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37話「漣響は強くない」
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響と千絃は朝早くからカレーを食べていた。
昨日の夜は何も食べずにベットに行ってしまったためか、朝になると空腹になってしまい、食べ損ねたテイクアウトのカレーを温めて食べた。響が「気になっているお店がある」と千絃に話した事があった場所で、彼がそんな些細な事を覚えていてくれたのが嬉しかった。
「朝からカレーなんて食べられるか……?」と千絃は他のものを買ってくると言っていたが、「少し前に朝カレー流行ったでしょ?私は食べたいよ?」と、返事をすると千絃は渋々口に運んでいた。
けれど、あっという間に間食していたので気に入ったようだった。
「ご馳走さまー!おいしかったー。これで舞台も頑張れそうっ!」
「……昨日の舞台本当によかった。おまえが指導したんだろうなっていう殺陣のシーンもいくつかあったし、響のシーンもかっこよかったよ。本当に打ち合いしてるみたいだったし、あの衣装を着たおまえも綺麗だったよ」
「あ、ありがとう……千絃にそう言ってもらえると、とっても嬉しいよ。更にやる気出てくる!」
「………もっと素直に応援しとけばよかったな……あの時間が勿体なかった」
「え?」
「………おまえの舞台、本当は楽しみにしてた。だから、意気込んでチケット買ったんだし」
「………千絃」
そう、千絃は自分で響が出演する舞台のチケットを購入し、始めから来てくれるつもりだったのだ。それなのに、どうして反対したのか。きっと本当にやりたい事なのか、2つの仕事を掛け持ちして大変ではないか、和歌が響の知名度だけを見ているのではないか、などいろいろ心配してくれたのではないか。響はそう思った。
「………俺がまた嫉妬しただけだ」
「へ………?嫉妬?どこに?千絃が………気になるっ!!」
「………おまえ、嬉しそうだな」
「好きな人が自分の事を嫉妬してくれるなんて、嬉しいじゃない??」
「………おまえが良いならいいけどな………」
千絃はため息混じりにそう言ったけれど、安心した表情にも見えた。
「和歌はおまえの事を大切に思っていたし、想いを寄せているのもわかってた。だから、そんな男の所に行かせるのも嫌だったよ。もちろん、おまえが無理をして引き受けたんじゃないかっても思ってたけどな」
「………千絃………」
「まぁ、それにおまえが剣道を止めるか悩んでいた時にあいつに相談したと聞いて、本当に信頼しているだな、と思ったら悔しくて………俺が知らない響を知ってるという事になるからな。だから………」
「ちょっ……ちょっと待って!!」
響は彼の話を聞いて、驚き思わず話の途中だったが声を上げてしまった。
それに、千絃も驚き目を大きくして響を見ていた。
「和歌さんが、私が相談したって言ったの?目の事があってやめるって事を?」
「あ、あぁ……そうだが、違うのか?」
「うん。私、道場の人とかコーチには相談したけど、剣道に関係していない人には話さないようにしてたから……和歌さんには話した事ないんだけど………」
「じゃあ、あいつ………目の病気に気づいてたからそんな事言ったんだな………!くそ、騙された」
「和歌さん、さすがだね。気づいていたなんて……知らなかった」
「はー………イライラして損した」
千絃は髪をくしゃくしゃっと乱暴にかいてくやしがっていた。
千絃と和歌が知らないうちに話しをしたんだな知って、響は少し気になってしまったけれど、千絃はあまりいい思いをしてなかったようなので、聞かないことにした。
「ねぇ、千絃?」
「うん?」
「千秋楽にも見に来てくれる?」
「あぁ………行くさ。だから、最後までやりきれ」
「うん。頑張るよ」
肩をポンポンッと叩き応援してくれる。
大切な人が見守っていてくれるというのは、力になるなと思った。
今日も舞台が始まる。響は残りのデザートのゼリーも残さず食べて、舞台へと気持ちを向けたのだった。
その後、舞台は最終日まで無事に終了した。
千秋楽まで満員御礼で、追加公演を求める声も多かったという。けれど、それは実現しなかった。
「え、響さん、もう舞台はやらないんですか……?」
「うん。このゲームの仕事続けたいし、それにやっぱり剣道にも関わっていこうかなって思って」
「そうなんですね。舞台がとても素敵だったので少し残念ですが、応援してます!」
「ありがとう、斉賀さん」
舞台が終わり、日常が戻ってきた頃、千秋楽後にインタビューを受けた記事が雑誌に掲載され、斉賀が驚いて聞いてきたのだった。
それは、響が舞台の仕事を今後受けないと決めた事だった。
舞台の仕事は新鮮で、たくさんの学びがあった。自分の知らない世界にも剣を使う仕事がある事を、舞台がとても素晴らしい芸術だと知ることが出来たのは、響にとっては大きな収穫だった。
けれど、自分がそれをやりたいのか。
自分の気持ちを整理すると、少し違うように感じたのだ。
ゲームの仕事は楽しかった。やり取りや技の研究、性格から攻撃の癖を考えたりと、様々な戦い方を知れるのが楽しかった。
それに、響はやはり剣道が好きだったのだ。離れて見てから大切さがわかる。それを身をもって実感したのだ。
「この仕事はどんな形でも続けたいと思ってるです。沢山ある仕事ではない事はわかっているけど、モーションキャプチャーで剣士といえば漣響だ、って言って貰えるように」
「……そうですか。響さんならなれますよ!大丈夫っ!」
「ありがとうございます。それまで、道場で働こうと思います。そこで技を磨きます」
もう試合に出たり、打ち合いをする事は難しいかもしれない。
けれど、今まで学んだ事や知識は次に剣道を好きになってくれる人に教えられる。そう思えるようになった。
私も剣道を続けたかった。どうして、私だけがやめなきゃいけないのか。ずるい。悔しい。そんな気持ちがあったからこそ、道場の仕事を引き受けて、楽しそうに稽古を受ける人を間近で見たくなどない。そういう負の感情があった。
けれど、次の目標が見つかった途端にそんな気持ちはゆっくりと消えていった。
モーションキャプチャーという仕事に出会わせてくれた彼には感謝しなければいけない。
ずっと昔から、響の未来を見据えて、居場所を作って迎えに来てくれた、最高の幼馴染みであり恋人。
もう、彼の隣から離れられない。いや、離れたくない。そう思うのだった。
「響、始めるぞ」
「はーい!」
遠くから千絃が呼ぶ声がした。
響は斉賀に挨拶をして、その場から走り出した。
響が駆けて来るのを千絃は笑顔で迎えてくれる。
「大事なシーンだから、結構長くなるが大丈夫か?」
「うん。シミュレーションはやってきたし、大丈夫!」
「………そうか、頼んだ」
「任せて!私は強いから」
「………強くないだろ?」
「え?」
予想外の事を言われてしまい、響はきょとんとしてしまう。
すると、千絃はそっと響に近づき耳元で何か囁いた。
「俺の前でだけは強くない、だろ?」
「…………っっ………」
響が顔を真っ赤にして彼を見ると、千絃は満足そうに笑みを浮かべ、通りすぎてしまう。そして、スタッフに「始めるぞ」と声を掛け始めた。
千絃の言う通り、彼の前だけは弱い自分を見せられる。
今も昔も漣響は千絃には弱いのだった。
けれど、それもまた幸せだと、響はわかっているのだ。
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