極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

蝶野ともえ

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2話「出会いと歌声と」

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   2話「出会いと歌声と」



 畔の耳は数年前なら聞こえなくなっていた。大きな音ならば聞こえるが、普通の会話はほとんど聞こえない。
 そのため手話を勉強し、手と口の動きで会話を交わしている。始めは手の動きを見るのが精一杯で、口の動きや表情まで見ることが出来なく、相手がどんな気持ちなのか汲み取ることが困難だった。同じ言葉でもその口調で全く雰囲気が変わるのだから、言葉というのは不思議だ。

 畔は耳が聞こえないからこそ、相手の表情やちょっとした仕草の変化に敏感になった。

 そう。
 幼馴染みである叶汰の表情は以前よりも険しくなったのを感じていた。
 彼は手話を覚えて貰ったり、スムーズにやり取りできなかったりで、かなり迷惑をかけている。
 そのため、叶汰は面倒に思っているのではないか。そんな風に思っていた。




 そんな考え事をしながら、畔はこれからの準備をした後に、最後の確認で全身鏡の前に立って身なりを確認した。
 今日の衣装は紺色のロングワンピース。裾にかけて水色のグラデーションになっており、朝日みたいだなと畔は気に入っていた。髪はおろしてカチューシャのようにベージュ色のレースを結んでいる。足元は同じくベージュのサンダルだ。
 この衣装は叶汰が準備してくれたものだった。彼は、有名ファッションブランドのデザイナーをしている。まだまだ新人で新作に数点かかわるぐらいだというが、それでも彼がデザインした服はあっという間に完売すると聞いたことがある。そんな彼に全てのコーディネートを毎回任せていた。
 幼馴染みという事もあり、自分よりも彼の方が似合う服装を知っていると思っている。
 今回も納得の衣装だった。

 フッと鏡に映る自分の足元に目を向ける。そこには、先ほど名前も知らない男性に巻いてもらった包帯がワンピースの裾から見え隠れしている。畔は、ワンピースの裾を両手で捲り、その包帯を見つめた。


 (あの人、優しかったな。ニコニコしながら手話してくれた。………どうしてだろう。1度きりの出会いなのに忘れられないのは)


 そんな事を思い、畔はしゃがみこんでその包帯に触れた。
 じんわりと湿布の冷たさを感じるはずなのに、畔は温かい気持ちになり思わず微笑んでしまう。


 (いつか………また会えるかな)


 そんな事を思いながら、控え室の時計を見る。すると、調度よい時間になっていた。遅くなるとまた叶汰が怒ってしまう。

 畔は最後にもう1度包帯に触れた後、皆が待っていてくれる場所へと向かった。







 畔がスタッフの案内で連れてこられた場所。それはあの病院の中央にあるステージだった。吹き抜けの窓から天然のライトが注ぎ、ステンドグラスも輝いている。
 ステージに立っている女性が何かを言った後、観客たちはこちらを向き、拍手をして畔を出迎えた。
 久しぶりの感覚で少し緊張するが、畔は笑顔でそれに応えながら、ステージへと上がった。


 『今日、ミニコンサートをしていただくのは幅広い年代から好かれている歌手のhotoRiさんです。ネットでの配信とライブのみを行われているhotoRiさんですが、しばらく活動を休まれており、今回はこちらのミニコンサートのオファーをお受けしてくれました。それも、この病院を訪れる方に元気を、という気持ちからだそうです。hotoRiさんは耳が聞こえないというハンデをもちながらも、自分で曲を演奏し、そして歌を歌っています。リズムは、映像とそして微かな音の振動を感じて歌っているそうです。それでは………短い時間ですが、皆様楽しい時間をお過ごしください。hotoRiさん、よろしくお願い致します』




 手話をしながらhotoRiについて紹介してくれた女性に頭を下げて会釈をし、畔はマイクの前に立った。マイクの横には、小さなパソコンが置かれており、そこで音楽がスタートすると楽譜が点滅する。その点滅を追ったり、微かに感じる振動から音楽を読み取っていく。
 畔は、サンダルを脱ぎ裸足でステージに立つ。直接床から伝わる振動を肌で感じた方が、わかりやすいのだ。久しぶりのコンサート。万全を期っして望みたかった。

 畔がマイクをつかみ、目を瞑る。
 すると、後ろのスピーカーから音の波が襲ってくる。けれど畔には振動のみが伝わってくる。

 そして、目をゆっくりと開けて大きく口を開けて息を吸う。
 喉の奥から歌声を発する。吹き抜けがあるためか、とても響いていくのがわかり畔は気持ちよく歌えることが嬉しかった。

 畔が歌い始めると、始めは驚いた顔をしたお客さんが多かった。
 耳が聞こえないのに、正確な音程で歌える事に驚いてしまう、とよく言われる。だが、それにもすぐに慣れ音楽自体を楽しんでくれるはずだ。
 沢山の時間をかけて作り上げてきた、大切な大切な曲を、畔は丁寧に歌い上げた。

 歌うことが楽しい。
 聞いてもらう事が嬉しい。
 音楽は聞こえなくても、好きでいられる。

 そんな気持ちを込めて、畔は今日も歌った。








   ★★★
 



 「…………さっきの彼女だ…………」


 気づくと椿生(つばき)の口からそんな声がもれてしまっていた。しかし、周りの人達は、その声に気づきもせずにステージに見入っている。

 高らかに歌い上げる彼女の姿は、とても美しく、絵画に出てくる女神のようだった。こんな事は恥ずかしくて口には出せないが、周りの人々もうっとりとした表情で、神秘的なステージを見つめ足を止めていた。

 先ほどぶつかってしまい手当てした女性が目の前に居る。彼女が手話をしたのを見て驚いた時。彼女はとても悲しい顔をした。きっと、何度も同じような事があったのだろう。うろ覚えだった拙い手話で返事をするの、彼女の表情が輝いた。
 ドキッとしたと同時に、よかったと思った。
 彼女を悲しませなくてすんだ、と。


 弱々しく頭を下げて、椿生を見送ってくれた彼女を、どこか「可愛そう」という気持ちで見てしまっていたのかもしれない。
 けれど、彼女はそんな逆境に立ち向かって、人を夢中にさせる歌を歌い上げている。そんな姿を見て、先ほどの自分の感情が恥ずかしくなった。
 そして、彼女がかっこいいな、と思った。


 「ねぇ……あれってhotoRiだよね?」
 「たぶんね!すごーい!レアじゃん。写真とか動画撮っとく?」
 「このミニコンサート撮影禁止だよ。スタッフがすごい見てるからやめといた方がいいよ。hotoRiは顔出ししてないからね」
 「そうなんだー」


 近くを通りかかった若い女性の会話が耳に入った。
 椿生は知らなかったが、目の前の彼女は有名なアーティストだったようだ。


 「hotoRiか…………」


 透き通る歌声と、楽しそうに歌う彼女の表情を見つめながら、椿生はその名前を頭に入れた。
 いや、忘れるはずがないだろう。


 今日という出会いと、その歌声と名前を。


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