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1話「真夏の出会い」
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サングラス越しに高い青空を見上げる。
そこには強い日差しを放って輝く太陽が眩しさと共に守青畔(すあほとり)を見下ろしていた。
久しぶりの外の世界に、畔は笑みがこぼれてしまう。パーマがかかった長い髪のせいか、すぐに首元や背中に熱がこもってくるのを感じ、畔は髪をまとめてくればよかったな、と思った。けれど、きっと彼が許さないだろう。そんな事を思っていた。
視線を少し下に向けると、そこには大きな白いビルがある。いや、それだけではない、高い高層マンションや、屋根に緑の草木が見える施設や、低い建物だが足を踏み入れることのないレジデンスなどがある。
1つの町のような場所には沢山の人々が歩いている。どういう場所なのかを知っているからだろうか、皆上品で気品があるように見えてしまう。
『畔っ!何やってんだ。熱中症になるぞ』
『あ、叶汰。久しぶりだったから日光浴しながらこのタウンを眺めてたの』
肩を叩かれ、後ろを振り向くとそこには仏頂面の男がこちらを見て大きく口を開けてしゃべっている。
『日に焼けるだろ。日傘させよ』
『日傘さしたら日光浴にならないわ。少しぐらい太陽の光を浴びさせてよ』
『………もう行く』
『あぁ………待ってよ!』
畔の手を引いて歩き出す、彼の背中には大きなリュック、そして手元には鞄もある。それなのに、畔の手をぐいぐいと引っ張るのだ。相変わらずに強引だ。
畔の先を歩くのは、幼馴染みの内空閑叶汰(うちくが かなた)。畔が幼い頃からの幼馴染みだ。仲が良かったはずだが、少し前からイライラしている事が多かった。けれど、畔の事を心配しては何かと面倒をみてくれる。今日も手伝いをしに休日にわざわざ来てくれたのだ。
畔達が向かったの、大きな総合病院だった。まず入って驚くのが院内の広さだった。外来の受け付けが、ホテルのフロントのように大きく豪華なのだ。大きなシャンデリアがありそうな明るさと雰囲気だが、天井は中央部分が吹き抜けになっており、天井から明るい光りが降ってきているようだった。そして、少し進むと吹き抜けの真下には、病院にはないであろうグランドピアノが置かれており、ちょっとしたコンサートが出来るようになっていた。
『すごいね………ここが病院だなんて……』
『部屋の一つ一つが防音になっているこらここでピアノを弾いても問題ないんだそうだ。それに、あの吹き抜けは2階部分で移動式の屋根も準備されてる』
『さすがはベリーヒルズ』
畔は、眩しい日光をサングラス越しに浴び、そして下のグランドピアノを見つめた。肉眼でみたら、とても艶があり綺麗なものなのだろう。そう思いながら真っ黒なグランドピアノを長い間眺めていた。
『俺は手続きしてくるから、畔はここで待ってるか?』
『うん。そうする』
畔はまだそのピアノのある空間を眺めていたくて、叶汰の後ろ姿を見送った。周りをキョロキョロと見てみると、お洒落な丸のソファがあったので、畔はそこに座ろうと思い体を動かした。
その瞬間、体にドンッと言う衝撃が走り、気づくと、床に体が投げ出され、足に痛みを感じた。痛みから顔が歪む。
「…………っ………」
「君、大丈夫?ボーッとしていたようで…………申し訳ない」
畔とぶつかった相手がしゃがんで畔の事を心配そうに見ながら、手をさしのべて来た。その男性の姿を見て、畔はドキッと伸ばしかけた手が止まってしまった。
少し垂れ目がちだが大きい瞳に長い睫毛。真っ黒な髪は艶があり、触れたくなるほどにサラサラだった。シュッとした顎と鼻は整っている。だが、それだけではない。「イケメン」と世間で呼ばれる人は、こういう人なのだろう、と見惚れてしまうほどに整っていた。
手を止めた畔だったが、彼はその手を自分から掴み優しく引っ張り、畔を立たせてくれた。
「怪我はしてないかな?」
畔はコクコクと頷くことしか出来ずいるが、立ち上がると同時に先ほど痛みを感じた所が、ズキッと再度痛みが走った。
それを見逃さなかった彼は、「どこか痛むのか………あぁ、足首が赤くなってる捻ったかな」と、彼の手が足に触れられた。彼の温かな指の感触にビクッと体が震える。初対面の男性に素足を触られるなど医者以外にはないだろう。それに幼馴染みの叶汰以外の男性には慣れていなかったため、驚いてしまった。
「急に触ってしまってごめん。でも、心配だから我慢してもらえると嬉しい。仕事で使うものがあったから、ちょっと待ってて」
畔はゆっくりと頷くと、男は安心した表情を見せた後、鞄から湿布と包帯を取り出した。どうしてそんなものが入っているのだろう?と思ったけれど、男はテキパキと処置した。そんな彼の男らしいゴツゴツした指先を見つめているうちに、あっという間に綺麗に包帯まで巻かれて、処置が完了していた。
「どうかな?しみたり痛んだりはしないかな?」
『ありがとうございます』
畔は音のでない口の動きでそう言いながら、左手の甲から右手を垂直に上げて頭を小さく下げた。
すると、男はハッとした表情を見せた。そう、畔が手で話をすると、みんなこんな表情をするのだ。そして、困惑した表情になり、逃げるように去っていく。
きっと、彼もそうなのだろう。畔は咄嗟に視線を背けようとした。が、目の前の彼は何故かニッコリと笑った。
『怪我をさせて、ごめん』
と、言葉を出しながらそうゆっくりと手話をした。
彼も畔と同じように手や口の動きを使って話を始めたことに、今度は畔が驚く番だった。
『学生の頃に少しだけ習ったんだ。……気づかなくて、ごめんね』
『いえ……』
彼の表情からも、ゆっくりと確認しながら手を動かす仕草からも、優しさを感じられた。それが嬉しくて、畔もゆっくりと手を動かそうとした。
が、男の顔が何か気づいたように1度止まった。
『ごめん。電話だ………気を付けて帰ってね』
『…………ありがとうございました』
畔がそう手話をすると、彼は手を上げて病院の出口へと小走りで行ってしまった。
畔はソファから立ち上がったまま、しばらくの間、彼の背中を見つめた。
どこでもある、ただのちょっとしたトラブル。そして、人生においてたった数分だけの出会い。
そんな些細な出来事なのに心が揺れるのを畔は感じた。
彼と話してみたい。名前は何というのだろうか。また会いたい。
そう思えたのに、畔は彼を呼び止める事が出来ないのだ。
自分の弱さにギュッと拳を握り、もう見えなくなった大きな入り口を見つめる。
欲しいものが買ってもらえなかった子どものように、きっと悲しげな顔をしていると自分でもよくわかった。
『おいっ……何、ボーッと立ってんだ?』
『………あ、叶汰』
畔の肩を叩いた後に畔の視界に顔を出したのは、叶汰だった。怪訝な顔で畔を見ている。
畔は、彼に『何でもないよ』と伝えると、叶汰は『じゃあ、控え室行くぞ』と、前をスタスタと歩いた。
畔はその後についていこうと一歩だけ足を進めた。が、すぐに止まって、足の手当てをしてくれた彼が去って行った方をもう一度だけ振り返った。
もちろん、そこにあの男性の姿などなかった。
ガラス張りの玄関が夏の日差しを受けて輝いている姿があるだけだった。
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