漣響は強くない ~俺様幼馴染みと忘れられた約束~

蝶野ともえ

文字の大きさ
38 / 40

37話「漣響は強くない」

しおりを挟む





   37話「漣響は強くない」




 響と千絃は朝早くからカレーを食べていた。
 昨日の夜は何も食べずにベットに行ってしまったためか、朝になると空腹になってしまい、食べ損ねたテイクアウトのカレーを温めて食べた。響が「気になっているお店がある」と千絃に話した事があった場所で、彼がそんな些細な事を覚えていてくれたのが嬉しかった。
 「朝からカレーなんて食べられるか……?」と千絃は他のものを買ってくると言っていたが、「少し前に朝カレー流行ったでしょ?私は食べたいよ?」と、返事をすると千絃は渋々口に運んでいた。
 けれど、あっという間に間食していたので気に入ったようだった。


 「ご馳走さまー!おいしかったー。これで舞台も頑張れそうっ!」
 「……昨日の舞台本当によかった。おまえが指導したんだろうなっていう殺陣のシーンもいくつかあったし、響のシーンもかっこよかったよ。本当に打ち合いしてるみたいだったし、あの衣装を着たおまえも綺麗だったよ」
 「あ、ありがとう……千絃にそう言ってもらえると、とっても嬉しいよ。更にやる気出てくる!」
 「………もっと素直に応援しとけばよかったな……あの時間が勿体なかった」
 「え?」
 「………おまえの舞台、本当は楽しみにしてた。だから、意気込んでチケット買ったんだし」
 「………千絃」


 そう、千絃は自分で響が出演する舞台のチケットを購入し、始めから来てくれるつもりだったのだ。それなのに、どうして反対したのか。きっと本当にやりたい事なのか、2つの仕事を掛け持ちして大変ではないか、和歌が響の知名度だけを見ているのではないか、などいろいろ心配してくれたのではないか。響はそう思った。


 「………俺がまた嫉妬しただけだ」
 「へ………?嫉妬?どこに?千絃が………気になるっ!!」
 「………おまえ、嬉しそうだな」
 「好きな人が自分の事を嫉妬してくれるなんて、嬉しいじゃない??」
 「………おまえが良いならいいけどな………」


 千絃はため息混じりにそう言ったけれど、安心した表情にも見えた。


 「和歌はおまえの事を大切に思っていたし、想いを寄せているのもわかってた。だから、そんな男の所に行かせるのも嫌だったよ。もちろん、おまえが無理をして引き受けたんじゃないかっても思ってたけどな」
 「………千絃………」
 「まぁ、それにおまえが剣道を止めるか悩んでいた時にあいつに相談したと聞いて、本当に信頼しているだな、と思ったら悔しくて………俺が知らない響を知ってるという事になるからな。だから………」
 「ちょっ……ちょっと待って!!」


 響は彼の話を聞いて、驚き思わず話の途中だったが声を上げてしまった。
 それに、千絃も驚き目を大きくして響を見ていた。


 「和歌さんが、私が相談したって言ったの?目の事があってやめるって事を?」
 「あ、あぁ……そうだが、違うのか?」
 「うん。私、道場の人とかコーチには相談したけど、剣道に関係していない人には話さないようにしてたから……和歌さんには話した事ないんだけど………」
 「じゃあ、あいつ………目の病気に気づいてたからそんな事言ったんだな………!くそ、騙された」
 「和歌さん、さすがだね。気づいていたなんて……知らなかった」
 「はー………イライラして損した」


 千絃は髪をくしゃくしゃっと乱暴にかいてくやしがっていた。
 千絃と和歌が知らないうちに話しをしたんだな知って、響は少し気になってしまったけれど、千絃はあまりいい思いをしてなかったようなので、聞かないことにした。


