2 / 41
1話「妖精、転移する」
しおりを挟む1話「妖精、転移する」
クリスマスイブは、大雪だった。
普段、あまり雪が降らない地域なだけに、「ホワイトクリスマスだ」と街を歩く人々は浮足立っていた。その人混みを、朱栞は縫って小走りで通り過ぎる。その度に口からは白い息が上がる。
今年のクリスマスイブは金曜日で、街中はカップルや友人同士などでイベントを楽しんでいる人たちでごった返している。そんな中で朱栞は仕事終わりに1人きりだったが、寂しいという気持ちを感じる事はなかった。
心の中はワクワクとした温かい気持ちが溢れており、寒ささえも感じない。気分が高揚させるのが1番の寒さ対策なのではないかと思うほどだった。
スーツの上にダークブラウンのロングコート。そして、キャメルと水色のチャックの大判マフラーを首に巻いている。明るすぎない栗色の長い髪は高い位置でまとめ、毛先は軽いカールがかかっている。その髪をぴょんぴょんと跳ねさせながら歩く。
大切に抱えている紙袋は分厚い。その重みには、楽しみが詰まっているのだ。そう思えば、それを抱えて帰る雪道も苦痛に感じない。
「今日は伯爵夫妻にも久しぶりにお会いできたし、おすすめのものも教えていただいたし。いいクリスマスプレゼントだわ」
雑踏の中、小さく独り言を漏らす。
思い出してはニヤけてしまう口元をマフラーで隠しながら、雪の跡がついてしまった紙袋を見つめる。赤くなった指先で、紙袋についた雪を払い、家路を急いだ。
朱栞は語学を学ぶ事が趣味であった。
そのため、その知識を生かし大学を卒業後にバイリンガル秘書の仕事に就いた。
大手外資系会食企業で働きキャリアを積んだ。その後にフリーになり、高校の頃の知り合いと仕事をすることになったのだ。その際、パーティーに同伴した時に、スペインのセリネーノ伯爵夫妻と出会い通訳をしのだ。すると、マネージャーをしてから知識があるサッカーの話題で夫妻と盛り上がったのだ。そして、伯爵夫妻は「またお会いしたい」と言われ、大層気に入られたのだ。そのため、この日の伯爵夫妻が主催したクリスマスパーティーに招待されたのだ。
小規模のクリスマスパーティーで、スペイン料理のレストランを貸しきって行われた。アットホームな雰囲気だったため、仕事終わりにスーツ姿で向かった朱栞は少し浮いてしまったが、夫妻はとても温かく迎えてくれ、歓迎のハグをしてくれた。
「この子はスペイン語が得意なのよ」と紹介してくれたので、周りの招待客とも気軽に話せるようになったのだ。
「あなたは、これからも秘書を続けるの?」
「えぇ。この仕事は好きですので。他の語学も勉強したいと思ってるのです」
「まぁ、すごいわね。勉強熱心だわ」
濃厚な赤ワインをいただきながら、大きなソファに座りながら話をすすめる。伯爵夫妻は、朱栞の話を聞きたいようで先程から質問をよくしてくれたり、仕事の話をしてくれる。夫妻はリラックスしているようで、背筋はしゃんとしているので、こちらも背が引き締まる。
「好きな事は?部活でマネージャーしていたサッカーかしら?」
「それもありますが、1番は絵本や物語を読むのが好きなんです。日本のものも好きですが、海外のものですと、変わった伝承や神話などもあるので。そう言ったファンタジーのようなお話が好きです。……だから、沢山の言葉を知りたいと思うのかもしれません」
「まぁ、素敵ね!スペインにもいろいろあるから知ってほしいわ」
「ファンタジーが好きか……ますます彼女はぴったりだな」
「ええ。そうね」
夫妻は微笑み頷きあっているが、全くその意味がわからずに首を傾げるが、2人はニコニコしながら朱栞を見つめるだけだった。
「じゃあ、夢は自分で絵本を描いてみる事かしら?」
「いえ、そんな!私は絵は得意ではなくて。……でも、世界の絵本を集めた小さな本屋さんとかは憧れます」
「そんな本屋さんがあったら行ってみたいわねー!外国のお客さんがいらしても、あなたなら対応出来るし、素敵なお店になりそう」
「そうやって働きながらも夢を語れる若者がいる事は心強いものだ」
白髪混じりの髪の伯爵は何度も頷きながら、そう言うと、言葉を続けた。
「私には朱栞さんよりも少し年上の息子がいるんだが。ぜひ、お嫁にきていただきたいくらいだ」
「……ぇ……」
「本当にそうね。何度もその話をしていたのよ。あの子にはあなたがピッタリだわと思っていたの。見た目はこの方と似てとてもかっこいいわよ。それにとても強いわ。私たちの自慢の息子なの。ぜひ会ってみない?」
突然の誘いに、朱栞は驚き目を丸くした。
「伯爵の息子さん!?」
思わず声をあげてしまった朱栞だが、それは無理もない事だった。セリネーノ伯爵家は由緒ある家で、歴史も古い。そして、出資している企業も多く、資産も莫大だと耳にしたことがある。屋敷の写真を見せていただいた事もあるが、どこかの古城のように大きなお屋敷で、朱栞は言葉を失ったのを覚えている。
そんな伯爵家の息子を、一般人である朱栞は夫妻自ら紹介してくるとは思っても見なかった。
朱栞は慌てて首を振り、顔を白くして返事をした。あまりにもおそれ多い申し出に、冗談だとしても、本気で断るしかなかった。
「わ、私のような一般人が伯爵家のお嫁になんて!ご冗談がすぎます」
