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第28章「世界の救済──犠牲と奇跡」
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魔王を倒してから、一週間が過ぎた。
世界は、静かに変わり始めていた。
魔王の支配下にあった地域が、次々と解放されていく。
闇に覆われていた空が、再び青く輝き始めた。
人々の顔に、笑顔が戻ってきた。
王都は、祝祭の準備に追われていた。
「魔王討伐の祝賀会」が、三日後に開催されることになったのだ。
五人は、王城の客室に滞在していた。
広い部屋。柔らかいベッド。豪華な食事。
「信じられないよな」
健太はベッドに寝転がりながら言った。
「俺たち、本当に魔王を倒したんだよな」
「ああ……まだ夢みたいだ」
蓮は窓の外を見ていた。
青い空。白い雲。平和な街並み。
「でも、本当なんだよな……」
「そうね」
リリアは本を読みながら言った。
「私たちは、世界を救ったのよ」
「えへへ、英雄だもんね」
セラは嬉しそうに笑った。
「みんなから感謝されるって、気持ちいい」
「セラ、調子に乗りすぎないで」
リリアが注意した。
「わかってるよー」
アリシアは、静かに窓際に立っていた。
何かを考えているようだ。
「アリシア、どうした?」
蓮が声をかけた。
「あ、いえ……」
アリシアは振り返った。
「少し、考え事をしていました」
「何を考えてたんだ?」
「この先のことです」
アリシアは真剣な表情だった。
「魔王を倒して、世界は平和になりました」
「でも……私たちは、これからどうするんでしょうか」
その言葉に、みんなは黙り込んだ。
確かに。
魔王を倒すという目標は達成した。
では、これから何をすればいいのか。
「俺は……」
健太が口を開いた。
「まだ決めてないな。でも、冒険は続けたい」
「私も」
セラが続けた。
「みんなと一緒に、色んな場所を旅したい」
「私は魔法の研究を続けるわ」
リリアが言った。
「でも、一人じゃなくて、みんなと一緒に」
三人の視線が、蓮とアリシアに向けられた。
「神谷さんは、どうしますか?」
アリシアが尋ねた。
蓮は少し考えた。
「俺は……正直、まだ分からない」
「元の世界に帰りたいとは、思わないのか?」
健太が聞いた。
「元の世界……」
蓮は天井を見上げた。
転生してきた時のことを思い出す。
冴えない大学生だった自分。
特に目標もなく、ただ日々を過ごしていた。
「正直……あまり帰りたいとは思わない」
蓮は正直に答えた。
「こっちの世界の方が、ずっと充実してる」
「そっか」
健太は笑った。
「じゃあ、これからもよろしくな」
「ああ」
蓮も笑った。
「アリシアは?」
蓮が尋ねた。
「私は……」
アリシアは少し考えた。
「もう一度、騎士として国に仕えたいです」
「でも、今度は一人じゃなくて……」
アリシアは蓮を見た。
「神谷さんと一緒に」
蓮の心臓が、ドクンと鳴った。
「アリシア……」
「駄目ですか?」
「いや……嬉しい」
蓮は照れくさそうに笑った。
「俺も、アリシアと一緒にいたい」
アリシアの顔が、赤く染まった。
「あ、ありがとうございます……」
「おいおい、お前ら……」
健太がニヤニヤしながら言った。
「いい雰囲気じゃねえか」
「う、うるさい!」
蓮は顔を赤くした。
リリアとセラも、クスクスと笑っていた。
「まあ、とにかく」
リリアが話を戻した。
「これからも、五人で一緒にいるってことね」
「ああ」
全員が頷いた。
その時、ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、執事だった。
「国王陛下が、お呼びです」
「今から?」
「はい。謁見の間へお越しください」
五人は顔を見合わせた。
「何だろう?」
「わからないけど、行こう」
五人は謁見の間へ向かった。
謁見の間には、国王が一人で待っていた。
「よく来た、勇者たちよ」
国王は五人を迎えた。
「実は、そなたたちに頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
蓮が聞いた。
「ああ」
国王は真剣な表情だった。
「魔王が支配していた地域に、まだ魔物が残っている」
「それらを討伐し、完全に平和を取り戻してほしい」
「魔物の討伐……」
健太が呟いた。
「まだ、戦いは終わってなかったのか」
「すまぬ」
国王は頭を下げた。
「そなたたちには、もう十分に戦ってもらった」
「だが、他に頼める者がいないのだ」
「……」
五人は黙り込んだ。
正直、もう戦いたくはなかった。
魔王を倒すまでに、何度も死にかけた。
体も心も、疲れ切っている。
でも──
「わかりました」
アリシアが前に出た。
「私たちが行きます」
「アリシア……」
「まだ苦しんでいる人たちがいるんです」
アリシアは真剣な目で国王を見た。
「騎士として、見過ごすことはできません」
