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第4章:「新時代の試練」
第35話「新時代の影」
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憲法公布から三ヶ月。
執務室で、私は報告書の山と格闘していた。
「エリシア様、これも」
オスカーが、さらに書類を持ってきた。
「まだ、あるの……?」
「はい。各地から、問題の報告が」
私は、ため息をついた。
「改革が完成したら、楽になると思っていたのに……」
「むしろ、増えましたね」
オスカーが、苦笑した。
「では、主な問題を報告します」
彼は、リストを読み上げた。
「第一――都市と農村の経済格差拡大」
「第二――新興商人と既存ギルドの対立」
「第三――急速な変化についていけない高齢者の不安」
「第四――教育格差による地域間の不均衡」
「第五――悪徳商人による詐欺の増加」
「多いわね……」
私は、頭を抱えた。
「改革は成功したけど――」
「新しい問題が、生まれている」
「それが、変革というものです」
ルシアンが、部屋に入ってきた。
「急激に変われば、必ず歪みが生じる」
「わかっています」
私は、立ち上がった。
「一つずつ、解決していきましょう」
「まず、どれから?」
「経済格差の問題です」
私は、データを広げた。
「王都と地方都市――所得差が二倍に拡大」
「これは、放置できません」
翌日、王都の商業地区を視察した。
「すごい活気だ……」
新しい店が、次々と開店している。
「職業訓練学校を卒業した若者たちです」
オスカーが、説明した。
「みんな、自分の店を持ちたいと」
「素晴らしいことね」
でも――。
ある路地に入ると、様子が違った。
「閉店」
古い店に、張り紙がされている。
「どうしたの?」
近くにいた老人に訊いた。
「ああ、この店か」
老人が、寂しそうに言った。
「三十年続いた、老舗の靴屋だった」
「でも――」
「新しい靴屋に、客を取られて」
「閉店したんだ」
「新しい靴屋……?」
「ああ。若い職人が、安くて良い靴を作ってる」
「そっちに、みんな行っちゃった」
「そうですか……」
複雑な気持ちだった。
若者が成功するのは良いこと。
でも、老舗が潰れるのは悲しいこと。
「これも、改革の影響か……」
ルシアンが、呟いた。
さらに調査を進めると――。
「エリシア様、これを見てください」
ミラが、ある店を指差した。
「『奇跡の薬! どんな病気も治る!』」
怪しげな看板。
「これは……」
店に入ると――。
派手な服を着た商人が、客に説明していた。
「この薬を飲めば、若返ります!」
「病気も治ります!」
「たった金貨一枚で!」
老人たちが、興味津々で聞いている。
「本当ですか?」
「もちろんです!」
商人が、にこやかに答えた。
「憲法で、商売の自由が認められました」
「だから、誰でも薬を売れるんです!」
「待ってください」
私が、前に出た。
「その薬、本当に効果があるんですか?」
「もちろんです!」
商人が、自信満々に言った。
「証明書も、ありますよ」
差し出された紙――。
「『魔法薬協会認定』……?」
「そんな協会、存在しません」
オスカーが、指摘した。
「これは、偽造です」
商人の顔が、引きつった。
「い、いや、これは――」
「詐欺ですね」
私は、冷たく言った。
「ルシアン、この人を拘束してください」
「了解」
ルシアンが、商人の腕を掴んだ。
「待て、待ってくれ!」
商人が、叫んだ。
「俺は、法を犯していない!」
「憲法で、商売の自由が認められただろう!」
「確かに、商売の自由はあります」
私は、商人を見た。
「でも――」
「詐欺は、犯罪です」
「偽の証明書で客を騙すのは、許されません」
商人が、連行されていった。
残された老人たちが、呟いた。
「騙されるところだった……」
「怖いね、最近こういうのが増えて」
その言葉に、胸が痛んだ。
「自由を与えたけど――」
「それを悪用する者も、出てきた」
城に戻り、緊急会議を開いた。
「問題は、三つあります」
私は、整理した。
「第一――経済格差の拡大」
「第二――新旧の摩擦」
「第三――自由の悪用」
「どれも、深刻ですね」
カイル王子が、眉をひそめた。
「どう対処しますか?」
「まず、経済格差について」
私は、提案した。
「累進課税制度を導入します」
