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第10章「遠距離の話」
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十二月一日。
最終プレゼンの日が来た。
亜季は朝早くオフィスに行って、チームのみんなと最終確認をした。
資料は完璧。リハーサルも何度もやった。
準備は、できている。
「みんな、行こう」
亜季がチームを率いて、クライアントのオフィスに向かった。
会議室には、クライアント側の役員が五人座っていた。
緊張する。
でも、ここまで来たんだ。
亜季は深呼吸をして、プレゼンを始めた。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます。それでは、新商品キャンペーンの最終案をご説明させていただきます」
一時間のプレゼン。
亜季は、一つ一つ丁寧に説明した。
コンセプト、ターゲット、クリエイティブ、メディア戦略。
全てに、根拠と熱意を込めた。
チームのみんなも、それぞれの担当部分を説明した。
プレゼンが終わると、会議室に沈黙が流れた。
クライアントの役員たちが、顔を見合わせている。
長い沈黙。
心臓が、早く打つ。
そして、一人の役員が口を開いた。
「素晴らしい」
「え?」
「本当に素晴らしいプレゼンでした。我々が求めていたものが、全て詰まっています」
別の役員も頷いた。
「この案で、進めましょう」
「本当ですか?」
亜季は信じられなかった。
「本当です。高梨さん、ありがとうございました」
クライアントの役員が立ち上がって、握手を求めてきた。
亜季も立ち上がって、握手をした。
「ありがとうございます」
会議室を出ると、チームのみんなが歓声を上げた。
「やった!」
「成功した!」
みんな、抱き合って喜んでいる。
亜季も、涙が出そうになった。
長かった。
本当に長かった。
でも、成功した。
オフィスに戻ると、部長が待っていた。
「高梨さん、おめでとう」
「ありがとうございます」
「素晴らしい仕事でした。これで、昇進は決まりですね」
「本当ですか?」
「本当です。来年四月から、課長として働いてもらいます」
部長は満足そうに笑った。
「今日は、早く帰っていいですよ。ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます」
亜季は、久しぶりに定時で退社した。
外はもう暗かった。十二月の夜は、早く暗くなる。
カフェに向かいながら、亜季はスマートフォンで悠斗にメッセージを送った。
『プロジェクト、成功した。今からカフェ行くね』
すぐに返信が来た。
『おめでとう!待ってる』
カフェに着くと、悠斗がいつもの席で待っていた。
亜季を見つけると、立ち上がって駆け寄ってきた。
「亜季、おめでとう」
悠斗が亜季を抱きしめた。
「ありがとう」
亜季は悠斗の胸に顔を埋めた。
涙が溢れてきた。
「どうして泣くの?」
「嬉しくて。それに、安心して」
「お疲れ様。本当に、よく頑張ったね」
悠斗が亜季の頭を優しく撫でた。
しばらく、そうやって抱き合っていた。
店内の他の客が見ていたかもしれないけれど、構わなかった。
今は、悠斗に抱きしめられていたかった。
席に座って、コーヒーを注文した。
「昇進も決まったの」
「本当?すごいじゃん」
「うん。来年四月から、課長」
「おめでとう。亜季の努力が報われたね」
悠斗は心から嬉しそうに笑った。
「これで、少しは落ち着くかな」
「どうかな。課長になったら、もっと忙しくなるかも」
「でも、今回のプロジェクトよりはマシでしょ?」
「そうだといいんだけど」
亜季は正直に言った。
「でも、しばらくは大丈夫。年末年始は、少し休めるから」
「よかった。じゃあ、温泉行こう」
「うん、行こう」
二人は笑顔で見つめ合った。