「ありがとう、アリシア」
国王は感謝した。
「他のみんなは、どうだ?」
健太が前に出た。
「俺も行く。アリシア一人に任せられるか」
リリアも前に出た。
「私も行くわ。まだ研究したい魔物もいるし」
セラも前に出た。
「私も!みんなと一緒じゃなきゃ、意味ないもん」
最後に、蓮が前に出た。
「俺も……行きます」
蓮は国王を見た。
「みんなを支えるのが、俺の役目ですから」
国王は、深く頭を下げた。
「本当に……ありがとう」
「世界は、そなたたちに救われている」
翌日、五人は王都を出発した。
目指すは、魔王の本拠地だった「闇の森」。
そこに、まだ多くの魔物が残っているらしい。
馬車で三日間の旅。
途中、いくつかの村を通った。
どの村でも、五人は歓迎された。
「魔王を倒した英雄だ!」
「ありがとうございます!」
人々は、五人に感謝の言葉を送った。
ある村では、子供たちが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんたち、すごいんだね!」
「魔王をやっつけたんだって!」
子供たちの無邪気な笑顔を見て、蓮は思った。
(ああ……この笑顔を守るために、俺たちは戦ってきたんだ)
胸が温かくなった。
「ねえ、お兄ちゃん」
一人の少女が蓮に話しかけた。
「お兄ちゃんは、強いの?」
「えっと……俺は、そんなに強くないよ」
「じゃあ、どうして魔王をやっつけられたの?」
少女は首を傾げた。
蓮は笑った。
「俺には、仲間がいたから」
「仲間?」
「ああ。一人じゃ何もできないけど、みんなと一緒なら、何でもできる」
少女は目を輝かせた。
「すごい!私も、お友達と一緒に頑張る!」
「うん、頑張って」
少女は嬉しそうに駆けて行った。
「いいこと言うじゃないか」
健太が肩を叩いた。
「照れるな……」
「でも、本当だよね」
セラが言った。
「私たち、一人じゃここまで来れなかった」
「そうね」
リリアも頷いた。
「みんながいたから、勝てたのよ」
アリシアは蓮の手を握った。
「神谷さん、ありがとうございます」
「え、何で?」
「あなたがいてくれたから、私たちは強くなれました」
アリシアは微笑んだ。
「これからも、一緒にいてくださいね」
蓮の顔が赤くなった。
「あ、ああ……もちろん」
五人は、再び旅を続けた。
三日後、五人は「闇の森」に到着した。
鬱蒼とした森。
木々の間から、不気味な気配が漂っている。
「ここが、魔王の本拠地だったのか……」
健太が呟いた。
「気をつけて」
アリシアが剣を構えた。
「魔物が、いつ襲ってくるか分からない」
五人は慎重に森の中へ入っていった。
しばらく歩くと──
ゴォォォォ!
巨大な咆哮が響いた。
「来た!」
リリアが叫んだ。
森の奥から、巨大な影が現れた。
それは──
三つ首のドラゴンだった。
「ヒドラ……!」
アリシアは息を呑んだ。
「まさか、こんな強力な魔物が残っていたとは……」
ヒドラは、三つの頭でそれぞれ異なる属性のブレスを吐き出す。
炎、氷、雷。
「くそっ……厄介だな」
健太は剣を構えた。
「みんな、気をつけろ!」
ヒドラが攻撃してきた。
炎のブレスが、五人を襲う。
「避けろ!」
五人は散開した。
だが、次は氷のブレス。
地面が凍りつく。
「うわっ!」
セラは滑って転んだ。
「セラ!」
健太がセラを助けた。
その隙に、雷のブレスが二人に迫る。
「危ない!」
蓮が支援魔法をかけた。
「支援強化──魔法防御!」
二人の体が光に包まれ、雷のブレスを防いだ。
「サンキュー、神谷!」
「まだ油断するな!」
アリシアとリリアが攻撃に回った。
アリシアの剣が、ヒドラの首の一つを斬る。
リリアの魔法が、別の首を直撃する。
だが──
ヒドラの首は、すぐに再生した。
「再生能力まで……」
リリアは舌打ちした。
「これじゃ、倒せないわ」
「どうする……」
健太は焦っていた。
蓮は必死に考えた。
(三つの首を同時に倒せば……いや、それでも再生するかもしれない)
(なら……本体を狙うしかない)
「みんな、聞いてくれ!」
蓮が叫んだ。
「首じゃなくて、本体を攻撃するんだ!」
「本体……?」
「ああ。胴体の中心に、核があるはずだ。それを破壊すれば、倒せる!」
「わかった!」
四人は本体に向かって突撃した。
だが、ヒドラは三つの首で防御する。
「くそっ……近づけない……」
その時、蓮は決断した。
「俺が……囮になる」
「え……?」
アリシアが驚いた。
「神谷さん、何を……」
「俺が三つの首の注意を引く。その間に、みんなで本体を攻撃してくれ」
「でも、それは危険すぎます!」
「大丈夫」
蓮は笑った。
「俺を信じてくれ」
「神谷……」
健太は迷ったが、頷いた。
「わかった。でも、無茶するなよ」
「ああ」
蓮は前に出た。
「おい、でっかいトカゲ!」
蓮はヒドラに向かって叫んだ。
「俺を捕まえられるもんなら、捕まえてみろ!」
ヒドラの三つの首が、蓮に向いた。
ゴォォォォ!