「豊かな者ほど、多く税を払う」
「その税収で、貧しい地域を支援します」
「なるほど」
「第二の問題――新旧の摩擦について」
「これは――」
私は、別の案を出した。
「『伝統産業保護法』を作ります」
「老舗の職人たちを、支援する制度です」
「若手との共存を、図ります」
「そして、第三の問題――自由の悪用」
「『消費者保護法』を制定します」
「詐欺的な商売を、厳しく取り締まります」
リストを示す。
「虚偽広告の禁止」
「商品の品質基準の設定」
「返金制度の義務化」
「違反者への罰則」
「これで――」
「自由と秩序の、バランスを取ります」
カイル王子が、頷いた。
「良い案です」
「すぐに、実行しましょう」
二週間後。
新しい法律が、公布された。
「累進課税法、伝統産業保護法、消費者保護法――」
「本日より、施行します」
反応は――。
「税金が上がった……」
裕福な商人たちから、不満の声。
「でも、理解できる」
「貧しい地域を、支援するためだ」
多くは、納得してくれた。
老舗の職人たちは――。
「支援金が、出るのか」
「ありがたい」
「若い職人とも、協力できそうだ」
喜びの声。
そして、消費者たちは――。
「詐欺商人が、減った」
「安心して、買い物ができる」
「良い法律だ」
安堵の声。
「少しずつ、改善している……」
私は、ホッとした。
でも、全てが順調だったわけではない。
ある日、北部から緊急の使者が来た。
「エリシア様、大変です!」
「何があったの?」
「北部の農村で――」
使者が、息を切らした。
「暴動が起きました」
「暴動!?」
「はい。農民たちが、領主の館を包囲しています」
「理由は?」
「税の不公平だと」
「詳しく説明してください」
使者が、報告した。
「累進課税法が施行されて――」
「裕福な農民の税が、上がりました」
「でも、貧しい農民の税は、下がりました」
「それは、制度通りですね」
「ところが――」
使者の顔が、曇った。
「裕福な農民たちが、反発しているんです」
「『なぜ、努力した者が罰せられるのか』と」
「『貧しい者を甘やかすな』と」
その言葉に、ショックを受けた。
「そんな……」
「すぐに、向かいます」
三日後、北部の農村に到着した。
領主の館の前には――。
百人以上の農民が、集まっていた。
「税の不公平を、改めろ!」
「努力した者が、報われるべきだ!」
「貧乏人を、甘やかすな!」
激しい声。
「エリシアが来たぞ!」
誰かが、叫んだ。
農民たちの視線が、私に集中した。
「エリシア!」
一人の男が、前に出てきた。
四十代、日焼けした逞しい農民。
「あなたが、リーダー?」
「そうだ。俺は、ヨハンだ」
ヨハンが、睨みつけてきた。
「なぜ、俺たちの税を上げた!」
「理由を、説明させてください」
私は、冷静に答えた。
「税は、公平に分担すべきです」
「豊かな者が多く払い、貧しい者が少なく払う」
「これが、公平です」
「違う!」
ヨハンが、叫んだ。
「俺たちは、努力したんだ!」
「朝から晩まで、働いた!」
「新しい技術を学んだ!」
「だから、豊かになった!」
「それなのに――」
「なぜ、罰せられるんだ!」
その言葉には、一理あった。
「ヨハンさん」
私は、彼の目を見た。
「あなたの努力は、素晴らしいです」
「でも――」
「考えてください」
「あなたが使っている道路は?」
「え?」
「整備された道路、あれは誰が作ったと思いますか?」
「それは……国が……」
「国、つまり税金です」
私は、説明した。
「あなたが学んだ技術は?」
「それは……職業訓練学校で……」
「その学校も、税金で運営されています」
「あなたの子供が通う学校も」
「あなたを守る兵士も」
「全て、税金です」
「でも……」
ヨハンが、言葉に詰まった。
「あなたは、一人で豊かになったわけではありません」
私は、優しく言った。
「社会の支援があったからです」
「だから――」
「今度は、あなたが社会を支援する番です」
「豊かになった者が、貧しい者を助ける」
「それが――」
「共に生きる、ということです」
長い沈黙。
ヨハンが、地面を見た。
「……俺は、間違っていたのか」
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「あなたの気持ちは、わかります」
「努力が報われるべき――それは正しいです」
「でも――」
「努力だけでは、報われない人もいます」
