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3話「妖精、大きくなる」
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人は緊張しすぎると眠ってしまうのだろうか。
自分がどこに連れていかれるのかもわからない。そして、巨人の男の正体もわからない。シャレブレという異世界の国についても、理解出来ていない。
それなのに、朱栞は巨人の男の手の中で呑気に眠ってしまった。彼は移動しながら、自分は魔法が使えると教えてくれた。そのため、彼が地面を軽く1歩蹴るだけで、20歩以上の距離を飛ぶように移動する事出来たのだ。風のように走る巨人は草花しかない草原を一気に移動した。ゆらゆらと心地いい揺れと風、そして人肌の温かさ。それが、朱栞の眠気を誘ったのだろう。
朱栞が目を覚ますと、大きなベットに寝かされていた。
元の世界でも使った事がないような、ふわふわの感触のベットは、妖精の姿だから大きく感じるわけではない。きっと、巨人の姿でも3回寝返りをうっても落ちる事はなさそうなほど大きさだった。
何とか体を起こし、部屋の中を見渡す。すると、巨人用の部屋なのだろう。全ての者が大きかった。それに天井付きのベットや、豪華な装飾があしらわれた木製の家具や花々が描かれた銀色のフレームの鏡やどこかの自然の風景を描いた油絵など、外国のお城や高級ホテルのスイートクラスの部屋のような立派な一室なのだ。そして、大きな窓から真っ赤な光りが差し込んでいる。どうやら、寝ている間に夕方になってしまったようだ。
朱栞がどうやって巨大なベットから降りようかと悩んでいる時だった。
コンコンッ
と、部屋の扉がノックされた。
朱栞がどうしていいかわらずに、返事を迷っていると、遠慮気味にゆっくりとドアが開いた。その隙間からあの草原で出会った男が顔を出した。ノーカラーの白いシャツに白のパンツ。そして細見のジャケットを羽織った彼は、朱栞が起きているのを確認すると、笑顔を見せてこちらに向かってきた。
「おはよう。ゆっくり休めたかな」
「ご、ごめんなさい。途中で寝てしまったみたいで」
「それは仕方がない事だよ。異世界から転移してきた人間は、すぐに寝てしまうんだ。きっと体力を使ってしまうのだろうね。数時間でいつも目覚めんだけど。体の具合はどうかな?」
「だ、大丈夫だと思います」
朱栞は、自分の手足や体を見渡した後、視界の端に羽がふわふわと浮いているのに気づきハッとする。そうだ。自分は妖精に転生してしまったのだ。まだ数時間とはいえ、違和感しかない。
「君の名前を聞いていなかった。君の名前は?」
「朱栞、です。」
「シュリ。改めまして、初めましてだね。俺はシャレブレ国第6王子、ラファエルだ」
「お、王子、様?」
目の前の巨人は自己紹介をした後に、片手を胸に置き、反対の手は後ろにまわしながら頭を下げた。その動作は洗練されており、手の動きや頭の下げ方まで美しかった。やうやうしく挨拶をするラファエルは、さすがは王子様だなと思わせる、ため息がでるほどの美しさだった。
挨拶1つでそれを感じさせる彼。もちろん、容姿や身なりも王子らしいが。
けれど、顔を上げるとそこには満面の笑みがあり、彼は少年のように笑っていた。
「王子は王子でも第6王子だから、そこまで偉くないから気にしないで欲しい。それに、俺よりも君の方がこの世界にとっては貴重で大切になれるべき存在なんだ」
「貴重…………。妖精が?」
シャレブレ国は妖精の国だと言われている。
草原で出会った時、ラファエルの近くにも、金髪の妖精が飛び回っていたはずだ。それなのに、朱栞が妖精に転生したとしても貴重ではないように思えた。
朱栞が不思議そうに彼の事を見つめると、ラファエルは「疑問でいっぱいって感じの顔だね」とクスクスと笑った。
「それはあと少しでわかるよ」
「え…………」
「お腹が空いただろう。簡単な食べ物と飲み物を準備した」
そう言って彼が扉に向かって手の甲を向けた。そて、人差し指で合図をするとゆっくりと扉が開いた。魔法なのだろう。朱栞は茫然としながらそちらを見る。すると待機していたのだろう、茶色のワンピースを着た女性が銀色のワゴンを押して部屋に入ってきた。ワゴンの上にはティーポットや皿の上に料理が乗っていた。その女性はメイドなのだろう。ラファエルの小さく頭を下げた。
「ラファエル様、お料理をお持ち致しました」
「あぁ、ありがとう。あとは自分で準備するから君は下がっていいよ」
「え、ですが………」
「2人きりで話したいんだ」
「………かしこまりました」
少し戸惑っている様子だったが、王子であるラファエルに頼まれてしまっては退室するしかやるべき事は残っていないのだろう。メイドは、来た時と同じように頭を下げた。そして、去り際にチラリとシ朱栞の方に視線を向けた。何か汚いものを見るような軽蔑した冷たい目線を向けていたのに気づく。朱栞はドキッとした。この人はいい思いで自分を見ていない。そう察知した。そういう時の勘は正しい。けれど、どうして毛嫌いされるのか。それを理解できるほど、朱栞はこの国について、自分の存在について何も知らないのだ。
