極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

蝶野ともえ

文字の大きさ
32 / 38

31話「知りたい名前」

しおりを挟む





   31話「知りたい名前」



 気づくと、畔はいつの間にか叶汰のベットに寝かされていた。泣きつかれたまま寝てしまっていたようだ。泣きすぎて目が腫れているのか、目が開けづらくなっている。畔は目を擦りながらベッドから起き上がった。
 腕につけたままだった時計を見ると、まだ仕事には早い時間だった。昨日はメイクも落とさずに寝てしまった。もちろん、シャワーだって浴びていない。
 畔は叶汰わ起こさないように、ゆっくりと歩きシャワーを借りることにした。寝室から出るとそこは叶汰が寝ているリビングだ。
 まだ太陽が顔を出したばかりで薄暗い明朝。ソファで寝ている叶汰を盗み見る。すると、寝ているのに何故か怒っている表情だった。そんな彼を見て、畔は何故か可笑しくて笑みがこぼれた。


 叶汰はお風呂を沸かしておいてくれたようだったので、遠慮なくお風呂に入った。
 畔はボーッと体を丸めて座りながら、浴槽の中で考え事をした。もちろん、椿生の事だ。


 (………やっぱりちゃんと知りたい。椿生の事を)


 神水椿生という名前が嘘だというのならば、本当の名前は何というか?
 そこまで考えて、畔はハッとした。


 (名前を呼んでも、彼の本当の名前じゃなかったのかな……)


 今更気づいてしまい、畔は切なくなる。だから、振り向いてくれなかったのかと、自分のしたことが恥ずかしいとさえ思った。


 けれど、すぐに湯船のお湯を救い、顔にかける。パンパンッと両手で両頬を軽く叩き、畔は自分の気持ちを無理矢理変えた。


 (名前が違うのなら、また練習すればいい。………だから、椿生に会って話をしなければ)
 

 まだ別れの言葉の言われたわけではない。
 ちゃんと会って話をしないと、お互いの気持ちを知らなければ。
 
 畔はすぐに浴槽から飛び出て、着てきた服を身につけて幼馴染みの元へと向かって。


 「なんだ……早かったな」
 『起きてたんだ………』

 
 怒られるのを覚悟で叶汰を叩き起こそうとしていたが、すでに彼は起きており朝食の準備をしていた。予想外の事にきょとんとしていると、叶汰はリビングのテーブルに視線を落とし「座れ」と口の動きで畔に伝えてきた。

 叶汰はいつも料理をしているようで、手際よくホットサンドと野菜スープを作り、畔の前に置いた。カットされたホットサンドから、トロリと香りのいいチーズが顔を出しており、夕飯を食べていない畔のお腹から音が鳴りそうだった。


 『おいしそう!いただきます』
 『ありがたく食べろ』
 『はーい!』


 温かなスープを口に入れる。
 すると、不思議と安心出来る。畔が『おいしー』と言えば、目の前に座り、ホットサンドを噛る叶汰が「当たり前だろ」と笑う。
 何だか学生の頃に戻ったような感覚に襲われ、畔は自然と笑みがこぼれる。幼馴染みというのは、やはり特別な関係だなと思う。
 一緒にいると安心して、一人じゃないと思える。それに、畔は叶汰に助けられてばかりだ。
 耳が聞こえなくなった時も、畔がデビューした時も。そして、こうやって畔が苦しむ時もさりげなく助けてくれるのだ。何度感謝しても足りないぐらいだろう。

 畔はホクホクとした気分でホットサンドとスープを完食した。すると、それを待っていた叶汰がすぐに手をあげた。


 『さて、どこから話そうか?俺も仕事あるからそんなに長くは話せないぞ』
 『ありがとう。……叶汰が知っている事、全部教えてほしい』
 『わかった。………まず、おまえの彼氏があの神水の社長だという話を聞いた時何とも思わなかった。神水製薬の社長は大のメディア嫌いで、滅多な事では顔を出さない事で有名だったんだ』
 『そうなんだ………』
 『まぁ、若くてかなりのイケメンだって噂だけどな』


 そう言って笑う叶汰を、畔は苦笑しながら見つめた。きっと、「おまえは面食いなんだろ」と言いたかったのだろう。確かに椿生と出会った時は、一目惚れに近かったので、否定は出来なかった。


 『けど、さすがに人前に全く出ないわけじゃないんだ。大企業の社長となれば、知っている人も多いはずだ。だけど………畔が報道陣に囲まれそうになった時に車を運転してたのはあの男だろ?記者のだれも神水社長だと気づかなかったのか、と不思議に思ったんだ。それで、俺はあるパーティーに参加したんだ』
 『まさか、それって………』
 『あぁ、神水製薬の社長が参加すると言われてたものだ。それに参加してきた。そして、挨拶してきたよ』
 『………それは彼ではなかったの?』


