31 / 35
第3章「辺境からの革命」
第31話「民衆の声」
しおりを挟む
改革開始から一年半。
王宮の大会議室には、再び多くの貴族が集まっていた。
「第三段階――政治参加権について」
私は、壇上に立った。
「平民にも、政治に参加する権利を与えます」
場内が、一瞬で騒然となった。
「何だと!?」
「平民が、政治に!?」
「冗談ではない!」
怒号が、飛び交う。
「静粛に」
国王陛下の声が、響いた。
場が、少し静まる。
「エリシア、詳しく説明しなさい」
「はい」
私は、深呼吸をした。
「現在、政治に参加できるのは貴族だけです」
「しかし――」
「民衆の声が、政治に反映されていない」
「だから――」
私は、新しい制度の概要を示した。
「『民衆議会』を創設します」
「民衆議会……?」
「はい。平民から選ばれた代表者が、政策を議論する場です」
「ただし――」
私は、慎重に説明した。
「最終決定権は、まだ貴族議会が持ちます」
「民衆議会は、提案と助言をする機関です」
「つまり――」
カイル王子が、理解した。
「段階的な導入、ということですね」
「その通りです」
私は、頷いた。
「いきなり完全な権利を与えるのは、混乱を招きます」
「だから、まず――」
「民衆の声を聞く仕組みを作ります」
「そして、徐々に権限を拡大していきます」
でも――。
「断固、反対だ!」
一人の貴族が立ち上がった。
バークレー伯爵――保守派の重鎮。
「平民に政治など、理解できるはずがない!」
「教育を受けていない、無知な者たちに――」
「国の運営を任せるなど、愚の骨頂だ!」
「バークレー伯」
私は、冷静に答えた。
「平民も、すでに教育を受けています」
「この一年半で――」
データを示す。
「全国の学校で、五万人以上の子供が学んでいます」
「大人向けの夜間学校でも、三万人が学んでいます」
「つまり――」
「もはや『無知な平民』という前提は、成り立ちません」
「だが!」
バークレー伯が、反論した。
「読み書きができるからといって、政治ができるわけではない!」
「政治には、経験が必要だ!」
「知識が必要だ!」
「その通りです」
私は、頷いた。
「だからこそ――」
「民衆議会の代表者には、条件を設けます」
新しい書類を配布した。
「条件一:読み書きができること」
「条件二:納税記録が三年以上あること」
「条件三:犯罪歴がないこと」
「条件四:推薦状があること」
「そして――」
「選挙で選ばれること」
「選挙……?」
「はい。各地域で、平民たちが投票します」
「最も信頼され、能力のある者が選ばれます」
バークレー伯が、鼻で笑った。
「それで、まともな代表が選ばれるとでも?」
「平民たちは、人気者を選ぶだろう」
「能力など、関係なく」
「では――」
私は、提案した。
「試してみませんか?」
「試す?」
「はい。まず、モデル地区で実験します」
「三つの領地で、民衆議会を試験的に設置」
「半年間、運営してみる」
「もし、失敗したら――」
「この制度は、廃止します」
貴族たちが、ざわめいた。
「試験的、か……」
「それなら――」
「失敗すれば、やめるんだな?」
「はい」
私は、断言した。
「ただし――」
「もし成功したら、全国に展開します」
国王が、考え込んでいた。
「……わかった」
陛下が、決断した。
「試験的実施を、許可する」
「ただし――」
陛下の目が、鋭くなった。
「モデル地区は、私が指定する」
「承知しました」
数日後、モデル地区が発表された。
「東部――エルデン」
「南部――リンデン」
「西部――マーシャル」
三つの地域。
それぞれ、特徴が異なる。
「エルデンは商業都市」
オスカーが、説明した。
「リンデンは農業地帯」
「マーシャルは鉱山地帯」
「つまり――」
「様々なタイプの地域で、テストするんですね」
「その通りです」
私たちは、まずエルデンに向かった。
商業都市エルデン。
人口三万の大都市。
「民衆議会の代表者選挙を行います」
街の広場で、私は宣言した。
「立候補者は、明日までに届け出てください」
翌日――。
「立候補者、五十人!」
ミラが、驚いた顔で報告した。
「こんなに……」
「皆、政治に参加したいんだね」
立候補者の顔ぶれは――。
商人、職人、元教師、農民、元兵士――。
様々な経歴の人々。
「では、公開討論会を開きます」
街の大広間に、千人以上の民衆が集まった。
「各候補者、自己紹介と公約を述べてください」
