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17話「嘘つき」
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☆★☆
それからの2人は焦るように練習に励んだ。
学校に行く前に朝練をし、昼休みも竹刀を握り、夜も遅くまで稽古を重ねた。周りから異常だと思われるほどに稽古に励んだのだ。
もともと実力のある2人はさらに力と経験を重ねた。そのため、試合でも圧勝する事が多くなっていった。
けれど、2年の県大会でも2人は準優勝に終わった。
そんな高校生活最後の年が始まろうとした春だった。その日、剣道部の稽古がなかなか始まらなかった。皆、胴着を着て道場で待っているがある人達が来ないのだ。顧問である先生と男子部の主将の千絃だ。響も女子部の主将になっいたので、いつもと違った雰囲気に、不安になってつつも待つしか出来なかった。どうやら、千絃と先生が話をしているという事だ。
いくら待っても2人は帰ってこなかったので、いつまでも待ちぼうけも時間の無駄だと思い、稽古を進めていた。前半の稽古が終わった頃に、ようやく男子更衣室のドアが空いた。
2人の表情は暗く、顧問は少し疲れた様子だった。
「みんな、集まってくれ。話がある。」
「集合っ!!」
顧問の言葉を聞き、響は慌てて号令をかける。皆、袴姿のまますぐに顧問の前に集まる。隣の千絃はいつものように無表情のままだ。
「みんなに報告がある。男子部主将月城が……剣道部をやめる」
「………ぇ…………」
響は思わず小さな声が漏れてしまう。けれど、周りの部員達もザワザワとしていたためその言葉はすぐに紛れて消えてしまう。
「一身上の都合だ。月城の変わりは副部長にやってもらう」
「みんな、迷惑かけて悪いな。後日引き継ぎに来る。これからも稽古頑張ってくれ」
千絃は苦笑を浮かべながらそれだけを言うと、千絃はさっさと道場から出ていってしまう。部員達は動揺を隠せずにオロオロとしている。こういう時に主将がしっかりしなければいけない。けれど、千絃はもういないのだ。それに、響だって動揺していた。
千絃から何も聞かされていないのだから。
剣道を止める?
あんなに大切だったのに。好きだったのに。全国まで行こうと必死になっていたのに。
どうして止めてしまうの?
目が見えなくなって剣道が出来なくなってしまう私のために、強くなるって約束してくれたはず………。
どうして、何も言わないでいなくなるの?
気づくと、響は咄嗟に駆け出した。
「漣……!おまえは行かなくてもいい」
「先生……すみません。行かせてください。私、千絃と話をしないと………っっ!」
響は先生に小さく頭を下げると、裸足のまま靴を履いて道場から飛び出した。
少しの裏庭の方に千絃が歩いていくのがわかり、響はすぐに彼の後を走った。
「千絃っ!待って………」
「…………ひび…………」
制服姿の千絃は響の声を聞くと、驚きもせずにゆっくりと振り返った。響が追いかけてくるとわかっていたのだろう。
響の事を待ってくれてはいたけれど、向けられたその視線はとても冷たいものだった。
「何?」
「何って………。どうして、部活止めるの?私、千絃から何も聞いてない」
「何でお前に報告しなきゃいけないんだよ。俺が決めたことだ」
「ずっと強くなるために頑張ってきたじゃない?どうして急に剣道を止めるの?訳があるなら話して………」
無表情で反応が薄い事が多い千絃だったけれど、今のように言葉一つ一つに棘がある事も、響に冷たくする事など喧嘩をしてもなかった。響はあまりにもいつもと違う千絃の態度に戸惑いながらも、必死に彼を止めようとした。
きっと理由があるのだ。千絃は何か抱えている
そう信じていた。
けれど、彼の口から出た言葉は全く違った。
「強くなってどうするんだよ。そんなの意味ないだろ……」
「え………」
「俺はもう剣道は止める。ひびも、無理してやる必要なんてないだろう。剣道だけが全てじゃない………」
「………じゃあ、約束はどうするの?」
「………そんなの子どもの頃の約束だろ。忘れろ」
「1年生の時に話したじゃない!!強くなるって言ってくれたでしょ………!」
「それじゃ意味ないだろ。もういいだろ。ひびは早く稽古に戻れ」
千絃はため息をつきながら、頭を掻いた。
彼が面倒だと思ったり、苛立っている時に出る癖だ。響の前ではめったにしない仕草。
そして、いつもより乱暴な言葉と鋭い視線。
何より、彼の気持ちの変化が響に大きな傷をつけた。
怒るより悲しさと苦しさが襲ってくる。
千絃がいるから、もしもの事があっても託していける。夢が実現出来る。
そして、怖くない!と思った。
彼を信じ、頼ってきたのが間違いだと思いたくはなかった。響にとって千絃はとても大切な存在だったのだから。
だからこそ、苦しくて、悲しくて、悔しい。
響は、真っ白の袴を強く握りしめた。
そして、涙を必死に堪えて、唇を噛み締めて、千絃と同じような視線で睨んだ。
響が千絃に対して本当に怒ったのはこれが初めてだったかもしれない。そして、最後になるだろう。響はそう思った。
「嘘つき………あなたを信じた私がバカだった……私は自分の力で夢を叶えるっ!………千絃の力なんて借りない!強くなって見せるっ!………千絃なんて、嫌いよっ!!」
最後の言葉を言い切る前に響の瞳からポロッと涙が溢れた。
叫ぶように発した言葉はまるで悲鳴のようだったかもしれない。響は千絃にそんな乱暴にその言葉を投げつけると、彼に背を向けて走り去った。
わかっている。
いつもならば追いかけてきてくれる千絃は、今日は来ないという事を。
響はすぐに戻ることが出来ず、裏庭の影に踞って必死に涙を堪えようとした。けれど、我慢すればするほどに、嗚咽と共に涙が流れ続けていくのだ。
もちろん、そんな響を追いかけてきたり、抱きしめて慰めたりする人は来るはずもなかった。
それからというもの、千絃と響は全く会話をしなくなった。視線を合わせることもなく、隣を歩く事などなかった。
周りの友人達は初めは「早く仲直りしなよ」と言ってくれていたけれど、全く話そうとしない2人を見て、その話しに触れる事もなくなった。
そして、そのまま卒業をした。
千絃が体育大学に入らずに、違う大学に進学したと母親から聞いたけれど、響は全く気にしなかった。
もう、千絃の事は忘れよう。
きっと彼に甘えすぎていたのだ。
どんな障害があっても、自分で乗り越えなければいけないのだから。
響はそう強く決意し、タイムリミットまで、夢を追い、一人で強くなろうと自分を追い込んで言ったのだった。
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