23 / 31
22話「忘れたくない人」
しおりを挟む22話「忘れたくない人」
★★★
いつかはこうなってしまうのだろうと、わかっていた。
それなのに、彼女の傍にいるのが心地よくて、甘えてしまっていたのだ。本当の事を言ってしまったらどう思われるのか。
所詮は、彼女よりも年下で、まだまだ子どもの学生。余裕もないし、お金もない。ただ、夢を追いかけているだけの青臭い男だ。
そんな時に吹雪に会った。それが周にとって大きな出会いだったのだ。
恋愛など興味がなかった周だが、彼女だけがキラキラと輝いて見えたし、話してみたいと思った。そして、隣に居て欲しいとも思った。それなのに、本当に自分を見せるのが、まだ怖かったのだ。
どんなに着飾っても、いつかはバレてしまうというのに。
彼女の部屋の前で待ち始めて数時間。
こんな事をしては迷惑なるのは、わかっていた。
けれど、彼女の傷付いた表情を見てしまったら、何も出来ずに帰る事など出来るはずもなかった。自分が傷つけた。そんな事はわかっている。だからこそ、本当の気持ちを自分の思いを伝えなければいけないと思った。
「吹雪さんに会いたいな…………」
周は薄暗くなった空を見上げてそう呟いた。廊下からは、ビルの狭間の空が見える。そこから少しずつ星が見え始めている。
本当ならば、夜中でも朝まででも待っていたかった。
けれど、そんな事をしてもダメだともわかっていた。吹雪に、ただ会うだけではダメだと。
今の自分では、きっと彼女に相応しくないだろうと。
月が見え始め、人々が仕事や学校を終えて自宅へ帰り始める時間。
周は、ついにその場から離れた。
『今日は帰ります。また、吹雪さんに会いにくるから。………本当にごめんなさい』
そんなメッセージを吹雪に送り、周は温かく心地のいい彼女の近くから離れた。
いつまでも彼女に甘えていてはいけないのだ。きっと吹雪からの返信は来ないだろう。
それでいい。
「また、来ます。………必ず」
周は振り返り、彼女がいる部屋のドアを見つめながらそう呟いた。
もちろん、彼女からの返事などなかった。
☆☆☆
『今日は帰ります。また、吹雪さんに会いにくるから。………本当にごめんなさい』
このメッセージが届いたのはもう数週間も前だった。もう少しで、1ヶ月が経とうとしていた。
何度このメッセージを眺めていただろう。
けれど、吹雪から返事をする事はなかった。
周と柴田の話しを聞いた時の衝撃は、思い出すだけで今でも苦しくなるほどだった。
けれど、周と会えない日々は、それよりも、もっと辛かった。
忘れなければ。そう思っているのに、フッと彼の事を思い出してしまうのだ。
彼の笑顔と、繋いだ手の感触、抱きしめてなぐさめてくれた事やミステリアスな表情。全てが吹雪を思考を支配していた。
「明日見さん、大丈夫?」
「あ、はい!!」
「最近ボーッとしてるわね?体調悪いの?」
職場の同僚に心配されてしまい、吹雪は慌てて頭を横に振った。
先程からボーッとしては手を止めてしまっていたのか、全く仕事が進んでいなかった。同僚に謝罪をし、吹雪は「大丈夫です」と返事をして、仕事に集中した。
もう彼から連絡が来なくなって、もう少しで1ヶ月が経つ。
いつまでもクヨクヨしていられない。
早く周を忘れてしまえばいい。
そう心に言い聞かせて、吹雪は仕事に戻ったらのだった。
けれど、家に帰れば、吹雪は彼からもらった蒼いマグカップを眺めて、ボーッとしてしまうのだ。
同じ趣味を見つけてから、周とは更に距離が縮まっていたように吹雪は感じていた。このマグカップを買ってくれた時の店には2人でよく訪れていた。2人で甘いものをシェアして食べたり、食器を眺めたりして、穏やかな時間を過ごしたこともあった。「俺たちの趣味、何だなおじいちゃんとおばあちゃんみたいだね」なんて、笑ったりもしたな。
そんな風に思い出しては微笑んでしまう。
けれども、笑顔になった後に思い出すのは、柴田の言葉だった。
周は柴田との約束のために吹雪をあのギャラリーに連れていったのだ。もし、彼と付き合っていたのならば、きっと本当に柴田に紹介するためだけに吹雪に近づいたのかもしれない。そして、吹雪の両親が地位のある人だと彼も知っていたのだ。だからこそ、吹雪を恋人役に選んだのだろうと、吹雪は思っていた。
ホストの練習相手ではなく、偽の恋人だったのだ。
そんな酷い相手など、早く忘れなければいけない。
いつまでも周の事で前に進めず後ろを向いて立ち止まっては居られないのだ。
吹雪はテーブルの上に置いていた蒼いマグカップを持って立ち上がった。
ここからテーブルや床に、マグカップを思いきり落としてしまったら、陶器で出来たマグカップはすぐに割れてしまうはずだ。
周を忘れるためには、彼から貰ったものを壊すのが1番だと吹雪は考えたのだ。目の前から周を思い出すものがなくなればいいのだ。
彼から初めてもらったプレゼント。
2人で「綺麗だね」と見入ったマグカップ。
それを処分してしまえば、ここで今、手を離すだけで忘れられる。
吹雪は目を閉じて、手に力を入れた。
けれど、寸前の所でマグカップから指が離れる事はなかった。
「………壊せるはずないよ…………周くんの事、忘れられないよ………」
吹雪はマグカップを胸に抱き寄せ、しっかりと守りながら、涙を流してその一人呟いた。
吹雪は自分では気づいてはいないぐらいに、周の事が忘れられず、そして好きになっていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
敏腕SEの優しすぎる独占愛
春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。
あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。
「終わらせてくれたら良かったのに」
人生のどん底にいた、26歳OL。
木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~
×
「泣いたらいいよ。傍にいるから」
雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。
藤堂 柊真 ~Todo Syuma~
雨の夜の出会いがもたらした
最高の溺愛ストーリー。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる