極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

蝶野ともえ

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27話「水の音」

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   27話「水の音」

 


 穏やかな朝の時間。
 いつもの椿生ならば起きている時間になっても「もう少しだけ」と言ってくれ、2人は甘い戯れの時を味わった。


 『私も……1つだけ聞きたいことがあるんです』
 『ん?何?』


 畔はずっと聞いてみたいことがあった。
 こんな事を聞いても意味がない。一生耳にする事は出来ないのだから。そう思いながらも、畔は彼に質問してみることにした。


 『椿生が私の名前を呼ぶ時の音は……どんな音ですか?』
 『………ぇ…………』

 
 驚いた表情でこちらを見る椿生に、畔はハッとして慌てて手話を続けた。


 『もう聞こえるようになることはないんですけど。椿生の声ってどんな感じなのかなって………聞いてみたいなって思って。もし、1つだて聞いてもいいというなら、椿生が私を呼ぶ声がいいなーっていつも考えているんです。………あ、でも……難しいですよね、忘れてもらっていいです………』


 バカなことを聞いている。
 こんな事を言っても彼を困らせるだけだとわかっている。それなのに、つい聞いてしまった。
 畔は焦ってそう言うと、シーツで体を隠しながらベットから起き上がった。
 そろそろ朝食作ります、と言おうとした腕を椿生が掴んだ。
 畔が彼を見ると、椿生はとても真剣な表情をしていて、思わずドキッと胸が鳴った。


 『………水が跳ねる音だよ』
 『………え………』
 『君がノートに書いた、水が跳ねる音。きっとそれに近いと思う』
 『ほ、本当ですか!?』
 『あぁ……君を呼ぶとき俺はいつも心が弾むから』
 『…………見てきますっ!』


 畔は彼にそう言うと、すぐにリビングに向かった。シーツで体をぐるぐる巻きに向かうと、畔はすぐにピアノの上に置いてあった分厚いノートを開いた。
 パラパラとノートを捲り、畔は目的のページを見つけた。そこに書かれている音符を見つめ、頭の中で再生する。それに自分の名前を乗せてみる。


 (ほ・と・り………ほとり、ほとり………)


 ポンポンっと跳ねるような音程。少し低めの音だっかが、それが彼の声なのだと想像出来た。


 「畔っ……、そんな格好で外に出たらだめだろ。高層階だから見られないとは思うけど、窓もあるんだ……」
 

 慌てた様子で畔に大判タオルを掛けてくれる椿生。畔はすぐに彼の方を振り向いた。


 『いつもこんな風に私を呼んでくれてたのですね。ありがとうございますっ……嬉しいですっ!』
 『………いつでも君の名前を呼ぶよ、畔』
 

 彼の言葉に合わせて、頭で音を再生する。
 するの、彼の声に呼ばれているように感じられる。畔はくすぐったさと、今まで以上の幸福感を感じ、笑顔で頷いた。


 自分の名前を好きな人に呼んで貰えることがこんなにも幸せなのか。畔はその感動を実感しながら、ある事を思った。
 もし、自分が彼の名前を呼んだら、椿生は喜んでくれるのだろうか、と。

 歌以外で言葉を発するのはまだ勇気がない。また、笑われたり、変だと思われてしまうかもしれない。不安で仕方がなかった。
 けれど、椿生ならば声を喜んでくれるのではないか、自分の同じような気持ちになってくれるのではないか。そんな風に思うのだ。


 (少しだけ、頑張ってみようかな………)


 畔にそんな気持ちの変化が現れ始めた瞬間だった。




 







 hotoRiの新曲が完成した。

 それにより畔の仕事量も増えてくる。MVの撮影や雑誌の写真撮影、新曲についてのインタビューが多くなっていた。
 覚悟はしていたが、新曲についての質問は大歓迎だが、恋人についての質問が多かったのだ。自分がやってしまった事のせいなので仕方がないものの、あまり話せることがないため困惑してしまう。けれど、「どんな人ですか?」と聞かれると、椿生を思い出して「とても素敵な人です」と、言ってしまうといつも馴染みの記者には驚かれる。「hotoRiさん、いい笑顔ですね」と。


 
 そして、この日はジャケットの撮影会だった。夜の町での撮影だった。人混みを避けるために深夜3時頃の撮影。今回の衣装も叶汰が担当だったので、彼もチェックのために同行してくれるものだと思ったが、その日は用事があると欠席だった。


 『じゃあ、撮影始めますっ!』
 『よろしくお願いします』


 畔はおじきをした後、夜の町を歩いた。それをパシャパシャとシャッターを押しながらカメラマンが追いかける。

 夜の町は椿生との思い出がある場所。そして、楽しいことも沢山ある畔にとって新しい発見があった場所だった。

 畔はスキップをしたり、くるくる周りながら彼とのデートを思い出す。また、手を繋いで夜の町を歩きたい。きっとまた新しい発見があるはずだ。椿生と夜の雰囲気を味わいたい。
 そんな風に思い、畔はつい心の中で彼の名前を呼びながら、微笑んだ。

 すると、カメラマンの手が止まった。
 
 畔が不思議そうに立ち止まると、根本がカメラマンに近づいて何か話をしている。
 何かトラブルでもあったのだろうか。畔はその場で待機していると、まもなく根本がこちらに向かってきた。


 『hotoRi、撮影は終了よ』
 『え………もう、ですか?何か問題でも起こりましたか?』
 『違うわ、逆よ。とってもいいモノが撮れたからカメラマンが、これ以上はないって言うの』
 『え………』


 畔がカメラマンに近づき、その写真を見せてもらう。

 すると街のネオンの光をバックに、逆光で顔がうっすらとしか見えないが、口元から満面の笑みが浮かんでいるのがわかる。自分でも恥ずかしくなるぐらいの素の笑みだった。


 『これなら顔も隠れていて、口元だけだからオッケイだろ?顔が見えなくてと、弾む体や髪の動き、そしてこの口元。……かなりいい写真が撮れたよ。hotoRiちゃん、例の恋人の事を考えていただろう?』
 『えっ………!?』
 『図星だな。俺にはすぐわかるよ』


 長年hotoRiのカメラマンの仕事をしてくれているため、手話の事も畔自身の事もよく知ってくれている人だ。全てバレてしまっていたようだ。畔は顔を真っ赤にしてそのカメラマンに『それは皆さんに内緒にしてください』と言うと、豪快に笑いながら『わかったよ』と言ってくれた。


 『私もいい写真だと思うわ』
 『根本さん………ありがとうございます』
 『新曲もとてもいいものが揃ったし、きっと発売後は、また注目されることになるでしょうね。頑張りましょう』
 『はいっ!』


 根本に肩をトントンッと叩いて激励される。
 信頼されているマネージャーから言われると、更に力が湧いてくるものだ。畔は新曲の発売が今から楽しみで仕方がなかった。


 


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