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【第1章】追放と絶望の夜
第8話「裏切りの影」
鉱山開発から二週間。
ノルディアは、日に日に活気を取り戻していた。
「エリシア様! 今月の採掘量、目標の一・二倍です!」
グレンが、嬉しそうに報告してくる。
「素晴らしいわ」
私は、採掘記録を確認した。
品質も安定している。商人たちへの供給も順調だ。
「それに、新しい鉱夫も十人増えました」
ミラが、人事記録を見せてくる。
最近、彼女の読み書きは格段に上達した。毎晩、私が教えているのだ。
「みんな、真面目に働いてくれてます」
「良かった」
私は、窓の外を見た。
街には、新しい建物が建ち始めている。
加工工場の建設も、予定通り進んでいる。
「全てが、順調ね」
その言葉を口にした瞬間――。
違和感。
何か、引っかかる。
「エリシア? どうしたの?」
ミラが、心配そうに訊いてくる。
「……いえ、何でもないわ」
でも、この感覚――。
前世で何度も経験した。
プロジェクトが順調すぎるとき。必ず、どこかに落とし穴がある。
「ミラ」
「何?」
「最近、変わったことはない? 街で、何か噂とか」
ミラは、少し考えた。
「うーん……特にないけど。あ、でも」
「でも?」
「数日前から、見慣れない人がちょくちょく街に来てるって話は聞いた」
「見慣れない人?」
「うん。商人っぽい格好してるけど、あんまり商売してないみたい」
私の中で、警戒信号が鳴った。
「詳しく教えて」
「えっと、黒いマントを着た男が、酒場とかで色々聞き回ってるって――」
コンコン。
ノックの音が、ミラの言葉を遮った。
「どうぞ」
扉が開き、城の衛兵が入ってきた。
「エリシア様、辺境王がお呼びです。至急、謁見の間へ」
「今すぐに?」
「はい」
衛兵の表情が、硬い。
何か、あった。
謁見の間に入ると、ルシアンが玉座に座っていた。
その隣には――。
「あなたは……」
王宮の使者。黒い外套を纏った、冷たい目をした男。
「エリシア=ハーランド」
使者が、書類を取り出した。
「王命により、あなたを王都へ召喚する」
「召喚?」
私の心臓が、激しく打った。
「理由は?」
「国家反逆罪に関する、追加調査だ」
「でも、私はすでに追放刑を受けています」
「新たな証拠が発見された」
使者が、書類を広げた。
「あなたが、ノルディアで不正に魔鉱石を採掘し、王国の許可なく密売していると」
「何ですって!?」
ミラが叫んだ。
「そんなの、デタラメだ! 全部、ルシアン様の許可を得て――」
「黙れ、盗賊の小娘が」
使者が、冷たく言った。
「これは、王命だ。辺境王といえど、逆らうことはできぬ」
ルシアンは、黙って座っていた。
でも、その拳は――固く握りしめられている。
「ルシアン陛下」
私は、彼を見た。
「これは――」
「罠だ」
ルシアンが、低く言った。
「王宮の、お前を再び陥れようとする罠だ」
「では、拒否を――」
「できない」
彼は、苦渋の表情を浮かべた。
「私がお前を庇えば、ノルディア全体が王宮から敵視される」
つまり。
私を守ることは、この国の人々を危険に晒すこと。
「……わかりました」
私は、使者を見た。
「いつ出発すれば?」
「今すぐだ」
「今すぐ!?」
ミラが、再び叫んだ。
「せめて、準備の時間を――」
「不要だ。囚人に、準備など必要ない」
使者が、冷酷に言った。
「待て」
ルシアンが立ち上がった。
「エリシアは、この国の重要な人材だ。最低限の準備時間は必要だ」
「しかし――」
「一時間。それだけ待て」
ルシアンの声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
使者は、渋々頷いた。
「一時間だけだ。それ以上は待たぬ」
自室に戻ると、ミラが泣いていた。
「どうして……どうして、こんなことに……」
「大丈夫よ」
私は、荷物をまとめながら言った。
「また罠なら、また乗り越えればいい」
「でも、前と違うよ! 今度は、もっと準備されてるかもしれない!」
その通りだ。
前回は、突然の追放だった。
