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11話「妖精、契約妖精になる」
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「え、何で?」
夜になると人間の姿になり、朝になると小さな妖精になっている。
以前、ラファエルが話してくれたが、妖精は自然にある力を使って生き、魔法を使っている。そのため自然達が眠る夜は力が弱まってしまうのだという。そのため、ハーフフェアリである朱栞の体も人間に戻るのではないか。そう仮説を立ててくれた。そして、それは当たっていると朱栞自身も感じていた。魔法の練習をするようになってから、魔力の気配も少しずつ感じられるようになっていた。夜は自分の力が弱まっているのがわかるのだ。全く使えないわけではないが、力が半減しているのだろう。
そして、今は朝。
魔力は戻っている代わりに姿は妖精に戻っている。
初めて体が変わった時のように、洋服がダメになることはない。ラファエルが朱栞に準備してくれた洋服は全て魔力が練り込まれた布を使用しているため、体の大きさに合わせて自由に変化してくれるという。この世界ではそれが普通のようで、子ども服などではほとんどそう作られているそうだ。そうすれば、大きくなったからと言って別の洋服を買う必要などないのだというからすごい。
そんな魔法の洋服。この日は薄手の白いワンピースのような夜着をメイナに準備してもらっていたのだ。肌ざわりは柔らかく、光沢もある。元の世界でのシルクのような素材だった。そんな上質な服を着て寝たのだから、熟睡も出来た。そしれ、今日は妙にベットの中が温かく寝やすかった。
満足な眠りを感じ、ゆっくりと目を開けた朱栞。だが、そんな幸せな心地は、目に飛び込んできた光景を目の当たりにした瞬間に消えてしまった。
朱栞の隣には、この世界の王子であるラファエルが眠っていたのだ。
しかも、かなり熟睡しているのか、ゆっくりとした寝息も聞こえてくる。
「な、なんで、ラファエルさんが」
妖精の体に戻った朱栞は、枕の上に寝ていたので、彼の顔が目の前にある状態だった。
驚きのあまりに後ずさりをしてしまい、危なく枕から落ちてしまいそうになった。
目の前で声が聞こえたからだろう。ラファエルは、「ん」と声を漏らし、瞼を震えさせ、目を覚ましてしまった。
「あれ、シュリ。おはよう」
「お、おはようございます。…どうして、私のベットにいらっしゃるのですか?」
「んー、あ、…そうだった。そのまま俺も寝ちゃったのか」
目を擦りながら眠る前の事を思い出そうとするラファエルは、少し考えた後に思い出したようで、にっこりと笑った。
「遅くに仕事が終わって、君にシュリに会いに来たんだ。話したい事があったんだ。けれど、君が机で作業をしたまま寝ていたんだ。そのままだと体も痛くなるだろうし、起きた時に落ちてしまいそうだったからベットに移動したんだけど。その時に君が俺の洋服を掴んで離さなくて。とりあえず話してくれるまで一緒に居ようかと思ったんだけど。そのまま寝てしまったみたいだ」
「す、すみませんでした」
寝ている時にはいえ、自分の行いに恥ずかしくなり、朱栞はその場で深く頭を下げて謝った。彼の顔を見る事が出来ずに顔を上げられない。
けれど、ラファエルはそんな事は気にせずに朱栞の体を優しく両手で持ち上げ、いつものように手の平に乗せてくれる。
「そんな事は気にしなくていいんだ。俺は君と一緒に寝られて嬉しかったよ」
「それは、その、そうなんですが」
「でも、これからは一緒に寝れるね」
「え……」
「さっき話しただろう。話したい事があるって」
確かに彼はそう話していた。
いつにも増して上機嫌なラファエルだ。何かいいことがあったのだろうか。
もしかして、と思いつつも朱栞の願っている事は、「ラファエルと共に寝る」という結果にはどうやっても繋がらない。
朱栞は「何かあったのですか?」と質問するとラファエルは、ジッと朱栞に顔を見つめた後に、優しく人差し指でシュリの頭を撫でてくれた。
「婚約の報告が今夜に決まったんだ」
「え……」
「君は人間の姿になるのは夜だけだからね。日が沈んだ後に、城下町にある祈りの聖堂に人を集める事になっている。そこで報告と婚約の報告をみんなにするんだ」
「そんな急に……」
「ごめんね。国王に許可がおりたのが昨日なんだ。君と早くに婚約をしたかったから、城の者には昨夜から準備をしてもらっているんだ」
そう言うと、ラファエルは朱栞を窓際まで運び、城下町を見せた。
レンガの道が続き、赤色や茶色の屋根が重なる街並み。たくさんの木々も植えられており、緑を感じられる、元の世界では田舎町のような雰囲気だ。朱栞はまだ城の外には出た事がない。そのため、どんな雰囲気かわからないが、とても温かい街並みなのだろうな、といつも城から見下ろしていた。
「見てごらん。あの背の高い三角屋根の建物が祈りの聖堂だよ」
ラファエルが示した先には、白い建物が見える。他の暖色系の建物たちとは、全く違う真っ白の建物。そこが聖堂だという。
