極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

蝶野ともえ

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23話「名前」

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   23話「名前」





 『じゃあ、ここはこんな感じでいい?』
 『えっと…………いいと思います!』


 ピアノの前にして座り、楽譜に訂正した音符を書き込んだ椿生は、隣に座る畔にそう聞いた。畔は頭の中でその旋律を奏でてみる。綺麗な音を感じ、畔は大きく頷いた。


 『じゃあ、曲の基本はこれで。後のアレンジとかは畔ちゃんにお任せするね』
 『ありがとうございます!やっぱり椿生さんに頼んでよかったです。本当に素敵な曲で………何だか泣けてきちゃいます』
 『君の音ノートのお陰だよ。あのノートはとてもよかった』
 『………ありがとうございます』


 そう言って、ピアノの上に置いてあった、畔の音ノートを椿生は手に取り、畔に手渡した。
 畔が以前見せた、生活の音を音符に残したノート。それを椿生が貸してほしいと言ったのは随分前。曲づくりを依頼してすぐだった。畔がどんな表現をしているのか知りたいと言ってくれたのだ。畔は少し恥ずかしさもありながらも彼にそのノートを貸したのだった。
 それが手元に戻ってきた。自分の残した記憶が彼の役に立ったのが嬉しくて、畔は思わず礼を述べてしまった。すると、椿生は『俺がお礼を言いたかったんだよ』と笑った。

 
 『畔ちゃんも、俺が話した芥川龍之介のお話、読んでくれたんでしょ?』
 『もちろんです!というか、椿生さんが私を海って呼んでくれた時から、気になって本を買ってました』
 『そうだったんだ』
 『何だか、こんな名前のせいか海には縁があるみたいです。………海って名前も懐かしいですし……』
 

 畔はその名前の主の事を頭に思い浮かべて、懐かしさから目を細めた。


 すると、椿生はその話しが気になったのか、『懐かしいって?』と、手話で質問してきた。
 畔は少し迷いつつも、彼ならば話してもかまわないと思い、少し前の思い出話しをする事にした。ノートに書こうとも思ったが、椿生の手話はここ最近で格段に上手になっていた。彼が自分のために勉強してくれているのだと感じる事が出来、畔は嬉しくてついつい手話を選びがちになっていた。


 『椿生さんが褒めてくれた、「青の音色」って曲がありますよね。あの曲、実は私が作曲したんじゃないんです。私がネット動画を更新していて、まだまだ有名じゃないときに、よくチャットをしてくれてたお友達がいたんですけど……私が曲づくりに迷ってたときに、「こんなのどう?」って送ってくれて。その曲をプレゼントしてくれたのが、「海」という人なんです。会ったこともなくて、曲を貰ってからしばらくすると連絡がとれなくなってしまったんですけど……….。とても良くしてもらった人なので。私なお友達なんです』


 畔が無名のシンガーだった頃。
 ずっと応援してくれた海という人物。声も聞いたこともないし、ただチャットで話しただけだけれど、いつも「頑張れ!」「いい歌声だから、すぐに人気になる」と励ましてくれた。
 きっと海がいたから、畔は頑張れた。畔はそんな風に今でも思っている。
 海が提供してくれた「青の音色」は今でも人気でhotoRiの代表曲と1つとなっている。作曲者は海と明記されており、よく聞かれるが「無名の頃からの友人です」と答えるだけで、ここまで詳しく話したのはマネージャーと椿生だけだった。


 『なんか、ずるいな』
 『え………』
 

 予想外の椿生の言葉に、畔は驚いてしまう。
 昔の話しなのに、どうしてそんな気持ちになってしまったのか?畔が疑問に思っていると椿生は、手話を続けた。


 『俺だけさん付けで、幼馴染みくんや海くんって人も呼び捨てだ』
 『あ………』


 ノートに書くときも、そして手話の時も畔は彼らを呼び捨てにしていた。手話の時は、声は出さなくても口の動きをしているので、椿生の時だけさんをつけていたのがわかったのだろう。
 畔は慌てて、素早く手話を動かし言い訳をする。


 『それは、椿生さんは年上ですし!それに、出会ったばかりだから………』
 『そういえば、まだ敬語だしね』
 『それは………』


 むくれた顔をしながら、畔を見る椿生。そんな少し子どもっぽいいじけ方をする彼は、どうすればわかってくれるのか、畔はオロオロしながら、どうしようかと次の言葉を迷っていた。


 『急には変えられないから、じゃー………名前から変えてみようか』
 『え?』
 『はい。じゃあ、「つばき」って呼んで?』
 『そんな!いきなりは無理ですよ』
 『んー………』


 彼は唇を尖らせて少し迷った後、畔の手を取り椿生の口に畔の手のひらを当てた。


 「畔…………」


 微かに見える唇の動き。
 そして、肌で感じる彼の唇。
 彼がいつもと違う呼び方をしたのがわかり、畔は小さく体を震わせた。
 恋人に呼び捨てにされるというのは、大して変わらないようで、どこか大きく違う。


 彼が求めていたのはこういう事なのだ。畔は、ようやく彼の気持ちを理解する事が出来た。
 そして、自分もそうやって呼ばれたいと強く思った。


 『つ…ば…き』 


 畔は、口を隠していた彼の手をゆっくりとよけ、その手を優しく握り返した。
 恥ずかしさを隠し、伏せ目がちになりながらも畔はゆっくりと口の動きだけで、彼の名前を呼んだ。
 すると、椿生は満足そうに笑みを浮かべ、ゆっくり頷いてくれる。


 「畔………」


 自分の名前を呼ぶ音の振動はどんな形なのだろう。もう1度手を彼の唇に寄せようとする。
 が、彼はその手を自分から唇に寄せ指先にキスを落とした。その姿がとても妖艶で、畔は体の奥がきゅんと縮まったような感覚に襲われた。

 そして、また彼にキスをされる。
 何回も何回も甘いキスを続けてされ、キスの合間に名前を呼ばれる。


 あまり考えたくない事だが、畔はその時強く思った。


 もしも、彼の声が聞こえていたならば、と。
 きっと泣いてしまうほど、感動するのだろうな。そんな風に思うのだ。

 そして、他の何の音いらないから、椿生が自分を呼ぶ声だけ、聞かせて欲しい。

 そう強く思うのだった。




 

  
 
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