「ねえ、亜季」
「うん?」
「今日、僕の家来ない?久しぶりに、ゆっくり話したい」
「いいよ」
「じゃあ、行こう」
二人はカフェを出て、悠斗の家に向かった。
久しぶりの悠斗の部屋。
一ヶ月ぶりくらいだろうか。
部屋は、以前と変わらず整理されていた。
「座って。何か作るよ」
「ううん、いい。今は、ただ悠斗と一緒にいたい」
亜季はソファに座った。
悠斗も隣に座って、亜季を抱き寄せた。
「疲れたでしょ?」
「うん、疲れた」
「ゆっくり休んで」
亜季は悠斗の胸に顔を埋めた。
安心する。
ここにいると、全てを忘れられる。
「亜季」
「うん?」
「話があるんだ」
悠斗の声が、いつもより少し硬かった。
亜季は顔を上げた。
「何?」
「僕、地方でのプロジェクトの話をもらったんだ」
「地方?」
「うん。大阪の企業から、大型プロジェクトの依頼があって。期間は半年。向こうに常駐してほしいって」
亜季の心臓が、止まりそうになった。
「半年…大阪に?」
「うん」
「いつから?」
「来年一月から」
「来月じゃん」
亜季の声が震えた。
「受けるの?」
「まだ決めてない。でも、すごくいい条件なんだ。報酬も、今までで一番高い。それに、このプロジェクトが成功すれば、僕のキャリアにとってもプラスになる」
悠斗は真剣な顔をしていた。
「でも、亜季と離れることになる」
「半年…」
亜季は呆然とした。
半年、会えない。
「週末は、東京に戻ってこられると思う。でも、毎週は無理かもしれない」
「そっか」
亜季は何も言えなかった。
頭が、真っ白だった。
「亜季、どう思う?」
「…わからない」
正直に言った。
「せっかく、プロジェクトが終わって、これからゆっくり会えると思ってたのに」
「ごめん」
「謝らないで。悠斗のキャリアにとって大事なことなんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、受けるべきだよ」
亜季は笑顔を作った。
でも、心は泣いていた。
「本当にいいの?」
「いいよ。私だって、仕事優先したんだから。悠斗が仕事を優先するのも、当然でしょ」
「でも…」
「大丈夫」
亜季は悠斗を抱きしめた。
「半年なんて、すぐだよ」
そう言いながら、涙が溢れてきた。
「亜季、泣いてる?」
「泣いてないよ」
「嘘だ」
悠斗が亜季の顔を見た。
涙が、頬を伝っている。
「寂しい」
「僕も」
悠斗も、目に涙を浮かべていた。
「でも、これが僕たちにとって一番いい選択なのかな」
「どうして?」
「亜季も、来年から課長でしょ?もっと忙しくなる。僕も、大阪でプロジェクト。お互い、自分のキャリアに集中する時期なんじゃないかな」
悠斗の言葉は、理屈では正しかった。
でも、感情は納得できなかった。
「でも、会えなくなるよ」
「会えるよ。週末、時間があるときは東京に戻ってくる。亜季も、時間があれば大阪に来てくれたら嬉しい」
「うん」
「遠距離恋愛って、大変だと思う。でも、乗り越えられると思う。僕たちなら」
悠斗は亜季の手を握った。
「半年後、僕が東京に戻ってきたら、また元の生活に戻れる。それまで、お互い頑張ろう」
「…うん」
亜季は頷いた。
でも、本当は不安だった。
半年も離れていて、本当に大丈夫なんだろうか。
気持ちは、変わらないんだろうか。
その夜、亜季は悠斗の部屋に泊まった。
ベッドで、二人は抱き合っていた。
「ねえ、悠斗」
「うん?」
「本当に、大丈夫かな。私たち」
「大丈夫だよ」
「どうして、そんなに自信があるの?」
「だって、亜季のこと好きだから。半年離れたくらいで、気持ちは変わらない」
「私も、好き。でも、怖い」
「何が?」
「会えない間に、気持ちが冷めちゃうんじゃないかって」
亜季は正直に言った。
「それは、ないよ」
悠斗は強く言った。
「僕は、亜季のことずっと好きだよ。大阪に行っても、毎日連絡するし、時間があれば会いに来る」