「シュリ……不安も多いと思う。けど、俺がシュリを守っていくし、君の居場所になりたいと思ってる。だから、一緒に聖堂に来て欲しい。幸せな時間になる事を誓うよ」
「はい」
この時、ラファエルと同じような笑顔を見せる事が出来ていただろうか。
穂純を見つけるために結ぶ契約。それは重々承知して自分で決めた事。それでも、やはり婚約するとなると胸がざわつく。
異世界に来て、王子と婚約する。そんな物語はもしかしたら、幸せに見えるのかもしれない。けれど、自分には片思い中の人がいるのだ。気乗りしないのは仕方がないはずだ。それをきっとラファエルは気づいているだろう。それなのに、彼は優しくしてくれる。
ラファエルは悪い人ではないのだろう。優しいし、朱栞の事をいつも中心に考えてくれているのがわかる。けれど、彼は心の奥底では何を考えているのかわからないのだ。それが少しだけ怖い。
「最近は婚約準備のために、シュリとの時間が取れなくて、君をメイナに取られていたからね。今日からは俺との時間をたくさんくれるよね?」
「そ、それは、もちろん。ラファエルさんに教えてもらいたい事もたくさんありますので」
「そうだね。けれど、君は本当に頑張っているよ。こんなにすぐ精人語を覚えたんだ。やはり、元の世界でもいろいろな言葉を学んでいたからこそだろうね。感心している。すごいな」
「あ、ありがとうございます」
彼のこうやってすぐに褒めてくれる。
元の世界では頑張るのが当たり前だった。勉強も仕事も頑張り、身なりを整え自分磨きをする。それでようやく普通になれる。けれど、ラファエルがそれを努力だと認めてくれる。そして、そこに惹かれたと言ってくれる。
頑張りを認められるのは、嫌な気持ちになるはずがなかった。それにそのまっすぐな視線と言葉には嘘はないと思えたのだ。
それなのに、素直に喜べない。それは、穂純の事があるからなのか。それともラファエルを疑っているからなのか。両方なのか、全く違う理由なのか。
自分の感情であるのに、朱栞はわからなかった。
「俺は正装で出なければいけないけれど、君は思い切り綺麗なドレスを着ようね。俺の愛しい人はこんなにも綺麗なんだって見せつけなきゃいけない」
「では、ラファエルさんが選んでくださいね」
「もちろんだよ。でも、もう1つの契約を交わしてもいいかな」
「妖精の契約、ですか?」
「あぁ。こちらは2人だけでやるものだ。すぐに終わる。いい、かな」
こちらの契約も彼と約束していたものだ。
彼は契約完了していないのに、朱栞に魔法や言葉を教えてくれたり、城に住まわせてくれている。今更、断る事も出来ないし、断る理由もなかった。
自分の力を制御してくれる事にもはずであるし、彼は自分の力を使う時は承諾を得てからじゃないじゃいと使わないと言ってくれているのだ。
朱栞は、頷いて返事をした。
「ありがとう。では、始めるよ。君は、僕の手を握っていてくれればいい」
ラファエルは朱栞を出窓に下ろし、手を差し伸べた。恐る恐る彼の中指を両手で触れた。
それを見て、ラファエルは「ありがとう」と言った後に、朱栞の羽に触れた。
「ごめんね。羽を1つだけもらうよ」
そういうと、端にある羽を抜き取った。小さな痛みが走ったが、声が出るほどの痛みではない。
「我は、ラファエル・セリベーノは、シュリ・クガと契約を交わす。チカラを驕らず、万物のために役立てる事を精霊主に誓おう」
目を瞑りそう高らかに告げる。
ラファエルはその後、持っていた朱栞の白い羽を顔に近づけると、口を開けてそれを飲み込んだ。
「え、食べっちゃった……」
驚きのあまりに声を出してしまった。が、その後に体に変化が訪れた。
急に体の力が抜け、朱栞はラファエルの指に体を倒した。朱栞が、視線だけ彼に向けると彼の体から今まで以上の魔力を感じた。そして、ゆっくりと瞼を開けた彼の瞳が真っ白、いや、銀色に光っていた。朱栞の羽から出る光りと全く同じ色をしている。彼の中に自分の魔力が取り込まれたのだろう。
しばらくすると、朱栞の体も普段通りに戻り、ラファエルの瞳の色も戻っていた。
「………終わりだよ。シュリ、大丈夫だったかな?」
「はい。急に力が抜けた時はびっくりしましたが、今は大丈夫です」
「契約する時に大量の力が必要みたいだからね。でも、無事に終わってよかったよ」
ラファエルがそう微笑み終わりを告げると、彼の周りをぐるぐると飛び回る妖精が現れた。
「あぁ、来てくれたのか。同じ契約妖精同士、挨拶をしたいのかな」
「え・・・あなたは、私を見つけてくれた」
ラファエルの肩に飛び乗り、足を組んでこちらを強い視線で見つめる妖精。
それは、朱栞がこの世界の来たばかりの時に、1番初めに草原で出会った妖精だった。金色の髪に、トンボのような羽。つり目の瞳は宝石のようにキラキラと輝き、自らが光を放っているようだった。
「俺の契約妖精のアレイだよ。小さい頃からの仲間なんだ。アレイ、新しい契約妖精であり、婚約者のシュリだ。仲良くしてくれ」
「い・や・よっ!」
フンッ!と顔を背けたアレイ。
どうやら初めて会った妖精は朱栞の事を気に入ってはくれていなかった。
前途多難だな、と朱栞は心の中でため息をついたのだった。
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