「病気の人、障害のある人、高齢の人――」
「そういう人たちを、見捨てますか?」
ヨハンが、顔を上げた。
「見捨てたくは……ない」
「なら――」
私は、手を差し出した。
「一緒に、支えましょう」
「豊かな者も、貧しい者も」
「共に助け合う社会を」
ヨハンは、しばらく考えた後――。
「……わかった」
彼は、私の手を握った。
「税は、払う」
「でも――」
「ちゃんと使ってくれよ」
「無駄遣いは、許さないからな」
「約束します」
私は、微笑んだ。
「透明性を持って、使います」
暴動は、収まった。
その夜、宿で。
「疲れたな」
ルシアンが、お茶を入れてくれた。
「ええ……」
私は、椅子に深く座り込んだ。
「改革って、本当に難しい」
「制度を作るだけじゃ、ダメなのね」
「人の心を、変えないと」
「そうだな」
ルシアンが、私の隣に座った。
「でも、お前は上手くやった」
「ヨハンを、説得した」
「でも、まだまだ問題はあります」
私は、報告書を見た。
「他にも、不満を持つ人たちが」
「一人一人、説得していくしかないのかしら……」
「いや」
ルシアンが、私の肩を抱いた。
「お前一人で、全てを背負う必要はない」
「仲間がいる」
「そして――」
彼は、私のお腹に手を置いた。
「新しい家族も、できるかもしれない」
「え……?」
私は、ハッとした。
そういえば――。
「最近、体調が……」
「もしかして……」
ルシアンが、微笑んだ。
「明日、医者に診てもらおう」
翌朝、王都の医師を訪ねた。
「では、診察します」
老医師が、私を診察した。
魔法で、体の状態を調べる。
「……おめでとうございます」
医師が、微笑んだ。
「妊娠されています」
「本当ですか!?」
私は、驚きと喜びで声が出なかった。
「はい。おそらく、二ヶ月です」
「二ヶ月……」
ルシアンが、私を抱きしめた。
「エリシア……」
彼の声が、震えていた。
「父親に、なるのか……」
「はい」
私も、涙を流した。
「私たちの、子供です」
二人で、しばらく抱き合った。
幸せな涙。
喜びの涙。
「この子を――」
私は、お腹に手を当てた。
「新しい時代の子として、育てたい」
「身分も、差別もない世界で」
「ああ」
ルシアンも、私のお腹に手を当てた。
「幸せな世界で、育てよう」
城に戻ると――。
「エリシア様!」
ミラが、駆け寄ってきた。
「おめでとうございます!」
「もう、知ってるの?」
「医師から、連絡が!」
ミラが、嬉しそうに笑った。
「赤ちゃん! 楽しみだね!」
「ありがとう」
オスカーも、レオンも、ラウラも――。
みんなが、祝福してくれた。
「これで、エリシア様も少し休めますね」
オスカーが言った。
「妊婦は、無理できませんから」
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「まだ、やることがあります」
「エリシア……」
ルシアンが、心配そうな顔をした。
「大丈夫」
私は、微笑んだ。
「無理はしません」
「でも――」
「この子のためにも」
私は、お腹を撫でた。
「より良い世界を、作りたいんです」
「生まれてくる時には――」
「完璧な社会を、用意してあげたい」
その決意に、みんなが頷いた。
「わかりました」
「では、全力でサポートします」
「ありがとう、みんな」
その夜、バルコニーで。
星が、輝いていた。
「綺麗ね」
「ああ」
ルシアンが、私を後ろから抱きしめた。
「エリシア」
「はい?」
「無理だけは、するなよ」
「わかっています」
私は、彼の腕に手を置いた。
「でも、頑張ります」
「この子に――」
「誇れる世界を、残したいから」
「……わかった」
ルシアンが、私のお腹に手を当てた。
「なら、俺も全力で支える」
「お前と、この子を」
「ありがとう」
星空を、見上げた。
無数の星。
一つ一つが、輝いている。
「この子も――」
私は、呟いた。
「きっと、輝く」
「自由に、幸せに」
「そんな未来を――」
「作ってあげたい」
ルシアンが、私にキスをした。
「作ろう。一緒に」
温かい夜。
幸せな夜。
そして――。
希望に満ちた夜。
新しい命が、宿っている。
新しい時代が、始まっている。
困難はまだある。
問題もまだある。
でも――。
「大丈夫」
私は、微笑んだ。
「きっと、乗り越えられる」
星が、優しく輝いていた。
未来を照らすように。
希望を告げるように。
