもしれない。
幼い頃の思い出にも、親が大切にしているアルバムの写真にも、必ず真っ黒な瞳をキラキラ輝かせて微笑む、可愛い少女が自分の隣に居た。
親同士が友人であり、近所に住んでいたため、千絃と響は毎日一緒に遊んだ。幼稚園も小中学校も、高校も同じだった。幼い頃は公園やお互いの家で普通に遊んでおり、響は泣き虫なのに必死に我慢をする強気だけど優しい女の子だった。千絃はどちらかというと内向的で意地っ張りな所があったかもしれない。そのため友達とトラブルになる事も多かった。それでも、ケンカもほとんどせずに響と遊べたのは、千絃が彼女にだけは気を許していたからかもしれない。
2人で剣道を習い始めたことで、更に仲はよくなった。お互いに剣道に夢中になり、稽古が終わっても、竹刀を握りしめて2人で練習を続けていった。好きな気持ちが大きかったのと、練習量が多かったからか、めきめきと力をつけていき、大会に出場すると上位入賞をするようになっていた。
「あー………あの時、急がなきゃよかったよな。まさかあんなに素早く打てる奴だと思わなかった」
「おしかったね。私も千絃が勝つと思ってた」
千絃がため息混じりにそう言うと、響は励ますように少し苦い顔をしながらも微笑んでくれる。気を使ってくれているのだろう。自分も負けて悔しいはずなのに。
この日は1年に1度の高等部の全国剣道大会が行われたのだ。千絃と響は、1年生ながらも出場したのだ。響は2回戦敗退。そして千絃は準優勝となった。
「俺も自分が勝つと思ってた」
千絃の相手は体格のよい3年の大会常連校の主将だった。千絃が、始めに面を取り、その後相手に小手を取られた。終了時間ギリギリという頃に千絃の打ち損ねた打撃をかわされて、強烈な面を鮮やかに決められたのだ。
千絃は悔しくて仕方がなかったが、完璧な一本だったので文句も出なかった。
「はー……メダルじゃなくて、トロフィーがよかった」
「いいじゃない。高校の全国大会のメダル。見せて?」
試合後に竹刀をかついだ2人は近くの河川敷に座り反省会をしていた。お互いに制服に着替え終わっている。だけれど、汚れることも気にせずに草むらに座って夕日を眺めながら話をした。
「これ。首にかけてやろうか?」
「いいよいいよ。だって、自分で勝った時にしたいもん」
メダルの入った箱を渡すと、響はキラキラした瞳で中に入ったらメダルを切ない表情で見つめていた。
「いいな……今まで頑張ってきた証だね。とってもかっこいいね!」
安物のメダルに剣道の絵が描いてあるだけの本物の金でもないメダル。それを感動しながら見ている響を見ていると、千絃は胸が高鳴った。とても可愛いなと思ってしまうのだ。
けれど、それと同時に悔しさも込み上げてくる。どうせならば、1番強い証しでもある優勝のメダルを見せたかった。「準」という文字がとても憎らしい。
「おまえも取れるだろ?今回は負けたけど、強いんだから」
「………うん。そうだよね」
「今日はどうした?いつもみたいなスピード感がなかったけど……体調悪いわけじゃないだろ?最近、少し変わったなとは思ってたけど、何かあったのか?」
響は優勝を狙える強さであり、千絃は今回は優勝すると確信していた。けれど、負けた。
千絃が響に話した通り、最近の彼女は少し変わった。呆然として考え事をしているかと思えば、火がついたように練習に没頭し、華麗な技を見せていた。心配していたけれど、それでも響から話してくれるのを待とう。そう思っていたのだ。
けれど、響は何も話してくれず、ずっと夢見てきた舞台で負けてしまったのだ。悲しんでいる響を見ていたら理由を聞くしかなかった。
千絃の言葉に驚き、目を大きくした響は一瞬口を開きかけた。けど、またすぐに閉じてしまう。
「………何でもないよ。今日は、よみが甘かったみたい。私もまだまだだから………また来年頑張るわ」
「………そうだな。俺も同じだ」
響は真っ直ぐ前を見て、夕暮れ色に染まる川を「綺麗ね」と眺めていた。
千絃はそんな彼女の方が綺麗だなと思ったけれど、口がさけてもいけるはずがなかった。
この想いは、日本一になったら言おうと決めていたのだ。
大会が終わった後も2人の日常は変わらない。
一緒に高校へ登校し、放課後は剣道をして、帰り道は河川敷や公園で殺斬をして遊ぶ。休みの日は道場に行って稽古をする。剣道漬けの高校生活。剣道が好きであったから続けられたのもあるが、隣に響が居たからというのが大きかっただろうと、今も昔も思っていた。
そんなある日。
この日は特に響の様子がおかしかった。
いつものようにホームルームが終わった後に響の所へ向かうと、何故か部活には行かないと言い始めたのだ。
「え……練習行かないのかよ?体調悪いのか?」
「違う……今日は、行きたくないの………」
