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4話「クスノキ」
しおりを挟む4話「クスノキ」
「薫………大丈夫なのか?……どこか痛むか?」
「ううん………そうじゃないの」
あぁ……この声は恋人の時雨の声だ。
それなのに、何故かあの人の声も聞こえるような気がした。
けれど、ここには居ない。
薫は涙を拭きながら、ゆっくりと起き上がった。すると、時雨は薫を優しく抱きしめ「よかった………心配した」と、大きく息を吐きながら声を震わせそう言った。
時雨が自分の事を心配していたのがわかり、薫は「ごめんなさい………大丈夫だよ」と彼をギュッと抱きかえそうとした。しかし、手の中に何かが入っている事に気づいた。
ずっと手を握りしめたままだった左手。
薫は時雨に「ごめん………確認したい事があるの」と言って彼から体を離し、薫は時雨と一緒に手の中にあるものを見ることにした。無意識にずっと持っていたもの。薫は、それが何かもうすでに分かりかけていた。
ゆっくりと指を開き、中を見つめる。
「やっぱり………琥珀だ………」
「琥珀?………薫、それどうしたんだ?」
薫はその不思議な石を持ち、窓から差し込む光りに照らした。透明な石がキラキラと輝き、中の葉も透けてみえる。
時雨も不思議そうにそれを見つめている。
「これ………実はさっきもらったの………。ねぇ、時雨は覚えてる?」
「まさか………」
時雨は薫の顔を見て、驚いた表情を見せた。それを見て薫はハッとした。もしかして、彼もあの日の事を思い出したのではないか、と。
「「ミキ」」
同時にその名前を呼んで、薫と時雨は目を大きく見開いた。どうして彼も思い出したのだろう。彼の事を。
「どうして、私たち忘れてしまってたの?」
「それは、子どもじゃなくなったから」
「え……それってどういう事?」
時雨は何かを知っているようだった。けれど、彼は何か考え込んだ後、ハッとした。
そして、ベットの隣りにあるオケージョナルテーブルの上に置いてあるあの紙を取った。
「時雨?」
「………この、俺が書いた『薫の25歳の誕生日 薫を守れ!』って、ミキが25日の誕生日だけは僕がもらうって言ったんだ。……そうだったんだよ………。って事は、今日だけはミキの記憶があるって事かもしれない。現に、今俺たちは昔の事を覚えてる」
「え………それじゃあ、もしかして………ミキに会えるの?」
「それは………わからない。子どもじゃなくなった俺達があいつに会えるか……。でも、確かめてみたい」
「うん。じゃあ………行こう、森へ」
2人は頷いて、すぐにベットから降りた。
薫はもう1度手の中の琥珀を見つめた。
夢の中だけのデートのはずだった。それなのに、どうして手の中にそれがあるのか。
本当に彼がこの場所まで来てくれたのではないか。
薫はそう信じてやまないのだった。
薫が目覚めたのは、25歳の誕生日を向かえた朝早くだった。その間、薫はずっと眠っていたようだ。
「本当に体に異変はないのか?」
「うん。どこも大丈夫だよ。むしろ、たくさん寝たって感じ」
時雨が運転する車に乗った薫は、2人で地元に向かう事になった。運転しながらも薫の様子が気になるようで、何度も「気持ち悪くない?」「寝てていいぞ」と心配してくれた。けれど、薫がニッコリと微笑みそう言うとホッとしたようだった。
「それはよかった。本当に心配したんだぞ。突然倒れるように寝始めたんだからな」
「それは私のせいじゃなくて………たぶん、ミキがしたことなんだよ。私と話したかったのかな」
「昨日の夢、教えてくれよ」
「わかった」
午前中にはあの森に到着するだろうが、まだまだ時間はある。薫はゆっくりと昨日の夢の話をした。夢のはずなのに、鮮明に覚えているのだから不思議だ。
ずっと持っている琥珀の石を見つめながら、薫は遠い昔の事を思い出し語るかのように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
薫がミキの話をしている時。時雨は、とても静かにその話に耳を傾けていた。薫が切ない気持ちになって涙ぐみ、鼻を啜ると「………そうか」と言いながら、少し顔を歪ませた。
「それで、たぶん時雨の声が聞こえたから、この夢が覚めたんだと思う」
「………そうか。教えてくれて、ありがとな」
「ううん…………。ねぇ………時雨はどうして思い出したの?」
「………あぁ、それも含めて話さないといけないな。昨夜の事も、昔の事も。……そして、ミキの事も………」
時雨の表情はとても切なく、そして悔しそうで、彼に何があったのか。そして、何故苦しそうにするのか。
薫は、時雨を見つめ、彼の次の言葉をじっ待った。
しばらくしてから、薫は口を開いた。
それは懐かしい昔の話からだった。
★★★
時雨と薫は気づいたときには、もう友達だった。