シャレブレ国に来てしまったのならば、ここで暮らしていく事になるのだ。その為に、知らなければならない。生き抜く方法を。
「シャレブレ国のお茶はおいしい。甘味があって花の香りが高いのが特徴なんだよ。それと、トリの肉と野菜にパンを挟んだものと、焼き菓子があるね」
妖精のための小さなカップと皿もある。そこにお茶を淹れると赤茶色の液体がカップに流れ落ちる。紅茶のようだな、と朱栞は思った。それと同時にフルーティーな香りが部屋に漂ってくる。トレイにカップと料理を小さくカットしたものが並んだ皿を乗せると、ベットの上に置いた。
「さぁ、召し上がれ」
「……いただきます」
お腹が空いていないと思っていたが、匂いを感じると空腹感が増してくるから不思議だ。けれど、小さい体には少しだけ大きいカップだったのか、上手く取手を持てなかった。カップの重さで上がらないようだった。
「少し大きかったかな。ごめんね。俺が持ってあげるよ」
そう言うと、小さなカップの取手を易々と摘まむように持つと、朱栞の方へ傾けてくれる。朱栞もカップに手を掛けると、恐る恐るお茶を口に入れた。ラファエルが支えてくれているので、スムーズに飲むことが出来た。花の香りと、自然な甘味がある紅茶のような味わいで、朱栞はゴクゴクと飲み続けてしまい、あっという間になくなってしまった。
「気に入ってくれたかな?」
「は、はい。おいしかったです」
「それはよかった。パンも千切ってあげようか?」
「大丈夫です!かじりついてみます」
そういうと、朱栞は少し大きめのパンを力一杯千切り取り、そして大きく口を開けてかぶりついた。甘い中にスパイスのきいたソースがかかっている肉とレタスに似た野菜、そして芳ばしいパンが口の中に広がってくる。美味しい。そう感じた瞬間から朱栞の口は止まらなかった。考えてみれば、昨晩のパーティーでも軽くしか食べていなかったし、朝食と昼食は異世界に来ていたので何も食べていなかった。お腹も空いているはずだ。
ラファエルが見ているのも構わずに、大きく口を開けてムシャムシャと食べ続けた。
それをラファエルは子どもを見るように微笑ましそうに見つめていた。
半分ぐらい食べると満腹になったので朱栞。
すると、ラファエルは朱栞にナプキンを持った手を向けてきた。
「おいしかったみたいでよかった。さぁ、口を拭こう」
「自分で……ん………」
朱栞が拒みきる前に彼は白いナプキンで口の周りを優しく拭いてくれる。どうやら肉についていたソースがついてしまっていたようだ。お子どもような扱いの恥ずかしさと申し訳なさを感じつつ、朱栞は「……ありがとうございます」とお礼を述べた。
「さて、食事も済んだし。何から話しをしようか」
「あ、あのさっき話していた、私が大切な存在だというのはどういう事ですか?」
彼の言葉にしたその意味がどうしてもわからず、朱栞は自分から聞いてしまった。
その意味を理解するまで、いろいろな事を知らなければいけないのはわかっている。だが、自分が転生した存在がこの国ではどんな立場なのか。それをまず知りたいと思ったのだ。
「ちょうどいい時間になったね。シュリにそれを知ってもらうのは実際に見てもらった方がいいだろう」
ラファエルのそう言いながら部屋の窓を見つめる。つられるようにして朱栞はそちらに視線を向ける。すると、先程まの夕焼けが夜の闇によって小さくなっていた。ラファエルは、手を挙げると、部屋のランプが一斉に点火した。淡い光が部屋を照らし、薄暗さはなくなる。
魔法は本当に便利だな。そんな風に思った瞬間だった。
「え・・・何?!」
朱栞の体が急に光り始めたのだ。
白い光りはどんどん大きくなっていく。朱栞は自分の体を見つめた後、不安な視線のままラファエルへ向ける。だが、彼は何も驚いていない様子だった。
「大丈夫。だから、安心して目を瞑ってごらん」
「で、でも………!」
「まぶしさで目がやられてしまう。さぁ……。俺は傍にいるよ。いつでも君から離れない」
光りが大きくなり、ラファエルの姿は見えない。
彼の穏やかな口調だけを信じて、朱栞は目を閉じた。
体温が一気に上昇し熱さを感じた。が、しばらくすると、それも落ち着いてくる。
朱栞は恐る恐る目を開ける。
と、先程あれほどにまで強く発光していた自分の体は、何事もなかったかのように、普段と同じようになっていた。が、すぐに変化に気付いた。
「え………部屋が小さくなっている。それに、あなたも………」
さきほどまで、どれもこれも巨大だった部屋や家具などが、元の世界と同じような普通サイズになっていたのだ。目の前にいるラファエルもあんなに大きな巨人だったはずなのに、ベットの上に座る2人の目線は同じだった。
「それは違うよ。君が大きくなったんだ。今は、妖精ではない、人間のシュリだ」
「人間の私?それってどういう意味ですか」
「………うん。その話の前に、服を着ようか」
「え…………ッッ!!」
ラファエルの頬が少し染まっている。
彼が言った言葉を理解して、自分の姿を目にした瞬間に朱栞は声にならない悲鳴を上げた。
朱栞は人間の大きさになったと同時に裸になっていたのだった。
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