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第3章「辺境からの革命」
第30話「職業の自由」
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教育改革開始から三ヶ月。
次の段階に進む時だった。
「職業選択の自由化」
私は、王宮の会議室で発表した。
集まっているのは――各ギルドの代表たち。
鍛冶ギルド、大工ギルド、織物目ギルド、錬金術師ギルド――。
三十以上のギルドの長たち。
「現在、各職業はギルドによって管理されています」
私は、現状を説明した。
「ギルドに加入しなければ、その職業に就けない」
「そして、ギルドへの加入には――」
「厳しい条件があります」
データを示す。
「徒弟期間――平均七年」
「加入金――金貨百枚以上」
「推薦状――親方からの承認が必要」
「つまり――」
私は、全員を見渡した。
「才能があっても、金がなければ職人になれない」
「コネがなければ、門戸が開かれない」
「これは――」
「機会の不平等です」
場内が、ざわめいた。
「待て!」
鍛冶ギルドの長――ゴードンが立ち上がった。
五十代、筋骨隆々の男。
「ギルドの制度は、技術を守るためだ!」
「誰でも彼でも職人になれたら――」
「技術が劣化する!」
「質が落ちる!」
「ゴードン殿」
私は、冷静に答えた。
「技術の質を保つことは、重要です」
「でも――」
「それと、門戸を開くことは、矛盾しません」
「何?」
「才能のある者に、機会を与える」
「そして、適切な教育で、技術を学ばせる」
「これなら――」
「技術の質を保ちながら、門戸を開けます」
「だが――」
別のギルド長が言った。
「我々の技術は、代々受け継がれてきた」
「簡単に、教えるわけにはいかない」
「それは、理解しています」
私は、頷いた。
「だから――」
新しい書類を配布した。
「職業訓練学校を作ります」
「職業訓練学校?」
「はい。各職業の基礎技術を、体系的に教える学校です」
「期間は一年」
「卒業後、ギルドの試験を受ける」
「合格すれば、正式に職人として認められる」
ギルド長たちが、書類を読み始めた。
「つまり――」
ゴードンが言った。
「ギルドの基準は、維持されるのか?」
「はい。試験の内容は、各ギルドが決めます」
「質の管理は、ギルドが行います」
「ただし――」
私は、条件を示した。
「試験は、公平でなければなりません」
「身分、出身、コネ――」
「全て関係なく、技術だけで判定します」
長い沈黙。
そして――。
「……考えさせてくれ」
ゴードンが、書類を持って席に戻った。
他のギルド長たちも、同様に。
「一週間、時間をください」
「わかりました」
私は、頷いた。
「一週間後、返事を聞かせてください」
会議の後、私は王都の鍛冶工房を訪れた。
「実際の現場を、見てみたい」
ゴードンの工房。
中では、十数人の職人が働いていた。
カンカンカン。
金属を叩く音。
火花が、飛び散る。
「見事な仕事ですね」
私は、一人の若い職人に声をかけた。
「ありがとうございます」
青年が、笑顔で答えた。
「でも、まだまだです」
「何年、修行しているんですか?」
「五年です」
青年の手を見る。
たくさんの傷跡。
「大変でしょう?」
「はい。でも――」
青年の目が、輝いた。
「楽しいんです」
「金属が、形になっていく」
「自分の手で、何かを作る」
「これが――」
「最高に楽しいんです」
その情熱に、心を打たれた。
「素晴らしいですね」
「でも――」
青年の表情が、曇った。
「実は、悩んでいることがあるんです」
「何ですか?」
「僕、農民の息子なんです」
青年が、小声で言った。
「加入金を貯めるのに、三年かかりました」