家が近かったこともあり、親同士も仲良くよく遊んでいた。そんな事から幼馴染みという関係になっていた。
小学生になる頃。活発だった薫は女友達と遊ぶよりは、時雨たち男友達と遊ぶ方が多かった。そのため、時雨と薫は小学生になるとますます仲が良くなった。
学校帰りは近くの山で遊ぶことが多かった。小さな山だったけれど、頂上には大きな木があり、その木の下で本を読んだり、話をしたり、近くの小川で遊んだり、虫採りをしたりして過ごす事が多くなった。
「やった!今日は俺の勝ちっ!」
「うー………悔しい。あそこで転んでなきゃ抜かせまかもしれないのに」
山も麓からスタートをして大きな木でゴールするというかけっこにハマっていた小学1年生の頃の2人。いつも接戦だが、この日は時雨が勝った。
「薫、転んだのか?怪我は?」
「うん、大丈夫だよ。血は出てない。ありがとう、時雨」
「………怪我してないならいい」
薫が笑顔でお礼を言うのを見て、時雨は少し顔が赤くなってしまう。今考えれば、この頃から時雨は薫に惹かれていたのかもしれないなと思う。彼女の言葉や行動、そして表情に一喜一憂していた。
照れているのがバレないように、時雨は「俺が勝ったから、今日は何して遊ぶか決めるならな」と、少し強い口調で言ってしまう。けれど、薫は気にすることも彼の変化に気づくこともなく、「うん。決めていいよ」と言うだけだった。子どもの頃から鈍感さは健在だった。
「じゃあ、木登りしよう!」
「うん!」
時雨の提案で、大きな木に登ることに決まった。よく登っており、2人はこの木から見る自分達の町が大好きだったのだ。
「ねぇ、この木は「クスノキ」って言うんだって。お母さんが教えてくれたの。漢字だと、木に南って書くんだって。時雨、知ってた?」
「へー!知らなかった。楠かー。じゃあ、ミキだね」
「え?」
「だから、南の「み」に木の「き」でミキ。名前はミキだ!」
「………え?楠だよ」
「いいの。ミキに行こう!とか名前で呼べるだろ?」
「なるほどー………わかった。じゃあ、これからは、この木の事はミキね!」
木に名前をつける何て、バカだなと自分でも思いながらも今はそれがよかったと思っている。ミキが喜んでくれたのだから。
この日は、何故か木へ登るのが上手くいき、上の方まで行ってしまった。もちろん、その楠は大木なので一番上には行けない。
時雨はまだまだ大丈夫だったが、薫が先に音を上げた。
「時雨………ちょっと疲れたよ……それにもう上にいくの怖い」
「何だよー!あと少しだけ。怖いならそこで待ってて………」
「えー………じゃあ、もう少しだけ頑張る」
薫は一人にされるのが嫌だったのか、悲しい表情を見せながら、また大きな木のミキに抱きついて登り始めた。けれど、次の大きな枝までは、少し長い間隔があった。
「時雨………私、もう登れないよ………どうしよう……」
「え………何言ってるんだよ!もう少しだから頑張れっ!」
「だって、もう疲れて体が動かないんだよ」
「……待ってろ!今、そっちに行くからっ!」
時雨は急いで、彼女の元へと向かう。薫の腕が小刻みに震えているのがわかった。本当に限界なのだろう。
「……………ダメだよ………もう間に合わないよ………」
薫は体力の限界と、落ちてしまうという恐怖に襲われ、泣きそうになっていた。
あと少しで、薫の元へ行ける。
だから、待っててくれっ!
そう思った、けれど無惨にも彼女の体がずるずると落ち始め、遂に手を離してしまった。
「………ぁ…………」
「………っっ、薫っ!」
今でも覚えている。
薫が恐怖で歪む顔を。どうして、友達を助けられないのか。自分のせいで彼女が落ちてしまう。薫が傷ついてしまう。
必死に手を伸ばしても、届くはず等ないのに、時雨はそんな事しか出来なかった。
その時だった。森に落ちている葉っぱや柔らかな枝や葉っぱが一気に集まり、薫を包んだ。落ちてしまう場所にも落ち葉が溜まっていたのだ。自然のクッションに薫の体は落ち、衝撃はほとんどなかったようで、彼女はただ驚いてまわりをキョロキョロと見ていた。
「よ、よかった…………」
何が起こったのかはわからない。
けれど、薫が無事ならば安心だ。急いで地上まで降りて薫に駆け寄った。
「薫!大丈夫か?」
「うん………葉っぱ達が助けてくれたの」
「…………なんだったんだ?」
「僕が助けたんだよ」
知らない声が木の上の方から聞こえた。
時雨と薫は、上を見上げる。
すると、そこには自分と同じぐらいの少年が立っていた。けれど、それは自分達とは違う存在だとすぐにわかった。
髪は緑で、肌は茶色。そして、何より彼は宙に浮いていたのだ。
驚く2人を見て、その不思議な少年はニッコリと笑った。
「僕は楠のミキ、なんだよね?」
それが、ミキとの出会いだった。
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