強気なサッカー選手の幼馴染みが、溺愛彼氏になりました

蝶野ともえ

文字の大きさ
3 / 39

2話「秘密の言葉と」

しおりを挟む





   2話「秘密の言葉と」

 

 「ほら、もう着くぞ。」


 酔っぱらってしまった千春を家に送るのは、いつも秋文だった。家の方向が同じという事もあるが、他の2人が秋文の事情を知っているからか、いつも無理矢理押し付けてくるのだ。

 タクシーに乗ると、いつも千春はウトウトと寝てしまう。そして、何故か秋文の手を握ってくる。
  

 「うぅー……温かいー。」


 そう言って秋文に寄り添ってくる。
 頬はほんのりピンク色に染め、そして、今日は泣いてしまったためか、目は赤くなっている。そんな千春がこうやって自分の手を握り、体をくっつけて座ってくるのだ。
 秋文は、その手を優しく握りしめる。


 「はぁー……こんな事されるなら、出になんて任せられないだろ。」


 小さく独り言を言う。けれど、その文句のような言葉も声が明るいので、嫌ではないというのはすぐにわかる。けれど、その言葉を聞く人は今は夢の中なのだ。


 「なんで、俺を選ばないだ?」
 

 秋文は、千春が好きだった。
 それも、高校の時からだ。かなりの片想いだけれど、千春は全く秋文を恋愛対象と見ていないのは、秋文自身もわかっていた。
 だから、千春が誰かと付き合い始めたら、秋文も適当に彼女を作ったら。そして、千春が別れたら、秋文も別れる。それの繰り返しだった。

 自分でも最低な男だと思う。
 けれど、好きな女が自分の知らない男にとられて行くのをずっと見ていられるほど、冷静にはなれなかった。イライラした気持ちで、切なく寂しい気持ちを他の女にぶつけていた。
 こんな我が儘な男を好きだと言ってくれる人が多いことは不思議だったけれど、秋文も恋人がたえることはなかった。

 そんな事をして、気づけばいい大人になっていた。今回は、秋文は誰も付き合わずに千春を見守っていた。秋文も知っている先輩だったので、何故か妙に焦ってしまい、千春の連絡をいつも待っていた。
 恋人以上になるのが怖かったのだ。


 「ほら、家に着いたぞ。」
 「んー……眠たい。」
 「おい、靴脱げ。」
 「秋文、取ってよー。お願いー。」
 「……はぁー……。」


 千春は酔うと、秋文にも甘えてくる。
 普段は、立夏や出には甘えることはあるが、秋文にはほとんどなかった。
 秋文自身も、誰かに優しくする事が苦手だったし、照れが勝ってしまう。特に千春はダメだった。本当に言いたい事が言えずにケンカ口調になってしまうのだ。
 好きな子にいじめてしまうガキと同じだなと、自分でもわかっていた。

 千春の履いていたパンプスを脱がせる。
 千春の肩と抱えながら、部屋の奥まで行き、ベットまで寝かせた。
 部屋は、綺麗にしてあるがテレビの前やベットには漫画本やゲームが散乱していた。元彼氏と会った後は、我慢していたものを発散するようにゲームに没頭していたんだろうな、と秋文は考えた。

 春になったとはいえ、まだ夜になると肌寒い。
 千春をベットに寝かせた後に、しっかりと体に、布団を掛ける。すると、体が暖まり気持ちよくなったのか、安心しきった表情になった。
 

 「千春。俺、帰るからな。鍵、今度会った時に帰すからな。」
 「………ぃ、帰らないで……。」
 「え?」


 寝ぼけているのだろうか。千春は、ゆっくりと体を起こして、何かを言っていた。
 秋文は驚いて、千春の元に戻った。「どうした?気持ち悪いのか?」と、千春の顔を覗き込もうとした瞬間。
 秋文は、千春に抱き締められていた。


 「おまえ、何………。」
 「先輩、いかないで。私、寂しいよ……。」
 「………。」


 千春は泣きそうな声で、秋文を先輩と呼んだ。

 秋文を先輩だと勘違いしているのがわかると、秋文は一気に切ない気持ちに襲われた。
 俺は何をしている?好きな女に、元彼氏の男だと間違えられ、抱きつかれている。そんな逃げ出したい状況なのに、秋文はそのまま動かなかった。

 千春は、相当なショックを受けているのがわかったのだ。抱き締められ、首元には彼女が流した涙が落ちている。


 俺だったら、お前のことを悲しませない。

 そう言ってやりたい、彼女を抱き締め返したい。

 けれども、それが出来なかった。



 「……お前が眠るまで、いてやるから。」
 「……うん。」


 秋文の言葉を聞くと、千春は安心したのかすぐにベットに戻って瞳を閉じた。
 秋文が頭を撫でてやると、気持ち良さそうに微笑み、そして、すぐに静かな寝息が聞こえ始めた。

