極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

蝶野ともえ

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34話「ただいま」

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   34話「ただいま」





   ☆☆☆



 畔はタクシーを探しながら、先程叶汰から受け取った自分のスマホを開いてみた。すると案の定充電がなくなり、真っ暗な画面があるだけで、いくら電源ボタンを押しても反応はなかった。


 (これじゃあ、椿生に連絡がとれない……)


 畔はガッカリしながらも、夜の街を歩いた。けれどタクシーはなかなか見つからない。畔は少しでも早く到着するために、小走りで歩道を走りながら、タクシーを探した。
 息があがってきた頃に、ようやく空車のタクシーを見つけ、畔は急いで飛び乗った。
 バックからノートを取りだし、畔は走り書きで椿生の住所を書き上げ、運転手に差し出した。畔がしゃべれない人だとわかったのか、指で○を作り優しく微笑んでくれる。年配の男性ドライバーに感謝して、彼の家まで向かった。

 手持ちのバックからキーケースを取り出す。
 それを開くと、椿生の部屋の鍵が目に入る。今は、この鍵だけが畔と椿生を繋げてくれている。
 そんな風に思い、畔は手の中のキーケースを握りしめながら、胸に押し当てた。


 椿生は会ってくれるだろうか。
 また、出てもくれないのだろうか。
 それが怖くて仕方がなかった。

 けれど、それを怖がってしまえば、今後彼に会うことが出来なくなってしまう事だった起こり得るのだ。

 畔は大きく深呼吸をして、車窓から外の町並みを見つめた。
 ネオンがキラキラと光、いろんな色の宝石が流れていくようだった。こんな夜の街の楽しさや綺麗な部分を見せてくれたのは、他でもない椿生だ。彼は、畔に優しさと新しい世界を見せてくれて、愛しい人と過ごす幸せの時間も教えてくれた。
 畔にとって、かけがえのない大切な人になっていたのだ。


 (会いたい………。嫌われてても、嫌な顔をされてしまったとしても。あなたに会いたいよ………)


 そんな気持ちだけが出てくる。
 それなら会いに行くしかないのだ。


 そうと決めたら、もうクヨクヨするのはやめよう。畔はそう決めて、窓に写る自分の顔を見つめた。不安そうで悲しげな顔だ。


 (酷い顔………。椿生が好きだったのは、きっと私の笑顔。笑ってないと)


 畔は作り笑いでもいいから、と笑みを浮かべた。それだけで少しは肩の力が抜けてくるものだった。

 そうこうしている内に、椿生の住むマンションに到着した。
 代金を支払い、運転手に頭を下げる。
 すると、その男がにっこりと笑って、突然手話をしたのだ。


 『歌手のhotoRiさんですよね?ライブに行きました。あなたの影響で手話を勉強しました。新曲楽しみにしてます』


 少しぎこちない手話。間違っている部分もあった。けれど、その男性がとても一生懸命手話をして言葉を伝えようとしてくれるのが、畔は嬉しくて仕方がなかった。
 少し恥ずかしそうにしていた男性は、畔の反応がなく不安そうになっていた。畔は慌てて、『とっても嬉しいです!ありがとう』とゆっくり手話で伝えると、運転手は満面の笑みを見せてくれた。

 握手をしてからタクシーを降りる。
 その頃には、畔は自然と笑みを浮かべていた。1人のファンに背中を押された気がして、畔は力が漲ってくるのを感じたのだった。








 畔がエントランスに行き、前と同じように彼の部屋のボタンを押す。
 けれど、今回も彼の応答はなかった。

 畔はため息をぐっと堪えた。
 これは予想していた事だった。
 
 握りしめていた鍵を見つめ、畔は心の中で「椿生、ごめんね」と謝罪しながら、鍵穴に差し込んだのだ。
 すると、静かに自動ドアが開く。

 畔はゆっくりと歩き出し、彼の部屋へと向かったのだった。















   ★★★




  「はー…………」


 椿生はもう何度目かわからない大きなため息をこぼした。
 
 ずっと隠せるとは思っていなかった。
 早く彼女に打ち明けないと。
 そう思っていた。

 けれど、椿生の笑顔を見ていると、それが出来なかった。
 彼女を悲しませるかもしれない。泣かせてしまうかもしれない。
 自分の元から離れていってしまうかもしれない。

 そんな考えが頭を支配して、怖くなり、言葉に出せなかったのだ。


 あれから彼女を忘れようと、仕事を遅くまでこなし、作曲の依頼も多めに請け負うようにした。そうすれば、彼女の事を考える時間も減るだろう。そんな風に思ったのだ。

 けれど、それは無理な話だった。
 どんな事をしても、畔の事が忘れられず、会いたいと思ってしまうのだ。

 全て自分の行いが招いた出来事だ。それは理解していた。けれど、やはり心から畔を愛していたのだと改めて感じてしまったのだ。


 そんな時に彼女は会いに来てくれた。
 そして、今日も。
 モニターに映る彼女を見つめると、すぐにでもボタンを押して、招いてしまいたくなる。
 家に入れて、抱きしめて、「ごめん」と謝罪してしまいたくなる。

 けれど、それをグッと堪えて畔の姿を見ないようにした。


 自分は彼女には相応しくないのだ。
 嘘で固めた、虚像である神水椿生。
 そんな自分でしか、彼女と一緒に居たことがない。
 けれど嘘が大嫌いで、辛い過去を思い出してしまうと知っているのに、椿生は嘘をつき続けてしまったのだ。


 「俺には彼女の隣に居る資格なんてない………」


 そう呟いてから、また作業部屋に入ろうとした時だった。
 

 トントンッ。


 普段聞かない、ドアをノックする音が響いた。
 それの音が玄関から来るものだとすぐにわかり、椿生はハッとする。

 先程までマンションのエントランスに居たのは、畔だ。
 そして、ここまでやってこれるのは、鍵を持っている彼女だけなのだ。


 まさか、ここまで来てくれたのか。
 けれど、会ってしまえば、気持ちが揺らいでしまう。
 彼女に許してもらいたいと願ってしまう。


 それでいいのか?


 迷いを感じながらも、彼女が目の前に居ると知ってしまったら我慢など出来なかった。

 椿生はゆっくりと玄関のドアに近づき、解錠しドアを開けたのだった。









   ☆☆☆



 玄関のドアをノックしたのは、畔自身でも何故かわからなかった。けど、何故か彼に届くのではないかと思ったのだ。
 鍵を握りしめた手で、コンコンッと叩いた。

 すると、しばらくするとゆっくりとドアが開いたのだ。
 自分の気持ちが彼に届いたのだと感じ、畔は嬉しくなり顔を上げた。

 顔を出した椿生は困惑し、少し疲れた表情をしており、畔を直視出来ないのか、視線が微かに逸れていた。
 彼はまだ迷っているんだ。

 畔はそれを感じとり、ギュッと強く鍵を握りしめた。


 『椿生…………ただいま』


 笑顔で彼に会おう。
 椿生が少しでも安心してくれるように。

 あなたが大好きだよ、そんな気持ちを込めて、畔は一つ一つ丁寧に手話にした。

 すると、椿生の表情が歪んだ。
 瞳が揺れ、口元が微かに開いた。

 けれど、それを見る事が出来たのは一瞬だった。

 畔は椿生に強く強く抱きしめられていた。
 そして、彼が何か何度も呟いているのがわかった。
 口元を見なくたってわかる。椿生は「ごめん」と何度も言ってるのだ。


 彼はまだ自分を愛してくれている。
 自分と同じ気持ちなんだ。
 それがわかっただけでも、幸せだった。

 ゆっくりと彼の背中に腕を回し、畔も椿生を抱きしめかえす。


 久しぶりの恋人のぬくもりを感じながら、畔と椿生はしばらくの間、抱きしめ合った。

 彼の体の震えが止まるまで。




 

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