三つのブレスが、同時に蓮に向かってくる。
「うわっ!」
蓮は必死で避けた。
炎が横を掠める。
氷が足元を凍らせる。
雷が頭上を通り過ぎる。
(くそっ……速い……)
蓮の体力は、みるみる削られていく。
だが──
「今だ!」
健太たち四人が、ヒドラの本体に突撃した。
四人の攻撃が、同時に本体の中心を貫いた。
ズバァァァン!
ヒドラの体が、光の粒子となって消えていく。
「やった……」
リリアは息を切らしていた。
「神谷さん!」
アリシアが蓮に駆け寄った。
蓮は、地面に倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ……何とか……」
蓮は笑顔で答えた。
体中が痛い。
魔力も、ほとんど残っていない。
「無茶しすぎよ」
リリアが回復魔法をかけた。
「でも、あなたのおかげで勝てたわ」
「神谷、すげえよ」
健太が笑った。
「お前、本当に勇敢だな」
「そんなことない……ただ、みんなを信じただけ」
セラは涙を流していた。
「神谷、怖かったんだよ……死んじゃうかと思った……」
「ごめん、心配かけて」
アリシアは、蓮を抱きしめた。
「もう……無茶しないでください……」
「ああ……約束する」
蓮は、アリシアの温もりを感じた。
(ああ……俺は、みんなに守られてるんだな……)
胸が温かくなった。
その後、五人は森の奥深くまで進んだ。
途中、いくつかの魔物と戦ったが、全て倒すことができた。
そして──
森の最奥に、巨大な祭壇があった。
「これは……」
リリアは祭壇を調べた。
「魔王が使っていた、魔力の源よ」
祭壇の中央には、黒い水晶が置かれていた。
「これを破壊すれば、この森の魔物は全て消えるわ」
「じゃあ、破壊しよう」
健太が剣を構えた。
だが、アリシアが止めた。
「待ってください」
「何で?」
「これを破壊すると、森全体が崩壊するかもしれません」
「えっ……」
「魔王の魔力が、この森を支えていたんです」
アリシアは真剣な表情だった。
「それを失えば、森は消えてしまう」
「でも、そうしないと魔物は消えないんだろ?」
「ええ……」
五人は、迷った。
森を守るか、魔物を消すか。
その時、蓮は気づいた。
「待って……俺に考えがある」
「何?」
「この水晶を破壊するんじゃなくて、浄化するんだ」
「浄化……?」
「ああ。俺の支援魔法で、この水晶の闇を光に変える」
「でも、それはできるの?」
リリアが心配そうに聞いた。
「分からない……でも、やってみる価値はある」
蓮は水晶に近づいた。
「神谷さん……」
アリシアが心配そうに見ていた。
「大丈夫。信じてくれ」
蓮は水晶に手を当てた。
「支援魔術──浄化の光!」
ゴゴゴゴゴ!