一人目――中年の商人。
「私は、エルデンの商人です」
「この街の経済を、さらに活性化させたい」
「税制を見直し、中小商人を支援します」
拍手。
二人目――若い職人。
「私は、鍛冶職人です」
「職人たちの待遇を、改善したい」
「技術を守り、育てる制度を作ります」
拍手。
そして――。
十五人目。
「私は、元教師のマーティンです」
三十代の男性が、壇上に立った。
「教育改革に携わり、この街の学校で教えてきました」
「そこで――」
マーティンの目が、鋭くなった。
「気づいたことがあります」
「この街には、大きな問題がある」
場内が、静まった。
「それは――貧富の差です」
「豊かな商人と、貧しい労働者」
「この差が、年々広がっている」
データを示す。
「最富裕層と最貧困層の所得差――十年前の三倍」
「このままでは――」
「社会が、分断されます」
民衆が、息を呑んだ。
「だから、私は提案します」
マーティンが、具体的な政策を語り始めた。
「累進課税制度の導入」
「豊かな者ほど、多く税を払う」
「その税収で、貧しい者を支援する」
「教育の拡充、職業訓練の無償化、医療支援――」
「これらを実現します」
場内が、ざわめいた。
「そして――」
マーティンの声が、力強くなった。
「商人と労働者が、対立するのではなく」
「協力する社会を作ります」
「労働者が豊かになれば、消費が増える」
「消費が増えれば、商人も儲かる」
「つまり――」
「全員が、豊かになれるんです」
その論理に、私は感動していた。
「素晴らしい……」
経済の本質を、理解している。
討論会が終わった後――。
「マーティンという人物、注目すべきですね」
オスカーが言った。
「ええ」
私も、頷いた。
「平民でも、あれほどの政治的洞察力を持つ者がいる」
「証明になります」
一週間後、選挙の日。
各地区に、投票所が設置された。
「一人一票、投票してください」
民衆が、列を作っている。
老人、若者、男性、女性――。
皆が、真剣な顔で投票している。
「初めて、自分の意見が政治に反映されるんだ……」
一人の老人が、涙を流していた。
「七十年生きてきて、初めてだ……」
その光景に、胸が熱くなった。
夕方、開票が始まった。
「第一位――マーティン、三千票」
「第二位――商人ハンス、二千五百票」
「第三位――職人ギルド代表レオ、二千票」
上位十人が、民衆議会の代表に選ばれた。
翌週、最初の民衆議会が開かれた。
簡素な議場。
十人の代表者が、円卓に座った。
「では、第一回民衆議会を始めます」
マーティンが、議長に選ばれていた。
「まず、議題を募ります」
「各地域の問題を、出してください」
次々と、意見が出された。
「東区の道路が、ぼろぼろです」
「西区の井戸が、枯れかけています」
「南区の市場が、狭すぎます」
一つ一つ、議論していく。
「道路の修繕には、金貨百枚必要」
「井戸の補修には、金貨五十枚」
「市場の拡張には、金貨二百枚」
「合計、金貨三百五十枚」
「では――」
マーティンが、提案した。
「予算配分を考えましょう」
「優先順位をつけて――」
会議は、三時間続いた。
最終的に――。
「道路修繕を最優先」
「井戸補修を次」
「市場拡張は、来年に持ち越し」
決定が、まとまった。
「では、この提案を――」
「領主に提出します」
エルデン領主――マルケス伯爵の城。
「民衆議会からの提案書です」
マーティンが、伯爵に書類を渡した。
伯爵は、しばらく読んでいた。
そして――。
「……よく考えられている」
伯爵が、驚いた顔をした。
「予算配分も、現実的だ」
「優先順位も、適切だ」
「正直――」
伯爵は、マーティンを見た。
「驚いた」
「平民がここまで、政治を理解しているとは」
「ありがとうございます」
マーティンが、頭を下げた。
「では――」
「この提案、承認します」
伯爵が、書類に署名した。
「実行に移してください」
「ありがとうございます!」
三ヶ月後。
道路は修繕され、井戸も補修された。
「本当に、良くなった!」
「道が歩きやすい!」
「水も、たくさん出るようになった!」
民衆の喜びの声。
そして――。
民衆議会は、次々と問題を解決していった。
市場の衛生管理。
夜間パトロールの強化。
孤児院の設立。
全てが、民衆の視点からの提案。
「素晴らしい……」
マルケス伯爵自身が、感心していた。
「民衆議会、期待以上だ」