執務室で、私は報告書の山と格闘していた。
「エリシア様、これも」
オスカーが、さらに書類を持ってきた。
「まだ、あるの……?」
「はい。各地から、問題の報告が」
私は、ため息をついた。
「改革が完成したら、楽になると思っていたのに……」
「むしろ、増えましたね」
オスカーが、苦笑した。
「では、主な問題を報告します」
彼は、リストを読み上げた。
「第一――都市と農村の経済格差拡大」
「第二――新興商人と既存ギルドの対立」
「第三――急速な変化についていけない高齢者の不安」
「第四――教育格差による地域間の不均衡」
「第五――悪徳商人による詐欺の増加」
「多いわね……」
私は、頭を抱えた。
「改革は成功したけど――」
「新しい問題が、生まれている」
「それが、変革というものです」
ルシアンが、部屋に入ってきた。
「急激に変われば、必ず歪みが生じる」
「わかっています」
私は、立ち上がった。
「一つずつ、解決していきましょう」
「まず、どれから?」
「経済格差の問題です」
私は、データを広げた。
「王都と地方都市――所得差が二倍に拡大」
「これは、放置できません」
翌日、王都の商業地区を視察した。
「すごい活気だ……」
新しい店が、次々と開店している。
「職業訓練学校を卒業した若者たちです」
オスカーが、説明した。
「みんな、自分の店を持ちたいと」
「素晴らしいことね」
でも――。
ある路地に入ると、様子が違った。
「閉店」
古い店に、張り紙がされている。
「どうしたの?」
近くにいた老人に訊いた。
「ああ、この店か」
老人が、寂しそうに言った。
「三十年続いた、老舗の靴屋だった」
「でも――」
「新しい靴屋に、客を取られて」
「閉店したんだ」
「新しい靴屋……?」
「ああ。若い職人が、安くて良い靴を作ってる」
「そっちに、みんな行っちゃった」
「そうですか……」
複雑な気持ちだった。
若者が成功するのは良いこと。
でも、老舗が潰れるのは悲しいこと。
「これも、改革の影響か……」
ルシアンが、呟いた。
さらに調査を進めると――。
「エリシア様、これを見てください」
ミラが、ある店を指差した。
「『奇跡の薬! どんな病気も治る!』」
怪しげな看板。
「これは……」
店に入ると――。
派手な服を着た商人が、客に説明していた。
「この薬を飲めば、若返ります!」
「病気も治ります!」
「たった金貨一枚で!」
老人たちが、興味津々で聞いている。
「本当ですか?」
「もちろんです!」
商人が、にこやかに答えた。
「憲法で、商売の自由が認められました」
「だから、誰でも薬を売れるんです!」
「待ってください」
私が、前に出た。
「その薬、本当に効果があるんですか?」
「もちろんです!」
商人が、自信満々に言った。
「証明書も、ありますよ」
差し出された紙――。
「『魔法薬協会認定』……?」
「そんな協会、存在しません」
オスカーが、指摘した。
「これは、偽造です」
商人の顔が、引きつった。
「い、いや、これは――」
「詐欺ですね」
私は、冷たく言った。
「ルシアン、この人を拘束してください」
「了解」
ルシアンが、商人の腕を掴んだ。
「待て、待ってくれ!」
商人が、叫んだ。
「俺は、法を犯していない!」
「憲法で、商売の自由が認められただろう!」
「確かに、商売の自由はあります」
私は、商人を見た。
「でも――」
「詐欺は、犯罪です」
「偽の証明書で客を騙すのは、許されません」
商人が、連行されていった。
残された老人たちが、呟いた。
「騙されるところだった……」
「怖いね、最近こういうのが増えて」
その言葉に、胸が痛んだ。
「自由を与えたけど――」
「それを悪用する者も、出てきた」
城に戻り、緊急会議を開いた。
「問題は、三つあります」
私は、整理した。
「第一――経済格差の拡大」
「第二――新旧の摩擦」
「第三――自由の悪用」
「どれも、深刻ですね」
カイル王子が、眉をひそめた。
「どう対処しますか?」
「まず、経済格差について」
私は、提案した。
「累進課税制度を導入します」
「豊かな者ほど、多く税を払う」
「その税収で、貧しい地域を支援します」
「なるほど」
「第二の問題――新旧の摩擦について」
「これは――」
私は、別の案を出した。
「『伝統産業保護法』を作ります」
「老舗の職人たちを、支援する制度です」
「若手との共存を、図ります」
「そして、第三の問題――自由の悪用」