 穏やかな寝顔を見ていると、秋文は愛しさが募るばかりだった。


 自分がどうして彼女をこんなにも好きなのか、理由はいろいろあるが、ここまで夢中になってしまうのか、秋文は自分でもわからなかった。
 けれども、かれこれ10年以上の片思いだ。
 理由なんていらないのかもしれない。


 秋文は、壊れ物を扱うように千春の顔をゆっくりと撫でる。
 そして、顔を近づけて少し迷いながらも彼女の額に口づけを落とした。


 「………ごめん、千春。」


 消えそうな声でそう呟くと、秋文は静かに立ち上がり千春の部屋から出ていった。

 秘密の口づけも、切ない言葉も、知っているのは秋文だけだった。







 ☆★☆
 


 先輩にフラれてから、1週間が経った。
 憧れだった先輩の事はなかなか忘れられなかったけれど、彼からの連絡が来るわけでもない。
 そんな泣きそうな毎日だったけれど、千春は少しずっと元気になり、前を向き始めていた。

 しばらく恋愛はいいと思っていた千春だったが、好きな漫画を読んだり、ゲームをしていると、やはり恋愛がテーマになっているものも多く、千春はすぐに「ドキドキしたいな。」と思うようになってきていた。
 けれども、次は中身を見てくれる人にしなさいと、四季組の3人には言われており、なかなか行動に移せずにいた。

 男友達は、秋文や出だけだったし、他に知り合いとなると、秋文たちの後輩ぐらいだった。


 「付き合ってから中身見てくれるのじゃだめなのかなぁー?」


 自分の部屋で1人、本を読んでいたが、考え事が多すぎて全く集中出来なくなってしまった。

 そのため、本を閉じてテレビをつけた。休日の夕方とあって、特に見るものもなくボーっとニュースを眺めていると、スポーツの特集が流れ始めた。

 すると、テレビには「一色秋文選手」と大きく名前が出されており、友達である彼がサッカーの試合に出ている時の映像が出されていた。


 「また、秋文出てる。人気だなー。」


 秋文と出は、プロサッカー選手だった。
 千春が進学した高校は、サッカーの名門校だったようで、2人はスポーツ推薦で入学していた。
 そこでも有名な選手で、出が部長でゴールキーパー。千春は、MFで司令塔をやっていたらしい。
 千春はサッカーのルールも知らなかったけれど、四季組の4人でよくプロサッカーチームの試合を見に行っていたので、その時に出に優しく教えてもらっていたのだ。

 秋文は大学在学中に、出は大学卒業後にプロのチームに入っていた。日本代表にもなったこともあり、出は今もその一員だった。秋文は、今回は残念ながら選抜落ちしてしまっていたけれど、プロチームで活躍しているようなので、来年は期待できるのでは、とニュースでやっているのを見ていた。

 秋文は、サッカーの他にもCMやスポーツ番組にも出ていた。秋文の性格からして嫌がると思っていたので、千春が理由を聞いてみると「稼げるから。」と何とも現実的な答えが帰ってきたのには、驚いてしまった。

 それもあってから、有名人のように知名度が高く、出歩く時は眼鏡をかけていることが多かった。


 「こんなに人気あるんだもん。モテるんだろうなぁー。いいなぁー。」

 秋文は、いつも彼女がいるけれど、すぐにら別れる事も多かった。プロサッカー選手だと忙しいから、恋愛は難しいのかな、と秋文は思っていた。


 そんな事を考えていると、部屋のチャイムが鳴った。今日は来客の予定も届きものが来る予定もなかったはず……と思いながら、モニターを見る。

 そこには、今もテレビに映っている、秋文の姿があった。




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―

月輝晃
恋愛
25年前、王国の空を覆った“黒い光”。 その日を境に、豊かな鉱脈は枯れ、 人々は「25年ごとに国が凍る」という不吉な伝承を語り継ぐようになった。 そして、今――再びその年が巡ってきた。 王太子の陰謀により、「呪われた鉱石を研究した罪」で断罪された公爵令嬢リゼル。 彼女は追放され、氷原にある北の砦へと送られる。 そこで出会ったのは、感情を失った“氷の将軍”セドリック。 無愛想な将軍、凍てつく土地、崩れゆく国。 けれど、リゼルの手で再び輝きを取り戻した一つの鉱石が、 25年続いた絶望の輪を、少しずつ断ち切っていく。 それは――愛と希望をも掘り当てる、運命の物語。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

処理中です...