同様に――。
リンデン領でも、マーシャル領でも。
民衆議会は、成功していた。
半年後、報告会が開かれた。
「三つの地域、全てで成功しました」
私は、国王と貴族たちの前で報告した。
「民衆議会は、有効に機能しています」
データを示す。
「住民満足度――九十パーセント以上」
「問題解決率――八十パーセント以上」
「予算執行の透明性――大幅に向上」
「そして――」
「領主たちの負担も、軽減されました」
マルケス伯爵が、立ち上がった。
「私からも、報告します」
「民衆議会のおかげで――」
「細かい地域の問題を、迅速に解決できました」
「私一人では、全てを把握できなかった」
「でも、民衆議会があれば――」
「民の声が、直接届きます」
「これは――」
伯爵が、微笑んだ。
「素晴らしい制度です」
他の二人の領主も、同様に賛同した。
「では――」
国王が、宣言した。
「民衆議会制度、全国展開を承認する」
拍手が、起こった。
でも――。
「待て」
バークレー伯が、立ち上がった。
「確かに、小さな地域では成功した」
「だが――」
「王国全体の政治は、別だ」
「税制、外交、軍事――」
「こうした重要な決定を、平民に任せられるか?」
その言葉に、場が静まった。
「バークレー伯の言う通り」
別の貴族も、頷いた。
「地域の問題と、国家の問題は違う」
「民衆議会は、地域限定にすべきだ」
私は、予想していた。
「では、提案があります」
「何だ?」
「二層議会制を、導入します」
新しい制度図を示した。
「下院――地域代表議会」
「上院――貴族議会」
「下院は、民衆から選ばれた代表者」
「上院は、これまで通り貴族」
「法案は、両院で可決されて初めて成立」
「つまり――」
カイル王子が、理解した。
「どちらも拒否権を持つ、ということですね」
「その通りです」
私は、頷いた。
「平民だけで決められない」
「貴族だけでも決められない」
「両方の合意が、必要です」
「これなら――」
「バランスが取れます」
貴族たちが、考え込んでいる。
「悪くない、かもしれない」
「少なくとも、貴族の権限は守られる」
「でも、民衆の声も聞ける」
「……」
長い沈黙の後――。
「賛成」
リンデン公が、手を上げた。
「私も、賛成」
マルケス伯も。
一人、また一人と――。
手が上がっていく。
最終的に――。
「賛成多数!」
カイル王子が、宣言した。
「二層議会制、承認されました!」
歓声が、響いた。
その夜、城のバルコニーで。
「やったな、エリシア」
ルシアンが、微笑んだ。
「政治参加権、認められた」
「ええ」
私は、夜空を見上げた。
「でも、まだ完全じゃありません」
「完全?」
「はい。今はまだ、制限付きです」
「完全な平等には――」
「まだ、時間がかかります」
「焦るな」
ルシアンが、私を抱き寄せた。
「一歩一歩、進んでいる」
「それで、十分だ」
「……そうですね」
私は、彼の胸に顔を埋めた。
「ルシアン」
「何だ」
「疲れました」
正直に言った。
「毎日、戦いばかり」
「反対派との議論、制度の設計、実施――」
「休む暇も、ない」
「なら――」
ルシアンが、私の顔を上げさせた。
「明日、休もう」
「でも――」
「一日くらい、いいだろう」
彼の目が、優しかった。
「お前は、頑張りすぎる」
「たまには、休め」
その言葉に、涙が出そうになった。
「……はい」
「では、明日は――」
ルシアンが、微笑んだ。
「デートだ」
「デート……?」
「ああ。二人きりで、街を歩こう」
「改革のことは、忘れて」
「ただの夫婦として」
その提案が、嬉しかった。
「はい」
私は、微笑んだ。
「楽しみです」
二人で、抱き合った。
星が、輝いていた。
優しい光で。
二人を、包み込むように。
長い戦いの、束の間の休息。
でも、それは――。
とても大切な時間。
愛する人と過ごす、かけがえのない時間。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
深い眠りに、落ちていった。
幸せな眠り。
安らかな眠り。
明日は――。
久しぶりの、平和な一日。
楽しみだった。
王宮の大会議室には、再び多くの貴族が集まっていた。
「第三段階――政治参加権について」
私は、壇上に立った。
「平民にも、政治に参加する権利を与えます」
場内が、一瞬で騒然となった。
「何だと!?」
「平民が、政治に!?」
