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2話「妖精、巨人と出会う」
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「え………ここ、どこ……?何でこんな所にいるの………?」
朱栞はキョロキョロと辺りを見渡した。
足元はゴツゴツとした大きな石が多い土。そして周りには見たことがない大きな草と花に囲まれていた。花を見上げ、不思議な景色を見ているとまだ夢の中にいるようだった。けれど、土や花の自然の匂いや風が肌を撫でる感触は、とてもリアルで到底夢とは思えなかった。
どうしていいのかわからずに、立ち上がり辺りをうろうろと歩く。が、なかなか景色は変わらない。それに自分より背丈が高い枝や葉を避けて歩かなければならず、体力を使う。
「どうすればいいのかしら……」
夢ならば早く目覚めて欲しいし、これが現実ならば……考えたくもないが、寝ているうちにどこかに誘拐でもされたのだろうか、と考え込む。パーティーで酔いすぎて、どこかの公園で寝てしまった?そんな風な考えて、ありえないと結論づける。本屋に寄ったり、本を読んで過ごしたことを鮮明に覚えているからだ。
では、ここはどこなのか?結局はわからずじまいだ。
「ふー……どうしよう」
そう小さく息を吐いた時だった。
朱栞の周りの風が揺れた。と、思った瞬間、自分の真上から声が降ってきたのだ。
「╂┼‡¶▽、**┘!」
知らない言葉だった。
どこの言葉さえもわからない。ただ、流れが綺麗で穏やかな風のように、スッーっと馴染む音だった。
朱栞はハッとして声がした頭上に視線を向けた。
そしてそこに居た者を見た瞬間、目を見開いて大きな声を上げそうになった。
そこには、見たこともない生物が宙に浮いていたのだ。白い肌に柔らそうな上等な布で出来た軽やかに揺れるワンピース。そこから出る手足はとても細い。太陽の光りを受けて輝く金色の髪はふわふわと揺れている。そして、目を引くのは背中から伸びる半透明の羽だ。トンボのような羽を大きくし、色は虹色を混ぜたような不思議なものだった。そこからは、小さな光りが瞬いては消えているように見える。顔は少しつり目だが長い睫毛やふっくらとした唇は、女性らしさを感じられた。朱栞と同じぐらいの大きさだが、朱栞はすぐにその者が何なのかがわかった。
「妖精………!?」
「………∥┐│┃」
フィクションの物語に出てくる妖精と同じ姿をした者が目の前に居る。今まで生きてきて、本物の妖精を見たことがないのだ。驚かないわけがない。目を大きくするばかりで次の言葉も出ず、その場で固まってしまった。
と、そんな朱栞に更なる追い討ちをかける事が起こった。
「……っっ!?」
タッタッと地面が少しずつ揺れたのだ。地震かと思ったが、それは間違えだとすぐにわかった。音が朱栞の方へ向かってきており、大きくなっているのだ。これは足音だ。
軽い足取りで、スピードも早い。もう少しで朱栞までたどり着いてしまう。
ガサガサと草花を掻き分ける音がして、朱栞は恐怖から全身に力が入り、肩を上げながらそちらを恐る恐る凝視した。
「………あぁ……見つけた。俺の妖精」
そう言って姿を表したのは、1人の異国風の男性だった。
堀の深い顔は小さく整っており、瞳は浅瀬の海のように薄い水色。髪色は黒よりのダークブラウンで少し猫っ毛のふわふわしている。そして、妖精とは違い彼は言葉の言葉がわかる。それは日本語ではない。スペイン語だった。
けれど、朱栞はそれどころではなかった。その男性はありえない姿をしていたのだ。男性の周りを飛んでいる妖精のように、背中に羽がはえているわけではない。
彼は巨人のように大きいのだ。自分の何倍もあるだろう、高さに唖然と見上げるしかなかった。
「ビックリさせてしまってごめん。この世界へようこそ。俺はずっと待っていたんだ」
そう言うと、男はその場にしゃがみこみ朱栞の前に両手を置いた。男らしいゴツゴツとした白い手を皿のようにしている。そして、優しく「おいで」と、微笑んでいる。
彼は誰なのか。そして、待っていたとはどういう事なのか。
ここはどこなのか。
彼に聞きたいことは沢山あった。
けれど、言葉が出てこない。どうしていいのかわからないからだ。
知らない場所に、知らない妖精や巨人。
すでに朱栞の頭の中はパンクしてしまいそうだった。
この差し伸べられた手に自分の小さな手を伸ばすべきなのか、逃げるべきなのか。それさえも判断出来ないのだ。混乱で選べないわけではない。
全て、知らないことばかりで、決められないのだ。
けれど、そんな思考がぐるぐると回っている頭でも、ある考えだけは浮かんできた。
もしかしたら、という思いが頭を過ったのだ。
「………こ、ここは………シャレブレですか?」
緊張しすぎていたようで、喉はカラカラに渇いており、声は強張って震えてしまった。精一杯の声と慣れたスペイン語でしゃべったつもりだったけれど、小鳥のように小さな声になってしまっていた。こんなにも言葉を伝えるのに緊張してしまったのは、初めて秘書の仕事をした時以来だった。自分のつたない外国語は社会でも使えるのか。相手の反応を待つ時間はとても長く感じのを今でも覚えている。その日と同じ気持ちだった。
目の前の大きな男は、目を大きくして驚いた様子だったが、すぐに安堵した表情へと変わった。
「そうだよ。妖精の国、シャレブレに、ようこそ」
彼の笑みと声音はとても穏やかで、朱栞を安心させるものだった。
そして、自分の予想が当たっていたことに、朱栞は少しだけ安堵した。
シャレブレは遠い世界であるはずだが、朱栞たち元の世界の人間達にとっては近い存在だった。誰でも1度は、どんな世界が広がっているのだろうか、と想像したことがあるはずだ。妖精と空を飛んだり、魔法を使ったり、魔獣を倒したり。
そんな非現実的世界がシャレブレだった。
その世界に自分が転移した。
信じられない気持ちと共に、ある感情も湧き上がってくる。
あの人がいるかもしれない。
「異世界からきた君にいろいろな事を教えよう。心配もあるかもしれないが、大切に扱うと約束しよう。あぁ、こちらに来たばかりだから飛べないだろう?だから、俺の手に乗って」
「え……飛べるって」
「君の背中にある羽。君は妖精だよ、小さなお客様」
「羽………え、嘘………」
朱栞は恐る恐る後ろを振り向く。
すると巨人の男が言ったように、先程の妖精と似た羽が背中から出ていたのだ。ただ先程のトンボのような羽とは違い、鳥の翼のような羽だった。白鳥と同じ白色の羽は、キラキラと光っている。本当に自分に羽がついているのか、と朱栞は背中を動かしながら確認したが、それはふわふわと揺れながら朱栞の後ろをついていく。重さは感じないが、やはり自分の背中に羽がついてしまっているようだ。
どうやら、朱栞はシャレブレに転移し、妖精になってしまったようだ。
「私、妖精になったの………?」
「妖精に転移することは、今までなかった。君は特別なんだ」
「………」
「……と言っても、不安が多いだろう。だからその不安や疑問を俺が無くしてあげる。さあ、お手をどうぞ」
周りに他の人は見当たらないし、近くには巨人の彼の他に言葉がわからない妖精しかいない。
どうやら、目の前の彼に頼るしか方法はないようだ。
朱栞は、ゆっくりと男の手に近づき、片足を乗せた。
裸足だった朱栞の足裏から、男の温かい体温を感じられ、朱栞は現実なのだと思い知らされたのだった。
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