でも今回は、計画的に仕組まれている。
「ミラ」
私は、荷物を置いて彼女を抱きしめた。
「泣かないで」
「だって……」
「私は、必ず戻ってくる」
私は、彼女の目を見た。
「あなたと、グレンさんと、皆のところに」
「本当に?」
「約束するわ」
でも――正直、不安がないわけじゃない。
王都に戻れば、また濡れ衣を着せられるかもしれない。
今度こそ、処刑されるかもしれない。
「エリシア」
扉が開き、ルシアンが入ってきた。
「陛下」
「少し、話がある」
彼は、ミラを見た。
「席を外してくれ」
「……はい」
ミラは、不安そうな顔で部屋を出ていった。
二人きりになった。
「エリシア」
ルシアンが、私の前に立った。
「すまない」
「謝らないでください」
私は、首を横に振った。
「陛下は、何も悪くない」
「だが――」
「陛下は、ノルディアの王です。この国の人々を守らなければならない」
私は、微笑んだ。
「私のために、その責任を放棄することはできない」
ルシアンは、苦しそうな顔をした。
「お前は……本当に」
彼は、何かを言いかけて、やめた。
「これを持って行け」
彼は、小さな袋を差し出した。
「これは?」
「身分証明と、資金だ」
袋の中には、辺境王の印章と、金貨が入っていた。
「もし――万が一、逃げる必要が出たら、この印章を使え。私の名で、どこへでも行ける」
「でも――」
「お前は、この国に必要な人材だ」
ルシアンが、私の手を握った。
「だから、生き延びろ。どんな手を使ってでも」
その手の温かさに、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「それと」
ルシアンが、もう一つ何かを取り出した。
小さな、銀色のペンダント。
「これは?」
「魔力を込めた護符だ。危険が迫ったとき、これを握れ。私に伝わる」
彼は、私の首にペンダントをかけた。
その指が、首筋に触れる。
「必ず、戻って来い」
低く、でも確かな声。
「……はい」
私は、頷いた。
その瞬間――。
ドンッ!
扉が激しく開いた。
「エリシア様! 大変です!」
グレンが、息を切らして飛び込んできた。
「何があった?」
ルシアンが訊く。
「鉱山に、王宮の調査団が来ています! 採掘記録を全て押収すると――」
「何ですって!?」
私は、駆け出そうとした。
でも――。
「待て」
ルシアンが、私の腕を掴んだ。
「お前が行っても、状況は変わらない」
「でも!」
「私が行く」
彼は、外套を掴んだ。
「お前は、ここで準備をしろ」
「陛下……」
「グレン、案内しろ」
「はっ!」
二人は、部屋を出ていった。
私は、一人残された。
窓の外を見る。
鉱山の方向から、黒煙が上がっていた。
「まさか……」
嫌な予感がする。
三十分後。
ルシアンが、血相を変えて戻ってきた。
「エリシア」
「どうでしたか?」
「……鉱山が、封鎖された」
「封鎖?」
「王宮の命令で、全ての採掘が停止された」
私は、言葉を失った。
「そして――」
ルシアンの表情が、さらに暗くなった。
「グレンが、逮捕された」
「グレンさんが!? なぜ!?」
「不正採掘の共犯者として」
「そんな……」
全てが、計画的だ。
私を王都に連れ戻し、同時に鉱山を封鎖する。
そして、主要人物を逮捕する。
「完璧な、罠だわ……」
私は、唇を噛んだ。
「誰が――誰が、こんなことを」
「おそらく」
ルシアンが、窓の外を見た。
「あの商人、ヴィクターだ」
「ヴィクター……」
契約を拒否した、あの男。
「彼が王宮に密告し、今回の件を仕組んだ」
「なぜ、そこまで……」
「彼は、ロイヤル商会の代表だ」
ルシアンが説明した。
「ロイヤル商会は、王宮と深い繋がりがある。お前が他の商会と契約したことで、彼は王宮からの信頼を失った」
「それで、私を陥れることで信頼を取り戻そうと……」
「そういうことだ」
卑劣な。
でも、理解できる。
商人の世界は、こういうものだ。
「時間だ!」
使者の声が、廊下から聞こえた。
「エリシア=ハーランド、出発するぞ!」
私は、荷物を手に取った。
「行ってきます」
「エリシア」
ルシアンが、私の肩を掴んだ。