「家族が、必死に働いて――」
「やっと、ギルドに入れました」
「でも――」
「弟も、鍛冶をやりたいって言ってるんです」
青年の目に、涙が浮かんだ。
「でも、もう金がないんです」
「弟の加入金は――」
「払えません」
その話を聞いて、胸が痛んだ。
「才能があるのに……」
「はい」
青年が、頷いた。
「弟、僕より才能があるんです」
「火の温度を、音で聞き分けられる」
「金属の質を、色で見分けられる」
「天才なんです」
「でも――」
「金がないから、諦めるしかない」
その言葉が、私の決意を固めた。
「そんなこと、あってはならない」
翌日、私はゴードンの工房を再訪した。
「話がある」
「何だ?」
「昨日、あなたの弟子と話しました」
「どの弟子だ?」
「農民の息子――ハンス」
「ああ、あいつか」
ゴードンの顔が、柔らかくなった。
「良い奴だ。真面目で、熱心で」
「技術も、確実に伸びている」
「彼の弟も、才能があるそうですね」
「……知っているのか」
ゴードンが、ため息をついた。
「ああ、一度会ったことがある」
「兄より、才能があるかもしれない」
「でも――」
「金がない」
「そうだ」
ゴードンが、渋い顔をした。
「だから、農民として一生を終えるだろう」
「それで、いいんですか?」
「いいわけがない!」
ゴードンが、叫んだ。
「才能が、埋もれるのを見るのは――」
「職人として、耐えられない」
「でも!」
彼は、拳を握った。
「ギルドには、ルールがある」
「加入金を払わなければ、入れない」
「それが――」
「伝統だ」
「伝統……」
私は、彼の目を見た。
「ゴードン殿、質問があります」
「何だ」
「あなたが大切にしているのは――」
「伝統ですか? それとも、技術ですか?」
ゴードンが、固まった。
「技術を守るための伝統なら、意味があります」
「でも、技術を殺す伝統なら――」
「それは、本当に守るべきものでしょうか?」
長い沈黙。
ゴードンは、窓の外を見た。
「……お前の言う通りかもしれない」
彼は、深くため息をついた。
「実は、私も――」
「昔、同じ経験をした」
「同じ……?」
「ああ」
ゴードンが、語り始めた。
「私には、親友がいた」
「共に鍛冶を学んだ、ライバルだった」
「でも、彼は貧しかった」
「加入金が払えなかった」
「だから――」
ゴードンの声が、震えた。
「鍛冶を諦めた」
「そして、十年後――」
「戦場で死んだ」
「もし、彼が鍛冶職人になっていたら――」
「死ななかったかもしれない」
その話に、私も涙が出そうになった。
「ゴードン殿……」
「だから――」
彼は、私を見た。
「お前の改革、支持する」
「もう、同じ悲劇は――」
「繰り返したくない」
一週間後。
再び、ギルド長会議が開かれた。
「では、返事を聞かせてください」
私は、全員を見渡した。
「職業訓練学校について――」
「賛成か、反対か」
ゴードンが、立ち上がった。
「鍛冶ギルドは、賛成する」
「ただし、条件がある」
「何でしょう?」
「教える内容は、我々が監修する」
「試験の基準も、我々が決める」
「質の管理は、絶対に譲れない」
「もちろんです」
私は、頷いた。
「それは、当然です」
「なら――」
ゴードンが、他のギルド長たちを見た。
「俺たちも、協力する」
一人、また一人と――。
ギルド長たちが立ち上がった。
「大工ギルドも、賛成」
「織物ギルドも」
「錬金術師ギルドも」
最終的に――。
「全ギルド、賛成!」
カイル王子が、宣言した。
「職業訓練学校、正式に承認されました!」
拍手が、響いた。
二ヶ月後。
王都に、最初の職業訓練学校が開校した。
「王立総合職業訓練学校」
五つの学科――。
鍛冶科、大工科、織物科、錬金科、商業科。
初年度の生徒――二百人。
その中には――。
「ハンスの弟、カールです!」
青年が、嬉しそうに言った。
「鍛冶を学べるなんて――」
「夢みたいです!」
開校式で、私は語った。
「皆さん、ようこそ」
「ここでは、身分は関係ありません」
「才能と、努力だけが――」
「皆さんを評価します」
「一年後、試験があります」
「合格すれば、正式な職人です」
「だから――」
「精一杯、学んでください」
「「「はい!」」」
力強い返事。
授業が、始まった。
鍛冶科では――。
「まず、金属の種類を学びます」
ゴードン自らが、講師として教えていた。
「鉄、銅、銀、金――」
「それぞれ、性質が違う」
「温度の見極め方、叩き方――」
「全て、覚えろ」
生徒たちが、真剣にメモを取っている。
「では、実習だ」
ゴードンが、炉に火を入れた。
「金属を熱する」
「そして、叩く」
「この繰り返しで――」
「刃が生まれる」
カンカンカン。
生徒たちが、金属を叩き始めた。
不器用ながらも、一生懸命。
「良い目をしているな」
ゴードンが、カールを見て言った。
「お前、才能がある」
「本当ですか!?」
「ああ。兄以上かもしれない」
カールの顔が、喜びで輝いた。
「頑張ります!」
半年後。
生徒たちは、見違えるほど成長していた。
「中間試験を行います」
各ギルドの職人たちが、試験官として集まった。
「鍛冶科――短剣を一本、作れ」
「大工科――椅子を一脚、作れ」
「織物科――布を一反、織れ」
制限時間は、一日。
生徒たちが、必死に作業している。
夕方――。
「時間です。作業を止めてください」
作品が、並べられた。
試験官たちが、一つ一つ検査する。
「この短剣――」
ゴードンが、カールの作品を手に取った。
「バランスが良い」
「刃の角度も、完璧だ」
「そして――」
彼は、試し切りをした。
スパッ。
木の板が、真っ二つに切れた。
「切れ味も、申し分ない」
ゴードンが、微笑んだ。
「合格だ」
「やった!」
カールが、喜びで跳ねた。
他の生徒たちも――。
多くが、合格していた。
「素晴らしい」
私は、感動していた。
「たった半年で、ここまで……」
「当然だ」
ゴードンが言った。
「才能がある者に、適切な教育を与えれば――」
「短期間で、技術は身につく」
「問題は――」
彼は、私を見た。
「これまで、その機会がなかっただけだ」
一年後。
最終試験の日。
各ギルドの本部で、厳正な試験が行われた。
鍛冶科の生徒たちは――。
「最終課題――長剣を作れ」
丸一日かけて、長剣を鍛造する。
夕暮れ時。
完成した長剣が、並べられた。
ゴードンと他の親方たちが、一本一本検査する。
「この剣――」
ゴードンが、カールの剣を抜いた。
光が、刃に反射する。
美しい、完璧な剣。
「見事だ」
ゴードンが、感嘆の声を上げた。
「この剣は――」
「私が作った剣に、匹敵する」
その言葉に、場内がどよめいた。
「本当か!?」
「ゴードンほどの職人が、そこまで言うとは……」
「カール」
ゴードンが、青年を見た。
「お前は、合格だ」
「そして――」
「鍛冶ギルドへの加入を、認める」
カールが、涙を流した。
「ありがとうございます……!」
「兄貴にも、報告しなきゃ……!」
他の生徒たちも――。
ほとんどが、合格していた。
二百人中、百八十人が合格。
合格率、九十パーセント。
「驚異的だな」
カイル王子が、呟いた。
「これほど高い合格率とは……」
「才能と、努力の結果です」
私は、微笑んだ。
「機会さえあれば――」
「人は、ここまで成長できるんです」
卒業式の日。
「おめでとうございます」
私は、卒業生たちに証書を渡した。
「皆さんは、新しい時代の象徴です」
「身分に関係なく、努力で夢を叶えた」
「これから――」
「この国を、支えてください」
「「「はい!」」」
力強い返事。
式が終わると――。
カールが、私のところに来た。
「エリシア様、本当にありがとうございました」
「いいえ」
私は、微笑んだ。
「頑張ったのは、あなたです」
「でも――」
カールの目に、涙が浮かんでいた。
「この機会がなければ――」
「僕は、一生農民でした」
「夢を、諦めていました」
「だから――」
彼は、深く頭を下げた。
「一生、恩を忘れません」
その言葉が、胸に響いた。
「カール」
「はい」
「これから、たくさんの弟子を育ててください」
「あなたのように、才能のある若者を」
「必ず!」
カールが、力強く頷いた。
その夜、城のバルコニーで。
「職業訓練学校、大成功だな」
ルシアンが、私の隣に立った。
「ええ」
私は、街の明かりを見た。
「でも、まだまだです」
「まだまだ?」
「はい。全国に、広げないと」
「どの領地でも、才能のある若者が学べるように」
「お前は、本当に――」
ルシアンが、笑った。
「休むことを知らないな」
「だって――」
私は、彼を見上げた。
「やりたいことが、たくさんあるんです」
「そうか」
ルシアンが、私を抱き寄せた。
「なら、私も付き合おう」
「ずっと」
「ありがとう」
二人で、星空を見上げた。
「次は、何だ?」
「次は――」
私は、微笑んだ。
「政治参加権です」
「いよいよ、か」
「ええ。第三段階」
「平民も、政治に参加できる社会」
「それが――」
「最も難しい、かもしれないな」
「でも、やります」
私は、決意を込めて言った。
「必ず、やり遂げます」
ルシアンが、私の額にキスをした。
「わかっている」
「お前なら、できる」
温かい言葉。
温かい抱擁。
星が、輝いていた。
希望の星が。
明日への星が。
長い戦いは、まだ続く。
でも――。
確実に、前進している。
教育の平等。
職業の自由。
そして次は――。
政治参加権。
一歩一歩、着実に。
理想の社会に、近づいている。
「頑張りましょう」
私は、小さく呟いた。
新しい時代のために。
新しい未来のために。
そして――。
全ての人々のために。
次の段階に進む時だった。
「職業選択の自由化」
私は、王宮の会議室で発表した。
集まっているのは――各ギルドの代表たち。
鍛冶ギルド、大工ギルド、織物目ギルド、錬金術師ギルド――。
三十以上のギルドの長たち。
「現在、各職業はギルドによって管理されています」
私は、現状を説明した。
「ギルドに加入しなければ、その職業に就けない」
「そして、ギルドへの加入には――」
「厳しい条件があります」
データを示す。
「徒弟期間――平均七年」
「加入金――金貨百枚以上」
「推薦状――親方からの承認が必要」
「つまり――」
私は、全員を見渡した。
「才能があっても、金がなければ職人になれない」
「コネがなければ、門戸が開かれない」
「これは――」
「機会の不平等です」
場内が、ざわめいた。
「待て!」
鍛冶ギルドの長――ゴードンが立ち上がった。
五十代、筋骨隆々の男。
「ギルドの制度は、技術を守るためだ!」
「誰でも彼でも職人になれたら――」
「技術が劣化する!」
「質が落ちる!」
「ゴードン殿」
私は、冷静に答えた。
「技術の質を保つことは、重要です」
「でも――」
「それと、門戸を開くことは、矛盾しません」
「何?」
「才能のある者に、機会を与える」
「そして、適切な教育で、技術を学ばせる」
「これなら――」
「技術の質を保ちながら、門戸を開けます」
「だが――」
別のギルド長が言った。
「我々の技術は、代々受け継がれてきた」
「簡単に、教えるわけにはいかない」
「それは、理解しています」
私は、頷いた。
「だから――」
新しい書類を配布した。
「職業訓練学校を作ります」
「職業訓練学校?」
「はい。各職業の基礎技術を、体系的に教える学校です」
「期間は一年」
「卒業後、ギルドの試験を受ける」
「合格すれば、正式に職人として認められる」
ギルド長たちが、書類を読み始めた。
「つまり――」
ゴードンが言った。
「ギルドの基準は、維持されるのか?」
「はい。試験の内容は、各ギルドが決めます」
「質の管理は、ギルドが行います」
「ただし――」
私は、条件を示した。
「試験は、公平でなければなりません」
「身分、出身、コネ――」
「全て関係なく、技術だけで判定します」
長い沈黙。
そして――。
「……考えさせてくれ」
ゴードンが、書類を持って席に戻った。
他のギルド長たちも、同様に。
「一週間、時間をください」
「わかりました」
私は、頷いた。
「一週間後、返事を聞かせてください」
会議の後、私は王都の鍛冶工房を訪れた。
「実際の現場を、見てみたい」
ゴードンの工房。
中では、十数人の職人が働いていた。
カンカンカン。
金属を叩く音。
火花が、飛び散る。
「見事な仕事ですね」
私は、一人の若い職人に声をかけた。
「ありがとうございます」
青年が、笑顔で答えた。
「でも、まだまだです」
「何年、修行しているんですか?」
「五年です」
青年の手を見る。
たくさんの傷跡。
「大変でしょう?」
「はい。でも――」
青年の目が、輝いた。
「楽しいんです」
「金属が、形になっていく」
「自分の手で、何かを作る」
「これが――」
「最高に楽しいんです」
その情熱に、心を打たれた。
「素晴らしいですね」
「でも――」
青年の表情が、曇った。
「実は、悩んでいることがあるんです」
「何ですか?」
「僕、農民の息子なんです」
青年が、小声で言った。
「加入金を貯めるのに、三年かかりました」
「家族が、必死に働いて――」
「やっと、ギルドに入れました」
「でも――」
「弟も、鍛冶をやりたいって言ってるんです」
青年の目に、涙が浮かんだ。
「でも、もう金がないんです」
「弟の加入金は――」
「払えません」
その話を聞いて、胸が痛んだ。
「才能があるのに……」
「はい」
青年が、頷いた。
「弟、僕より才能があるんです」
「火の温度を、音で聞き分けられる」
「金属の質を、色で見分けられる」
「天才なんです」
「でも――」
「金がないから、諦めるしかない」
その言葉が、私の決意を固めた。
「そんなこと、あってはならない」
翌日、私はゴードンの工房を再訪した。
「話がある」
「何だ?」
「昨日、あなたの弟子と話しました」
「どの弟子だ?」
「農民の息子――ハンス」
「ああ、あいつか」
ゴードンの顔が、柔らかくなった。
「良い奴だ。真面目で、熱心で」
「技術も、確実に伸びている」
「彼の弟も、才能があるそうですね」
「……知っているのか」
ゴードンが、ため息をついた。
「ああ、一度会ったことがある」
「兄より、才能があるかもしれない」
「でも――」
「金がない」
「そうだ」
ゴードンが、渋い顔をした。
「だから、農民として一生を終えるだろう」
「それで、いいんですか?」
「いいわけがない!」
ゴードンが、叫んだ。
「才能が、埋もれるのを見るのは――」
「職人として、耐えられない」
「でも!」
彼は、拳を握った。
「ギルドには、ルールがある」
「加入金を払わなければ、入れない」
「それが――」
「伝統だ」
「伝統……」
私は、彼の目を見た。
「ゴードン殿、質問があります」
「何だ」
「あなたが大切にしているのは――」
「伝統ですか? それとも、技術ですか?」
ゴードンが、固まった。
「技術を守るための伝統なら、意味があります」
「でも、技術を殺す伝統なら――」
「それは、本当に守るべきものでしょうか?」
長い沈黙。
ゴードンは、窓の外を見た。
「……お前の言う通りかもしれない」
彼は、深くため息をついた。
「実は、私も――」
「昔、同じ経験をした」
「同じ……?」
「ああ」
ゴードンが、語り始めた。
「私には、親友がいた」
「共に鍛冶を学んだ、ライバルだった」
「でも、彼は貧しかった」
「加入金が払えなかった」
「だから――」
ゴードンの声が、震えた。
「鍛冶を諦めた」
「そして、十年後――」
「戦場で死んだ」
「もし、彼が鍛冶職人になっていたら――」
「死ななかったかもしれない」
その話に、私も涙が出そうになった。
「ゴードン殿……」
「だから――」
彼は、私を見た。
「お前の改革、支持する」
「もう、同じ悲劇は――」
「繰り返したくない」
一週間後。
再び、ギルド長会議が開かれた。
「では、返事を聞かせてください」
私は、全員を見渡した。
「職業訓練学校について――」
「賛成か、反対か」
ゴードンが、立ち上がった。
「鍛冶ギルドは、賛成する」
「ただし、条件がある」
「何でしょう?」
「教える内容は、我々が監修する」
「試験の基準も、我々が決める」
「質の管理は、絶対に譲れない」
「もちろんです」
私は、頷いた。
「それは、当然です」
「なら――」
ゴードンが、他のギルド長たちを見た。
「俺たちも、協力する」
一人、また一人と――。
ギルド長たちが立ち上がった。
「大工ギルドも、賛成」
「織物ギルドも」
「錬金術師ギルドも」
最終的に――。
「全ギルド、賛成!」
カイル王子が、宣言した。
「職業訓練学校、正式に承認されました!」
拍手が、響いた。
二ヶ月後。
王都に、最初の職業訓練学校が開校した。
「王立総合職業訓練学校」
五つの学科――。
鍛冶科、大工科、織物科、錬金科、商業科。
初年度の生徒――二百人。
その中には――。
「ハンスの弟、カールです!」
青年が、嬉しそうに言った。
「鍛冶を学べるなんて――」
「夢みたいです!」
開校式で、私は語った。
「皆さん、ようこそ」
「ここでは、身分は関係ありません」
「才能と、努力だけが――」
「皆さんを評価します」
「一年後、試験があります」
「合格すれば、正式な職人です」
「だから――」
「精一杯、学んでください」
「「「はい!」」」
力強い返事。
授業が、始まった。
鍛冶科では――。
「まず、金属の種類を学びます」
ゴードン自らが、講師として教えていた。
「鉄、銅、銀、金――」
「それぞれ、性質が違う」
「温度の見極め方、叩き方――」
「全て、覚えろ」
生徒たちが、真剣にメモを取っている。
「では、実習だ」
ゴードンが、炉に火を入れた。
「金属を熱する」
「そして、叩く」
「この繰り返しで――」
「刃が生まれる」
カンカンカン。
生徒たちが、金属を叩き始めた。
不器用ながらも、一生懸命。
「良い目をしているな」
ゴードンが、カールを見て言った。
「お前、才能がある」
「本当ですか!?」
「ああ。兄以上かもしれない」
カールの顔が、喜びで輝いた。
「頑張ります!」
半年後。
生徒たちは、見違えるほど成長していた。
「中間試験を行います」
各ギルドの職人たちが、試験官として集まった。
「鍛冶科――短剣を一本、作れ」
「大工科――椅子を一脚、作れ」
「織物科――布を一反、織れ」
制限時間は、一日。
生徒たちが、必死に作業している。
夕方――。
「時間です。作業を止めてください」
作品が、並べられた。
試験官たちが、一つ一つ検査する。
「この短剣――」
ゴードンが、カールの作品を手に取った。
「バランスが良い」
「刃の角度も、完璧だ」
「そして――」
彼は、試し切りをした。
スパッ。
木の板が、真っ二つに切れた。
「切れ味も、申し分ない」
ゴードンが、微笑んだ。
「合格だ」
「やった!」
カールが、喜びで跳ねた。
他の生徒たちも――。
多くが、合格していた。
「素晴らしい」
私は、感動していた。
「たった半年で、ここまで……」
「当然だ」
ゴードンが言った。
「才能がある者に、適切な教育を与えれば――」
「短期間で、技術は身につく」
「問題は――」
彼は、私を見た。
「これまで、その機会がなかっただけだ」
一年後。
最終試験の日。
各ギルドの本部で、厳正な試験が行われた。
鍛冶科の生徒たちは――。
「最終課題――長剣を作れ」
丸一日かけて、長剣を鍛造する。
夕暮れ時。
完成した長剣が、並べられた。
ゴードンと他の親方たちが、一本一本検査する。
「この剣――」
ゴードンが、カールの剣を抜いた。
光が、刃に反射する。
美しい、完璧な剣。
「見事だ」
ゴードンが、感嘆の声を上げた。
「この剣は――」
「私が作った剣に、匹敵する」
その言葉に、場内がどよめいた。
「本当か!?」
「ゴードンほどの職人が、そこまで言うとは……」
「カール」
ゴードンが、青年を見た。
「お前は、合格だ」
「そして――」
「鍛冶ギルドへの加入を、認める」
カールが、涙を流した。
「ありがとうございます……!」
「兄貴にも、報告しなきゃ……!」
他の生徒たちも――。
ほとんどが、合格していた。
二百人中、百八十人が合格。
合格率、九十パーセント。
「驚異的だな」
カイル王子が、呟いた。
「これほど高い合格率とは……」
「才能と、努力の結果です」
私は、微笑んだ。
「機会さえあれば――」
「人は、ここまで成長できるんです」
卒業式の日。
「おめでとうございます」
私は、卒業生たちに証書を渡した。
「皆さんは、新しい時代の象徴です」
「身分に関係なく、努力で夢を叶えた」
「これから――」
「この国を、支えてください」
「「「はい!」」」
力強い返事。
式が終わると――。
カールが、私のところに来た。
「エリシア様、本当にありがとうございました」
「いいえ」
私は、微笑んだ。
「頑張ったのは、あなたです」
「でも――」
カールの目に、涙が浮かんでいた。
「この機会がなければ――」
「僕は、一生農民でした」
「夢を、諦めていました」
「だから――」
彼は、深く頭を下げた。
「一生、恩を忘れません」
その言葉が、胸に響いた。
「カール」
「はい」
「これから、たくさんの弟子を育ててください」
「あなたのように、才能のある若者を」
「必ず!」
カールが、力強く頷いた。
その夜、城のバルコニーで。
「職業訓練学校、大成功だな」
ルシアンが、私の隣に立った。
「ええ」
私は、街の明かりを見た。
「でも、まだまだです」
「まだまだ?」
「はい。全国に、広げないと」
「どの領地でも、才能のある若者が学べるように」
「お前は、本当に――」
ルシアンが、笑った。
「休むことを知らないな」
「だって――」
私は、彼を見上げた。
「やりたいことが、たくさんあるんです」
「そうか」
ルシアンが、私を抱き寄せた。
「なら、私も付き合おう」
「ずっと」
「ありがとう」
二人で、星空を見上げた。
「次は、何だ?」
「次は――」
私は、微笑んだ。
「政治参加権です」
「いよいよ、か」
「ええ。第三段階」
「平民も、政治に参加できる社会」
「それが――」
「最も難しい、かもしれないな」
「でも、やります」
私は、決意を込めて言った。
「必ず、やり遂げます」
ルシアンが、私の額にキスをした。
「わかっている」
「お前なら、できる」
温かい言葉。
温かい抱擁。
星が、輝いていた。
希望の星が。
明日への星が。
長い戦いは、まだ続く。
でも――。
確実に、前進している。
教育の平等。
職業の自由。
そして次は――。
政治参加権。
一歩一歩、着実に。
理想の社会に、近づいている。
「頑張りましょう」
私は、小さく呟いた。
新しい時代のために。
新しい未来のために。
そして――。
全ての人々のために。
30
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