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4話「王子、ため息をつく」
しおりを挟む4話「王子、ため息をつく」
どうして妖精に転移したはずの体が、人間になっているのか。そんな疑問もあった。だが、今の事態を何とかするのが優先だった。
朱栞はすぐに体を横にして、胸に手を当てて裸を隠そうとした。突然、ラファエルの前で裸になってしまったのだ。恥ずかしさしか感じない。全身が真っ赤になり、羞恥心から瞳に涙も浮かんできた。
「……大丈夫、見ないようにしているよ。さぁ、これでいいはずだ」
「あ………魔法……」
ラファエルは申し訳なさそうにそう言うと、朱栞に手をかざした後、指で宙に何かを描いた。すると、朱栞の体が急に布で覆われ始め、そして、あっという間に赤色のドレスに変わったのだ。腰から上には、ビーズのような物だろうか、輝く石が縫われており、胸元は大胆に空いている。ウエストはリボンが編み込まれて、キュッと細くなるデザインだった。スカートの部分は細身でストンとストレートに落ちるもので、全体的に大人っぽいドレスだった。
「シュリには、赤も似合うね」
「……魔法が使えるなら、早くにして欲しかったです」
裸になってから、すぐに彼が魔法でドレスを着せてくれたのなら、恥ずかしい姿を晒す時間は少しは短くなったのではないか。そう思ってしまい、つい文句が口から漏れてしまう。王子に何を言っているのだろうか。そんな風に思いながらも、精一杯の主張をしたつもりだった。
涙目で彼を睨み付けると、ラファエルは苦い表情を見せながらも、笑っていた。
「ごめんね。君に人間に変化するのをわかってほしかったんだ」
「………言って貰えればわかります」
「うーん。これは嫌われてしまったかな。大変だ。では、これを渡そう」
「あ……これは」
ラファエルはそう言って、ワゴンの下に置いてあったカゴの中からあるものを取り出して朱栞に手渡した。
「それは、私の本」
彼が手にしていたのは、元の世界で朱栞が読んでいた本だった。伯爵夫妻から教えてもらったスペインの伝書を元に書かれた本「人間と妖精の物語」。真新しい、シンプルな表紙の本。そして、本の間からは朱栞が愛用していた栞も挟んだままだった。朱栞は、赤い鳥の羽を昔から栞として大切に愛用していたのだ。
「草原で君に会う前に拾っていてね。ここでは使わらない言葉の本だから、きっとシュリのものだろうと思ったんだ」
「どうして、元の世界のものが」
「この世界に転移する時、元の世界で身に着けていた服や持っていた物も一緒に転移されるんだ。だから、君は転移した時も元の世界の洋服だったし、持っていただろう本もここに着いたんだろうな」
「そう、なんですね………」
手元に残った元の世界で唯一のもの。
来ていた服は、さきほど妖精から大きさが変わった時にボロボロになってしまっていた。そのため、元の世界との繋がりはこの本だけになってしまった。
「………今日は疲れただろう。話は明日にしよう」
「え……」
「心配しなくても大丈夫だ。明日もここに来る。後でお風呂の準備もするから入って今日は休んでくれ」
「待ってください……!!」
部屋から出ていこうとする彼の手を、朱栞は咄嗟に掴んでしまう。彼の腕はとても逞しく、ガッシリとしていた。王子様なのに、彼は鍛えているのだろうか。そんな些細なことを考えつつも、朱栞は必死にラファエルの驚いた瞳を見つめた。
「1つだけ、今、教えてくれませんか?………どうしても気になるのです」
「………わかった。聞こうか」
「ありがとうございます」
朱栞は彼の手を離し、深くお礼を述べた。
ラファエルは朱栞と向き合い、「質問は何かな?」と聞いてくる。
朱栞の聞きたいことは山ほどあった。
けれど、1番聞きたいこと。
「………私より先に転生した男性は、まだこの世界にいますか?」
彼はこのシャレブレ国にいるのだろうか。
朱栞のように転移された人を保護するのならば、彼もどこかで守られて生きているのだろうか。そう思ったのだ。
異世界に来て、もし誰にも見つけられないで生きていくとになったら。あの草原でラファエルに助けられずに1人でさ迷っていたと考えると、怖くてしかたがない。
彼がそうなってはいたいだろうか、と心配になったのだ。もう何年も前の事なのだから、心配しても仕方がないのだが。
「……シュリの知り合いがこの国に来たのか?」
「おそらく、ですが」
「……自分の事ではなく、他の人の事が知りたいだなんて……」
「ご、ごめんなさい」
「……いや、いいんだ。シャレブレ国に転移してきた人達で過去10年で元の世界に戻した人間、死亡した人間はいないよ。安心していい」
「あ、ありがとうございます!」
心の中の大きな不安が1つ消えた。
それを感じられて、軽くなるのがわかった。朱栞は思わず笑顔を隠しきれなくなる。
彼は、穂純は無事なのだ。そして、この世界に居れば彼に会える。
それは、朱栞にとって、大きな希望なった。
★★★
彼女の部屋から出て、待機していたシュリ専用の使用人にした女を呼んだ。
「もう少し時間が経ったら彼女を風呂に連れていってくれ」
「かしこまりました………。あのラファエル様、1つよろしいでしょうか?」
「あぁ」
その女は茶色のワンピースをギュッと握りしめシワを作りながら、王子であるラファエルに言葉をかけた。
「どうして、あのような方に目をかけてあげるのですか?本来ならば、そこまでするような身分ではないかと……」
主であり、王子でもあるラファエルに意見をしているのだ。そのメイドはおどおどした表情になっていた。それもそのはずだ。王族の人間の機嫌を損ねるような事を言えば、自分の立場が危うくなってしまう事もあるからだ。
でも、それほどの危険を知っていても彼女は伝えたかったのだろう。
シュリがこの国では、怪訝される存在であることを。そして、そんな彼女が一国の王子であるラファエルが保護したとなれば問題視されるはずだと忠告したかったのだろう。
彼女は自分を心配しているのだとはわかったが、それは必要のないことだ。
「彼女は私の大切な人だ。おまえがそのような気持ちで彼女と接するならば、他の者に変える」
「………申し訳ございません。余計な事を申しました。引き続き、この仕事を全うさせていただきます」
いつもより強い口調で命令すると、彼女は顔色を変えた。真っ青とも言える怯えた表情で視線を下に向けた。
けれど、それでも彼女の気持ちがすぐに変わるわけもない。念には念を入れておかなければいけない。
「……次にそのような気持ちだという事があれば、この城から出て行ってもらう。心して面倒を見てくれ」
「かしこまりました、ラファエル様」
彼女は深く頭を下げたまま、ラファエルが去るまで顔を上げなかった。
これで少しの間は、文句を言わずに仕事をしてくれるはずだ。が、問題は山積みだなと、大きくため息をついた。
「記憶が残っていなかった方がよかったのか……そう思ってしまう俺は、優しくない男だな」
ラファエルのその消えそうなほど小さな言葉は、周りを飛ぶ金色の妖精にだけ届いていた。けれど、彼女にはその言葉は理解できなかったのだった。
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