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1話「誕生日の睡魔」
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「もう、心配しすぎだよ」
「………俺もそう思ってるけど、一応。それに明日1日休みを取ってんだから、前日から一緒に居てもいいだろ?」
「それは、私は嬉しいけどね」
「………だったらいいだろ………」
時雨は、少し恥ずかしそうにしながらペットボトルの水を飲んだ。先ほど開封したばかりなのに、もう半分も飲んでしまっている。寝る前にそんなに水を飲んだら夜中に目が覚めるんじゃないかと心配になるが、それ以上文句を言えば彼がいじけてしまうので、薫は見守るだけにした。
薫の恋人である時雨は、同じ年の友達でもあり幼馴染みだ。幼い頃から一緒に過ごし、大学まで一緒という腐れ縁だった。
そんな時雨と恋人になるなんて想像もしていなかったけれど、社会人になってすぐの頃に時雨から告白をされた。
初めは驚き、友達としか見れないと思っていた。けれど、何度も告白されているうちに少しずつ彼の大切さに気づき始めてきた。そんな時に、時雨が他の女性と歩いているのを目撃し、ショックを受けたのだ。
薫はそれを目撃して自分が悲しんでいる気持ちを知り、自分の中でどれぐらい時雨が大切なのかわかり、薫は時雨と付き合う事にしたのだ。
もちろん、彼が一緒に歩いていたのは会社の先輩だったというオチだったので、一安心だった。
時雨と恋人になってから、薫はとても幸せな日々を送っていた。
時雨は昔から自分が好きだったことを教えてくれた。薫が恋人を作る度に応援してくれたし、別れれば慰めてくれたのは彼だった。そんな時雨が昔から自分が好きで見守っていてくれたと知ると、すごく幸せだと思いつつも、気づかなくて申し訳なかったと思ってしまう。
時雨はどんなに辛かっただろうかと想像して、その話をしてくれた時は泣いてしまった。けれど、そんな時も彼は優しかった。
時雨は「そうやって泣いてくれるだけで、今までの気持ちは報われるよ」と、優しく微笑んでくれたのだ。
それからというもの、薫はますます時雨を大切に思うようになった。
時雨はそんな薫の変化にすぐに気づき、いつも「幸せだ」と言ってくれる。
薫は時雨がとてもとても大好きになっていった。
そして、今日は薫の25歳の誕生日前日だ。
時雨は、当日はしっかりお祝いすると気合いをいれてくれていた。だが、それと同時に不安そうにしていたのだ。
「『薫の25歳の誕生日 薫を守れ!』か………」
今日は時雨の家に泊まることになっていた。
彼のリビングのテーブルの上には古くなって黄ばんだ紙が置いてあった。そこには、子どもの字で、「薫の25歳の誕生日 薫を守れ!」と書いてあるのだ。
それは、昔からずっと彼の部屋の見えるところに置いてある。10才ぐらいの頃からだろうか。彼はいつもそれ大切そうにしていたので、時雨にそれは何かと聞いた事があった。けれど、彼も「わからない」のだそうだ。
気づいたらテーブルの上にあったという。けれど、それはその当時の時雨の書いた字。だが、時雨には全く見覚えがないとの事。寝ぼけて書いたのかなと、2人は思っていた。けれど、時雨はそれが何故か気になるようで、今まで大切に保管してきたのだ。
「それ、寝室に持っていくか」
「うん………やっぱり気になるの?」
「そりゃな。15年ぐらい気になり続けた日があと数分で来るからな」
「そうだけど……私の誕生日なんだからね?」
時雨はどうしてもこのメモが気になるようで、とても心配しているが明日は薫の誕生日なのだ。愛しい彼に1番にお祝いして欲しい。そう思ってしまう。彼にその古びた紙を渡しながら、いじけたように言うと時雨は「わかってるよ。明日はいつも以上に甘やかすつもりだから」と、薫を抱き寄せてから額にキスを落とした。彼の体からシャンプーの香りがする。彼と付き合い始めて数年が経つのに、こうやって抱きしめられたり、キスをされると緊張して鼓動が早くなってしまうのだ。
彼の答えに満足した薫が微笑みを返すと、時雨は薫の手を取った。
「せっかく温まったんだ。早く寝室に行くぞ」
「うん」
2人でお風呂に入り、お互いの時間を過ごした後、同じベットで眠る。彼が準備してくれた長袖のパジャマは、秋らしく金木犀のように淡いオレンジ色で薫のお気に入りだった。
手を繋いで寝室に向かう。寝る前に薫はいつもする事があった。アロマディフューザーを使ってアロマオイルの香りを楽しみたいのだ。
薫は昔から白檀の香りが大好きだった。
時雨と付き合い始め、彼の部屋で過ごすことが多くなってきた頃から彼にお願いしてここでも使わせて貰うようになった。彼もこの香りが好きになったようで香水までも白檀にしてしまうほどだった。
「うん。今日もいい香り!」
「薫、もう日が変わる」
「わかったー」
薫は急いで彼の元へと歩き、大きなベットに乗り上がる。そして、ベットに座ったまま待っていてくれた時雨に抱きついた。それだけで、嬉しくてニヤけてしまう。
交際が長いとマンネリになってしまうのではないか。そう思っていたけれど、時雨とは違っていた。一緒にいる時間が長くなれば長くなるほどに彼を好きになって、もっともっと彼を知りたいと思ってしまうのだ。
こんなに愛しいと思える人が、幼い頃からずっと一緒だったなんて、幸せなことだと思いながらも、勿体ないことをしてしまったとも感じていた。若い頃の自分に「もっと近いところに大切な人はいるよ」と教えてあげたいぐらいだった。
時雨は薫を抱きしめながら、心地よい低音の声で薫だけに囁いてくれる。
「薫………今年も一緒におまえの誕生日を迎えられて嬉しいよ」
「うん。私もだよ」
「ほんと、今でもおまえが俺のものになったのが夢なんじゃないかと思う時があるだ。一緒に寝てても起きたら隣にはいなくて、全てが夢だったんじゃないかって」
「………そんな事ないよ。私はずっと時雨の隣にいる」
「………あぁ。そうだよな。……俺を好きになってくれてありがとう」
「私こそ、ずっと守っていてくれてありがとう」
薫は彼を見上げてキスを求めた。
時雨はにっこり笑いながらもまだキスをしてくれない。
「ねぇ………時雨、キスは?」
「………待って、後少しで日付変わるから」
「もう!ムードっ!」
「待ってて………今から沢山してあげるから」
時雨はそう言うと薫の唇を人差し指でトントンと軽く押さえた。
むつけた顔をしながらも、そうやって誕生日を迎えたいと思ってくれる彼の気持ちが嬉しくて、寝室にある時計をジッと見つめる彼を眺めて微笑んでしまう。
「もう少しだ。5、4、3、…………薫、お誕生日おめでとう」
「ありがと………ぅ…………」
彼のカウントダウンの声はしっかりと聞こえた。それなのに、「おめでとう」の言葉はほとんど聞こえなかった。急激に睡魔に襲われたのだ。
どうして、自分がこんなに眠くなるのか分からない。
けれど、瞼を閉じるのを我慢出来ないのだ。
薫は、何も考えられないまま体の力が抜け、そのまま時雨の体に倒れた。
「おいっ!薫?!……嘘だろ………どうしたんだ?薫っ!」
愛しい人が必死に自分の名前を呼んでいるのにも気づくことはなかった。
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