東洋の人魚姫は恋を知らない

蝶野ともえ

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20話「人魚姫の初仕事」

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     20話「人魚姫の初仕事」



  私は、夕影に何をしてあげられるのだろうか。
してもらう事ばかりじゃないか。

  七星は足に大きな爆弾を抱えている。障害があるといっていいだろう。いつ歩けなくなるかわからない。
  そんな足では、思い切りデートも楽しめない。
  何処か遠出をしようと考えても、無理のない場所を考えなれけらばいけないのだ。
  それに彼の好きな水泳だって2人で十分に楽しめないのだ。冷たい水は無理だとか、長い時間を浸かってられないなどの制限がある。そして、いつも心配ばかりかけてしまうのだ。
  そんな状態で夕影は楽しめているのだろうか。
  それに、年齢も気にかかる。夕影は七星にいつまでも敬語を使っている。気を遣いすぎているようにも思えるのだ。素直になってほしいし、もっと甘えてくれたっていい。だけど、年齢が高いせいなのか、いつも優しくされすぎているように感じる。

 その点、同じ学生だったらどうなのだろうか?
  そして、怪我もしていない普通の女の子だったら……。

  そんな同じ年代の普通の女の子といた方が、夕影は幸せなんじゃないか。そう考え込んでしまう。
  ぐるぐるとそんな考えを巡らせていても、長い長い夜は明けないし、悩みもなくならないのだ。

  七星が元気がないのに夕影も気づき始め、心配をかけてしまっている。
  これではダメだ。そうわかっているのに、簡単に思考は変えられない。


「どうすればいいんだろう……?」

  悩み続けて数週間。
  七星は寝不足気味にもなっており、眠いはずなのに眠れない。今夜もベットに入ってから、ああでもないこうでもないと考えを巡らせていたのだ。

「私はどうしたいの?」


  夕影の事ばかりを考えていた。
  けれど、そういえば自分の気持ちはどうだろうか?そう考えを変えた途端に、胸がドクンとなった。

  夕影とお似合いじゃないから、役に立たないから、だから自分では恋人として不釣り合いなんじゃないか。そんな風にばかり悩んでいた。
  ならば、自分は恋人をやめれるのか。彼に「別れてください」と言えるのか。

  そう考えた瞬間に、胸が苦しくなり、目に涙が浮かんできた。

「私、夕影と別れたくないよ」


  別れたいはずがない。
  こんなにも大好きで大切な人なのだから。水泳にも勉強にも真っ直ぐ取り組んでる所はすごくかっこいいと思う。それに、優しくて、七星を大事にしてくれるし、甘えさせてくれる。支えてくれる。そして、七星も夕影を応援したいと思っている。そんな関係がなくなってしまう。夕影が目の前からいなくなる。そう想像しただけでも、悲しみから立ち直れなくなってしまいそうなほどショックを受けてしまう。

  諦める事ばかり考えていた七星に小さな光りが射し込む。
  彼と釣り合う関係になるために、何をすればいいのか。似合う女になるために、頑張るしかない。
  別れたくないのならば、さよならしたくないのならば、何かをしなければいけない。七星はそう考えられるようになってきた。

「私に出来る事、あるだろうか」

  七星の悩みはまた増えていく。
  けれど、自分磨きをして迷惑がかからないように体力をつけたり、足を回復できるようにリハビリを積極的にやったりする必要がある。そして、今以上に彼を支えなければいけない。
  そう思うと、七星は俄然やる気に満ちてきた。

「頑張って、夕影くんに似合うような女の子ならないと………!」


  その思いを強く持ち、七星は日々を過ごすようになっていったのだった。






「七星さん、何か綺麗になった?今までも綺麗だったんだけど、より一層艶が出たというか、お姫様になったというか……」
「水野さん、ありがとうございます!今、体を鍛えたりして自分磨きをしてるんです。あ、これカロリー控えめのクッキーを焼いたんですけど、いかがですか?」
「まあまあ、料理まで頑張ってるなんてすごいわね。ぜひいただくわ」


  仕事の休憩時間。
  七星は仕事の先輩である水野と一緒に昼ごはんを食べていた。
  手作りのクッキーは夕影のおやつに作った時に多めに出来たので職場に持ってきたものだった。
  水野にも喜んでもらえたし、日頃の頑張りの成果からか、容姿も褒めて貰えて七星は内心でとても喜んでいた。
  仕事や仕事終わりの水泳などでどんなに疲れていても、七星は帰宅した後も筋トレをしたり、ストレッチを欠かさなかった。美容にもいいと言われる化粧品を揃えてみたり、メイクも勉強をして自分に似合うものを探してみたり、服装も流行のものを取り入れたりしながら研究を重ねていた。それを周りの人たちが気づき、評価してくれると、嬉しいしやる気が出てくる。
  数日前にも「七星さん、なんか体引き締まりました?かっこいいですね」と褒められたばかりで、嬉しくてニヤけ顔になってしまったぐらいだった。

「素敵な彼氏さんがいると、いろんな事が頑張れちゃうのね。素敵だわ」
「惚気てるわけじゃないんですけど。彼が頑張っていると、ちゃんと釣り合っているかなって心配なってしまって。でも、こうやって褒めて貰えて自信が少しつきました。もっと頑張って、釣り合うようになりたいんです」
「……七星さん」


  水野はニッコリと笑った後に、「でもね」と言葉を続けた。

「でも、少し疲れているんじゃない?」
「え、そんな事は……」
「あなたの素敵な恋人さんは、今の七星さんじゃ不十分だと思っていそうなのかしら?きっと、違うと思うの。話しを聞いていると、今の七星さんをすごく大切にしてくれているから。だから、無理だけはしないでね」
「でも………私により彼はずっとずっと頑張ってて輝いているから」


