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34話「新たな関係」
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2人が店を出る頃には雨が降っていた。
せっかくの着物が汚れてしまうのを心配して、和歌はタクシーを呼んで帰る事を提案した。そのため、帰りは雨粒がついたタクシーに乗り、自宅まで帰った。
フッと外を見ると、千絃と再開した公園に似た小さな広場が見えてきた。そこは桜の木ではなかったが大きな木が広場を囲んでいた。
千絃は花よりも葉が、緑が好きだと言っていたな。と、思い出し
千絃は緑が好きといっていたなと思い出した。このうぐいす色の着物を見たら、彼は「似合ってる」と喜んでくれるだろうか。そんな事を思いながら、響は苦笑してしまう。その彼ともう何日も会話をしてないのだから。
「漣さん?」
「は、はいっ!?」
「到着しましたよ」
「す、すみません!あ、支払い……」
「大丈夫です。さぁ、降りましょうか」
「………ありがとうございます」
響が呆然としている間に、タクシーはマンションの前に停車し、和歌が支払いを済ませてしまったようだ。響は焦ってタクシーを降り、小雨が降る中を走り、屋根のある玄関に向かった。
「大丈夫ですか?慣れない着物で疲れてしまいましたよね」
「そんな……新鮮な気持ちになれたので、楽しかったですよ」
そう微笑んで和歌に言うと、普段ならば笑顔で返事をしてくれる彼だが、今回は何故だがジッと真剣な表情でこちらを見つめていた。
響は不思議に思い、和歌の顔を覗き込もうとする。と、和歌は響の手首を掴み、草履を鳴らしながらグイグイと歩き始めた。
「わ、和歌さん!?どうしたんですか?」
「あなたという人は………告白した男だという事をお忘れですか?」
「え………待って離してくださいっ!」
こちらを振り向きもせずに響をひっぱって歩く和歌が連れ込んだのは、彼の部屋だった。
1度も入った事もない和歌の自室。
和歌が扉を開けた瞬間に響は足を止めて逃げようとした。けれど、動きにくい着物に草履を身にまとっていたため上手く抵抗出来ずにあっという間に部屋に入れられてしまった。
「和歌さん………やめっ……」
響が声を上げようとしたけれど、それはすぐに防がれてしまう。
彼からの2回目のキス。
響は咄嗟に彼の体を強く推し、胸をドンドンと叩いた。すると、今回はすぐに体が離された。
響は彼を睨み付けようとしたが、体の力が抜けたのかずるずると床に座り込んでしまった。
そんな和歌も膝を付いてしゃがみ、響を抱きしめたのだ。
「………もうこんなことやめてください。私、どうしていいのかわからなくなります」
「私と付き合えばいいのではないですか?」
「そんな………」
「私はあなたを寂しがらせる事はないです。あなたは強く凛としている方が魅力的だ。そんなあなたに戻って欲しいのですよ」
「…………」
優しく、また、愛の言葉を囁く。
彼はきっと自分を見ていてくれて、そして愛していてくれたのだろう。このマンションはとても居心地がいいのは和歌が居たからだろうと思った。朝、彼は眠たそうな顔で「おはようございます」と挨拶をしてくれる。稽古が終わったあとは「お疲れ様でした」と労ってくれるし、試合に勝てば「おめでとうございます。さすがですね」と、褒めてくれる。負けて帰れば「無理しないでくださいね。今日は悲しんで反省だけして、また明日から頑張ればいいのではないですか?」と、無茶な稽古を止めてくれたりもした。
そんな和歌に支えられた部分もおおきかったと響もわかっていた。
けれど、モヤモヤした気持ちになる。
その原因がようやくわかったのだ。
「和歌さん………私は強くないんです」
「え………」
自分で驚くぐらいに弱々しい声が出た。
自分の弱い部分を見せるのはやはり勇気がいるものなのだなと思った。
響の瞳をまっすぐ見るように彼は視線を合わせてくれる。響は座り込んだまま、ギュッと着物の袖を握りしめた。
「私は泣き虫で、誰にも助けを呼ぶ事も出来なくて、ひたすらに待っているだけなんです。強くなんて……ないんですよ」
「漣さん……ですが、あなたはいつも一人で立ち上がってこられたじゃないですか。それに戦う姿はとても綺麗だった……」
「辛いことを大変な事をやり遂げて戦う人はみんなかっこいいです。………けれど、それは一人で乗り越えたわけじゃないんですよ。私は一人は寂しかった。強いと言われるのは嬉しかったけれど……誰かに気づいて欲しかった」
「………それは私ではなく、あの男性という事ですね」
響は苦笑しながら、小さく頷いた。
辛い時に頭の中に居たのはずっと千絃だった。千絃が隣にいる時を思い出し微笑んだり、いなくなってしまった事を苦しく、彼に怒りを覚えたりもした。そして、再会すれば胸が高鳴った。
そんな彼はいつも響を「守ろう」としてくれていた。響の弱さを知り、先を見て守ってくれようとしていた。
そんな彼の前だけ甘えられるのが、とても幸せな存在なのだ。
再び彼の隣の居心地の良さを知ってしまい、離れてしまってから、改めて自分の中で千絃はとても大きい存在になっていたのだと気づいたのだった。
「確かに私は今千絃とは会えていません。けれど、まだ恋人でいたいのです。私の中での好きな人はずっと変わらないんです」
「そうですか………漣さんは、本当に彼が大好きなのですね」
「そうみたいです……ね。幼馴染みを好きになるなんて思いもしませんでした」
響はにっこりと笑うと、和歌はハッとした顔をした。
「和歌さん……?」
「漣さんはそうやって笑うのですね。………彼は羨ましいです。そうだ、1つだけお願いしてもいいですか?」
「はい………?どんな事ですか?」
「漣さんではなく、響さんと呼んでもいいですか?少しだけ特別になれた、あなたを好きだったと覚えていけられるように」
「えぇ……呼んでもらえると私も嬉しいです」
「よかった。では、響さん……これからもファンとして、そして同じマンションの住人として仲良くしてくださいね」
「はい………。和歌さん、ありがとうございます」
和歌は立ち上がり、響に向けて手を差しのべてくれる。
響は彼の手に自分の手を乗せると、響の体がふわりと浮いたように軽くなる。そのまま響の体を引き寄せ、和歌は優しく抱きしめた。ウッド系の香りがふわりと香る。和歌の香りだ。和歌は響を抱きしめたまま「もう1つのお願いです。最後にこうさせてくださいね」と言われたので、響はずるいなと思いながら微笑みながら頷いた。
「響さん、舞台頑張りましょうね」
「はい。絶対に成功させます」
「それは心強いです」
響は彼がここの管理人でよかったなと思った。ずっとこのマンションに住み続けているのは、彼の作った中庭から香る自然の風や彼のにこやかな挨拶、綺麗な玄関………全てが心地よかったからだろう。
そして、響の活躍を近くで応援してくれる和歌が居てくれたからだろう。
それに、響は薄々わかっていた。
和歌が響を舞台にスカウトする事で知名度を上げようとしていることを。けれど、それは仕事をするなら必要な事だとわかっていた。それを説明してくれなかった事は悲しかったけれど、彼が今まで応援してくれていたお礼をしたかった。それが本音だった。
人前に出て演技をするのは、響にとって負担は大きかった。けれど、和歌が自分を選んでくれ彼の舞台が成功するならば、頑張りたいと思ったのだ。
今は舞台の事だけに集中しよう。
響は和歌の腕に包まれながらそう決心したのだった。
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