漣響は強くない ~俺様幼馴染みと忘れられた約束~

蝶野ともえ

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35話「晴れ舞台」

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   35話「晴れ舞台」



 それからの響はますます忙しい日々を送るようになっていた。
 モーションキャプチャーの仕事が少し落ち着いてきたこともあり、響は舞台の仕事に時間をとる事が多くなった。

 通し稽古も多くなり、響も役者として参加していた。
 皆の殺陣もメキメキ上達しており、響が舞台袖から見ていても感動してしまうぐらいだった。けれど、自分の番が近づくと緊張がマックスになってしまう。
 今までのどんな試合よりも緊張すると思っていると「失敗しても舞台では負けないから、大丈夫ですよ。俺達がフォローするで思いっきりやってきてください」と、春に言われて少しだけ気が楽になった。
 目まぐるしい時間を過ごしているうちに、あっという間に公演初日を迎えた。

 宮田春という人気俳優を起用し、響とのインタビュー番組も好評だったからか、2週間の舞台は全て完売していた。



 「いっぱい入ってるよ………」
 「満員御礼ですからねー!楽しみだなー」
 「私は緊張で泣きそうだよ」
 「何言ってるんですか!そんな綺麗なんだからお客さんに見てもらわなきゃ!それに、恋人さんも呼んでるんですよね?」
 「………でもまだ来てないから、来ないかもしれない」



 響はステージ袖から関係者席付近を見つめながらそう言うと、ついため息が出てしまう。

 響は関係者を一人呼んでもいいと言われ、迷わずに千絃に渡そうと思った。上司である関は和歌が招待したようだったので、響は千絃を選んだ。けれど、しばらくの間、全く会わなくなり、しかも彼が反対をした舞台だ。呼んでもいいのだろうか。そう思いつつも、自分が頑張って稽古をしてきた成果を見て欲しかった。
 そのため『もしよかったら来てください』と手紙を添えて職場の彼のデスクの上にパスを置いた。次の日にはそれがなくなっていたので、彼は受け取ったはずだ。
 けれど、スタッフに関係者として月城という人は来ているか聞いても「きていませんね」と言われてしまった。5分前のブザーが鳴っても、同じ結果だった。


 「最高の作品が最高の仕上がりになり、成功しかない、そう言い切れるものに仕上がっています。皆さん、楽しみながら舞台を作りましょう」
 「「はい!」」


 スタート直前の監督の言葉に演者やスタッフが返事をする。緊張は最高潮になりながらも、皆頑張ってきた成果を見てもらえる時間が来たのだと、期待感をもっているようだった。
 ただ一人を除いては。


 「響さん、大丈夫?」
 「え……春さん。どうしたの?もう始まるよ?」
 「響さんが泣きそうだから。やっぱり来てなかったの?彼氏さん」
 「………うん。でももう本番だから気にしないようにしないと」
 「泣いてもいいよ?」
 「え?」
 「………響さんの役は暗殺者。けれど、やりたくてやってる仕事ではないって設定だ。無気力で殺す事を悲しんでいる役どころ。だから、少しぐらい泣いてもきっと役には入り込めるよ」
 「………そうかな?」
 「毎日同じ演技なんてできないけど、その時の最高の演技をすればいいと思ってる。だから、今日はそういうところをみせられたらきっとお客さんもグッとくるんじゃないかな?」


 そこまで話をしてくれた春だったが、スタッフに「そろそろスタンバイしてください!」も呼ばれてしまった。優しく微笑んでいた春は「はい!」と引き締まった顔になる。きっと役へのスイッチが入ったのだろう。一気に剣士の顔つきになっていた。


 「春さん、ありがとう。頑張りますね」
 「殺しに来るの楽しみにしてます」
 「………ありがとう」


 彼の冗談にフッと笑みがこぼれる。
 すると、春も安心したようで小走りでステージの方へ駆けていった。



 「その日の最高の演技………か。よしっ!頑張れる!」


 春の言葉は響を大きく後押ししてくれるものだった。
 今、考えることは千絃の事ではない。春を殺しにいく暗殺者になる事。千絃が見に来てくれた時に恥ずかしくない演技をすればいい、そう思うようにしたのだ。