「『消費者保護法』を制定します」
「詐欺的な商売を、厳しく取り締まります」
リストを示す。
「虚偽広告の禁止」
「商品の品質基準の設定」
「返金制度の義務化」
「違反者への罰則」
「これで――」
「自由と秩序の、バランスを取ります」
カイル王子が、頷いた。
「良い案です」
「すぐに、実行しましょう」
二週間後。
新しい法律が、公布された。
「累進課税法、伝統産業保護法、消費者保護法――」
「本日より、施行します」
反応は――。
「税金が上がった……」
裕福な商人たちから、不満の声。
「でも、理解できる」
「貧しい地域を、支援するためだ」
多くは、納得してくれた。
老舗の職人たちは――。
「支援金が、出るのか」
「ありがたい」
「若い職人とも、協力できそうだ」
喜びの声。
そして、消費者たちは――。
「詐欺商人が、減った」
「安心して、買い物ができる」
「良い法律だ」
安堵の声。
「少しずつ、改善している……」
私は、ホッとした。
でも、全てが順調だったわけではない。
ある日、北部から緊急の使者が来た。
「エリシア様、大変です!」
「何があったの?」
「北部の農村で――」
使者が、息を切らした。
「暴動が起きました」
「暴動!?」
「はい。農民たちが、領主の館を包囲しています」
「理由は?」
「税の不公平だと」
「詳しく説明してください」
使者が、報告した。
「累進課税法が施行されて――」
「裕福な農民の税が、上がりました」
「でも、貧しい農民の税は、下がりました」
「それは、制度通りですね」
「ところが――」
使者の顔が、曇った。
「裕福な農民たちが、反発しているんです」
「『なぜ、努力した者が罰せられるのか』と」
「『貧しい者を甘やかすな』と」
その言葉に、ショックを受けた。
「そんな……」
「すぐに、向かいます」
三日後、北部の農村に到着した。
領主の館の前には――。
百人以上の農民が、集まっていた。
「税の不公平を、改めろ!」
「努力した者が、報われるべきだ!」
「貧乏人を、甘やかすな!」
激しい声。
「エリシアが来たぞ!」
誰かが、叫んだ。
農民たちの視線が、私に集中した。
「エリシア!」
一人の男が、前に出てきた。
四十代、日焼けした逞しい農民。
「あなたが、リーダー?」
「そうだ。俺は、ヨハンだ」
ヨハンが、睨みつけてきた。
「なぜ、俺たちの税を上げた!」
「理由を、説明させてください」
私は、冷静に答えた。
「税は、公平に分担すべきです」
「豊かな者が多く払い、貧しい者が少なく払う」
「これが、公平です」
「違う!」
ヨハンが、叫んだ。
「俺たちは、努力したんだ!」
「朝から晩まで、働いた!」
「新しい技術を学んだ!」
「だから、豊かになった!」
「それなのに――」
「なぜ、罰せられるんだ!」
その言葉には、一理あった。
「ヨハンさん」
私は、彼の目を見た。
「あなたの努力は、素晴らしいです」
「でも――」
「考えてください」
「あなたが使っている道路は?」
「え?」
「整備された道路、あれは誰が作ったと思いますか?」
「それは……国が……」
「国、つまり税金です」
私は、説明した。
「あなたが学んだ技術は?」
「それは……職業訓練学校で……」
「その学校も、税金で運営されています」
「あなたの子供が通う学校も」
「あなたを守る兵士も」
「全て、税金です」
「でも……」
ヨハンが、言葉に詰まった。
「あなたは、一人で豊かになったわけではありません」
私は、優しく言った。
「社会の支援があったからです」
「だから――」
「今度は、あなたが社会を支援する番です」
「豊かになった者が、貧しい者を助ける」
「それが――」
「共に生きる、ということです」
長い沈黙。
ヨハンが、地面を見た。
「……俺は、間違っていたのか」
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「あなたの気持ちは、わかります」
「努力が報われるべき――それは正しいです」
「でも――」
「努力だけでは、報われない人もいます」
「病気の人、障害のある人、高齢の人――」
「そういう人たちを、見捨てますか?」
ヨハンが、顔を上げた。
「見捨てたくは……ない」
「なら――」
私は、手を差し出した。
「一緒に、支えましょう」
「豊かな者も、貧しい者も」
「共に助け合う社会を」
ヨハンは、しばらく考えた後――。
「……わかった」
