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2話「秘密の言葉と」
しおりを挟む2話「秘密の言葉と」
「ほら、もう着くぞ。」
酔っぱらってしまった千春を家に送るのは、いつも秋文だった。家の方向が同じという事もあるが、他の2人が秋文の事情を知っているからか、いつも無理矢理押し付けてくるのだ。
タクシーに乗ると、いつも千春はウトウトと寝てしまう。そして、何故か秋文の手を握ってくる。
「うぅー……温かいー。」
そう言って秋文に寄り添ってくる。
頬はほんのりピンク色に染め、そして、今日は泣いてしまったためか、目は赤くなっている。そんな千春がこうやって自分の手を握り、体をくっつけて座ってくるのだ。
秋文は、その手を優しく握りしめる。
「はぁー……こんな事されるなら、出になんて任せられないだろ。」
小さく独り言を言う。けれど、その文句のような言葉も声が明るいので、嫌ではないというのはすぐにわかる。けれど、その言葉を聞く人は今は夢の中なのだ。
「なんで、俺を選ばないだ?」
秋文は、千春が好きだった。
それも、高校の時からだ。かなりの片想いだけれど、千春は全く秋文を恋愛対象と見ていないのは、秋文自身もわかっていた。
だから、千春が誰かと付き合い始めたら、秋文も適当に彼女を作ったら。そして、千春が別れたら、秋文も別れる。それの繰り返しだった。
自分でも最低な男だと思う。
けれど、好きな女が自分の知らない男にとられて行くのをずっと見ていられるほど、冷静にはなれなかった。イライラした気持ちで、切なく寂しい気持ちを他の女にぶつけていた。
こんな我が儘な男を好きだと言ってくれる人が多いことは不思議だったけれど、秋文も恋人がたえることはなかった。
そんな事をして、気づけばいい大人になっていた。今回は、秋文は誰も付き合わずに千春を見守っていた。秋文も知っている先輩だったので、何故か妙に焦ってしまい、千春の連絡をいつも待っていた。
恋人以上になるのが怖かったのだ。
「ほら、家に着いたぞ。」
「んー……眠たい。」
「おい、靴脱げ。」
「秋文、取ってよー。お願いー。」
「……はぁー……。」
千春は酔うと、秋文にも甘えてくる。
普段は、立夏や出には甘えることはあるが、秋文にはほとんどなかった。
秋文自身も、誰かに優しくする事が苦手だったし、照れが勝ってしまう。特に千春はダメだった。本当に言いたい事が言えずにケンカ口調になってしまうのだ。
好きな子にいじめてしまうガキと同じだなと、自分でもわかっていた。
千春の履いていたパンプスを脱がせる。
千春の肩と抱えながら、部屋の奥まで行き、ベットまで寝かせた。
部屋は、綺麗にしてあるがテレビの前やベットには漫画本やゲームが散乱していた。元彼氏と会った後は、我慢していたものを発散するようにゲームに没頭していたんだろうな、と秋文は考えた。
春になったとはいえ、まだ夜になると肌寒い。
千春をベットに寝かせた後に、しっかりと体に、布団を掛ける。すると、体が暖まり気持ちよくなったのか、安心しきった表情になった。
「千春。俺、帰るからな。鍵、今度会った時に帰すからな。」
「………ぃ、帰らないで……。」
「え?」
寝ぼけているのだろうか。千春は、ゆっくりと体を起こして、何かを言っていた。
秋文は驚いて、千春の元に戻った。「どうした?気持ち悪いのか?」と、千春の顔を覗き込もうとした瞬間。
秋文は、千春に抱き締められていた。
「おまえ、何………。」
「先輩、いかないで。私、寂しいよ……。」
「………。」
千春は泣きそうな声で、秋文を先輩と呼んだ。
秋文を先輩だと勘違いしているのがわかると、秋文は一気に切ない気持ちに襲われた。
俺は何をしている?好きな女に、元彼氏の男だと間違えられ、抱きつかれている。そんな逃げ出したい状況なのに、秋文はそのまま動かなかった。
千春は、相当なショックを受けているのがわかったのだ。抱き締められ、首元には彼女が流した涙が落ちている。
