アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

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24話「雨音」

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   24話「雨音」




 恋は苦しい。
 呼吸が出来なくなるような息苦しさを感じる事がある。
 誰かを好きになると、疑ってしまったい素直な好きだけの気持ちでは相手を見れなくなってしまう。それに、自分が好きだけれども相手は違うともっと悲しくなるし、傷つけられ手しまう事もある。
 吹雪はそれを痛いほど感じていたはずだった。


 それなのに、どうしてまた好きになってしまったのだろうか。
 出会ってしまったのだろうか。

 けれど、彼は今まで会ってきた男の人とは違う。そんな予感というか、勘があった。
 昔に出会った幼馴染みなどの男性にも、そんな風に思っていたのかもしれない。好きな時は周と同じように純粋に信じていたのかもしれない。

 吹雪はそれでも違うと強く思えるのには理由があった。
 それは、今でも好きなのだ。
 もし裏切られたとしても、会えなくなっても、まだ周が好きだった。
 どうしてそこまで彼に惹かれているのかわからない。けれど、嫌いになりたい、忘れようと思っても胸の奥底から「嫌いになりたくない」「忘れたくない」と叫び声が聞こえてくるのだ。そして、彼に会いたいと強く思っていた。
 未練がましい事かもしれない。
 けれど、その心が他の人とも違う何かがあるような気がしてならなかった。

 だが、すべては自分の気持ちだけの事。
 周がどう思っているのはわからず、ただただ会えない日を、もうおしまいになってしまったのだと悲しんで暮らすだけだった。


 そんな時に、周が1つの贈り物をくれたのだ。
 彼に会えたこと、そしてきっとまた会える時間をくれた。
 お別れの話しになるのかもしれない。
 また、泣いてしまう事があるのかもしれない。
 けれど、吹雪は1週間をくよくよ心配して過ごすことを止めた。

 何があってもこの日は彼に会えるのだ。
 少し変わったデートだと思えばいい。
 この1ヶ月を思えば、どんな事よりも辛くはないのだから。







 待ちに待った、1週間後。
 梅雨に入ったこの日はあいにくの雨だったけれど、吹雪の心は晴れやかだった。
 初めて彼とデートをした時と同じぐらいに緊張している。けれど、何故だか不安などなかった。
 お別れの日になるかもしれない。そうだとしても、今日はしっかり話しをすれば、彼の気持ちがわかる。フラれてしまったらば、きっと泣いてしまうだろう。
 けれど、彼を好きになった事は後悔はしないだろう。そう思えた。
 彼が自分に声を掛けた理由を知りたい。それを知れば、周を嫌いになる事はないだろう。吹雪はそう強く思えた。


 吹雪はおしゃれをして彼に会いに行こうと思っていたけれど、普段通りのメイクと髪型にした。いつもの自分て周に会いたいと思ったのだ。

 予定より早く出発の時間だったが、吹雪は家を出た。少し雨足が強かったけれど、街に溢れる雑踏を雨音が消してくれる。吹雪は雨音を楽しみながら少し離れた隣町を目指した。

 電車を乗り継ぎ着いた街は、吹雪が住んでいる街より静かな雰囲気の街だった。ほどよく栄えている街だった。住みやすそうなゆったりとした町並みを吹雪はスマホで地図を見ながら歩いた。駅からも歩くようで、吹雪は迷子にならないように注意して、確認しながら目的地を目指した。

 しばらく濡れた道を歩くと、住宅街に入っていく。その道路沿いに周からもらった店の名刺に書かれたカフェの看板が見えてきた。

 吹雪はその店に入ろうとした時だった。その店の隣に飾られているものに目が入った。


 「蒼の食器…………『雨音』………?」


 そこには、小さなギャラリーがあり、入り口には蒼い食器が写ったポスターが飾ってあった。そして、そこにはタイトルらしき『雨音』と文字が書かれていた。

 吹雪はその食器がどうしても気になってしまい、ギャラリーに歩みを向けた。先日周に招待された柴田のギャラリーよりかなり小規模で、作品の数は少ない。けれど、一つ一つにどんな作品なのか、説明や食器の名前などが書かれていた。蒼い食器だからか、全てに雨や水の名前がつけられていた。

 照明により更にキラキラと光る陶器に、吹雪はうっとりとした視線を向けながら、ギャラリーをゆっくりと歩き回る。
 そのうちに、吹雪はある事に気づいた。


 「私が持っているものと…………ここにある作品に似てる………?」


 吹雪がハッとして独り呟いていた。静かなギャラリーにその声が響いた。


 「そうだよ。吹雪さんが買ってくれたものと同じだよ」
 「周くん」


 背から聞きたかった声が聞こえ、吹雪はすぐに振り替える。すると、そこにはいつものふんわりとした笑みの周が立っていた。
 彼を見ると、瞳の奥が熱くなる。目が合っただけで気持ちが溢れ出てしまいそうになり、吹雪は必死にそれを堪えた。


 「………吹雪さんの部屋にお邪魔した時に、俺の食器がまだ置いてあって嬉しかったよ。…………来てくれてありがとう、吹雪さん」
 「このギャラリーは、周くんの……?」
 「そう。俺は大学院生で、今は陶器の先生について技術を磨いてるんだ。青い食器が好きで………こうやってギャラリーを開くのが夢だったんだよ」
 「………そうだったんだ……」


 吹雪はその言葉を耳にして、彼から目をそらしたくなった。ギャラリーを開きたいから柴田の所に自分を連れていった。そんな自分の勝手な憶測が頭をよぎったからだ。
 けれど、吹雪はそんなマイナスな考えを自ら払いのけた。今日ここに来たのは、悲しむためじゃない。
 自分の気持ちを伝え、彼の本心を聞くためなのだから。


 「…………私は、ずっと周くんに会いたかったよ」
 「ぇ…………」
 「周くんがどうして私に声をかけてくれたり、あのギャラリーにつれていって行ってくれたのか、わからない。けど………私は、あなたに会えなくて寂しかったの。会いたくて仕方がなかった」
 「吹雪さん………」


 吹雪は自分の頬に温かさを感じ、その時初めて自分が泣いているのに気づいた。
 泣くつもりはなかった。
 けれど、気持ちが膨れ上がり、彼を見た瞬間に会いたいが涙に変わったのだろう。

 吹雪は、涙を拭くこともせずに、言葉を紡ぎ続けた。


 「………だから、周くんが図書館に来てくれたのとっても嬉しかったの。おしまいじゃないってわかったから………。ずっとずっとあなたが来るのを待ってたの。………私、周くんの事が………」


 早く彼にこの気持ちを伝えたい。
 終わりになったとしても、彼の思いが自分とは違うものだとしても。
 そう思ったはずなのに、その言葉は全身が温かいものに包まれた事で止まってしまった。


 「………その続きはまだ言わないで」


 耳元で周の言葉が聞こえる。
 周に抱きしめられている、とそこでやっと気づいたのだ。
 吹雪の事を抱き彼の腕や手は、まるですぐに割れてしまう陶器に触れるように優しいものだった。



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