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3話「忘れたくない出会い」
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☆☆☆
久しぶりに行ったミニコンサートは大盛況だった。
畔が歌い終わると、病院内は拍手に包まれ、泣き出す人までいた。ステージから降りると、握手を求めて近づいてくる人もおり、畔が控え室に戻るまで時間がかかってしまった。けれど、歌を聞いてくれた人に「ありがとう」とより近くで言われると、感動の実感も大きくなり、畔はやってよかったな、と改めて思えた。
『体調、大丈夫か?』
『大丈夫だよ。むしろ、元気になった気がする!やっぱり歌の力はすごいね』
『…………帰るぞ』
控え室に戻ると、叶汰が心配そうに近寄ってきてくれた。けれど、畔が歌の話をすると顔を歪ませる。その話はしたくない、と言わんばかりだった。
畔はその彼の表情を見ると何も言えなくなってしまい、頷いて叶汰の後ろを歩いた。
帰宅する前に事務所スタッフから「CDもかなり売れましたよ」と物販の状況も教えてくれた。いいコンサートが出来れば、CDを買って聞いてくれる人もいる。それだけ、今回のミニライブが良いものだったのだろうと畔は感じられ、安心した。
「歌の調子もかなりよかったですね!これなら、すぐにでもコンサートが出来るんじゃないかな?」
『ありがとうございます。早く歌いたいです』
手話が出来るスタッフも多いが、今日は出来ない人だったので、叶汰が代わりに手話で通訳してくれている。口の動きで大体わかるようになったけれど、やはり手話の方がわかりやすい。が、歌の話なので、叶汰は機嫌が悪そうだった。
「コンサートはやりたくないって」
『叶汰っ!私、そんな事言ってないでしょ!!』
叶汰が畔が手話で話した事とは全く違う事を伝えるのに気づいた畔は、怒り叶汰に厳しい視線を向けると、彼は舌打ちをした後にプイッとそっぽを向いた。
畔は仕方がなく、スマホで文章をうってスタッフと会話するしかなかった。
帰りのタクシーに乗った後、遠くなるベリーヒルズビレッジを見つめた。
彼と出会った場所。
その場所から目が離せない。
(あの人は私の歌を聞いてくれただろうか)
いつもならば、ライブの成功の余韻に浸っているはずなのに。今回は違った。
頭から離れないのは、昼間の男性の事だ。
あんなに良いコンサートが出来たのだ。
今の自分のでは満点だったかもしれない。そんなコンサートを彼に見てもらえていたならば……そんな事を考えてしまう。
彼はあの場所に居ただろうか。
歌を歌う畔を、あの時の女だと気づいてくれただろうか。
そして、歌を聞いてどう思ったのか。
そんな事を気にしても彼がその場所に居合わせていたかもわからないと言うのに。
畔の意識はまた手当てをしてくれた足へと向く。
包帯が巻いてあるあの場所が、またじんわりと温かくなるのを感じた。
★★★
仕事中に、足を止めてミニコンサートを観ていた椿生は、後ろ髪をひかれる思いで、途中でその場から離れた。
仕事の予定があるので仕方がない。彼女の歌をもっと聞いていたく、何度も振り返りそうになるが、それをグッと我慢してひさその病院を後にした。
そして、その日の夜。
帰宅してすぐにやった事はPCに向かう事だった。
「hotoRi……。顔出しは一切していないのか」
椿生はすぐに昼間に出会った彼女の事を調べた。やはり有名な歌手だったようで、公式HPもあり、CDもたくさん発売されていた。けれど、どのページにも彼女の姿はなく、あったとしても後ろ姿だけだった。
動画サイトで見つけた彼女の曲を再生してみると、今日聞いた歌声と同じものだった。やはり、あそこで歌っていたのはhotoRiという女性だったのだ。
椿生はその動画を再生しながら、ぼーっと彼女の歌声を聞き、昼間の事を思い出した。
何故、彼女の事を思い出しているのか、わからない。
けれど、こうやって仕事から帰ってきて、夕食も食べずに彼女の事を調べているのだ。気になる存在になっているのは明らかだった。
「hotoRiか………俺にとっては遠い存在の人だったって事なのか………」
そんな事を思わず呟いてしまい、ため息が出る。
椿生はhotoRiの音楽を止めてPCを閉じ立ち上がった。
☆☆☆
畔はその日から、また音楽活動スタートのために、いろいろと準備を始めていた。
それに何故だろうか。
曲が作りたくなった。
作った音を畔は聞くことは出来ない。
だから、楽譜で想像した。
音も記憶の一部なので、時間と共に忘れてしまうものだ。だからこそ、畔はいつも音を忘れないようにした。
ボイストレーニングの先生とも頻繁に合い音合わせを細かくして、歌を歌い続けていた。
時々、自分の音楽は本当に綺麗なんだろうか。音が合っているのだろうか。
そんな不安を感じてしまう事もあり、怖くなって止めたくなる事もある。
けれど、歌をやめてしまえば完全に無音の世界に生きていくようで、畔はその恐怖から逃げるために歌い続けている。そんな一面もあった。
けれど、今は純粋に音楽が作りたかった。歌を歌いたかった。
そんな一心で数日の間、家にこもって曲を作った。バイオリンやピアノ、ベースなどで音を入れて、そして歌詞を作った。
時間をかけたつもりだったけれど、頭の中には音楽が出来ていて、あっという間に完成してしまった。
楽譜を見ても、音楽を流して音の振動を感じても気持ちがいい。
(出来た………。うん、いい感じかも)
畔はその楽譜を見つめながら、独り満面の笑みを浮かべた。
こうなると、思いきり歌いたくなる。
畔の部屋は防音が施されているので、いくら歌っても大丈夫なのだが、狭い部屋で一人きりで歌っても味気ないのだ。
思いきり歌いたい。
せっかく、お気に入りの曲が出来たのだ。その気持ちは止める事が出来ずに、畔は出来たばかりの音源とスピーカーを持って家を飛び出した。
夕方過ぎの時間。
薄暗くなってきた街を畔はメガネとキャップで顔を隠しながら軽い足どりで歩き出した。
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