俺だったら、お前のことを悲しませない。
そう言ってやりたい、彼女を抱き締め返したい。
けれども、それが出来なかった。
「……お前が眠るまで、いてやるから。」
「……うん。」
秋文の言葉を聞くと、千春は安心したのかすぐにベットに戻って瞳を閉じた。
秋文が頭を撫でてやると、気持ち良さそうに微笑み、そして、すぐに静かな寝息が聞こえ始めた。
穏やかな寝顔を見ていると、秋文は愛しさが募るばかりだった。
自分がどうして彼女をこんなにも好きなのか、理由はいろいろあるが、ここまで夢中になってしまうのか、秋文は自分でもわからなかった。
けれども、かれこれ10年以上の片思いだ。
理由なんていらないのかもしれない。
秋文は、壊れ物を扱うように千春の顔をゆっくりと撫でる。
そして、顔を近づけて少し迷いながらも彼女の額に口づけを落とした。
「………ごめん、千春。」
消えそうな声でそう呟くと、秋文は静かに立ち上がり千春の部屋から出ていった。
秘密の口づけも、切ない言葉も、知っているのは秋文だけだった。
☆★☆
先輩にフラれてから、1週間が経った。
憧れだった先輩の事はなかなか忘れられなかったけれど、彼からの連絡が来るわけでもない。
そんな泣きそうな毎日だったけれど、千春は少しずっと元気になり、前を向き始めていた。
しばらく恋愛はいいと思っていた千春だったが、好きな漫画を読んだり、ゲームをしていると、やはり恋愛がテーマになっているものも多く、千春はすぐに「ドキドキしたいな。」と思うようになってきていた。
けれども、次は中身を見てくれる人にしなさいと、四季組の3人には言われており、なかなか行動に移せずにいた。
男友達は、秋文や出だけだったし、他に知り合いとなると、秋文たちの後輩ぐらいだった。
「付き合ってから中身見てくれるのじゃだめなのかなぁー?」
自分の部屋で1人、本を読んでいたが、考え事が多すぎて全く集中出来なくなってしまった。
そのため、本を閉じてテレビをつけた。休日の夕方とあって、特に見るものもなくボーっとニュースを眺めていると、スポーツの特集が流れ始めた。
すると、テレビには「一色秋文選手」と大きく名前が出されており、友達である彼がサッカーの試合に出ている時の映像が出されていた。
「また、秋文出てる。人気だなー。」
秋文と出は、プロサッカー選手だった。
千春が進学した高校は、サッカーの名門校だったようで、2人はスポーツ推薦で入学していた。
そこでも有名な選手で、出が部長でゴールキーパー。千春は、MFで司令塔をやっていたらしい。
千春はサッカーのルールも知らなかったけれど、四季組の4人でよくプロサッカーチームの試合を見に行っていたので、その時に出に優しく教えてもらっていたのだ。
秋文は大学在学中に、出は大学卒業後にプロのチームに入っていた。日本代表にもなったこともあり、出は今もその一員だった。秋文は、今回は残念ながら選抜落ちしてしまっていたけれど、プロチームで活躍しているようなので、来年は期待できるのでは、とニュースでやっているのを見ていた。
秋文は、サッカーの他にもCMやスポーツ番組にも出ていた。秋文の性格からして嫌がると思っていたので、千春が理由を聞いてみると「稼げるから。」と何とも現実的な答えが帰ってきたのには、驚いてしまった。
それもあってから、有名人のように知名度が高く、出歩く時は眼鏡をかけていることが多かった。
「こんなに人気あるんだもん。モテるんだろうなぁー。いいなぁー。」
秋文は、いつも彼女がいるけれど、すぐにら別れる事も多かった。プロサッカー選手だと忙しいから、恋愛は難しいのかな、と秋文は思っていた。
そんな事を考えていると、部屋のチャイムが鳴った。今日は来客の予定も届きものが来る予定もなかったはず……と思いながら、モニターを見る。
そこには、今もテレビに映っている、秋文の姿があった。
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