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33話「新しい夢」
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緋色を人形として好み、誘拐した男が動いているらしい。そんな話しを耳にしたのは、少し前だった。ボディーガードを普段よりしっかりとつけ、泉も彼女を守るように外出する時は、周囲を警戒していた。
そんな時に、白碧蒼の新作の発売や空手の大きな試合などが重なり、泉は多忙となった。
恋人になってから、「白碧蒼の新刊出るんだって!泉くんは好き?」と聞かれ、迷いながらも白碧蒼は自分だと告げると、緋色はポカンとした後、「すごい!!本当に、すごいね………あんな壮大で魅力的なお話を書いているなんて」と、半泣きになりながら褒められた。
その言葉を聞いて、泉は「彼女のために作家になってよかった」と心から思えた。
白碧蒼の物語を彼女が知っているかはわからなかったけれど、それを自分で聞くのは怖かった。もし、知らなかったり好みの物語じゃないと言われたら、ショックを受けるどころではなかったからだ。
なので、緋色に褒めてもらえて、喜んでもらえた事が何よりも報われた瞬間だった。
空手の大きな試合も順調に勝ち進み、本線の大会が明日行われるという前日。
天気も悪かったので、泉の自宅でデートをしていた。自宅で映画を見て、彼女の作った料理を食べる。何とも幸せな時間だった。十分にリラックス出来た。
明日の試合は、彼女も応援に来てくれる事になっていたので、絶対に優勝しようと意気込んでいた。
「あ、こんな時間だ。……私、今日は帰るね」
「え………」
夕飯を食べ終わり、2人で後片付けを終えてコーヒーを飲んで一息ついていた時、緋色はそう言った。てっきり、今日は泊まっていくものだと思っていたので、泉は驚いて彼女の顔を見た。すると、緋色は困った顔を見せた。
「大切な試合の前日にお泊まりは出来ないよ。集中したいだろうし………邪魔は出来ないよ」
「そんな、邪魔なんて事ない。……泊まっていってよ」
「………ううん。今日は止めておくわ。明日、かっこいい泉くんを見るのを楽しみにしているから」
「わかった………じゃあ、駅まで送るよ」
「ありがとう」
そこまで彼女に言われてしまうと、無理強いは出来ない。確かに試合のイメージトレーニングをしたり、準備をしたりする必要はあったのは事実だ。緋色の気遣いに感謝をしながら、泉は車のキーを手に取った。
本当ならば、自宅まで送りたいところだが少し離れた距離にあった。そのため「試合前なのに」と言われるのはわかったので、近くの駅までと言った。それでも、あまり彼女はいい顔はしなかったけれど、許しが出たようだった。
「ねぇ、試合前にこんな事言っていいのかわからないんだけど。………話し聞いてもらえないかな」
「うん?どうしたの?」
近くの駅へ向かう車の中で、緋色はそう話しを切り出した。何の話だろうか?と泉は気になり、彼女の答えを待っていた。
すると、とても嬉しそうに彼女は話しを始めた。
「泉くんが白碧蒼だって少し前に聞いてから、泉くんは大好きな本を仕事にしてるんだって思ったら、私も羨ましくなった。………今のOLの仕事は嫌いではないけど、好きな仕事でもないの。だから、………私本の仕事がしたいんだ。思い付くのは本屋さんとか司書さんしか出てこないけど、でも、それを考えるだけでもワクワクしてるの………。ねぇ、泉くんはどう思う?」
緋色は目をキラキラはさせながら、そんな自分の夢を語った。
自分が彼女に、影響を与えたのかもしれない。そして、楽しそうに語る彼女がとても愛しく思えて、泉は車が停車した後にしっかりと緋色の方を向いた。
「いい事だと思う。緋色ちゃんがやってみたい事に挑戦してみたほうがらいいよ。俺も応援するから」
「泉くん………ありがとう!」
緋色はニッコリと微笑んだ。
そして、少し恥ずかしそうにしながら、泉に体を寄せた。泉が驚いている中、緋色は彼の頬にキスをした。緋色は自分からそんな事をするようなタイプではなかったので、泉は目を大きくして彼女を見ると、いたずらをした後の子どものように無邪気に笑っていた。
「………相談に乗ってもらったお礼と、明日勝つようにのおまじない。ありがとう、頑張ってね」
「………ありがとう」
泉は彼女の顔が見れなぐらいに恥ずかしさを感じ、手で口元を隠しながら、視線をそらして返事をした。すると、緋色は嬉しそうにフフフッと笑った。
「そろそろ電車の時間だから行くね」
「あ、うん………気を付けて帰って」
「うん。明日、またね」
「あぁ………勝つから必ず」
緋色は大きく頷くと、泉の車から出て手を振りながら駅へと駆けていた。
「可愛すぎだろ…………」
泉は彼女が見えなくなるまで見送った後に、ハンドルに頭を乗せたたまま、大きく息を吐きながら言葉を洩らした。
彼女と付き合いはじめてから、ますます緋色を好きになって居た。恋い焦がれていた相手と付き合えたからなのか、運命の相手だからなのか………そんな事を考えてしまうと、別れたばかりなのに、また緋色に会いたくなってしまう。
「ダメだ。明日に集中しないと。何が何でも試合に勝たないといけないな」
明日は緋色が初めて空手の試合を見に来る日だ。どうせならば優勝して、かっこいい所を見せたいと思ってしまうのが男というものだ。
泉は自宅に帰り、お風呂に入りゆっくりと体を温めた。その時に試合のイメージを膨らませた。何度も優勝している大会だ。いつも通りにすれば勝てるだろう。けれど、何があるかわからないのが本番というものだ。
泉は早めに寝て、いつものように朝のトレーニングをしよう。そう決めて、風呂場から出た。
水分を取りながらリビングに戻る。
すると、スマホが点滅しているのがわかった。緋色からのメッセージだろうと思い、泉は頬を緩めながらスマホを持った。
すると、着信の通知が何件も入っている。
ボディーガードからだ。
それを見た瞬間、泉は一気に頭が真っ白になった。
何かがあったのだ。彼女の身に緊急事態が起きたのだ。
すぐに電話を掛け直すと、ワンコールで相手が電話を取った。
『松雪さん!大変です………!』
「何があったんだ?」
ボディーガードの男が大きく息を吐いて落ち着かせた後に、重い言葉を落とした。
『緋色さんが、何者かに連れ去られたようです』
その言葉を理解するのに、いつもより時間がかかってしまったように感じた。
ぐにゃりと空間が歪んだように感じ、泉はめまいを感じた。
「緋色が…………」
泉の頭の中には、先ほど別れた時の、微笑む彼女の顔が浮かんでいた。
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