彼は、私の手を握った。
「税は、払う」
「でも――」
「ちゃんと使ってくれよ」
「無駄遣いは、許さないからな」
「約束します」
私は、微笑んだ。
「透明性を持って、使います」
暴動は、収まった。
その夜、宿で。
「疲れたな」
ルシアンが、お茶を入れてくれた。
「ええ……」
私は、椅子に深く座り込んだ。
「改革って、本当に難しい」
「制度を作るだけじゃ、ダメなのね」
「人の心を、変えないと」
「そうだな」
ルシアンが、私の隣に座った。
「でも、お前は上手くやった」
「ヨハンを、説得した」
「でも、まだまだ問題はあります」
私は、報告書を見た。
「他にも、不満を持つ人たちが」
「一人一人、説得していくしかないのかしら……」
「いや」
ルシアンが、私の肩を抱いた。
「お前一人で、全てを背負う必要はない」
「仲間がいる」
「そして――」
彼は、私のお腹に手を置いた。
「新しい家族も、できるかもしれない」
「え……?」
私は、ハッとした。
そういえば――。
「最近、体調が……」
「もしかして……」
ルシアンが、微笑んだ。
「明日、医者に診てもらおう」
翌朝、王都の医師を訪ねた。
「では、診察します」
老医師が、私を診察した。
魔法で、体の状態を調べる。
「……おめでとうございます」
医師が、微笑んだ。
「妊娠されています」
「本当ですか!?」
私は、驚きと喜びで声が出なかった。
「はい。おそらく、二ヶ月です」
「二ヶ月……」
ルシアンが、私を抱きしめた。
「エリシア……」
彼の声が、震えていた。
「父親に、なるのか……」
「はい」
私も、涙を流した。
「私たちの、子供です」
二人で、しばらく抱き合った。
幸せな涙。
喜びの涙。
「この子を――」
私は、お腹に手を当てた。
「新しい時代の子として、育てたい」
「身分も、差別もない世界で」
「ああ」
ルシアンも、私のお腹に手を当てた。
「幸せな世界で、育てよう」
城に戻ると――。
「エリシア様!」
ミラが、駆け寄ってきた。
「おめでとうございます!」
「もう、知ってるの?」
「医師から、連絡が!」
ミラが、嬉しそうに笑った。
「赤ちゃん! 楽しみだね!」
「ありがとう」
オスカーも、レオンも、ラウラも――。
みんなが、祝福してくれた。
「これで、エリシア様も少し休めますね」
オスカーが言った。
「妊婦は、無理できませんから」
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「まだ、やることがあります」
「エリシア……」
ルシアンが、心配そうな顔をした。
「大丈夫」
私は、微笑んだ。
「無理はしません」
「でも――」
「この子のためにも」
私は、お腹を撫でた。
「より良い世界を、作りたいんです」
「生まれてくる時には――」
「完璧な社会を、用意してあげたい」
その決意に、みんなが頷いた。
「わかりました」
「では、全力でサポートします」
「ありがとう、みんな」
その夜、バルコニーで。
星が、輝いていた。
「綺麗ね」
「ああ」
ルシアンが、私を後ろから抱きしめた。
「エリシア」
「はい?」
「無理だけは、するなよ」
「わかっています」
私は、彼の腕に手を置いた。
「でも、頑張ります」
「この子に――」
「誇れる世界を、残したいから」
「……わかった」
ルシアンが、私のお腹に手を当てた。
「なら、俺も全力で支える」
「お前と、この子を」
「ありがとう」
星空を、見上げた。
無数の星。
一つ一つが、輝いている。
「この子も――」
私は、呟いた。
「きっと、輝く」
「自由に、幸せに」
「そんな未来を――」
「作ってあげたい」
ルシアンが、私にキスをした。
「作ろう。一緒に」
温かい夜。
幸せな夜。
そして――。
希望に満ちた夜。
新しい命が、宿っている。
新しい時代が、始まっている。
困難はまだある。
問題もまだある。
でも――。
「大丈夫」
私は、微笑んだ。
「きっと、乗り越えられる」
星が、優しく輝いていた。
未来を照らすように。
希望を告げるように。
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転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
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