  夕影は試合に勝つために日々努力をしているし、七星を支えるために勉強もしてくれている。車を買うと貯金までしてくれている。それだって。七星を無理させないためにだ。そして、そんな素敵な恋人の周りには、同年代で夕影に相応しいような女性が沢山いるのだ。
  それなのに、自分を選んでくれた。
  それならば、私も頑張らなくちゃいけないのだ。

「私、頑張りたいんです」
「………七星さん」


  今でも足りないと思っているぐらいだ。
  まだまだ、頑張らなければいけない。相応しい恋人になるためには。


「大変だ!人魚役が倒れたっ!」


  そんな時だった、七星達が休んでいた休憩室に大声を上げてスタッフが飛び込んできた。
  焦っているようで、近くにいたスタッフに何かを必死にお願いしている。

「あらあら。何かあったのかしら」
「人魚役って言ってませんでしたか?」


  人魚という言葉に七星はドキリとしたが、どうやら自分の事ではないようだ。

「人魚役って、もしかして水槽の中で魚達に餌やりをするスタッフの事かしら?ほら、お客さんに喜んでもらうために、人魚の格好をして潜っているイベントがあるでしょう?」
「そういえば、そういうイベントありましたね」


  七星が働いている水族館では、いろいろなイベントが毎日のように行われていた。
  ペンギンの散歩や、アシカへの餌やり、イルカショーへの参加などが行われていた。その中の一つに、人魚の餌やりがあった。人魚の仮装をした女性スタッフが、水槽の中を泳ぎながら、魚達に餌をやるものだった。これは決まった曜日に行われているようで、それが今日だったのだろう。
  人魚の餌やりは人気のイベントだ。飼育スタッフで水泳経験のある女性がやっていると聞いた事があった。

  心配した水野はすぐにその男性に駆け寄り話しを聞いている。
  七星も近くに行き話しを聞くと、体調が悪いのを無理をして働いて、途中で倒れてしまったらしい。午前中も人魚の餌やりは予定されていたはずなので、きっと無理をして泳いで具合が悪くなったのだろう。

「心配ね。でも、急に人魚なんて大役できる人はいないだろうから、今回は中止するしかないんじゃないかしら」
「そうなんですが、今日は休日ということもあってかなりの人がイベントをすでに待機しているみたいで」
「それは申し訳ないわね」


  ちょうど休憩室にいたスタッフ達からも中止の声が上がり始めていた。他にいい案が思い浮かばないからだ。イベントまでも時間がない。代わりの人間が決まらないのであれば、中止にせざるおえないだろう。
  だけど、それは代わりに泳げる人がいない時、の話だ。

  七星は、イベントの企画者である男性に近づき、ゆっくりと声を掛けた。

「私でよければ代役、やらせてくれませんか?」
「な、七星さんっ!?」
「あなたは売店のスタッフさんですよね。水泳経験があるんですか?」
「はい。学生の頃ですけれど、大会にも出ていたので大丈夫です」
「それは助かります!さっそく準備をしてもらって、お願いしたいです」


  人魚の企画者の男は、安堵の表情を浮かべてさっそく七星を準備する場所に案内しようとした。
  だが、自ら声を上げて立候補した七星を水野は驚いた顔をして止めた。

「ダメよ!足が動くなったらどうするの?危険だわ」
「水野さん、ご心配ありがとうございます。でも、実は今水泳の練習を週に数回しているんです。なので、大丈夫です」
「でも、何かあってからでは遅いわよ」
「やりたいんです。私、お役に立ちたいんです」
「七星さん」



 怪我をした足のせいで、いつも職場にも迷惑がをかけていた。
  自分は弱い立場で、誰かに助けてもらわないといけないのだ。そう思っていた。
  そんな中で、自分しかできない仕事が目の前に舞い降りたのだ。役立てるチャンスを、七星は逃したくなかった。

  それに、こうやって仕事で頑張れる事が売店の仕事以外でもある。頑張れることを、夕影にも伝えられると思えたのだ。彼も試合に向けて、そして、七星のために頑張っているのだから、自分もやれることはやりたいのだ。

「無理はしません。だから、……私にやらせてくれませんか?」
「七星さん。わかったわ。私が店長に伝えてくるから、頑張って。でも、無理だと思ったらすぐに止めるのよ」
「ありがとうございます!」
「よし!では、こちらです」


  七星は男性スタッフの後に続いて駆け出した。
  移動する間にイベントの概要や人魚役の役目の話しを簡単に聞く。
  穏やかな熱帯魚がいる魚がいる水槽に入り、ゴーグルやシュノーケルも着けずに、本物の人魚のように泳ぐのがここの水族館の名物となっているらしい。そのため、長い時間潜れる事が必須らしい。
  七星は長い間水泳をしていたので、1分以上ならば潜っていられるので問題はないらしい。呼吸はその都度、上に戻り息を吸って行う。そのため、数分のイベントということだ。
  話を聞くと、自分にも出来そうで安心する。

「足の怪我をしていると聞きましたが、大丈夫です」
「はい。昔の怪我で、今はほとんど支障はないんです。泳ぎの練習も最近再開したので、お役に立てて嬉しいです」
「本当に助かります。こちらが、人魚の衣装になります。あと10分ほどで本番になるので、よろしくお願いします」
「わかりました」

  七星は男性から着替えを貰い、用意された部屋へと入った。

「よし!やるしかない。頑張るぞっ!」


  七星は強く手を握り1人呟き、やる気をだす。
  そうして、さっそく準備にとりかかった。


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