「必ず、生きて戻れ」
「はい」
私は、微笑んだ。
「約束します」
部屋を出る。
廊下には、ミラが待っていた。
「エリシア……」
涙でぐしゃぐしゃの顔。
「ミラ、お願いがあるの」
「何?」
「鉱山を、守って」
私は、彼女の手を握った。
「私が戻るまで、皆を支えてあげて」
「……無理だよ。アタシ、何もできない」
「できるわ」
私は、彼女の頭を撫でた。
「あなたは、もう立派な秘書よ」
「エリシア……」
「泣かないで。笑って見送って」
ミラは、必死に涙を拭いた。
そして――。
「……行ってらっしゃい」
震える声で、言った。
「ただいまって、言いに戻ってきてね」
「ええ」
私は、彼女を抱きしめた。
「必ず」
城門を出ると、護送馬車が待っていた。
また、あの粗末な木箱。
でも、今回は――。
中に、誰かが座っていた。
「あなたは……」
「……エリシア様」
それは――。
オスカー。
鉱山の警備を任せていた、元騎士の男。
「どうして、あなたがここに?」
「私も、逮捕されました」
オスカーは、俯いた。
「共謀罪、だそうです」
「そんな……」
私は、馬車に乗り込んだ。
扉が閉まる。
「エリシア様、申し訳ございません」
オスカーが、頭を下げた。
「私が、もっと警戒していれば――」
「あなたのせいじゃないわ」
私は、首を横に振った。
「これは、最初から仕組まれていたこと」
でも――。
心のどこかで、疑問が湧く。
なぜ、こんなに完璧に罠が仕掛けられたのか。
内部に、情報を流した者がいるのでは――。
「エリシア様」
オスカーが、震える声で言った。
「実は……お話ししなければならないことが」
「何?」
「私――」
彼は、苦しそうに顔を歪めた。
「私が、ヴィクターに情報を流していました」
「……え?」
時が、止まった。
「鉱山の採掘量、契約の詳細、全て――私が、ヴィクターに報告していました」
信じられない。
信じたくない。
「どうして……」
「娘が――」
オスカーの目から、涙が溢れた。
「私の娘が、ヴィクターに捕まっているんです」
「娘……」
「五年前、私が騎士を辞めたのは、娘の病気のためでした。治療費を稼ぐため、ここに来て――」
彼は、震えている。
「でも、足りなかった。そこにヴィクターが現れて、金を貸してくれると。その代わり――」
「情報を流せ、と」
「はい……」
オスカーは、地面に額をつけた。
「申し訳ございません。裏切り者です。どんな罰でも受けます。ただ――」
彼は、顔を上げた。
「娘だけは、助けてください」
私は――。
何も言えなかった。
怒りたくても、怒れない。
彼の立場になったら、私も同じことをしたかもしれない。
「オスカー」
「はい……」
「娘さんの名前は?」
「……リリィです」
「リリィちゃんね」
私は、深く息をついた。
「わかったわ。必ず、助ける」
「え……」
オスカーが、信じられない顔をした。
「でも、私は裏切り――」
「事情があったのでしょう」
私は、彼の肩に手を置いた。
「親が子を守ろうとするのは、当然のこと」
「エリシア様……」
「ただし」
私は、彼の目を見た。
「今度は、私を信じて。隠し事なしで、一緒に戦って」
オスカーの目から、涙が溢れた。
「はい……はい! 必ず!」
馬車が、動き出した。
王都へ向かって。
私の、二度目の試練の場所へ。
でも、今回は違う。
前回は、一人だった。
でも今は――。
「私には、仲間がいる」
ノルディアで待つ、ミラやグレン。
そして、守ってくれるルシアン。
「大丈夫」
私は、窓の外を見た。
遠ざかるノルディアの城。
「必ず、戻る」
そして、今度こそ――。
「全ての真実を、明らかにしてみせる」
護送馬車は、雪原を走り続けた。
冷たい風が吹いている。
でも、私の心には――。
炎が燃えていた。
復讐の炎ではなく。
守るべきものを守るための、熱い炎が。
ノルディアは、日に日に活気を取り戻していた。
「エリシア様! 今月の採掘量、目標の一・二倍です!」
グレンが、嬉しそうに報告してくる。
「素晴らしいわ」
私は、採掘記録を確認した。
品質も安定している。商人たちへの供給も順調だ。
「それに、新しい鉱夫も十人増えました」