蓮の体から、光が溢れ出した。
その光が、水晶に流れ込んでいく。
黒い水晶が、少しずつ白く変わっていく。
だが──
蓮の体に、激痛が走った。
「ぐ……あ……」
「神谷さん!」
「大丈夫……まだ……いける……」
蓮は歯を食いしばった。
(みんなのために……この森のために……)
蓮は、全ての魔力を注ぎ込んだ。
やがて──
水晶が、完全に白く輝いた。
「成功した……」
蓮は、その場に倒れた。
「神谷さん!」
四人が駆け寄った。
蓮の意識は、薄れていく。
だが、その前に──
森全体が、光に包まれるのが見えた。
黒かった木々が、緑に変わっていく。
魔物たちの姿が、消えていく。
(良かった……森を守れた……)
蓮は、微笑んだ。
そして──
意識を失った。
蓮が目を覚ましたのは、三日後だった。
「ん……」
蓮は目を開けた。
見慣れた天井。
王城の医務室だ。
「神谷さん!」
アリシアの声が聞こえた。
顔を向けると、ベッドの横にアリシアが座っていた。
「目が覚めたんですね……!」
アリシアの目には、涙が浮かんでいた。
「俺……どのくらい寝てた?」
「三日間です」
「三日……」
「あなたは、魔力を使い果たしたんです」
アリシアは蓮の手を握った。
「医者も、もうダメかもしれないと……」
「でも、あなたは生きてくれた……」
涙がアリシアの頬を伝う。
「アリシア……ごめん、心配かけて」
「いいんです……生きていてくれれば……」
その時、ドアが開いた。
健太、リリア、セラが入ってきた。
「おお、起きたか!」
健太が笑った。
「心配したぞ、神谷」
「神谷君、本当に無茶するんだから」
リリアは呆れていたが、微笑んでいた。
「神谷!」
セラが飛びついてきた。
「もう、死んじゃうかと思ったよ!」
「ごめん、みんな」
蓮は笑った。
「でも、森は守れたんだよな?」
「ああ」
健太が頷いた。
「あの森は、今では『光の森』と呼ばれてるぞ」
「光の森……」
「お前が浄化した水晶が、今でも光を放ってるんだ」
「そっか……良かった」
蓮は安堵の息を吐いた。
「ねえ、神谷さん」
アリシアが言った。
「何?」
「もう、無茶はしないでください」
「あなたがいなくなったら……私……」
アリシアの目に、また涙が浮かんだ。
蓮は、アリシアの頭を撫でた。
「大丈夫。もう無茶はしない」
「約束……ですよ……」
「ああ、約束する」
その光景を見て、健太たちは微笑んだ。
「さて、と」
健太が手を叩いた。
「神谷が起きたことだし、祝賀会に参加できるな」
「祝賀会?」
「ああ。今夜、王城で盛大な宴が開かれるんだ」
「俺、まだ体が……」
「大丈夫よ」
リリアが言った。
「回復魔法をかけたから、もう動けるはずよ」
「そうなのか……」
「じゃあ、準備しようぜ」
健太が笑った。
「今夜は、盛大に祝おう」
その夜。
王城の大広間は、華やかに飾られていた。
貴族たち、騎士たち、そして五人を祝うために集まった人々。
「では、乾杯!」
国王の声と共に、全員がグラスを掲げた。
「魔王を倒した英雄たちに!」
「乾杯!」
大広間に、歓声が響いた。
音楽が流れ、人々が踊り始める。
五人は、テーブルに座っていた。
「すごい宴だな」
健太が呟いた。
「ああ……俺たちのためにこんなに……」
蓮は感慨深げだった。
「あなたたちは、それだけのことをしたのよ」
リリアが言った。
「世界を救ったんだから」
「そうだね」
セラも嬉しそうだった。
「私たち、すごいことしたんだね」
その時、国王が五人のテーブルに近づいてきた。
「勇者たちよ」
「はい」
五人は立ち上がった。
「改めて、感謝する」
国王は深く頭を下げた。
「そなたたちがいなければ、この世界は魔王に支配されていた」
「いえ、私たちは……」
「そして」
国王は顔を上げた。
「そなたたちに、褒美を与えたい」
「褒美……?」
「ああ。何でも望むがよい」
五人は顔を見合わせた。
何が欲しいだろう。
お金?
土地?
称号?