「あら、冗談ではないわ。なら、今から電話してみる?……って、今は繋がらないわね。少しばかり難しい条件もあるけれど、とてもいい子なのよ。それはわかっていて欲しいわ」
「………そんな私なんて……」
それからすぐに、伯爵夫妻は他の客に呼ばれ、席をはずした。それに、つい安堵してしまい、朱栞は小さく息をついた。
自分が伯爵家に嫁ぐなどありえない。想像さえ出来ない。
それに、朱栞には好きな人がいるのだ。
高校からの片想いの相手。そして、何度かフラれているのに、それでも諦められない相手だ。
そして、今、この世界にはいない人。
「先輩は………今何をしてますか?」
朱栞が座っていたすぐ隣には大きなガラス窓が見え、そこからは小さな庭が見える。ガーデニングをしているのか、綺麗に整えられているが、今は冬でしかも夜だ。真っ暗闇の中には花はほとんど見られず、その代わりにイルミネーションで光で華やかに彩られている。
そんなクリスマスの夜。ちらちらと空からは雪が降り落ちてくる。なかなか見られない景色に、何故だか今ならば彼に言葉が届くような気がして小さな声が出た。
酔っているのもあるが、先輩と仕事をした際に出会ったのが、セリネーノ伯爵だったのでつい彼を思い出してしまっただろうと思った。
先輩は、数年前に突然いなくなった。
仕事も私生活でも上手くいっていたようで、失踪は考えられず、事件に巻き込まれたわけでとないとわかり、異世界への転移と決められた。一緒に仕事をしていた人が突然目の前からいなくなったのを見ていたので、すぐに確定されたのだ。
彼がこの世界に戻ってくるかはわからない。
だからこそ、祈るしかないのだ。
彼が幸せに暮らしていられる事を。
その後、夫妻との話しでお付き合いの件を進められる事はなかった。その代わりに朱栞にとって喜ぶべき情報を貰えたのだ。
それが、スペインの絵本や夫妻が息子に読み聞かせた物語だった。朱栞は、それをしっかり聞き取り、手帳にメモをする。すると、あまりに真剣な様子だったようで夫妻は笑っていた。
そして、パーティからの帰り道。本屋に寄り買い求めたのだ。今は大きな本屋も夜遅くまで営業しているのは、朱栞にとって心強い。お目当ての本達を見つめ、朱栞はニッコリと微笑んだ。
帰宅するとすぐにお風呂で体を温め、寝る直前までの準備を整えて、ベットに座る。
そして、朱栞は買ってきた本から1冊を選んだ。表紙はシンプルな洋書だ。スペイン語で書かれているが、「人間と妖精の物語」と書かれている。どうやら伝書をもとにした、ファンタジー小説らしい。少し前に書かれたものだが、人気作のようで今でも読まれているようだった。けれど、日本語に訳されたものはなく、朱栞も知らない作品だった。
「これを伯爵夫妻は読んで差し上げていたのね。懐かしそうに話していたからきっと、息子さんがお気に入りだったのかな……」
そんな風に思いながら、表紙を捲った。
それからはあっという間に時間が過ぎていった。妖精と人間のいざこざがあり、一時は人間は妖精を殺してしまったり、妖精も人間を騙したりと、対立関係にあった。けれど、大干ばつが起こり妖精は生きる場所を、人間は食べるものを失いそうになり、協力する事となった。人間は知恵を、妖精は魔法を使った。そのうちに、人間にも稀に魔力を持った者が生まれ、その人間と妖精が契約する事で、強靭な魔法を使える事がわかり、干ばつを乗り切る事が出来たのだった。
苦難を乗り越えた先には幸せが待っているはずだが、それを朱栞はまだ知らなかった。
続きを読む前に、本を読んだままうたた寝をしてしまったのだ。
けれど、朱栞は豊かな自然のなか、妖精と人間が暮らしている世界で暮らす夢を見ていた。その国の名前を聞き、朱栞は聞いたことがあるな、と思いながらも神秘的で魅惑のある妖精と過ごすことに夢中になっていて、それを考えることを止めてしまった。
しばらくして、寒さを感じた。
その瞬間に意識が現実世界に戻った。あぁ、布団をかけなければ。と、思ったがどうも体に触れる感触が違う。ふわりとした感触はなく、しっとりとして固く、少しくすぐったい。
朱栞は、この感覚に覚えがあった。
公園や河川時期でごろりと体を倒した時と同じなのだ。
朱栞は不思議に思い、ゆっくりと目を開ける。と、そこにはつけっぱなしだった部屋の電気も、白い天井も、お気に入りのベットの姿もなかった。
朱栞を出迎えたのは、雲ひとつない青空と、黄色の花達。
「え………ここは………どこ、なの………?」
そこには、朱栞が見たこともない景色が広がっていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?
由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。
皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。
ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。
「誰が、お前を愛していないと言った」
守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。
これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる