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35話「海のほとり」
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『ごめん……あんな姿見せて』
『さっきから謝ってばかりですよ、椿生』
『あぁ……そうだな。来てくれて、ありがとう』
落ち着きを取り戻した椿生は苦笑を浮かべながら、畔に先程から何度も謝ってばかりいた。
畔もそれには困ってしまい、同じく苦笑いを見せた。
『どうして……嘘ついたのに俺の所に来てくれたんだ?』
『………椿生から話しを聞いてないから。それに……』
『それに?』
不思議そうに聞き返す椿生。
そんな彼に、畔はまた笑顔を見せて返事をした。
『椿生が好きだから。それじゃ、だめですか?』
『………畔』
『好きだから、あなたに会いたかった。それにこれで終わりになんてしたくなかったんです。だから、椿生の話を聞かせてくれませんか?』
畔はそう言って彼の瞳をジッと見つめた。彼の瞳がまた揺れるが、それでも畔の方を見てくれる。そして、しばらく考えた後、彼は小さく息を吐いた。
そして、いつものように優しく笑ったのだ。
『本当に、君には叶わない。………畔に好きだと言われたら安心してしまうんだ』
『それは私も同じです』
『……楽しい話ではないし、君を傷つける事になるかもしれない。それでも、俺の話を聞いてくれる?』
『もちろんです』
リビングのソファに隣同士で座り、話す。手話を始める。向かい合って座った方が手話が見やすいのだが、畔は彼の隣に居たかったのだ。きっと、彼も同じではないかと畔は思った。
『君の幼馴染みからは何か聞いたかな?いろいろ調べてくれてたみたいだけど……』
『えっと……神水という名前が偽名だった事と、椿生が作曲の仕事をしている事…………あと、「青の音色」を作ってくれた人だって事………』
『あー……本当によく調べてるね。ほとんど知ってるんだね。………自分の口から話せなくて、ごめん』
椿生はそう言った後に、頭を下げて謝罪をした。そして、それが全て本当の事だと教えてくれた。
『君の幼馴染みと出会ったのはネットを通してだったよ。同じ名前だったし、ファッションとか好みが合って話すようになったんだ。そして、俺が曲を作ってると話すと、海は「幼馴染みに曲を提供してくれないか」と提案したんだ。俺は誰かに曲をかいたことはなかったし、プロでもないから始めは断ろうとした。けど、教えてもらったhotoRiという歌い手の動画を聞いて、やってみたいと思ったんだ。透き通って伸び伸びとした歌声がとても印象的で、すぐに好きになった。そして、この人が自分の曲で歌ってくれるなんて……と、楽しみで仕方がなかった』
『椿生さんの曲だって知らなくて……お礼も言えなくてごめんなさい』
『いいんだ。海に作曲した曲を渡してすぐに、俺はネットの世界を辞めたしね。忙しくなったし、何だか満足してしまったんだ。いい曲が出来たってね』
椿生はそういうと、にっこりと笑って『素敵な曲にしてくれて、ありがとう』と笑った。
海のほとりが出来てから、畔の世界は変わった。あの曲のお陰でhotoRiを知ってくれる人は多くなったし、動画の再生も増えたのだ。
椿生は自分の曲なのに、全くすごさをわかっていないのが畔は悔しくなった。
『私はあの曲が大好きだし、ファンの人からも人気があるんです。私をここまで成長させてくれた原点はあの曲だって私はずっと思ってました。………だから、椿生にもわかってほしいです。あの曲の素晴らしさを』
『ありがとう。そこまで言ってもらえて嬉しいよ。俺もあの曲が完成した時は、本当に嬉しかった。海をイメージしたあの曲は、hotoRiにぴったりだなって思った。………でも、hotoRiが歌をのせて完成した曲は実は聞いてなくて。だから、病院のコンサートで初めて聞いた時は驚いたよ。こんなに曲がキラキラしているなんて、思いもしなかったんだ。そして、hotoRiという女性がとてもかっこよくて可愛い女の子だという事も………』
その時を思い出しながら話しているのか、椿生は目を細めながら畔を見つめた。
初めて会った日にhotoRiだと知り、昔の事も思い出してくれていた。
だったら何故教えてくれなかったのか?
畔はそれが気になって仕方がなかった。
「だったら、どうして?」と訴える目をしていたのだろう。椿生は畔の頭をポンポンっと撫でる。
そして、ゆっくりと手話を続けた。
『音楽活動はひっそりとやっていたよ。君の活躍はなるべく耳に入れないようにしていたんだ。……眩しすぎて、自分の足元がとても暗く感じてしまうような気がしたんだ』
『………椿生』
『音楽だけでやっていくのは不安だったし、家の都合もあった。薬剤師になれれば安定もするし、両親も安心する。そんな風に自分の夢は後回しにしてきた。少しずつ、作曲を再開して、今は軌道にのってるけど、音楽で成功した人を見るのはなるべくならさけたかった。でも、あの日君の歌を聞いて、すぐにCDを買いにいったよ。そして、あの曲が「青の音色」というタイトルで驚いた。君は俺がイメージした事を全て感じ取ってくれていたんだ。そんなhotoRiという人間が憧れになり、そして……また会いたいと思った』
椿生は楽しそうに笑い、再会した日を思い返した。もちろん、畔も同じだった。
あの日の出会いはとても衝撃的で、そして彼に惹かれた瞬間なのだから。
『だから、また会って、デートをするなんて信じられなかった。けれど、隣で微笑む君をみてとても幸せだった。そして、恋人になりたいって思ったんだ。………だけど、君は誰もが知っている有名な歌手。とても輝いていて綺麗で、困難にも乗り越えて自分の力で生きてきた人だ。とても眩しくて……。その反面俺は夢を諦め、そして地位も何もない自分とは住む世界が違うと思ったんだ。だけど、君の隣という心地がいい場所を諦めきれなくて…………。咄嗟に嘘をついた。俺と同じ椿生という名前の大企業の名前を使ったんだ。……よくからかわれていたんだ。同じ名前で同じ年齢なのに、神水家の息子は優秀だってね』
椿生は、眉をひそめながらそう打ち明けた。
ずっと隠していた真実と、彼の気持ちだった。
一緒にいても、辛かったのだろうか。いつかバレてしまうだろう嘘に怯え、別れる日を予感さていたはずだ。
畔と自分は釣り合わないと思っていたのだ。
だから、嘘をついてしまった、と………。
畔はそれを聞いた後、無表情のまま彼に手を伸ばした。
そして、椿生の耳を掴み思いっきり引っ張った。
「いっっった!!痛いよ!ほ、畔!!いたたいっ!」
突然の行動に、椿生は驚き、あまりの痛さに大きな声を上げて、顔を歪めた。
が、畔の表情をみた瞬間、椿生はハッとした。
椿生は怒りながらも、涙をポロポロと流し泣いていたのだ。
「畔………」
『椿生は、私が社長じゃないと付き合わないと思うんですか?私が……地位なんて気にしないってわからないんですか?椿生だって、関係ないって言ってたじゃないですかっ!』
畔は悲しいわけではない。
怒りで感情が高まっているのだ。
なんで、そんな風に思ったのか、不安になってしまったのか。
それが悔しかった。
けれど、それと同時に自分がそんな不安を与えてしまっていた事にも申し訳ない気持ちになる。自分も同じような事で悩んだので、その気持ちがわかるのだ。
『うん……そうだよね。畔が、そんな事だけで俺を見ているはずがなかった。………俺が自信がなかっただけなんだ。君と釣り合わないんじゃないかって』
『そんな事……っっ!』
反論しようとした手を彼に止められる。
椿生の目には、もう揺らぎも戸惑いもなかった。キラキラとした瞳でまっすぐに畔を見ていた。もちろん、いつもの優しい笑顔で。
『君に好きだと言われることが、何よりも力になるし、自信になるってやっと気づいたんだ。………畔を悲しませる嘘はつかないと誓う。だから、もう1度、恋人になって欲しい』
畔の涙を指で拭い、畔の目元にキスをする。
久しぶりの彼の指、そして唇の感触に体が震える。
だが、よく考えてみればたった数日の出来事なのだ。それなの、とても長い期間会えなかったように感じてしまうから不思議だった。
『私、別れたつもりなんてなかったですよ?だから、今も、そしてこれからも、私の恋人は椿生、あなただけです』
『………畔。ありがとう。……愛してる。本当に君が大切だ』
互いに額同士をくっつけて、愛を囁く。
言葉ではない、指の動きで。
静かな愛の言葉の後、2人は自然とキスを交わした。
彼の笑顔、彼の指から発せられる言葉も、ぬくもりも、2人が奏でる音楽も、全てが畔にとってもう手放せないものになっている。
やはり、彼からは離れられない。
もう中毒のようなものだ。そんな風に思い、思わず笑ってしまう。
『畔、どうした?』
キスの合間に、微笑んだ畔を見て、椿生はそう聞いてくる。そんな彼の表情もとても明るく、そして少し色気を放っていた。
畔は彼に抱きつき、口の動きだけで、「キス、もっとしたいな」と言うと、椿生も少し驚いた後、畔の真似をして「もちろん」と口パクで返事をする。
1つの曲から始まった出会いは、大きな音楽を生み、恋にまで発展した。
その運命に感謝しながら、畔と椿生は甘い時間に酔いしれたのだった。
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