「冗談ではない!」
怒号が、飛び交う。
「静粛に」
国王陛下の声が、響いた。
場が、少し静まる。
「エリシア、詳しく説明しなさい」
「はい」
私は、深呼吸をした。
「現在、政治に参加できるのは貴族だけです」
「しかし――」
「民衆の声が、政治に反映されていない」
「だから――」
私は、新しい制度の概要を示した。
「『民衆議会』を創設します」
「民衆議会……?」
「はい。平民から選ばれた代表者が、政策を議論する場です」
「ただし――」
私は、慎重に説明した。
「最終決定権は、まだ貴族議会が持ちます」
「民衆議会は、提案と助言をする機関です」
「つまり――」
カイル王子が、理解した。
「段階的な導入、ということですね」
「その通りです」
私は、頷いた。
「いきなり完全な権利を与えるのは、混乱を招きます」
「だから、まず――」
「民衆の声を聞く仕組みを作ります」
「そして、徐々に権限を拡大していきます」
でも――。
「断固、反対だ!」
一人の貴族が立ち上がった。
バークレー伯爵――保守派の重鎮。
「平民に政治など、理解できるはずがない!」
「教育を受けていない、無知な者たちに――」
「国の運営を任せるなど、愚の骨頂だ!」
「バークレー伯」
私は、冷静に答えた。
「平民も、すでに教育を受けています」
「この一年半で――」
データを示す。
「全国の学校で、五万人以上の子供が学んでいます」
「大人向けの夜間学校でも、三万人が学んでいます」
「つまり――」
「もはや『無知な平民』という前提は、成り立ちません」
「だが!」
バークレー伯が、反論した。
「読み書きができるからといって、政治ができるわけではない!」
「政治には、経験が必要だ!」
「知識が必要だ!」
「その通りです」
私は、頷いた。
「だからこそ――」
「民衆議会の代表者には、条件を設けます」
新しい書類を配布した。
「条件一:読み書きができること」
「条件二:納税記録が三年以上あること」
「条件三:犯罪歴がないこと」
「条件四:推薦状があること」
「そして――」
「選挙で選ばれること」
「選挙……?」
「はい。各地域で、平民たちが投票します」
「最も信頼され、能力のある者が選ばれます」
バークレー伯が、鼻で笑った。
「それで、まともな代表が選ばれるとでも?」
「平民たちは、人気者を選ぶだろう」
「能力など、関係なく」
「では――」
私は、提案した。
「試してみませんか?」
「試す?」
「はい。まず、モデル地区で実験します」
「三つの領地で、民衆議会を試験的に設置」
「半年間、運営してみる」
「もし、失敗したら――」
「この制度は、廃止します」
貴族たちが、ざわめいた。
「試験的、か……」
「それなら――」
「失敗すれば、やめるんだな?」
「はい」
私は、断言した。
「ただし――」
「もし成功したら、全国に展開します」
国王が、考え込んでいた。
「……わかった」
陛下が、決断した。
「試験的実施を、許可する」
「ただし――」
陛下の目が、鋭くなった。
「モデル地区は、私が指定する」
「承知しました」
数日後、モデル地区が発表された。
「東部――エルデン」
「南部――リンデン」
「西部――マーシャル」
三つの地域。
それぞれ、特徴が異なる。
「エルデンは商業都市」
オスカーが、説明した。
「リンデンは農業地帯」
「マーシャルは鉱山地帯」
「つまり――」
「様々なタイプの地域で、テストするんですね」
「その通りです」
私たちは、まずエルデンに向かった。
商業都市エルデン。
人口三万の大都市。
「民衆議会の代表者選挙を行います」
街の広場で、私は宣言した。
「立候補者は、明日までに届け出てください」
翌日――。
「立候補者、五十人!」
ミラが、驚いた顔で報告した。
「こんなに……」
「皆、政治に参加したいんだね」
立候補者の顔ぶれは――。
商人、職人、元教師、農民、元兵士――。
様々な経歴の人々。
「では、公開討論会を開きます」
街の大広間に、千人以上の民衆が集まった。
「各候補者、自己紹介と公約を述べてください」
一人目――中年の商人。
「私は、エルデンの商人です」
「この街の経済を、さらに活性化させたい」
「税制を見直し、中小商人を支援します」
拍手。
二人目――若い職人。
「私は、鍛冶職人です」
「職人たちの待遇を、改善したい」
「技術を守り、育てる制度を作ります」
拍手。
そして――。
十五人目。