 畔は緊張した面持ちで、彼の返事を待った。
 すると、叶汰は真剣な表情で、ゆっくりと頷いた。


 『あぁ。全くの別人だった』
 『……そう、なの………』


 わかっていた事だった。
 何故なら恋人の椿生本人がそれを認めたのだから。畔は緊張して強張っていた肩を下ろした。彼の話は真実だろう。叶汰を信じているし、彼に嘘をつく理由などないのだから。


 『まぁ、その前にあいつが偽物だってのはわかっていたんだけどな』
 『え………』
 『少し調べた。それと、あの病院でピアノを弾いていたのを偶然見てたんだ』
 『叶汰もいたんだ』
 『おまえもみてたのか?畔は見かけなかったから別の日だろうな。あそこのピアノで頻繁に音楽会をしているらしい』



 叶汰もあのピアノを聞いたのだ。
 畔は驚きつつも、彼がそこまで椿生の事を調べてくれている事なんて知らなかった。


 『だから、病院関係者に聞いてみたんだよ。あそこにいる人はプロなんですか、って。そした、ベリーズヒルズビレッジのスタッフの一人だって。病院内の薬剤師をしているんだって教えてくれたよ』
 『薬剤師………』
 「あぁ。でも、まぁ……社長ってのも嘘ではないみたいだけどな」
 『え……?』


 ボソボソっと手話なしで、叶汰が何かを呟いたのを畔は口の動きだけでは理解出来ずに、彼に聞き返す。が、『なんでもない』と言うだけだった。


 『ま、こんなところか。だから、あいつは名前も経歴も全て詐称して、おまえを騙してたんんだ。理由はわからないが、嘘をついていたのは事実。あいつの側にいる理由なんてないだろ?』
 『それは………でも、理由を知りたいよ』
 『それを俺が許すと思うか?』
 『調べてくれて、教えてくれたのは感謝してる。でも、これは私の問題なの。それに、私はまだ椿生と別れたつもりはないわ』
 『あいつに会うことは許さない』
 『勝手に決めないで!』


 畔がキリッと睨んで勢いよく手話をする。
 と、ガタッとイスから立ち上がったのは叶汰の方だった。

 畔の方に、どこかの鍵を置いた。


 『この部屋の鍵だ。家を出る時に使え。返すのは今度でいい』
 『まだ、話は終わってないわ!それに、私は勝手に椿生に連絡を………』
 『スマホは隠した』
 『え!?』


 畔はハッとしてリビングを見る。
 昨夜、テーブルの上に置きっぱなしにしていた自分のスマホがない事に今更気づいた。


 『叶汰!どこに隠したの!?』
 『あと、おまえのマネージャーにはここに来るように伝えてあるから。今夜家に帰るなら勝手にどうぞ』


 そう言うと、イスにかけてあった薄いジャンバーを羽織り、叶汰はスタスタと玄関の方へ行ってしまう。
 呆気にとられた畔は、ただただ彼の背中を見つめ、玄関のドアが閉まるのをみているしかなかった。




 

 

  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】大変申し訳ありませんが、うちのお嬢様に貴方は不釣り合いのようです。

リラ
恋愛
 婚約破棄から始まる、有能執事の溺愛…いや、過保護?  お嬢様を絶対守るマンが本気を出したらすごいんです。  ミリアス帝国首都の一等地に屋敷を構える資産家のコルチエット伯爵家で執事として勤めているロバートは、あらゆる事を完璧にこなす有能な執事だ。  そんな彼が生涯を捧げてでも大切に守ろうと誓った伯爵家のご令嬢エミリー・コルチエットがある日、婚約者に一方的に婚約破棄を告げられる事件が起こる。  その事実を知ったロバートは……この執事を怒らせたら怖いぞ!  後に後悔しエミリーとの復縁を望む元婚約者や、彼女に恋心を抱く男達を前に、お嬢様の婿に相応しいか見極めるロバートだったが…?  果たして、ロバートに認められるようなエミリーお嬢様のお婿候補は現れるのだろうか!? 【物語補足情報】 世界観:貴族社会はあるものの、財を成した平民が貴族位を買い新興貴族(ブルジョア)として活躍している時代。 由緒正しい貴族の力は弱まりつつあり、借金を抱える高位貴族も増えていった。 コルチエット家:帝国一の大商会を持つ一族。元々平民だが、エミリーの祖父の代に伯爵位を買い貴族となった資産家。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

敏腕SEの優しすぎる独占愛

春咲さゆ
恋愛
仕事も恋愛も、兎に角どん底の毎日だった。 あの日、あの雨の夜、貴方に出逢うまでは。 「終わらせてくれたら良かったのに」 人生のどん底にいた、26歳OL。 木崎 茉莉 ~kisaki matsuri~ × 「泣いたらいいよ。傍にいるから」 雨の日に現れた、30歳システムエンジニア。 藤堂 柊真 ~Todo Syuma~ 雨の夜の出会いがもたらした 最高の溺愛ストーリー。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...