ミラが、人事記録を見せてくる。
最近、彼女の読み書きは格段に上達した。毎晩、私が教えているのだ。
「みんな、真面目に働いてくれてます」
「良かった」
私は、窓の外を見た。
街には、新しい建物が建ち始めている。
加工工場の建設も、予定通り進んでいる。
「全てが、順調ね」
その言葉を口にした瞬間――。
違和感。
何か、引っかかる。
「エリシア? どうしたの?」
ミラが、心配そうに訊いてくる。
「……いえ、何でもないわ」
でも、この感覚――。
前世で何度も経験した。
プロジェクトが順調すぎるとき。必ず、どこかに落とし穴がある。
「ミラ」
「何?」
「最近、変わったことはない? 街で、何か噂とか」
ミラは、少し考えた。
「うーん……特にないけど。あ、でも」
「でも?」
「数日前から、見慣れない人がちょくちょく街に来てるって話は聞いた」
「見慣れない人?」
「うん。商人っぽい格好してるけど、あんまり商売してないみたい」
私の中で、警戒信号が鳴った。
「詳しく教えて」
「えっと、黒いマントを着た男が、酒場とかで色々聞き回ってるって――」
コンコン。
ノックの音が、ミラの言葉を遮った。
「どうぞ」
扉が開き、城の衛兵が入ってきた。
「エリシア様、辺境王がお呼びです。至急、謁見の間へ」
「今すぐに?」
「はい」
衛兵の表情が、硬い。
何か、あった。
謁見の間に入ると、ルシアンが玉座に座っていた。
その隣には――。
「あなたは……」
王宮の使者。黒い外套を纏った、冷たい目をした男。
「エリシア=ハーランド」
使者が、書類を取り出した。
「王命により、あなたを王都へ召喚する」
「召喚?」
私の心臓が、激しく打った。
「理由は?」
「国家反逆罪に関する、追加調査だ」
「でも、私はすでに追放刑を受けています」
「新たな証拠が発見された」
使者が、書類を広げた。
「あなたが、ノルディアで不正に魔鉱石を採掘し、王国の許可なく密売していると」
「何ですって!?」
ミラが叫んだ。
「そんなの、デタラメだ! 全部、ルシアン様の許可を得て――」
「黙れ、盗賊の小娘が」
使者が、冷たく言った。
「これは、王命だ。辺境王といえど、逆らうことはできぬ」
ルシアンは、黙って座っていた。
でも、その拳は――固く握りしめられている。
「ルシアン陛下」
私は、彼を見た。
「これは――」
「罠だ」
ルシアンが、低く言った。
「王宮の、お前を再び陥れようとする罠だ」
「では、拒否を――」
「できない」
彼は、苦渋の表情を浮かべた。
「私がお前を庇えば、ノルディア全体が王宮から敵視される」
つまり。
私を守ることは、この国の人々を危険に晒すこと。
「……わかりました」
私は、使者を見た。
「いつ出発すれば?」
「今すぐだ」
「今すぐ!?」
ミラが、再び叫んだ。
「せめて、準備の時間を――」
「不要だ。囚人に、準備など必要ない」
使者が、冷酷に言った。
「待て」
ルシアンが立ち上がった。
「エリシアは、この国の重要な人材だ。最低限の準備時間は必要だ」
「しかし――」
「一時間。それだけ待て」
ルシアンの声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
使者は、渋々頷いた。
「一時間だけだ。それ以上は待たぬ」
自室に戻ると、ミラが泣いていた。
「どうして……どうして、こんなことに……」
「大丈夫よ」
私は、荷物をまとめながら言った。
「また罠なら、また乗り越えればいい」
「でも、前と違うよ! 今度は、もっと準備されてるかもしれない!」
その通りだ。
前回は、突然の追放だった。
でも今回は、計画的に仕組まれている。
「ミラ」
私は、荷物を置いて彼女を抱きしめた。
「泣かないで」
「だって……」
「私は、必ず戻ってくる」
私は、彼女の目を見た。
「あなたと、グレンさんと、皆のところに」
「本当に?」
「約束するわ」
でも――正直、不安がないわけじゃない。
王都に戻れば、また濡れ衣を着せられるかもしれない。
今度こそ、処刑されるかもしれない。
「エリシア」
扉が開き、ルシアンが入ってきた。
「陛下」