 「ねぇ、千絃?」
 「うん?」
 「千秋楽にも見に来てくれる?」
 「あぁ………行くさ。だから、最後までやりきれ」
 「うん。頑張るよ」


 肩をポンポンッと叩き応援してくれる。
 大切な人が見守っていてくれるというのは、力になるなと思った。
 今日も舞台が始まる。響は残りのデザートのゼリーも残さず食べて、舞台へと気持ちを向けたのだった。



 




 その後、舞台は最終日まで無事に終了した。
 千秋楽まで満員御礼で、追加公演を求める声も多かったという。けれど、それは実現しなかった。


 「え、響さん、もう舞台はやらないんですか……?」
 「うん。このゲームの仕事続けたいし、それにやっぱり剣道にも関わっていこうかなって思って」
 「そうなんですね。舞台がとても素敵だったので少し残念ですが、応援してます!」
 「ありがとう、斉賀さん」



 舞台が終わり、日常が戻ってきた頃、千秋楽後にインタビューを受けた記事が雑誌に掲載され、斉賀が驚いて聞いてきたのだった。

 それは、響が舞台の仕事を今後受けないと決めた事だった。
 舞台の仕事は新鮮で、たくさんの学びがあった。自分の知らない世界にも剣を使う仕事がある事を、舞台がとても素晴らしい芸術だと知ることが出来たのは、響にとっては大きな収穫だった。

 けれど、自分がそれをやりたいのか。

 自分の気持ちを整理すると、少し違うように感じたのだ。
 ゲームの仕事は楽しかった。やり取りや技の研究、性格から攻撃の癖を考えたりと、様々な戦い方を知れるのが楽しかった。
 それに、響はやはり剣道が好きだったのだ。離れて見てから大切さがわかる。それを身をもって実感したのだ。


 「この仕事はどんな形でも続けたいと思ってるです。沢山ある仕事ではない事はわかっているけど、モーションキャプチャーで剣士といえば漣響だ、って言って貰えるように」
 「……そうですか。響さんならなれますよ!大丈夫っ!」
 「ありがとうございます。それまで、道場で働こうと思います。そこで技を磨きます」


 もう試合に出たり、打ち合いをする事は難しいかもしれない。
 けれど、今まで学んだ事や知識は次に剣道を好きになってくれる人に教えられる。そう思えるようになった。
 私も剣道を続けたかった。どうして、私だけがやめなきゃいけないのか。ずるい。悔しい。そんな気持ちがあったからこそ、道場の仕事を引き受けて、楽しそうに稽古を受ける人を間近で見たくなどない。そういう負の感情があった。

 けれど、次の目標が見つかった途端にそんな気持ちはゆっくりと消えていった。
 モーションキャプチャーという仕事に出会わせてくれた彼には感謝しなければいけない。

 ずっと昔から、響の未来を見据えて、居場所を作って迎えに来てくれた、最高の幼馴染みであり恋人。
 もう、彼の隣から離れられない。いや、離れたくない。そう思うのだった。


 「響、始めるぞ」
 「はーい!」


 遠くから千絃が呼ぶ声がした。
 響は斉賀に挨拶をして、その場から走り出した。
 響が駆けて来るのを千絃は笑顔で迎えてくれる。


 「大事なシーンだから、結構長くなるが大丈夫か?」
 「うん。シミュレーションはやってきたし、大丈夫!」
 「………そうか、頼んだ」
 「任せて!私は強いから」
 「………強くないだろ?」
 「え?」


 予想外の事を言われてしまい、響はきょとんとしてしまう。
 すると、千絃はそっと響に近づき耳元で何か囁いた。


 「俺の前でだけは強くない、だろ?」
 「…………っっ………」


 響が顔を真っ赤にして彼を見ると、千絃は満足そうに笑みを浮かべ、通りすぎてしまう。そして、スタッフに「始めるぞ」と声を掛け始めた。

 千絃の言う通り、彼の前だけは弱い自分を見せられる。
 今も昔も漣響は千絃には弱いのだった。
 けれど、それもまた幸せだと、響はわかっているのだ。




 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...