剣道をしたくないと言った彼女の言葉が衝撃的で千絃は唖然としてしまった。響がそんな事を言った事は1度もなかった。熱がある時でも怪我をした時でも、試験期間中でも「稽古したい!」と騒ぐぐらいなのだ。そんな彼女が練習を自ら休もうとしているのだ、真夏に雪でも降るのではないかというほどに信じられない事だ。
「ひび………何言ってるんだ?あんなに好きな剣道をしなくなるなんて、頭でもぶつけたか?」
「違う………私だってしたくない時があるわ!千絃には関係ないでしょ?放っておいてよっ!」
「………ひび………」
千絃が響の腕をつかんで歩みを止めようとしたが、響は大声を出して抵抗し、千絃の手を振りほどいた。
自分の声と行動に驚いたのか、怒りの表情からハッと驚きに変わり、そして泣きそうな顔を見せた後に響はその場から逃げ出した。
短いスカートをなびかせながら、すらりと長い脚で千絃の側から去っていく。
明らかにいつもの響ではなかった。
千絃はすぐにでも響を追いかけたかったけれど、剣道の名門高校である部活を2人で無断欠席するわけにはいかなかった。主将である先輩にわけを話してから何とか休みの承諾を得ると、すぐに響の元へと向かった。
彼女が向かった場所などすぐにわかる。
響の事を、誰よりも知っているのは自分なのだから。
急いでその場所に向かうが、その頃には天気が悪くなっていた。先ほどまではかろうじて太陽の光が見られたけれど、今では空一面厚い雲で覆われていた。そして、千絃が響が居るであろう場所に着く直前にはポツポツと雨が降り始めたのだ。
息を整えながらその場所へと進むと、見慣れた制服姿の響が居た。
「ひび…………」
「…………」
響が居たのは河川敷にある高架下だった。コンクリートの壁に背を預けて膝を立てて座っていた。顔を隠すように俯き、腕は膝を抱えるようにして小さくなっている。
ここは、よく稽古の帰りに2人でアイスを食べたり反省会をしたりする場所だった。
響が泣いている。
顔を見なくてもそんな事はわかった。
「何かあったよな。話し聞かせて」
「…………」
「俺になら話せるだろ?」
千絃は響の目の前に座り込み、彼女と目線を合わせるようにして響が顔を上げるのを待った。しばらくの間は強くなってきた雨音だけが聞こえた。
けれど、「千絃………」と弱々しい声が聞こえた。
響はようやく顔を上げる。目を真っ赤にし、目の回りや頬には沢山の涙が溢れていた。
「私………見えなくなってきた………」
「え………」
「昔話したでしょ?目が見えなくなるかもって。あれの進行が早いの………薬で抑えてたはずなのに、少し見えない部分が広がってきたの………」
「…………そんな…………」
幼い頃交わした約束。
夕暮れ時に彼女の変わりに強くなろうと誓ったあの日。千絃は忘れるはずもなかった。
響は、小さい頃に目が見えなくなる可能性があると言われていた。片目だけだったが、ある場所が欠けて見えていたらしい。けれど、ほとんどが見えていたので、生活に支障はなかった。けれど、その部分が増えれば剣道は危険だから辞めなければいけないと言われたのだ。
幼い響にとってショックは大きく、不安や悲しみが溢れだした。剣道が出来なくなる、今見ている世界を見れなくなる。そんな未来が怖くてしかたがなかったのだ。
親の前では強がっていた響だったが、千絃の前では泣いたのだ。怖い。剣道を止めたくない。悔しい、と。
だから約束したのだ。
もし響が剣道が出来なくなっても自分が日本一になる。その舞台に連れていくと約束したのだ。誰よりも強くなって見せる、と。
「覚悟はできてたはずなの。……だけど、少しずつ見えなくなるのは辛くて………あと、数年かもしれないって言われたの………お医者さんに。ねぇ………私、剣道やめたくないよ……!やっぱり諦めきれない……真っ暗な世界になんか行きたくないの………怖いよ………千絃………助けて………っっ」
響は涙をボロボロと流し、叫ぶように千絃に心の悲鳴をぶつけた。
彼女の涙や顔、そして気持ちを目の当たりにすると千絃も目の奥が熱くなってくる。
千絃は咄嗟に響を抱き寄せた。強く強く抱き寄せて。あやすように「大丈夫だから………俺が強くなる………から」と、震える声で響の頭を撫でながら、そう言い続けた。
彼女の嗚咽混じりの声と涙が溢れる冷たさと、あの時の熱い彼女の体温。
千絃はそれらを忘れる事など出来なかった。
そして、この時は絶対に約束を守ろうと思っていた。誰よりも強くなって、彼女が見えるまでに全国の舞台で大きなトロフィーを掲げて響を笑顔にしよう。
そう固く決意したはずだった。
けれど、それも叶わなくなったのだ。
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