「私は、元教師のマーティンです」
三十代の男性が、壇上に立った。
「教育改革に携わり、この街の学校で教えてきました」
「そこで――」
マーティンの目が、鋭くなった。
「気づいたことがあります」
「この街には、大きな問題がある」
場内が、静まった。
「それは――貧富の差です」
「豊かな商人と、貧しい労働者」
「この差が、年々広がっている」
データを示す。
「最富裕層と最貧困層の所得差――十年前の三倍」
「このままでは――」
「社会が、分断されます」
民衆が、息を呑んだ。
「だから、私は提案します」
マーティンが、具体的な政策を語り始めた。
「累進課税制度の導入」
「豊かな者ほど、多く税を払う」
「その税収で、貧しい者を支援する」
「教育の拡充、職業訓練の無償化、医療支援――」
「これらを実現します」
場内が、ざわめいた。
「そして――」
マーティンの声が、力強くなった。
「商人と労働者が、対立するのではなく」
「協力する社会を作ります」
「労働者が豊かになれば、消費が増える」
「消費が増えれば、商人も儲かる」
「つまり――」
「全員が、豊かになれるんです」
その論理に、私は感動していた。
「素晴らしい……」
経済の本質を、理解している。
討論会が終わった後――。
「マーティンという人物、注目すべきですね」
オスカーが言った。
「ええ」
私も、頷いた。
「平民でも、あれほどの政治的洞察力を持つ者がいる」
「証明になります」
一週間後、選挙の日。
各地区に、投票所が設置された。
「一人一票、投票してください」
民衆が、列を作っている。
老人、若者、男性、女性――。
皆が、真剣な顔で投票している。
「初めて、自分の意見が政治に反映されるんだ……」
一人の老人が、涙を流していた。
「七十年生きてきて、初めてだ……」
その光景に、胸が熱くなった。
夕方、開票が始まった。
「第一位――マーティン、三千票」
「第二位――商人ハンス、二千五百票」
「第三位――職人ギルド代表レオ、二千票」
上位十人が、民衆議会の代表に選ばれた。
翌週、最初の民衆議会が開かれた。
簡素な議場。
十人の代表者が、円卓に座った。
「では、第一回民衆議会を始めます」
マーティンが、議長に選ばれていた。
「まず、議題を募ります」
「各地域の問題を、出してください」
次々と、意見が出された。
「東区の道路が、ぼろぼろです」
「西区の井戸が、枯れかけています」
「南区の市場が、狭すぎます」
一つ一つ、議論していく。
「道路の修繕には、金貨百枚必要」
「井戸の補修には、金貨五十枚」
「市場の拡張には、金貨二百枚」
「合計、金貨三百五十枚」
「では――」
マーティンが、提案した。
「予算配分を考えましょう」
「優先順位をつけて――」
会議は、三時間続いた。
最終的に――。
「道路修繕を最優先」
「井戸補修を次」
「市場拡張は、来年に持ち越し」
決定が、まとまった。
「では、この提案を――」
「領主に提出します」
エルデン領主――マルケス伯爵の城。
「民衆議会からの提案書です」
マーティンが、伯爵に書類を渡した。
伯爵は、しばらく読んでいた。
そして――。
「……よく考えられている」
伯爵が、驚いた顔をした。
「予算配分も、現実的だ」
「優先順位も、適切だ」
「正直――」
伯爵は、マーティンを見た。
「驚いた」
「平民がここまで、政治を理解しているとは」
「ありがとうございます」
マーティンが、頭を下げた。
「では――」
「この提案、承認します」
伯爵が、書類に署名した。
「実行に移してください」
「ありがとうございます!」
三ヶ月後。
道路は修繕され、井戸も補修された。
「本当に、良くなった!」
「道が歩きやすい!」
「水も、たくさん出るようになった!」
民衆の喜びの声。
そして――。
民衆議会は、次々と問題を解決していった。
市場の衛生管理。
夜間パトロールの強化。
孤児院の設立。
全てが、民衆の視点からの提案。
「素晴らしい……」
マルケス伯爵自身が、感心していた。
「民衆議会、期待以上だ」
同様に――。
リンデン領でも、マーシャル領でも。
民衆議会は、成功していた。
半年後、報告会が開かれた。
「三つの地域、全てで成功しました」
私は、国王と貴族たちの前で報告した。
「民衆議会は、有効に機能しています」
データを示す。
「住民満足度――九十パーセント以上」
「問題解決率――八十パーセント以上」
「予算執行の透明性――大幅に向上」
