嘘つき旦那様と初めての恋を何度でも

蝶野ともえ

文字の大きさ
35 / 39

33話「新しい夢」

しおりを挟む




   33話「新しい夢」



 緋色を人形として好み、誘拐した男が動いているらしい。そんな話しを耳にしたのは、少し前だった。ボディーガードを普段よりしっかりとつけ、泉も彼女を守るように外出する時は、周囲を警戒していた。

 そんな時に、白碧蒼の新作の発売や空手の大きな試合などが重なり、泉は多忙となった。
 
 恋人になってから、「白碧蒼の新刊出るんだって!泉くんは好き?」と聞かれ、迷いながらも白碧蒼は自分だと告げると、緋色はポカンとした後、「すごい!!本当に、すごいね………あんな壮大で魅力的なお話を書いているなんて」と、半泣きになりながら褒められた。
 その言葉を聞いて、泉は「彼女のために作家になってよかった」と心から思えた。

 白碧蒼の物語を彼女が知っているかはわからなかったけれど、それを自分で聞くのは怖かった。もし、知らなかったり好みの物語じゃないと言われたら、ショックを受けるどころではなかったからだ。
 なので、緋色に褒めてもらえて、喜んでもらえた事が何よりも報われた瞬間だった。


 空手の大きな試合も順調に勝ち進み、本線の大会が明日行われるという前日。
 天気も悪かったので、泉の自宅でデートをしていた。自宅で映画を見て、彼女の作った料理を食べる。何とも幸せな時間だった。十分にリラックス出来た。
明日の試合は、彼女も応援に来てくれる事になっていたので、絶対に優勝しようと意気込んでいた。


 「あ、こんな時間だ。……私、今日は帰るね」
 「え………」


 夕飯を食べ終わり、2人で後片付けを終えてコーヒーを飲んで一息ついていた時、緋色はそう言った。てっきり、今日は泊まっていくものだと思っていたので、泉は驚いて彼女の顔を見た。すると、緋色は困った顔を見せた。


 「大切な試合の前日にお泊まりは出来ないよ。集中したいだろうし………邪魔は出来ないよ」
 「そんな、邪魔なんて事ない。……泊まっていってよ」
 「………ううん。今日は止めておくわ。明日、かっこいい泉くんを見るのを楽しみにしているから」
 「わかった………じゃあ、駅まで送るよ」
 「ありがとう」


  そこまで彼女に言われてしまうと、無理強いは出来ない。確かに試合のイメージトレーニングをしたり、準備をしたりする必要はあったのは事実だ。緋色の気遣いに感謝をしながら、泉は車のキーを手に取った。
 本当ならば、自宅まで送りたいところだが少し離れた距離にあった。そのため「試合前なのに」と言われるのはわかったので、近くの駅までと言った。それでも、あまり彼女はいい顔はしなかったけれど、許しが出たようだった。


 「ねぇ、試合前にこんな事言っていいのかわからないんだけど。………話し聞いてもらえないかな」
 「うん?どうしたの?」


 近くの駅へ向かう車の中で、緋色はそう話しを切り出した。何の話だろうか?と泉は気になり、彼女の答えを待っていた。

 すると、とても嬉しそうに彼女は話しを始めた。


 「泉くんが白碧蒼だって少し前に聞いてから、泉くんは大好きな本を仕事にしてるんだって思ったら、私も羨ましくなった。………今のOLの仕事は嫌いではないけど、好きな仕事でもないの。だから、………私本の仕事がしたいんだ。思い付くのは本屋さんとか司書さんしか出てこないけど、でも、それを考えるだけでもワクワクしてるの………。ねぇ、泉くんはどう思う?」


 緋色は目をキラキラはさせながら、そんな自分の夢を語った。
 自分が彼女に、影響を与えたのかもしれない。そして、楽しそうに語る彼女がとても愛しく思えて、泉は車が停車した後にしっかりと緋色の方を向いた。


 「いい事だと思う。緋色ちゃんがやってみたい事に挑戦してみたほうがらいいよ。俺も応援するから」
 「泉くん………ありがとう!」


 緋色はニッコリと微笑んだ。
 そして、少し恥ずかしそうにしながら、泉に体を寄せた。泉が驚いている中、緋色は彼の頬にキスをした。緋色は自分からそんな事をするようなタイプではなかったので、泉は目を大きくして彼女を見ると、いたずらをした後の子どものように無邪気に笑っていた。


 「………相談に乗ってもらったお礼と、明日勝つようにのおまじない。ありがとう、頑張ってね」
 「………ありがとう」


 泉は彼女の顔が見れなぐらいに恥ずかしさを感じ、手で口元を隠しながら、視線をそらして返事をした。すると、緋色は嬉しそうにフフフッと笑った。


 「そろそろ電車の時間だから行くね」
 「あ、うん………気を付けて帰って」
 「うん。明日、またね」
 「あぁ………勝つから必ず」


 緋色は大きく頷くと、泉の車から出て手を振りながら駅へと駆けていた。


 「可愛すぎだろ…………」


 泉は彼女が見えなくなるまで見送った後に、ハンドルに頭を乗せたたまま、大きく息を吐きながら言葉を洩らした。

 彼女と付き合いはじめてから、ますます緋色を好きになって居た。恋い焦がれていた相手と付き合えたからなのか、運命の相手だからなのか………そんな事を考えてしまうと、別れたばかりなのに、また緋色に会いたくなってしまう。


 「ダメだ。明日に集中しないと。何が何でも試合に勝たないといけないな」


 明日は緋色が初めて空手の試合を見に来る日だ。どうせならば優勝して、かっこいい所を見せたいと思ってしまうのが男というものだ。


 泉は自宅に帰り、お風呂に入りゆっくりと体を温めた。その時に試合のイメージを膨らませた。何度も優勝している大会だ。いつも通りにすれば勝てるだろう。けれど、何があるかわからないのが本番というものだ。
 泉は早めに寝て、いつものように朝のトレーニングをしよう。そう決めて、風呂場から出た。

 水分を取りながらリビングに戻る。
 すると、スマホが点滅しているのがわかった。緋色からのメッセージだろうと思い、泉は頬を緩めながらスマホを持った。


 すると、着信の通知が何件も入っている。
 ボディーガードからだ。
 それを見た瞬間、泉は一気に頭が真っ白になった。
 何かがあったのだ。彼女の身に緊急事態が起きたのだ。


 すぐに電話を掛け直すと、ワンコールで相手が電話を取った。


 『松雪さん!大変です………!』
 「何があったんだ?」
 

 ボディーガードの男が大きく息を吐いて落ち着かせた後に、重い言葉を落とした。



 『緋色さんが、何者かに連れ去られたようです』


 その言葉を理解するのに、いつもより時間がかかってしまったように感じた。
 ぐにゃりと空間が歪んだように感じ、泉はめまいを感じた。



 「緋色が…………」



  泉の頭の中には、先ほど別れた時の、微笑む彼女の顔が浮かんでいた。




しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...