でも──
「俺たちには、もう十分です」
蓮が答えた。
「十分……?」
「ええ。俺たちには、仲間がいます」
蓮は四人を見た。
「それが、何よりの宝物です」
国王は、静かに微笑んだ。
「そうか……わかった」
「では、一つだけ約束してほしい」
「何でしょう?」
「これからも、仲良く生きてくれ」
国王は優しく言った。
「そなたたちの絆が、この世界の希望だ」
「はい」
五人は揃って答えた。
「約束します」
国王は満足そうに頷いた。
「ありがとう」
宴は、夜遅くまで続いた。
人々は笑い、歌い、踊った。
五人も、その輪の中にいた。
蓮は、みんなの笑顔を見ていた。
アリシアの笑顔。
健太の笑顔。
リリアの笑顔。
セラの笑顔。
(ああ……俺は、本当に幸せだな)
胸が、温かくなった。
長い戦いは終わった。
そして──
新しい日々が、ここから始まる。
五人で歩む、新しい未来が。
世界は、静かに変わり始めていた。
魔王の支配下にあった地域が、次々と解放されていく。
闇に覆われていた空が、再び青く輝き始めた。
人々の顔に、笑顔が戻ってきた。
王都は、祝祭の準備に追われていた。
「魔王討伐の祝賀会」が、三日後に開催されることになったのだ。
五人は、王城の客室に滞在していた。
広い部屋。柔らかいベッド。豪華な食事。
「信じられないよな」
健太はベッドに寝転がりながら言った。
「俺たち、本当に魔王を倒したんだよな」
「ああ……まだ夢みたいだ」
蓮は窓の外を見ていた。
青い空。白い雲。平和な街並み。
「でも、本当なんだよな……」
「そうね」
リリアは本を読みながら言った。
「私たちは、世界を救ったのよ」
「えへへ、英雄だもんね」
セラは嬉しそうに笑った。
「みんなから感謝されるって、気持ちいい」
「セラ、調子に乗りすぎないで」
リリアが注意した。
「わかってるよー」
アリシアは、静かに窓際に立っていた。
何かを考えているようだ。
「アリシア、どうした?」
蓮が声をかけた。
「あ、いえ……」
アリシアは振り返った。
「少し、考え事をしていました」
「何を考えてたんだ?」
「この先のことです」
アリシアは真剣な表情だった。
「魔王を倒して、世界は平和になりました」
「でも……私たちは、これからどうするんでしょうか」
その言葉に、みんなは黙り込んだ。
確かに。
魔王を倒すという目標は達成した。
では、これから何をすればいいのか。
「俺は……」
健太が口を開いた。
「まだ決めてないな。でも、冒険は続けたい」
「私も」
セラが続けた。
「みんなと一緒に、色んな場所を旅したい」
「私は魔法の研究を続けるわ」
リリアが言った。
「でも、一人じゃなくて、みんなと一緒に」
三人の視線が、蓮とアリシアに向けられた。
「神谷さんは、どうしますか?」
アリシアが尋ねた。
蓮は少し考えた。
「俺は……正直、まだ分からない」
「元の世界に帰りたいとは、思わないのか?」
健太が聞いた。
「元の世界……」
蓮は天井を見上げた。
転生してきた時のことを思い出す。
冴えない大学生だった自分。
特に目標もなく、ただ日々を過ごしていた。
「正直……あまり帰りたいとは思わない」
蓮は正直に答えた。
「こっちの世界の方が、ずっと充実してる」
「そっか」
健太は笑った。
「じゃあ、これからもよろしくな」
「ああ」
蓮も笑った。
「アリシアは?」
蓮が尋ねた。
「私は……」
アリシアは少し考えた。
「もう一度、騎士として国に仕えたいです」
「でも、今度は一人じゃなくて……」
アリシアは蓮を見た。
「神谷さんと一緒に」
蓮の心臓が、ドクンと鳴った。
「アリシア……」
「駄目ですか?」
「いや……嬉しい」
蓮は照れくさそうに笑った。
「俺も、アリシアと一緒にいたい」
アリシアの顔が、赤く染まった。
「あ、ありがとうございます……」
「おいおい、お前ら……」
健太がニヤニヤしながら言った。
「いい雰囲気じゃねえか」
「う、うるさい!」
蓮は顔を赤くした。
リリアとセラも、クスクスと笑っていた。
「まあ、とにかく」
リリアが話を戻した。
「これからも、五人で一緒にいるってことね」
「ああ」
全員が頷いた。
その時、ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、執事だった。
「国王陛下が、お呼びです」
「今から?」
「はい。謁見の間へお越しください」
五人は顔を見合わせた。
「何だろう?」
「わからないけど、行こう」
五人は謁見の間へ向かった。
謁見の間には、国王が一人で待っていた。
「よく来た、勇者たちよ」
国王は五人を迎えた。
「実は、そなたたちに頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
蓮が聞いた。
「ああ」
国王は真剣な表情だった。
「魔王が支配していた地域に、まだ魔物が残っている」
「それらを討伐し、完全に平和を取り戻してほしい」
「魔物の討伐……」
健太が呟いた。
「まだ、戦いは終わってなかったのか」
「すまぬ」
国王は頭を下げた。
「そなたたちには、もう十分に戦ってもらった」
「だが、他に頼める者がいないのだ」
「……」
五人は黙り込んだ。
正直、もう戦いたくはなかった。