「そして――」
「領主たちの負担も、軽減されました」
マルケス伯爵が、立ち上がった。
「私からも、報告します」
「民衆議会のおかげで――」
「細かい地域の問題を、迅速に解決できました」
「私一人では、全てを把握できなかった」
「でも、民衆議会があれば――」
「民の声が、直接届きます」
「これは――」
伯爵が、微笑んだ。
「素晴らしい制度です」
他の二人の領主も、同様に賛同した。
「では――」
国王が、宣言した。
「民衆議会制度、全国展開を承認する」
拍手が、起こった。
でも――。
「待て」
バークレー伯が、立ち上がった。
「確かに、小さな地域では成功した」
「だが――」
「王国全体の政治は、別だ」
「税制、外交、軍事――」
「こうした重要な決定を、平民に任せられるか?」
その言葉に、場が静まった。
「バークレー伯の言う通り」
別の貴族も、頷いた。
「地域の問題と、国家の問題は違う」
「民衆議会は、地域限定にすべきだ」
私は、予想していた。
「では、提案があります」
「何だ?」
「二層議会制を、導入します」
新しい制度図を示した。
「下院――地域代表議会」
「上院――貴族議会」
「下院は、民衆から選ばれた代表者」
「上院は、これまで通り貴族」
「法案は、両院で可決されて初めて成立」
「つまり――」
カイル王子が、理解した。
「どちらも拒否権を持つ、ということですね」
「その通りです」
私は、頷いた。
「平民だけで決められない」
「貴族だけでも決められない」
「両方の合意が、必要です」
「これなら――」
「バランスが取れます」
貴族たちが、考え込んでいる。
「悪くない、かもしれない」
「少なくとも、貴族の権限は守られる」
「でも、民衆の声も聞ける」
「……」
長い沈黙の後――。
「賛成」
リンデン公が、手を上げた。
「私も、賛成」
マルケス伯も。
一人、また一人と――。
手が上がっていく。
最終的に――。
「賛成多数!」
カイル王子が、宣言した。
「二層議会制、承認されました!」
歓声が、響いた。
その夜、城のバルコニーで。
「やったな、エリシア」
ルシアンが、微笑んだ。
「政治参加権、認められた」
「ええ」
私は、夜空を見上げた。
「でも、まだ完全じゃありません」
「完全?」
「はい。今はまだ、制限付きです」
「完全な平等には――」
「まだ、時間がかかります」
「焦るな」
ルシアンが、私を抱き寄せた。
「一歩一歩、進んでいる」
「それで、十分だ」
「……そうですね」
私は、彼の胸に顔を埋めた。
「ルシアン」
「何だ」
「疲れました」
正直に言った。
「毎日、戦いばかり」
「反対派との議論、制度の設計、実施――」
「休む暇も、ない」
「なら――」
ルシアンが、私の顔を上げさせた。
「明日、休もう」
「でも――」
「一日くらい、いいだろう」
彼の目が、優しかった。
「お前は、頑張りすぎる」
「たまには、休め」
その言葉に、涙が出そうになった。
「……はい」
「では、明日は――」
ルシアンが、微笑んだ。
「デートだ」
「デート……?」
「ああ。二人きりで、街を歩こう」
「改革のことは、忘れて」
「ただの夫婦として」
その提案が、嬉しかった。
「はい」
私は、微笑んだ。
「楽しみです」
二人で、抱き合った。
星が、輝いていた。
優しい光で。
二人を、包み込むように。
長い戦いの、束の間の休息。
でも、それは――。
とても大切な時間。
愛する人と過ごす、かけがえのない時間。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
深い眠りに、落ちていった。
幸せな眠り。
安らかな眠り。
明日は――。
久しぶりの、平和な一日。
楽しみだった。
29
あなたにおすすめの小説
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります ~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~
とびぃ
ファンタジー
『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります
~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~
⚜️ 概要:地味な「真の聖女」の無自覚ざまぁスローライフ!