「本当?」
「本当」
悠斗が亜季にキスをした。
長いキス。
唇が離れて、二人は見つめ合った。
「信じて」
「うん」
亜季は悠斗を抱きしめた。
この温もりを、忘れたくない。
この人を、忘れたくない。
二人は、その夜、何度も確かめ合った。
お互いの存在を。お互いの気持ちを。
朝になって、窓から光が差し込んできた。
亜季は目を覚まして、隣を見た。
悠斗が、穏やかな顔で眠っている。
この人と、半年会えなくなる。
そう思うと、胸が締め付けられた。
日曜日、二人は一日中一緒に過ごした。
どこにも行かず、ただ悠斗の部屋でゆっくりと過ごした。
映画を見て、料理を作って、話をして。
何気ない時間。
でも、とても大切な時間。
「ねえ、亜季」
「うん?」
「温泉、いつ行く?」
「年末年始、どう?」
「いいね。大阪に行く前に、二人でゆっくりしたい」
「私も」
「じゃあ、予約しておくね」
「ありがとう」
二人は笑顔で見つめ合った。
「あと一ヶ月、たくさん会おうね」
「うん」
でも、亜季は知っていた。
一ヶ月なんて、あっという間だということを。
そして、別れの日は、必ず来るということを。
月曜日、亜季は会社に行った。
プロジェクトが終わって、少し余裕ができた。
でも、心は重かった。
悠斗のことが、頭から離れない。
昼休み、美咲から電話がかかってきた。
「もしもし?」
「亜季、プロジェクト成功おめでとう!」
「ありがとう。どうして知ってるの?」
「メッセージしたじゃん。忘れた?」
「あ、そうだった。ごめん」
亜季は、美咲にメッセージを送ったことを思い出した。
「で、どう?落ち着いた?」
「うん、まあ」
「声、元気ないね。何かあった?」
美咲は、すぐに気づいた。
「…実は」
亜季は、悠斗の話をした。
大阪のプロジェクト。半年の遠距離。
美咲は黙って聞いていた。
「それは…辛いね」
「うん」
「でも、半年なんてすぐだよ」
「そうかな」
「そうだよ。私、旦那と付き合ってたとき、三ヶ月遠距離だったことあるけど、意外とすぐだった」
「本当?」
「本当。今は、スマホもあるし、ビデオ通話もできるし。昔と違って、遠距離も楽だよ」
美咲の言葉に、少し安心した。
「でも、やっぱり寂しいよね」
「寂しいけど、乗り越えられるよ。亜季と悠斗さんなら」
「ありがとう」
「いつ大阪行くの?」
「来年一月」
「じゃあ、それまでにたくさん会っておきなよ」
「うん」
「頑張ってね。応援してるから」
「ありがとう」
電話を切って、亜季は深呼吸をした。
大丈夫。
半年なんて、すぐだ。
そう自分に言い聞かせた。
でも、心のどこかで、不安が消えなかった。
十二月は、あっという間に過ぎていった。
亜季と悠斗は、できるだけ会う時間を作った。
平日はカフェで。週末は一緒に過ごした。
クリスマスは、二人でディナーに行った。
夜景の綺麗なレストランで、乾杯をした。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
グラスが触れ合う音が、心地よい。
「亜季、これ」
悠斗が小さな箱を差し出した。
「プレゼント?」
「開けて」
箱を開けると、シンプルなネックレスが入っていた。
「綺麗…」
「気に入った?」
「すごく。ありがとう」
亜季は悠斗に抱きついた。
「僕も、これ」
亜季も、用意していたプレゼントを渡した。
革の手帳カバー。
「大阪でも使ってね」
「ありがとう。大切にするよ」
悠斗は嬉しそうに笑った。
二人は、その夜、幸せな時間を過ごした。
でも、心のどこかで、別れの日が近づいていることを感じていた。
年末年始、二人は約束通り温泉に行った。
箱根の静かな旅館。
部屋には、露天風呂がついていた。
「わあ、素敵」
亜季は部屋を見回した。
「よかった。気に入ってくれて」
二人は、ゆっくりと温泉に浸かった。
体が、芯から温まる。
「気持ちいいね」
「本当に」
星空を見上げながら、二人は並んで温泉に入った。
「ねえ、亜季」
「うん?」
「来週には、僕、大阪だ」
「…うん」
「寂しくなるね」
「うん」
亜季は涙をこらえた。
「でも、頑張ろうね。お互いに」
「うん」
悠斗が亜季の手を握った。
「絶対、また会えるから」
「うん」
二人は、手を繋いだまま、星を見上げた。
この瞬間を、忘れたくない。
この温もりを、忘れたくない。
旅館での三日間は、あっという間に過ぎた。
東京に戻る新幹線の中で、亜季は窓の外を見ていた。
景色が流れていく。
時間も、同じように流れていく。
止めることはできない。
「亜季」
「うん?」
「大丈夫?」
「大丈夫」
亜季は笑顔を作った。
でも、心は泣いていた。
もうすぐ、別れの時が来る。
そう思うと、胸が苦しかった。
一月五日。
悠斗が大阪に発つ日が来た。
亜季は、東京駅まで見送りに来た。
新幹線のホームに立って、二人は向かい合った。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。頑張ってね」
「亜季も。体、壊さないように」
「わかってる」
悠斗が亜季を抱きしめた。
「好きだよ」
「私も」
長い抱擁。
周りの人が見ていても、構わなかった。
今は、悠斗を離したくなかった。
でも、新幹線の発車時刻が迫っている。
「もう、行かなきゃ」
「うん」
悠斗が亜季から離れた。
「連絡するね」
「待ってる」
悠斗は新幹線に乗り込んだ。
窓から、手を振っている。
亜季も手を振り返した。
新幹線が動き出す。
だんだんと、遠ざかっていく。
悠斗の姿が、小さくなっていく。
そして、見えなくなった。
亜季は、その場に立ち尽くしていた。
涙が、止まらなかった。
半年。
半年後には、また会える。
でも、半年は長い。
本当に、大丈夫なんだろうか。
亜季は、不安を抱えたまま、駅を後にした。
最終プレゼンの日が来た。
亜季は朝早くオフィスに行って、チームのみんなと最終確認をした。
資料は完璧。リハーサルも何度もやった。
準備は、できている。
「みんな、行こう」
亜季がチームを率いて、クライアントのオフィスに向かった。
会議室には、クライアント側の役員が五人座っていた。
緊張する。
でも、ここまで来たんだ。
亜季は深呼吸をして、プレゼンを始めた。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます。それでは、新商品キャンペーンの最終案をご説明させていただきます」
一時間のプレゼン。
亜季は、一つ一つ丁寧に説明した。
コンセプト、ターゲット、クリエイティブ、メディア戦略。
全てに、根拠と熱意を込めた。
チームのみんなも、それぞれの担当部分を説明した。
プレゼンが終わると、会議室に沈黙が流れた。
クライアントの役員たちが、顔を見合わせている。
長い沈黙。
心臓が、早く打つ。
そして、一人の役員が口を開いた。
「素晴らしい」
「え?」
「本当に素晴らしいプレゼンでした。我々が求めていたものが、全て詰まっています」
別の役員も頷いた。
「この案で、進めましょう」
「本当ですか?」
亜季は信じられなかった。
「本当です。高梨さん、ありがとうございました」
クライアントの役員が立ち上がって、握手を求めてきた。
亜季も立ち上がって、握手をした。
「ありがとうございます」
会議室を出ると、チームのみんなが歓声を上げた。
「やった!」
「成功した!」
みんな、抱き合って喜んでいる。
亜季も、涙が出そうになった。
長かった。
本当に長かった。
でも、成功した。
オフィスに戻ると、部長が待っていた。
「高梨さん、おめでとう」
「ありがとうございます」
「素晴らしい仕事でした。これで、昇進は決まりですね」
「本当ですか?」
「本当です。来年四月から、課長として働いてもらいます」
部長は満足そうに笑った。
「今日は、早く帰っていいですよ。ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます」
亜季は、久しぶりに定時で退社した。
外はもう暗かった。十二月の夜は、早く暗くなる。
カフェに向かいながら、亜季はスマートフォンで悠斗にメッセージを送った。
『プロジェクト、成功した。今からカフェ行くね』
すぐに返信が来た。
『おめでとう!待ってる』
カフェに着くと、悠斗がいつもの席で待っていた。
亜季を見つけると、立ち上がって駆け寄ってきた。
「亜季、おめでとう」
悠斗が亜季を抱きしめた。
「ありがとう」
亜季は悠斗の胸に顔を埋めた。
涙が溢れてきた。
「どうして泣くの?」
「嬉しくて。それに、安心して」
「お疲れ様。本当に、よく頑張ったね」
悠斗が亜季の頭を優しく撫でた。
しばらく、そうやって抱き合っていた。
店内の他の客が見ていたかもしれないけれど、構わなかった。
今は、悠斗に抱きしめられていたかった。
席に座って、コーヒーを注文した。
「昇進も決まったの」
「本当?すごいじゃん」
「うん。来年四月から、課長」
「おめでとう。亜季の努力が報われたね」
悠斗は心から嬉しそうに笑った。
「これで、少しは落ち着くかな」
「どうかな。課長になったら、もっと忙しくなるかも」
「でも、今回のプロジェクトよりはマシでしょ?」
「そうだといいんだけど」
亜季は正直に言った。
「でも、しばらくは大丈夫。年末年始は、少し休めるから」
「よかった。じゃあ、温泉行こう」
「うん、行こう」
二人は笑顔で見つめ合った。
「ねえ、亜季」
「うん?」
「今日、僕の家来ない?久しぶりに、ゆっくり話したい」
「いいよ」
「じゃあ、行こう」
二人はカフェを出て、悠斗の家に向かった。
久しぶりの悠斗の部屋。
一ヶ月ぶりくらいだろうか。
部屋は、以前と変わらず整理されていた。
「座って。何か作るよ」
「ううん、いい。今は、ただ悠斗と一緒にいたい」
亜季はソファに座った。
悠斗も隣に座って、亜季を抱き寄せた。
「疲れたでしょ?」
「うん、疲れた」
「ゆっくり休んで」
亜季は悠斗の胸に顔を埋めた。
安心する。
ここにいると、全てを忘れられる。
「亜季」
「うん?」
「話があるんだ」
悠斗の声が、いつもより少し硬かった。
亜季は顔を上げた。
「何?」
「僕、地方でのプロジェクトの話をもらったんだ」
「地方?」
「うん。大阪の企業から、大型プロジェクトの依頼があって。期間は半年。向こうに常駐してほしいって」
亜季の心臓が、止まりそうになった。
「半年…大阪に?」
「うん」
「いつから?」
「来年一月から」
「来月じゃん」
亜季の声が震えた。
「受けるの?」
「まだ決めてない。でも、すごくいい条件なんだ。報酬も、今までで一番高い。それに、このプロジェクトが成功すれば、僕のキャリアにとってもプラスになる」
悠斗は真剣な顔をしていた。
「でも、亜季と離れることになる」
「半年…」
亜季は呆然とした。
半年、会えない。
「週末は、東京に戻ってこられると思う。でも、毎週は無理かもしれない」
「そっか」
亜季は何も言えなかった。
頭が、真っ白だった。
「亜季、どう思う?」
「…わからない」
正直に言った。
「せっかく、プロジェクトが終わって、これからゆっくり会えると思ってたのに」
「ごめん」
「謝らないで。悠斗のキャリアにとって大事なことなんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、受けるべきだよ」
亜季は笑顔を作った。
でも、心は泣いていた。
「本当にいいの?」
「いいよ。私だって、仕事優先したんだから。悠斗が仕事を優先するのも、当然でしょ」
「でも…」
「大丈夫」
亜季は悠斗を抱きしめた。
「半年なんて、すぐだよ」
そう言いながら、涙が溢れてきた。
「亜季、泣いてる?」
「泣いてないよ」
「嘘だ」
悠斗が亜季の顔を見た。
涙が、頬を伝っている。
「寂しい」
「僕も」
悠斗も、目に涙を浮かべていた。
「でも、これが僕たちにとって一番いい選択なのかな」
「どうして?」
「亜季も、来年から課長でしょ?もっと忙しくなる。僕も、大阪でプロジェクト。お互い、自分のキャリアに集中する時期なんじゃないかな」
悠斗の言葉は、理屈では正しかった。
でも、感情は納得できなかった。
「でも、会えなくなるよ」
「会えるよ。週末、時間があるときは東京に戻ってくる。亜季も、時間があれば大阪に来てくれたら嬉しい」
「うん」
「遠距離恋愛って、大変だと思う。でも、乗り越えられると思う。僕たちなら」
悠斗は亜季の手を握った。
「半年後、僕が東京に戻ってきたら、また元の生活に戻れる。それまで、お互い頑張ろう」
「…うん」
亜季は頷いた。
でも、本当は不安だった。
半年も離れていて、本当に大丈夫なんだろうか。
気持ちは、変わらないんだろうか。
その夜、亜季は悠斗の部屋に泊まった。
ベッドで、二人は抱き合っていた。
「ねえ、悠斗」
「うん?」
「本当に、大丈夫かな。私たち」
「大丈夫だよ」
「どうして、そんなに自信があるの?」
「だって、亜季のこと好きだから。半年離れたくらいで、気持ちは変わらない」
「私も、好き。でも、怖い」
「何が?」
「会えない間に、気持ちが冷めちゃうんじゃないかって」
亜季は正直に言った。
「それは、ないよ」
悠斗は強く言った。
「僕は、亜季のことずっと好きだよ。大阪に行っても、毎日連絡するし、時間があれば会いに来る」
「本当?」
「本当」
悠斗が亜季にキスをした。
長いキス。
唇が離れて、二人は見つめ合った。
「信じて」
「うん」
亜季は悠斗を抱きしめた。
この温もりを、忘れたくない。
この人を、忘れたくない。
二人は、その夜、何度も確かめ合った。
お互いの存在を。お互いの気持ちを。
朝になって、窓から光が差し込んできた。
亜季は目を覚まして、隣を見た。
悠斗が、穏やかな顔で眠っている。
この人と、半年会えなくなる。
そう思うと、胸が締め付けられた。
日曜日、二人は一日中一緒に過ごした。
どこにも行かず、ただ悠斗の部屋でゆっくりと過ごした。
映画を見て、料理を作って、話をして。
何気ない時間。
でも、とても大切な時間。
「ねえ、亜季」
「うん?」
「温泉、いつ行く?」
「年末年始、どう?」
「いいね。大阪に行く前に、二人でゆっくりしたい」
「私も」
「じゃあ、予約しておくね」
「ありがとう」
二人は笑顔で見つめ合った。
「あと一ヶ月、たくさん会おうね」
「うん」
でも、亜季は知っていた。
一ヶ月なんて、あっという間だということを。
そして、別れの日は、必ず来るということを。
月曜日、亜季は会社に行った。
プロジェクトが終わって、少し余裕ができた。
でも、心は重かった。
悠斗のことが、頭から離れない。
昼休み、美咲から電話がかかってきた。
「もしもし?」
「亜季、プロジェクト成功おめでとう!」
「ありがとう。どうして知ってるの?」
「メッセージしたじゃん。忘れた?」
「あ、そうだった。ごめん」
亜季は、美咲にメッセージを送ったことを思い出した。
「で、どう?落ち着いた?」
「うん、まあ」
「声、元気ないね。何かあった?」
美咲は、すぐに気づいた。
「…実は」
亜季は、悠斗の話をした。
大阪のプロジェクト。半年の遠距離。
美咲は黙って聞いていた。
「それは…辛いね」
「うん」
「でも、半年なんてすぐだよ」
「そうかな」
「そうだよ。私、旦那と付き合ってたとき、三ヶ月遠距離だったことあるけど、意外とすぐだった」
「本当?」
「本当。今は、スマホもあるし、ビデオ通話もできるし。昔と違って、遠距離も楽だよ」
美咲の言葉に、少し安心した。
「でも、やっぱり寂しいよね」
「寂しいけど、乗り越えられるよ。亜季と悠斗さんなら」