魔王を倒すまでに、何度も死にかけた。
体も心も、疲れ切っている。
でも──
「わかりました」
アリシアが前に出た。
「私たちが行きます」
「アリシア……」
「まだ苦しんでいる人たちがいるんです」
アリシアは真剣な目で国王を見た。
「騎士として、見過ごすことはできません」
「ありがとう、アリシア」
国王は感謝した。
「他のみんなは、どうだ?」
健太が前に出た。
「俺も行く。アリシア一人に任せられるか」
リリアも前に出た。
「私も行くわ。まだ研究したい魔物もいるし」
セラも前に出た。
「私も!みんなと一緒じゃなきゃ、意味ないもん」
最後に、蓮が前に出た。
「俺も……行きます」
蓮は国王を見た。
「みんなを支えるのが、俺の役目ですから」
国王は、深く頭を下げた。
「本当に……ありがとう」
「世界は、そなたたちに救われている」
翌日、五人は王都を出発した。
目指すは、魔王の本拠地だった「闇の森」。
そこに、まだ多くの魔物が残っているらしい。
馬車で三日間の旅。
途中、いくつかの村を通った。
どの村でも、五人は歓迎された。
「魔王を倒した英雄だ!」
「ありがとうございます!」
人々は、五人に感謝の言葉を送った。
ある村では、子供たちが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんたち、すごいんだね!」
「魔王をやっつけたんだって!」
子供たちの無邪気な笑顔を見て、蓮は思った。
(ああ……この笑顔を守るために、俺たちは戦ってきたんだ)
胸が温かくなった。
「ねえ、お兄ちゃん」
一人の少女が蓮に話しかけた。
「お兄ちゃんは、強いの?」
「えっと……俺は、そんなに強くないよ」
「じゃあ、どうして魔王をやっつけられたの?」
少女は首を傾げた。
蓮は笑った。
「俺には、仲間がいたから」
「仲間?」
「ああ。一人じゃ何もできないけど、みんなと一緒なら、何でもできる」
少女は目を輝かせた。
「すごい!私も、お友達と一緒に頑張る!」
「うん、頑張って」
少女は嬉しそうに駆けて行った。
「いいこと言うじゃないか」
健太が肩を叩いた。
「照れるな……」
「でも、本当だよね」
セラが言った。
「私たち、一人じゃここまで来れなかった」
「そうね」
リリアも頷いた。
「みんながいたから、勝てたのよ」
アリシアは蓮の手を握った。
「神谷さん、ありがとうございます」
「え、何で?」
「あなたがいてくれたから、私たちは強くなれました」
アリシアは微笑んだ。
「これからも、一緒にいてくださいね」
蓮の顔が赤くなった。
「あ、ああ……もちろん」
五人は、再び旅を続けた。
三日後、五人は「闇の森」に到着した。
鬱蒼とした森。
木々の間から、不気味な気配が漂っている。
「ここが、魔王の本拠地だったのか……」
健太が呟いた。
「気をつけて」
アリシアが剣を構えた。
「魔物が、いつ襲ってくるか分からない」
五人は慎重に森の中へ入っていった。
しばらく歩くと──
ゴォォォォ!
巨大な咆哮が響いた。
「来た!」
リリアが叫んだ。
森の奥から、巨大な影が現れた。
それは──
三つ首のドラゴンだった。
「ヒドラ……!」
アリシアは息を呑んだ。
「まさか、こんな強力な魔物が残っていたとは……」
ヒドラは、三つの頭でそれぞれ異なる属性のブレスを吐き出す。
炎、氷、雷。
「くそっ……厄介だな」
健太は剣を構えた。
「みんな、気をつけろ!」
ヒドラが攻撃してきた。
炎のブレスが、五人を襲う。
「避けろ!」
五人は散開した。
だが、次は氷のブレス。
地面が凍りつく。
「うわっ!」
セラは滑って転んだ。
「セラ!」
健太がセラを助けた。
その隙に、雷のブレスが二人に迫る。
「危ない!」
蓮が支援魔法をかけた。
「支援強化──魔法防御!」
二人の体が光に包まれ、雷のブレスを防いだ。
「サンキュー、神谷!」
「まだ油断するな!」
アリシアとリリアが攻撃に回った。
アリシアの剣が、ヒドラの首の一つを斬る。
リリアの魔法が、別の首を直撃する。
だが──
ヒドラの首は、すぐに再生した。
「再生能力まで……」
リリアは舌打ちした。
「これじゃ、倒せないわ」
「どうする……」
健太は焦っていた。
蓮は必死に考えた。
(三つの首を同時に倒せば……いや、それでも再生するかもしれない)
(なら……本体を狙うしかない)
「みんな、聞いてくれ!」
蓮が叫んだ。
「首じゃなくて、本体を攻撃するんだ!」
「本体……?」
「ああ。胴体の中心に、核があるはずだ。それを破壊すれば、倒せる!」
「わかった!」
四人は本体に向かって突撃した。
だが、ヒドラは三つの首で防御する。
「くそっ……近づけない……」
その時、蓮は決断した。
「俺が……囮になる」
「え……?」
アリシアが驚いた。
「神谷さん、何を……」
「俺が三つの首の注意を引く。その間に、みんなで本体を攻撃してくれ」
「でも、それは危険すぎます!」
「大丈夫」
蓮は笑った。
「俺を信じてくれ」
「神谷……」
健太は迷ったが、頷いた。
「わかった。でも、無茶するなよ」
「ああ」
蓮は前に出た。
「おい、でっかいトカゲ!」
蓮はヒドラに向かって叫んだ。
「俺を捕まえられるもんなら、捕まえてみろ!」
ヒドラの三つの首が、蓮に向いた。
ゴォォォォ!