「少し、話がある」
彼は、ミラを見た。
「席を外してくれ」
「……はい」
ミラは、不安そうな顔で部屋を出ていった。
二人きりになった。
「エリシア」
ルシアンが、私の前に立った。
「すまない」
「謝らないでください」
私は、首を横に振った。
「陛下は、何も悪くない」
「だが――」
「陛下は、ノルディアの王です。この国の人々を守らなければならない」
私は、微笑んだ。
「私のために、その責任を放棄することはできない」
ルシアンは、苦しそうな顔をした。
「お前は……本当に」
彼は、何かを言いかけて、やめた。
「これを持って行け」
彼は、小さな袋を差し出した。
「これは?」
「身分証明と、資金だ」
袋の中には、辺境王の印章と、金貨が入っていた。
「もし――万が一、逃げる必要が出たら、この印章を使え。私の名で、どこへでも行ける」
「でも――」
「お前は、この国に必要な人材だ」
ルシアンが、私の手を握った。
「だから、生き延びろ。どんな手を使ってでも」
その手の温かさに、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「それと」
ルシアンが、もう一つ何かを取り出した。
小さな、銀色のペンダント。
「これは?」
「魔力を込めた護符だ。危険が迫ったとき、これを握れ。私に伝わる」
彼は、私の首にペンダントをかけた。
その指が、首筋に触れる。
「必ず、戻って来い」
低く、でも確かな声。
「……はい」
私は、頷いた。
その瞬間――。
ドンッ!
扉が激しく開いた。
「エリシア様! 大変です!」
グレンが、息を切らして飛び込んできた。
「何があった?」
ルシアンが訊く。
「鉱山に、王宮の調査団が来ています! 採掘記録を全て押収すると――」
「何ですって!?」
私は、駆け出そうとした。
でも――。
「待て」
ルシアンが、私の腕を掴んだ。
「お前が行っても、状況は変わらない」
「でも!」
「私が行く」
彼は、外套を掴んだ。
「お前は、ここで準備をしろ」
「陛下……」
「グレン、案内しろ」
「はっ!」
二人は、部屋を出ていった。
私は、一人残された。
窓の外を見る。
鉱山の方向から、黒煙が上がっていた。
「まさか……」
嫌な予感がする。
三十分後。
ルシアンが、血相を変えて戻ってきた。
「エリシア」
「どうでしたか?」
「……鉱山が、封鎖された」
「封鎖?」
「王宮の命令で、全ての採掘が停止された」
私は、言葉を失った。
「そして――」
ルシアンの表情が、さらに暗くなった。
「グレンが、逮捕された」
「グレンさんが!? なぜ!?」
「不正採掘の共犯者として」
「そんな……」
全てが、計画的だ。
私を王都に連れ戻し、同時に鉱山を封鎖する。
そして、主要人物を逮捕する。
「完璧な、罠だわ……」
私は、唇を噛んだ。
「誰が――誰が、こんなことを」
「おそらく」
ルシアンが、窓の外を見た。
「あの商人、ヴィクターだ」
「ヴィクター……」
契約を拒否した、あの男。
「彼が王宮に密告し、今回の件を仕組んだ」
「なぜ、そこまで……」
「彼は、ロイヤル商会の代表だ」
ルシアンが説明した。
「ロイヤル商会は、王宮と深い繋がりがある。お前が他の商会と契約したことで、彼は王宮からの信頼を失った」
「それで、私を陥れることで信頼を取り戻そうと……」
「そういうことだ」
卑劣な。
でも、理解できる。
商人の世界は、こういうものだ。
「時間だ!」
使者の声が、廊下から聞こえた。
「エリシア=ハーランド、出発するぞ!」
私は、荷物を手に取った。
「行ってきます」
「エリシア」
ルシアンが、私の肩を掴んだ。
「必ず、生きて戻れ」
「はい」
私は、微笑んだ。
「約束します」
部屋を出る。
廊下には、ミラが待っていた。
「エリシア……」
涙でぐしゃぐしゃの顔。
「ミラ、お願いがあるの」
「何?」
「鉱山を、守って」
私は、彼女の手を握った。
「私が戻るまで、皆を支えてあげて」
「……無理だよ。アタシ、何もできない」
「できるわ」
私は、彼女の頭を撫でた。
「あなたは、もう立派な秘書よ」
「エリシア……」
「泣かないで。笑って見送って」
