囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。

蝶野ともえ

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1話「妖精、転移する」

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   1話「妖精、転移する」


 クリスマスイブは、大雪だった。
 普段、あまり雪が降らない地域なだけに、「ホワイトクリスマスだ」と街を歩く人々は浮足立っていた。その人混みを、朱栞は縫って小走りで通り過ぎる。その度に口からは白い息が上がる。
 今年のクリスマスイブは金曜日で、街中はカップルや友人同士などでイベントを楽しんでいる人たちでごった返している。そんな中で朱栞は仕事終わりに1人きりだったが、寂しいという気持ちを感じる事はなかった。
 心の中はワクワクとした温かい気持ちが溢れており、寒ささえも感じない。気分が高揚させるのが1番の寒さ対策なのではないかと思うほどだった。

 スーツの上にダークブラウンのロングコート。そして、キャメルと水色のチャックの大判マフラーを首に巻いている。明るすぎない栗色の長い髪は高い位置でまとめ、毛先は軽いカールがかかっている。その髪をぴょんぴょんと跳ねさせながら歩く。
 大切に抱えている紙袋は分厚い。その重みには、楽しみが詰まっているのだ。そう思えば、それを抱えて帰る雪道も苦痛に感じない。



 「今日は伯爵夫妻にも久しぶりにお会いできたし、おすすめのものも教えていただいたし。いいクリスマスプレゼントだわ」


 雑踏の中、小さく独り言を漏らす。
 思い出してはニヤけてしまう口元をマフラーで隠しながら、雪の跡がついてしまった紙袋を見つめる。赤くなった指先で、紙袋についた雪を払い、家路を急いだ。


 朱栞は語学を学ぶ事が趣味であった。
 そのため、その知識を生かし大学を卒業後にバイリンガル秘書の仕事に就いた。
 
 大手外資系会食企業で働きキャリアを積んだ。その後にフリーになり、高校の頃の知り合いと仕事をすることになったのだ。その際、パーティーに同伴した時に、スペインのセリネーノ伯爵夫妻と出会い通訳をしのだ。すると、マネージャーをしてから知識があるサッカーの話題で夫妻と盛り上がったのだ。そして、伯爵夫妻は「またお会いしたい」と言われ、大層気に入られたのだ。そのため、この日の伯爵夫妻が主催したクリスマスパーティーに招待されたのだ。
 小規模のクリスマスパーティーで、スペイン料理のレストランを貸しきって行われた。アットホームな雰囲気だったため、仕事終わりにスーツ姿で向かった朱栞は少し浮いてしまったが、夫妻はとても温かく迎えてくれ、歓迎のハグをしてくれた。

 「この子はスペイン語が得意なのよ」と紹介してくれたので、周りの招待客とも気軽に話せるようになったのだ。


 「あなたは、これからも秘書を続けるの?」
 「えぇ。この仕事は好きですので。他の語学も勉強したいと思ってるのです」
 「まぁ、すごいわね。勉強熱心だわ」

 濃厚な赤ワインをいただきながら、大きなソファに座りながら話をすすめる。伯爵夫妻は、朱栞の話を聞きたいようで先程から質問をよくしてくれたり、仕事の話をしてくれる。夫妻はリラックスしているようで、背筋はしゃんとしているので、こちらも背が引き締まる。


 「好きな事は?部活でマネージャーしていたサッカーかしら?」
 「それもありますが、1番は絵本や物語を読むのが好きなんです。日本のものも好きですが、海外のものですと、変わった伝承や神話などもあるので。そう言ったファンタジーのようなお話が好きです。……だから、沢山の言葉を知りたいと思うのかもしれません」
 「まぁ、素敵ね!スペインにもいろいろあるから知ってほしいわ」
 「ファンタジーが好きか……ますます彼女はぴったりだな」
 「ええ。そうね」

 夫妻は微笑み頷きあっているが、全くその意味がわからずに首を傾げるが、2人はニコニコしながら朱栞を見つめるだけだった。

 「じゃあ、夢は自分で絵本を描いてみる事かしら?」
 「いえ、そんな!私は絵は得意ではなくて。……でも、世界の絵本を集めた小さな本屋さんとかは憧れます」
 「そんな本屋さんがあったら行ってみたいわねー!外国のお客さんがいらしても、あなたなら対応出来るし、素敵なお店になりそう」
 「そうやって働きながらも夢を語れる若者がいる事は心強いものだ」

 白髪混じりの髪の伯爵は何度も頷きながら、そう言うと、言葉を続けた。

 「私には朱栞さんよりも少し年上の息子がいるんだが。ぜひ、お嫁にきていただきたいくらいだ」
 「……ぇ……」
 「本当にそうね。何度もその話をしていたのよ。あの子にはあなたがピッタリだわと思っていたの。見た目はこの方と似てとてもかっこいいわよ。それにとても強いわ。私たちの自慢の息子なの。ぜひ会ってみない?」


 突然の誘いに、朱栞は驚き目を丸くした。

 「伯爵の息子さん!?」

 思わず声をあげてしまった朱栞だが、それは無理もない事だった。セリネーノ伯爵家は由緒ある家で、歴史も古い。そして、出資している企業も多く、資産も莫大だと耳にしたことがある。屋敷の写真を見せていただいた事もあるが、どこかの古城のように大きなお屋敷で、朱栞は言葉を失ったのを覚えている。
 そんな伯爵家の息子を、一般人である朱栞は夫妻自ら紹介してくるとは思っても見なかった。

 朱栞は慌てて首を振り、顔を白くして返事をした。あまりにもおそれ多い申し出に、冗談だとしても、本気で断るしかなかった。

 「わ、私のような一般人が伯爵家のお嫁になんて!ご冗談がすぎます」
 「あら、冗談ではないわ。なら、今から電話してみる?……って、今は繋がらないわね。少しばかり難しい条件もあるけれど、とてもいい子なのよ。それはわかっていて欲しいわ」
 「………そんな私なんて……」

 それからすぐに、伯爵夫妻は他の客に呼ばれ、席をはずした。それに、つい安堵してしまい、朱栞は小さく息をついた。
 自分が伯爵家に嫁ぐなどありえない。想像さえ出来ない。
 それに、朱栞には好きな人がいるのだ。
 高校からの片想いの相手。そして、何度かフラれているのに、それでも諦められない相手だ。

 そして、今、この世界にはいない人。

 「先輩は………今何をしてますか?」

 朱栞が座っていたすぐ隣には大きなガラス窓が見え、そこからは小さな庭が見える。ガーデニングをしているのか、綺麗に整えられているが、今は冬でしかも夜だ。真っ暗闇の中には花はほとんど見られず、その代わりにイルミネーションで光で華やかに彩られている。
 そんなクリスマスの夜。ちらちらと空からは雪が降り落ちてくる。なかなか見られない景色に、何故だか今ならば彼に言葉が届くような気がして小さな声が出た。

 酔っているのもあるが、先輩と仕事をした際に出会ったのが、セリネーノ伯爵だったのでつい彼を思い出してしまっただろうと思った。


 先輩は、数年前に突然いなくなった。
 仕事も私生活でも上手くいっていたようで、失踪は考えられず、事件に巻き込まれたわけでとないとわかり、異世界への転移と決められた。一緒に仕事をしていた人が突然目の前からいなくなったのを見ていたので、すぐに確定されたのだ。
 彼がこの世界に戻ってくるかはわからない。

 だからこそ、祈るしかないのだ。
 彼が幸せに暮らしていられる事を。



 


 その後、夫妻との話しでお付き合いの件を進められる事はなかった。その代わりに朱栞にとって喜ぶべき情報を貰えたのだ。
 それが、スペインの絵本や夫妻が息子に読み聞かせた物語だった。朱栞は、それをしっかり聞き取り、手帳にメモをする。すると、あまりに真剣な様子だったようで夫妻は笑っていた。
 そして、パーティからの帰り道。本屋に寄り買い求めたのだ。今は大きな本屋も夜遅くまで営業しているのは、朱栞にとって心強い。お目当ての本達を見つめ、朱栞はニッコリと微笑んだ。



 帰宅するとすぐにお風呂で体を温め、寝る直前までの準備を整えて、ベットに座る。
 そして、朱栞は買ってきた本から1冊を選んだ。表紙はシンプルな洋書だ。スペイン語で書かれているが、「人間と妖精の物語」と書かれている。どうやら伝書をもとにした、ファンタジー小説らしい。少し前に書かれたものだが、人気作のようで今でも読まれているようだった。けれど、日本語に訳されたものはなく、朱栞も知らない作品だった。


 「これを伯爵夫妻は読んで差し上げていたのね。懐かしそうに話していたからきっと、息子さんがお気に入りだったのかな……」

 そんな風に思いながら、表紙を捲った。
 それからはあっという間に時間が過ぎていった。妖精と人間のいざこざがあり、一時は人間は妖精を殺してしまったり、妖精も人間を騙したりと、対立関係にあった。けれど、大干ばつが起こり妖精は生きる場所を、人間は食べるものを失いそうになり、協力する事となった。人間は知恵を、妖精は魔法を使った。そのうちに、人間にも稀に魔力を持った者が生まれ、その人間と妖精が契約する事で、強靭な魔法を使える事がわかり、干ばつを乗り切る事が出来たのだった。

 苦難を乗り越えた先には幸せが待っているはずだが、それを朱栞はまだ知らなかった。
 続きを読む前に、本を読んだままうたた寝をしてしまったのだ。
 けれど、朱栞は豊かな自然のなか、妖精と人間が暮らしている世界で暮らす夢を見ていた。その国の名前を聞き、朱栞は聞いたことがあるな、と思いながらも神秘的で魅惑のある妖精と過ごすことに夢中になっていて、それを考えることを止めてしまった。



 しばらくして、寒さを感じた。
 その瞬間に意識が現実世界に戻った。あぁ、布団をかけなければ。と、思ったがどうも体に触れる感触が違う。ふわりとした感触はなく、しっとりとして固く、少しくすぐったい。
 朱栞は、この感覚に覚えがあった。
 公園や河川時期でごろりと体を倒した時と同じなのだ。

 朱栞は不思議に思い、ゆっくりと目を開ける。と、そこにはつけっぱなしだった部屋の電気も、白い天井も、お気に入りのベットの姿もなかった。
 朱栞を出迎えたのは、雲ひとつない青空と、黄色の花達。


 「え………ここは………どこ、なの………?」



 そこには、朱栞が見たこともない景色が広がっていたのだった。




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