三つのブレスが、同時に蓮に向かってくる。
「うわっ!」
蓮は必死で避けた。
炎が横を掠める。
氷が足元を凍らせる。
雷が頭上を通り過ぎる。
(くそっ……速い……)
蓮の体力は、みるみる削られていく。
だが──
「今だ!」
健太たち四人が、ヒドラの本体に突撃した。
四人の攻撃が、同時に本体の中心を貫いた。
ズバァァァン!
ヒドラの体が、光の粒子となって消えていく。
「やった……」
リリアは息を切らしていた。
「神谷さん!」
アリシアが蓮に駆け寄った。
蓮は、地面に倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ……何とか……」
蓮は笑顔で答えた。
体中が痛い。
魔力も、ほとんど残っていない。
「無茶しすぎよ」
リリアが回復魔法をかけた。
「でも、あなたのおかげで勝てたわ」
「神谷、すげえよ」
健太が笑った。
「お前、本当に勇敢だな」
「そんなことない……ただ、みんなを信じただけ」
セラは涙を流していた。
「神谷、怖かったんだよ……死んじゃうかと思った……」
「ごめん、心配かけて」
アリシアは、蓮を抱きしめた。
「もう……無茶しないでください……」
「ああ……約束する」
蓮は、アリシアの温もりを感じた。
(ああ……俺は、みんなに守られてるんだな……)
胸が温かくなった。
その後、五人は森の奥深くまで進んだ。
途中、いくつかの魔物と戦ったが、全て倒すことができた。
そして──
森の最奥に、巨大な祭壇があった。
「これは……」
リリアは祭壇を調べた。
「魔王が使っていた、魔力の源よ」
祭壇の中央には、黒い水晶が置かれていた。
「これを破壊すれば、この森の魔物は全て消えるわ」
「じゃあ、破壊しよう」
健太が剣を構えた。
だが、アリシアが止めた。
「待ってください」
「何で?」
「これを破壊すると、森全体が崩壊するかもしれません」
「えっ……」
「魔王の魔力が、この森を支えていたんです」
アリシアは真剣な表情だった。
「それを失えば、森は消えてしまう」
「でも、そうしないと魔物は消えないんだろ?」
「ええ……」
五人は、迷った。
森を守るか、魔物を消すか。
その時、蓮は気づいた。
「待って……俺に考えがある」
「何?」
「この水晶を破壊するんじゃなくて、浄化するんだ」
「浄化……?」
「ああ。俺の支援魔法で、この水晶の闇を光に変える」
「でも、それはできるの?」
リリアが心配そうに聞いた。
「分からない……でも、やってみる価値はある」
蓮は水晶に近づいた。
「神谷さん……」
アリシアが心配そうに見ていた。
「大丈夫。信じてくれ」
蓮は水晶に手を当てた。
「支援魔術──浄化の光!」
ゴゴゴゴゴ!