「ありがとう」
「いつ大阪行くの?」
「来年一月」
「じゃあ、それまでにたくさん会っておきなよ」
「うん」
「頑張ってね。応援してるから」
「ありがとう」
電話を切って、亜季は深呼吸をした。
大丈夫。
半年なんて、すぐだ。
そう自分に言い聞かせた。
でも、心のどこかで、不安が消えなかった。
十二月は、あっという間に過ぎていった。
亜季と悠斗は、できるだけ会う時間を作った。
平日はカフェで。週末は一緒に過ごした。
クリスマスは、二人でディナーに行った。
夜景の綺麗なレストランで、乾杯をした。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
グラスが触れ合う音が、心地よい。
「亜季、これ」
悠斗が小さな箱を差し出した。
「プレゼント?」
「開けて」
箱を開けると、シンプルなネックレスが入っていた。
「綺麗…」
「気に入った?」
「すごく。ありがとう」
亜季は悠斗に抱きついた。
「僕も、これ」
亜季も、用意していたプレゼントを渡した。
革の手帳カバー。
「大阪でも使ってね」
「ありがとう。大切にするよ」
悠斗は嬉しそうに笑った。
二人は、その夜、幸せな時間を過ごした。
でも、心のどこかで、別れの日が近づいていることを感じていた。
年末年始、二人は約束通り温泉に行った。
箱根の静かな旅館。
部屋には、露天風呂がついていた。
「わあ、素敵」
亜季は部屋を見回した。
「よかった。気に入ってくれて」
二人は、ゆっくりと温泉に浸かった。
体が、芯から温まる。
「気持ちいいね」
「本当に」
星空を見上げながら、二人は並んで温泉に入った。
「ねえ、亜季」
「うん?」
「来週には、僕、大阪だ」
「…うん」
「寂しくなるね」
「うん」
亜季は涙をこらえた。
「でも、頑張ろうね。お互いに」
「うん」
悠斗が亜季の手を握った。
「絶対、また会えるから」
「うん」
二人は、手を繋いだまま、星を見上げた。
この瞬間を、忘れたくない。
この温もりを、忘れたくない。
旅館での三日間は、あっという間に過ぎた。
東京に戻る新幹線の中で、亜季は窓の外を見ていた。
景色が流れていく。
時間も、同じように流れていく。
止めることはできない。
「亜季」
「うん?」
「大丈夫?」
「大丈夫」
亜季は笑顔を作った。
でも、心は泣いていた。
もうすぐ、別れの時が来る。
そう思うと、胸が苦しかった。
一月五日。
悠斗が大阪に発つ日が来た。
亜季は、東京駅まで見送りに来た。
新幹線のホームに立って、二人は向かい合った。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。頑張ってね」
「亜季も。体、壊さないように」
「わかってる」
悠斗が亜季を抱きしめた。
「好きだよ」
「私も」
長い抱擁。
周りの人が見ていても、構わなかった。
今は、悠斗を離したくなかった。
でも、新幹線の発車時刻が迫っている。
「もう、行かなきゃ」
「うん」
悠斗が亜季から離れた。
「連絡するね」
「待ってる」
悠斗は新幹線に乗り込んだ。
窓から、手を振っている。
亜季も手を振り返した。
新幹線が動き出す。
だんだんと、遠ざかっていく。
悠斗の姿が、小さくなっていく。
そして、見えなくなった。
亜季は、その場に立ち尽くしていた。
涙が、止まらなかった。
半年。
半年後には、また会える。
でも、半年は長い。
本当に、大丈夫なんだろうか。
亜季は、不安を抱えたまま、駅を後にした。
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背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。
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