ミラは、必死に涙を拭いた。
そして――。
「……行ってらっしゃい」
震える声で、言った。
「ただいまって、言いに戻ってきてね」
「ええ」
私は、彼女を抱きしめた。
「必ず」
城門を出ると、護送馬車が待っていた。
また、あの粗末な木箱。
でも、今回は――。
中に、誰かが座っていた。
「あなたは……」
「……エリシア様」
それは――。
オスカー。
鉱山の警備を任せていた、元騎士の男。
「どうして、あなたがここに?」
「私も、逮捕されました」
オスカーは、俯いた。
「共謀罪、だそうです」
「そんな……」
私は、馬車に乗り込んだ。
扉が閉まる。
「エリシア様、申し訳ございません」
オスカーが、頭を下げた。
「私が、もっと警戒していれば――」
「あなたのせいじゃないわ」
私は、首を横に振った。
「これは、最初から仕組まれていたこと」
でも――。
心のどこかで、疑問が湧く。
なぜ、こんなに完璧に罠が仕掛けられたのか。
内部に、情報を流した者がいるのでは――。
「エリシア様」
オスカーが、震える声で言った。
「実は……お話ししなければならないことが」
「何?」
「私――」
彼は、苦しそうに顔を歪めた。
「私が、ヴィクターに情報を流していました」
「……え?」
時が、止まった。
「鉱山の採掘量、契約の詳細、全て――私が、ヴィクターに報告していました」
信じられない。
信じたくない。
「どうして……」
「娘が――」
オスカーの目から、涙が溢れた。
「私の娘が、ヴィクターに捕まっているんです」
「娘……」
「五年前、私が騎士を辞めたのは、娘の病気のためでした。治療費を稼ぐため、ここに来て――」
彼は、震えている。
「でも、足りなかった。そこにヴィクターが現れて、金を貸してくれると。その代わり――」
「情報を流せ、と」
「はい……」
オスカーは、地面に額をつけた。
「申し訳ございません。裏切り者です。どんな罰でも受けます。ただ――」
彼は、顔を上げた。
「娘だけは、助けてください」
私は――。
何も言えなかった。
怒りたくても、怒れない。
彼の立場になったら、私も同じことをしたかもしれない。
「オスカー」
「はい……」
「娘さんの名前は?」
「……リリィです」
「リリィちゃんね」
私は、深く息をついた。
「わかったわ。必ず、助ける」
「え……」
オスカーが、信じられない顔をした。
「でも、私は裏切り――」
「事情があったのでしょう」
私は、彼の肩に手を置いた。
「親が子を守ろうとするのは、当然のこと」
「エリシア様……」
「ただし」
私は、彼の目を見た。
「今度は、私を信じて。隠し事なしで、一緒に戦って」
オスカーの目から、涙が溢れた。
「はい……はい! 必ず!」
馬車が、動き出した。
王都へ向かって。
私の、二度目の試練の場所へ。
でも、今回は違う。
前回は、一人だった。
でも今は――。
「私には、仲間がいる」
ノルディアで待つ、ミラやグレン。
そして、守ってくれるルシアン。
「大丈夫」
私は、窓の外を見た。
遠ざかるノルディアの城。
「必ず、戻る」
そして、今度こそ――。
「全ての真実を、明らかにしてみせる」
護送馬車は、雪原を走り続けた。
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でも、私の心には――。
炎が燃えていた。
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最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する!
※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
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※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
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