蓮の体から、光が溢れ出した。
その光が、水晶に流れ込んでいく。
黒い水晶が、少しずつ白く変わっていく。
だが──
蓮の体に、激痛が走った。
「ぐ……あ……」
「神谷さん!」
「大丈夫……まだ……いける……」
蓮は歯を食いしばった。
(みんなのために……この森のために……)
蓮は、全ての魔力を注ぎ込んだ。
やがて──
水晶が、完全に白く輝いた。
「成功した……」
蓮は、その場に倒れた。
「神谷さん!」
四人が駆け寄った。
蓮の意識は、薄れていく。
だが、その前に──
森全体が、光に包まれるのが見えた。
黒かった木々が、緑に変わっていく。
魔物たちの姿が、消えていく。
(良かった……森を守れた……)
蓮は、微笑んだ。
そして──
意識を失った。
蓮が目を覚ましたのは、三日後だった。
「ん……」
蓮は目を開けた。
見慣れた天井。
王城の医務室だ。
「神谷さん!」
アリシアの声が聞こえた。
顔を向けると、ベッドの横にアリシアが座っていた。
「目が覚めたんですね……!」
アリシアの目には、涙が浮かんでいた。
「俺……どのくらい寝てた?」
「三日間です」
「三日……」
「あなたは、魔力を使い果たしたんです」
アリシアは蓮の手を握った。
「医者も、もうダメかもしれないと……」
「でも、あなたは生きてくれた……」
涙がアリシアの頬を伝う。
「アリシア……ごめん、心配かけて」
「いいんです……生きていてくれれば……」
その時、ドアが開いた。
健太、リリア、セラが入ってきた。
「おお、起きたか!」
健太が笑った。
「心配したぞ、神谷」
「神谷君、本当に無茶するんだから」
リリアは呆れていたが、微笑んでいた。
「神谷!」
セラが飛びついてきた。
「もう、死んじゃうかと思ったよ!」
「ごめん、みんな」
蓮は笑った。
「でも、森は守れたんだよな?」
「ああ」
健太が頷いた。
「あの森は、今では『光の森』と呼ばれてるぞ」
「光の森……」
「お前が浄化した水晶が、今でも光を放ってるんだ」
「そっか……良かった」
蓮は安堵の息を吐いた。
「ねえ、神谷さん」
アリシアが言った。
「何?」
「もう、無茶はしないでください」
「あなたがいなくなったら……私……」
アリシアの目に、また涙が浮かんだ。
蓮は、アリシアの頭を撫でた。
「大丈夫。もう無茶はしない」
「約束……ですよ……」
「ああ、約束する」
その光景を見て、健太たちは微笑んだ。
「さて、と」
健太が手を叩いた。
「神谷が起きたことだし、祝賀会に参加できるな」
「祝賀会?」
「ああ。今夜、王城で盛大な宴が開かれるんだ」
「俺、まだ体が……」
「大丈夫よ」
リリアが言った。
「回復魔法をかけたから、もう動けるはずよ」
「そうなのか……」
「じゃあ、準備しようぜ」
健太が笑った。
「今夜は、盛大に祝おう」
その夜。
王城の大広間は、華やかに飾られていた。
貴族たち、騎士たち、そして五人を祝うために集まった人々。
「では、乾杯!」
国王の声と共に、全員がグラスを掲げた。
「魔王を倒した英雄たちに!」
「乾杯!」
大広間に、歓声が響いた。
音楽が流れ、人々が踊り始める。
五人は、テーブルに座っていた。
「すごい宴だな」
健太が呟いた。
「ああ……俺たちのためにこんなに……」
蓮は感慨深げだった。
「あなたたちは、それだけのことをしたのよ」
リリアが言った。
「世界を救ったんだから」
「そうだね」
セラも嬉しそうだった。
「私たち、すごいことしたんだね」
その時、国王が五人のテーブルに近づいてきた。
「勇者たちよ」
「はい」
五人は立ち上がった。
「改めて、感謝する」
国王は深く頭を下げた。
「そなたたちがいなければ、この世界は魔王に支配されていた」
「いえ、私たちは……」
「そして」
国王は顔を上げた。
「そなたたちに、褒美を与えたい」
「褒美……?」
「ああ。何でも望むがよい」
五人は顔を見合わせた。
何が欲しいだろう。
お金?
土地?
称号?
でも──
「俺たちには、もう十分です」
蓮が答えた。
「十分……?」
「ええ。俺たちには、仲間がいます」
蓮は四人を見た。
「それが、何よりの宝物です」
国王は、静かに微笑んだ。
「そうか……わかった」
「では、一つだけ約束してほしい」
「何でしょう?」
「これからも、仲良く生きてくれ」
国王は優しく言った。
「そなたたちの絆が、この世界の希望だ」
「はい」
五人は揃って答えた。
「約束します」
国王は満足そうに頷いた。
「ありがとう」
宴は、夜遅くまで続いた。
人々は笑い、歌い、踊った。
五人も、その輪の中にいた。
蓮は、みんなの笑顔を見ていた。
アリシアの笑顔。
健太の笑顔。
リリアの笑顔。
セラの笑顔。
(ああ……俺は、本当に幸せだな)
胸が、温かくなった。
長い戦いは終わった。
そして──
新しい日々が、ここから始まる。
五人で歩む、新しい未来が。
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