 響は出番までステージ袖に座り、舞台の緊張感を味わろうと思った。
 音楽が流れ幕が上がる。


 響の挑戦が今、この瞬間から始まったのだ。










 響の出番は後半だった。
 主人公である春が剣士として立ち向かうと心新たにした時に邪魔をする者が現れる。それが元女剣士であり暗殺者でもある響だった。

 出番になり真っ暗なステージに移動する響。響は暗闇で春を暗殺するシーンから登場する。春が古い友人と会っている際、花魁のような派手な衣装に身を包んだ女が現れるのだ。


 「そこの方々、私は今主人から追われております。酷い主人で逃げ出して来たのです。報酬は奪ってきたものからお渡しします。助けてください」


 響は必死な様子で春にすり寄る。
 春の友人は「綺麗な女だな。そなたに悪さをするとは何ということだ。匿って差し上げましょう」と言うが、春は厳しい表情のまま響を見つめていた。


 「女……助けてやってもいいが、懐に隠している物騒なものをこちらに寄越せ」
 「…………え………」
 「………………」


 春の言葉に響の表情が歪む。
 響は舌打ちをした後、素早く隠していた短剣を抜いて、春に向かって駆け出す。
 すると、春も剣を脱いで、構える。


 「お命頂戴いたしますっ!!」
 

 そう言って2人の激しい剣の打ち合いが始まるのだ。響はスピードで彼の懐に飛び込むが、春は動きを予想し、それを剣でかわしながら、急所をついてくる。そんな剣での応酬が続く。


 本来、響の役は暗殺者として、真っ黒な衣装を纏い春に怪我を負わすだけの役だった。
 だが、和歌や他のスタッフがストーリーの流れ変えようと話したときに、響の役もガラリと変わり台詞も増え、衣装も変わったのだ。
 「こっちの話しの方がいいと」決まってからは、響はまた一から演技を覚えなければいけなくなったのだ。それでも、響はこちらのストーリーの方が好きになったので、喜んで仕事を引き受けた。

 結局は、春に不意をつかれ響は失神させられてしまう。春は軽々と響の体を持ち上げ、そして自分の家へと連れ帰ってしまうのだ。
 そして、「俺を襲ったことは忘れてやる。だから、俺達の仲間になり、その剣の腕前でたすけてくれないか」と春に誘われるのだ。
 暗殺者になる事を迷っていた響はすぐに返事は出来ないが、春がピンチの時に助けるというシナリオになったのだ。


 響の全ての出番が終わり、舞台袖に戻ると、沢山のスタッフが小さな拍手で響を出迎えていた。
 「よかったですよ!最高です」「めちゃくちゃかっこよかったです。きっと響さんのファンがまた増えるでしょうね」と、絶賛してくれたので、響は少し安心した。

 けれど、最後まで気は抜けない。終わった後のお客さんの反応が気になって仕方がなかったのだ。

 春の最後の台詞が終わり、幕が降りていく。響は手を合わせて祈るような思い出、客の反応を待った。すると、すぐに割れんばかりの拍手が聞こえ始めたのだ。


 「………わ…………すごい………」
 「響さん、幕開けるから!みんなで挨拶するよ!」
 「は、はいっ!!」


 スタッフに言われ、響はすぐにステージに向かった。すると、春は「響さん!はやくはやくっ!」と手招きし、春の隣の空いているステージに招いた。
 響がそこに立つと同時にまた幕が上がる。すると、暗闇で見えなかった客先にも明かりがついており、響の前には沢山のお客さんが立ち上がり拍手をしている姿が飛び込んできた。
 こんなにも沢山の人達が見に来てくれて、そして拍手をしてくれている。自分達が頑張って作り上げたものを称賛してくれているのだ。それがとても嬉しく、感極まってしまい目の奥がツンッとしてしまう。けれど、この景色を忘れたくない。
 響がゆっくりと客席を見渡した。

 すると、ある場所で響の視線が止まった。
 客席の真ん中のよく見えるだろう場所に響が会いたくて仕方がなかった彼が立っていたのだ。


 「…………ぁ…………千絃………」


 響は一瞬にして、千絃に釘つけになってしまったのだ。
 ずっとずっと会いたかった。頑張っている姿を見て欲しかった。声を聞いて、瞳を見て話しをしたかった。

 響は涙が込み上げてくるのを必死に堪えたのだった。



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