極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

蝶野ともえ

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26話「大嫌いな嘘」

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   26話「大嫌いな嘘」



 夏の太陽は早い。

 もう少し夜でいさせてくれてもいいのに、と思いつつも畔は眠気眼のままボーッと椿生の寝顔を眺めていた。
 長い睫毛とシュッとした鼻先や顎。肌もとても綺麗だ。そんな整った顔を見つめながら、この人が私の恋人なんだな、と改めて信じられない気持ちになった。
 規則正しい寝息と彼の体温を肌越しに感じる。畔は昨日そのまま寝てしまったようで、何も着ていない。昨夜の事を思い出すと、顔から火が出そうな思いだった。けれど、彼と1つになれた、近い関係になれたと感じることが出来、畔は幸せの胸が苦しくなった。今まで感じたことのない感情に戸惑いながらも、その感覚が愛しくて仕方がなかった。


 (私を見つけて、そして愛してくれてありがとうございます)


 畔は我慢出来ずに彼の頬へと手を伸ばした。
 昨夜の夜の空気のせいか、少しだけ肌が冷たかった。畔は指を滑らせ、彼の頬を手のひらで包むように触れた。いつも彼がしてくれる触れ方だ。こうされると、いつも気恥ずかしくも、心地よくなってしまう。けれど、真似してみてわかった。こうやって触れる事がどこか子どもを愛するように、大好きな人を可愛がり、そして自分の手の中で笑って欲しいな、と思うのだ。
 そんな事を思っていると、手の中の彼の瞼がピクッと動いた。
 

 「んっ………。畔……もう起きてたのか」


 椿生は目を擦りながらそう言うと、そのまま畔を見つめた。
 

 『おはよう』
 『………おはようございます』


 彼の鍛えられた腕が布団から出てきて、畔は思わずドキッとしてしまう。椿生もそのまま寝てしまったようだ。昨夜、何回も見た彼の体だが、やはり一晩では見慣れないようだった。
 畔が思わず視線を逸らすと、椿生は畔が逃げてしまうと思ったのか椿生は畔の肩を自分の方へと引き寄せた。


 『まだ朝早いから寝ていい。畔は………体辛いだろ?』

 
 畔の髪を指でとかしながら、ゆっくりと口でそう伝える。畔が経験がなかったため、どこか痛いのではないか、と椿生は気にかけてくれていたようだった。畔は、昨日の事を思い出すと恥ずかしさが優先してしまうため、なるべく考えないようにしながら、『痛いところはないので……大丈夫だと思います』と、苦笑を浮かべながら返事をした。



 『………でも、もう少しこうやっていたいです』


 畔は椿生の胸に寄り添いながら、そう手話で伝えると、彼も嬉しそうに『そうしよう』と言ってくれた。


 この日の朝は、キスの合間に話をしたり、抱き合ったり、少し鼻歌を歌ってみたり、とゆったりとした時間が流れていた。
 






 しばらくすると、椿生は少し何かを考え込んだ後に、畔をジッと見つめながら手話である事を聞いてきた。


 『畔………。ずっと気になってた事があるんだ。聞いてもいい?』
 『はい。……何でしょうか?』


 彼が畔に気になりつつも言えなかったこと。
 畔には全く検討もつかず、首を傾げる。
 すると、椿生は天井に描くように手話を始めた。


 『前に畔の幼馴染みが話していただろ?おまえが嘘が嫌いだって言ってた。………その理由を聞いてもいいか?』
 『その事だったんですね。………でも、話しても面白くも楽しくもないですよ?』
 『いいんだ。畔の事なら知っていたい』
 『わかりました』


 畔は苦笑してそう答えると、椿生と同じように視線を天井に向けて、腕を上げた。


 『学生の頃に大きな病気に罹ってから耳が聞こえなくなったんですけど……。その時の友達は私が歌手になるのが夢だと知っていたので、それでも出来るって応援してくれてたんです。その時は私も普段の生活に戻れるように少しずつ立ち直ってて、話もなるべく声に出して会話するようにしてました。けれど、少しずつ友達の様子が変わってきたような気がしてきて。でも、自分ではわからなくて……それでも一緒にいてくれるから、大丈夫なんだって思ってました』


 畔はそこまで話して、手話の手を止めた。そして、ふーっと小さく呼吸をした。
 話そうとしている事を思い出そうとすると、どうも体が強張り、呼吸が荒くなってしまう。怖くて仕方がないのだ。
 すると、畔の体がグイッと引かれ、椿生に抱きよせられる。畔が彼の方を見ると、椿生は微笑み、『大丈夫』と言ってくれる。俺が居る、そう言っていてくれているようだった。畔は小さく頷くと、また前を向いて話しを続けた。


 『いつもみたいに講義室で話をしていると、突然叶汰が怒ってこちらに来たんです。私は驚いたんですけど、私に怒っているのではなくと友達に何か怒鳴っていました。その時の私は口の動きで何と言っているのかまだわからなくて。その時は私はオロオロとしているだけでした。すると、私の友人達も叶汰に何かを言い合い始めて口論になっていて……』


 隣の彼がゆっくりと頷き相槌するのを感じ、畔は話しを続けた。当時の事はあまり思い出したくもないが、それでも話すとなったら記憶が蘇ってきてしまう。一呼吸置いた後に、畔はその時の話を続けた。



 『その後、叶汰に無理矢理腕を引かれて、友達から離れるように講義室を出ました。どうしてそんな事になったのかわからなかったから、叶汰に聞いても、無視してどんどん歩いていってしまって。……そしたら、空き教室まで連れていかれました。そして、突然「あいつらとは、もう関わるな」って言われたの。訳がわからなくて怒ったんだけど………叶汰は少し迷った後に教えてくれたんです。私が聞こえてない事を良いことに、私の声が変だとか、こんな声で歌手なんかになれるはずないって、私がいるのにそんな話をしていたみたいなんです』


 その時の叶汰の苦い表情や、クスクスと笑いながら畔を見る友人達の姿。それらが頭に浮かんでくると、畔は胸が締め付けられる思いがした。


 『何かの勘違いではないか。そんな事をする人ではないって伝えたんですけど。叶汰のある言葉を聞いた瞬間、反論出来なくなったんです』
 『………もしかして………』
 『「あいつら、手話つかえんのかよ」って。私が聴力を失ってから数ヵ月が経った時だったんですけど、私は友達に手話で話された事が1度もなかったんです。初めは珍しかったのか、挨拶程度の簡単なものを使ってましたけど、ノートの切れはしに、話題を書かれるだけで……どんな話をしているのか詳しくはわからなくて。口の動きで理解しようと必死でした。………けど、叶汰は違った。手話を覚えてくれていました。………それでわかったんです。あの友人達からは迷惑がられていて、嫌われていたんだ。……嘘をつかれていんだって』


 もう随分と昔の事なのに、じんわりと涙が出てきた。畔はそれを隠そうと、椿生に抱きついた。
 聴力を失った事で精神的に不安定だったのに加え、仲良しだった友人の裏切りが、畔を大きく追い詰めた。
 それから、畔は極度に他人の嘘に怯えるようになってしまったのだ。
 叶汰が些細な嘘を言っただけでも、不安定になり「本当はどう思っているの?」「聞こえないところで何をいってるの?」と信じられなくなったのだ。


 そんな畔の頭を椿生は撫でてくれる。
 よしよし、と子どもをあやすように優しく、ゆっくりと撫でてくれた。そのお陰で流れるはずだった涙は引っ込み、畔はゆっくりと顔を上げた。
 すると、椿生は微笑み、畔の目の前で言葉を、紡いだ。



 『話してくれて、ありがとう。………俺は、君の声が聞きたい。そう思ってるよ。いつか、この唇で俺の名前を呼んで』



 そう手話で話した後、椿生は人差し指でそっと畔の唇に触れた。

 それはまるで畔に話せる魔法をかけるようで、畔はいつか彼と会話をする姿を想像してしまったのだった。




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