王家直属の薬草師ルシルは、国家の生命線である超高純度の『神聖原液』を精製できる唯一の存在。しかし、地味で目立たない彼女は、派手な「光の癒やし」を見せる異母妹アデリーナの嫉妬と、元婚約者である王太子ジェラルドの愚かな盲信により、『偽聖女』の濡れ衣を着せられ、魔物が跋扈する**「嘆きの森」**へ永久追放されてしまう。
すべてを失った絶望の淵。だが、ルシルにとってその森は、なんと伝説のSランク薬草が自生する**「宝の山」だった! 知識とナイフ一本で自由なスローライフの基盤を確立した彼女の前に、ある夜、不治の病『魔力過多症』に苦しむ王国最強の男、"氷の辺境伯"カイラス**が倒れ込む。
市販の薬を毒と拒絶する彼を、ルシルは森で手に入れた最高の素材で作った『神薬』で救済。長年の苦痛から解放されたカイラスは、ルシルこそが己の命を握る唯一の存在だと認識し、彼女を徹底的に**「論理的」に庇護し始める**――それは、やがて極度の溺愛へと変わっていく。
一方、ルシルを失った王都では、ポーションが枯渇し医療体制が崩壊。自らの過ちに気づき恐慌に陥った王太子は、ルシルを連れ戻そうと騎士団を派遣するが、ルシルを守る**完治したカイラスの圧倒的な力(コキュートス)**が立ちはだかる!
婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
会社をクビになった私、花魔法Lv.MAXの聖女になりました。旅先で出会うイケメンたちが過保護すぎて困ります
☆ほしい
ファンタジー
理不尽な理由で会社をクビになったアラサーOLの佐藤明里。ある日、唯一の癒やしだったベランダの家庭菜園がきっかけで、異世界に転移してしまう。そこで彼女が手にしたのは、どんな植物も一瞬で育て、枯れた大地すら癒やす『花魔法 Lv.MAX』というチートスキルだった。
「リナ」と名乗り、自由なセカンドライフに胸を躍らせていた矢先、森で魔法の毒に侵され死にかけていた『氷の騎士』カインと出会う。諦めきった様子の彼を、リナはスキルで咲かせた幻の薬草であっさりと救ってみせる。
その奇跡と人柄に心打たれたカインは、生涯をかけた恩返しを誓い、彼女の過保護すぎる守護騎士となることを決意。
不遇だった元OLが、チートな花魔法で人々を癒やし、最強騎士をはじめとする様々なイケメンたちにひたすら愛される、ほのぼの異世界やり直しファンタジー。
『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれた浄化師の私、一族に使い潰されかけたので前世の知識で独立します
☆ほしい
ファンタジー
呪いを浄化する『浄化師』の一族に生まれたセレン。
しかし、微弱な魔力しか持たない彼女は『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれ、命を削る危険な呪具の浄化ばかりを押し付けられる日々を送っていた。
ある日、一族の次期当主である兄に、身代わりとして死の呪いがかかった遺物の浄化を強要される。
死を覚悟した瞬間、セレンは前世の記憶を思い出す。――自分が、歴史的な遺物を修復する『文化財修復師』だったことを。
「これは、呪いじゃない。……経年劣化による、素材の悲鳴だ」
化学知識と修復技術。前世のスキルを応用し、奇跡的に生還したセレンは、搾取されるだけの人生に別れを告げる。
これは、ガラクタ同然の呪具に秘められた真の価値を見出す少女が、自らの工房を立ち上げ、やがて国中の誰もが無視できない存在へと成り上がっていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる