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第6話:背徳の火花
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雨上がりの夜、地方都市の住宅街は静まり返っていた。沙織の家の応接間には、カーテンの隙間から漏れる薄明かりが細い線となって床に落ち、ソファの布地のざらつきが指先に触れるたびに、彼女の心をざわつかせる。夫は出張で不在、子供はすでに眠りに就き、家の重い沈黙が彼女を包み込んでいた。テーブルの上に置かれたスマートフォンが、まるで生き物のように時折震え、画面が一瞬だけ光る。そのたびに沙織の胸は締め付けられるように高鳴った。
「沙織さん、今大丈夫ですか?」
駿からのメッセージだった。シンプルな一文なのに、なぜか声が聞こえるような錯覚を覚える。低く、落ち着いた、しかしどこか熱を帯びた声。彼女は指を画面に滑らせ、返信を打つ手がわずかに震えた。
「大丈夫。夫はいないわ。子供も寝てる。」
送信ボタンを押した瞬間、背筋に冷たいものが走る。夫には見せられない自分。母として、妻として生きる自分とは別の、女としての自分がそこにいた。画面を見つめる沙織の瞳には影が宿り、唇を軽く噛む仕草が無意識に現れる。雨の匂いが窓の隙間から漂い、湿った衣服の記憶が蘇る。あの夜、駿と二人きりでいた雨のバーの情景が脳裏をよぎった。グラスが触れ合う音、薄暗い街灯の下で交わした視線。すべてが今、画面の向こう側に繋がっているようだった。
「よかった。少しだけ話したいことがあるんだ。」
駿の返信は短いが、その言葉の裏に潜む何かを感じ取って、沙織の心臓はさらに速く打つ。彼女はソファに深く沈み込み、スマートフォンを胸元に押し当てるようにして目を閉じた。話したいこと。たったそれだけの言葉が、彼女の内側に熱を宿していく。理性が警告を発する。「やめなさい。こんなことは許されない」と。しかし、孤独がその声を掻き消す。夫の冷たい態度、家族としての役割に縛られる日々。駿の存在は、彼女が忘れかけていた「女としての自分」を呼び覚ます危険な火種だった。
「どんなこと?」
彼女の返信は短く、慎重だ。だが、その一文には好奇心と期待が滲み出ている。画面を見つめる彼女の指先には湿気が残り、夜風がカーテンを揺らす音が耳に届く。返信を待つ間、彼女は自分の呼吸が浅くなっていることに気づいた。
「沙織さんの声が聞きたい。メッセージじゃ伝えられないことがある。」
その言葉に、沙織の体が一瞬硬直した。声。駿の声。電話越しに聞こえる彼の声が、どれほど彼女を揺さぶるか、彼女自身が一番よく知っていた。彼女は迷いながらも、画面をタップし、発信ボタンを押した。耳元に響く呼び出し音が、まるで心臓の鼓動のように重く響く。
「もしもし、沙織さん?」
駿の声が耳に届いた瞬間、彼女の体に熱が走った。低く、落ち着いた声。だが、その奥には抑えきれない何かが潜んでいる。彼女は喉を軽く鳴らし、声を絞り出す。
「駿くん……。こんな時間に、悪いわね。」
「いや、俺の方こそ。でも、どうしても話したかったんだ。」
彼の声には、どこか切迫した響きがあった。沙織は目を閉じ、その声を全身で受け止めるように耳を傾けた。電話越しの沈黙が、まるで二人の間に漂う緊張を形作る。彼女はソファの端を指でなぞりながら、言葉を探す。
「何を話したいの?」
彼女の声は震え、かすかに上ずっていた。駿は一瞬黙り、息を吐く音が微かに聞こえる。その音さえも、沙織にとっては危険な誘いのように感じられた。
「沙織さん、最近、俺のこと、どう思ってる?」
その質問に、彼女の心臓が跳ね上がる。どう思っているか。彼女自身、答えを出すことを恐れていた問いだった。彼女は唇を噛み、目を閉じて答える。
「駿くんは……優しいわ。いつも気にかけてくれる。でも……」
「でも?」
彼の声が一層低くなり、沙織の耳元で熱を帯びる。彼女は言葉を続けることができず、ただ沈黙を返す。その沈黙が、二人の間にある禁忌をより濃く浮かび上がらせた。
「沙織さん、俺、最近ずっと考えてることあるんだ。あなたと話すたびに、抑えきれなくなる。」
彼の告白めいた言葉に、沙織の体が熱くなる。抑えきれないもの。それは彼女自身も感じているものだった。彼女は目を閉じ、電話を握る手に力を込める。
「駿くん、そんなこと言わないで。私、妻だし、母なのよ。」
「分かってる。でも、沙織さんだって感じてるだろ? 俺と同じように。」
彼の声は静かだが、確信に満ちていた。沙織は反論できず、ただ息を呑む。電話越しの沈黙が再び訪れ、応接間を包む夜の静けさが一層重く感じられる。窓の外では、遠くで車の走行音が聞こえ、雨に濡れた舗道に赤いネオンの光が反射しているのが見えた。彼女の胸には、欲望と理性がせめぎ合い、熱と冷たさが交錯する。
「駿くん、私……分からない。どうすればいいのか。」
彼女の声は弱く、懇願するようだった。駿は一瞬黙り、息を吐く音が再び聞こえる。
「沙織さん、俺も分からない。でも、このままじゃいられない。もっとちゃんと話したい。顔を見て、ちゃんと。」
その言葉に、沙織の心が揺さぶられる。顔を見て。直接会う。それは、彼女が最も恐れ、最も望むことだった。彼女は目を閉じ、電話を握る手に力を込める。
「駿くん、それは……」
「沙織さん、考え直して。俺、待ってるから。」
彼の声は静かだが、強い意志が込められていた。沙織は答えられず、ただ電話を耳に当てたまま動けなかった。通話が切れた後も、彼女の耳には彼の声が残響のように響き、胸の奥に熱を宿し続けていた。
彼女はスマートフォンをテーブルの上に置き、ソファに深く沈み込む。夜風がカーテンを揺らし、湿った空気が肌に触れる。彼女の瞳には影が宿り、唇には微かな震えが残っていた。次に会うこと。それは、彼女にとって破滅への一歩かもしれない。だが、その予感さえも、彼女の心を高ぶらせる禁断の火花だった。
沙織は立ち上がり、窓辺に近づく。カーテンを軽く開け、雨上がりの夜空を見上げた。遠くで街灯がぼんやりと光り、彼女の心に一つの決意が芽生えつつあった。次は、顔を見て話さなければならない。そうでなければ、この熱は消えない。彼女は静かに息を吐き、窓を閉めた。その音が、夜の沈黙に小さく響いた。
「沙織さん、今大丈夫ですか?」
駿からのメッセージだった。シンプルな一文なのに、なぜか声が聞こえるような錯覚を覚える。低く、落ち着いた、しかしどこか熱を帯びた声。彼女は指を画面に滑らせ、返信を打つ手がわずかに震えた。
「大丈夫。夫はいないわ。子供も寝てる。」
送信ボタンを押した瞬間、背筋に冷たいものが走る。夫には見せられない自分。母として、妻として生きる自分とは別の、女としての自分がそこにいた。画面を見つめる沙織の瞳には影が宿り、唇を軽く噛む仕草が無意識に現れる。雨の匂いが窓の隙間から漂い、湿った衣服の記憶が蘇る。あの夜、駿と二人きりでいた雨のバーの情景が脳裏をよぎった。グラスが触れ合う音、薄暗い街灯の下で交わした視線。すべてが今、画面の向こう側に繋がっているようだった。
「よかった。少しだけ話したいことがあるんだ。」
駿の返信は短いが、その言葉の裏に潜む何かを感じ取って、沙織の心臓はさらに速く打つ。彼女はソファに深く沈み込み、スマートフォンを胸元に押し当てるようにして目を閉じた。話したいこと。たったそれだけの言葉が、彼女の内側に熱を宿していく。理性が警告を発する。「やめなさい。こんなことは許されない」と。しかし、孤独がその声を掻き消す。夫の冷たい態度、家族としての役割に縛られる日々。駿の存在は、彼女が忘れかけていた「女としての自分」を呼び覚ます危険な火種だった。
「どんなこと?」
彼女の返信は短く、慎重だ。だが、その一文には好奇心と期待が滲み出ている。画面を見つめる彼女の指先には湿気が残り、夜風がカーテンを揺らす音が耳に届く。返信を待つ間、彼女は自分の呼吸が浅くなっていることに気づいた。
「沙織さんの声が聞きたい。メッセージじゃ伝えられないことがある。」
その言葉に、沙織の体が一瞬硬直した。声。駿の声。電話越しに聞こえる彼の声が、どれほど彼女を揺さぶるか、彼女自身が一番よく知っていた。彼女は迷いながらも、画面をタップし、発信ボタンを押した。耳元に響く呼び出し音が、まるで心臓の鼓動のように重く響く。
「もしもし、沙織さん?」
駿の声が耳に届いた瞬間、彼女の体に熱が走った。低く、落ち着いた声。だが、その奥には抑えきれない何かが潜んでいる。彼女は喉を軽く鳴らし、声を絞り出す。
「駿くん……。こんな時間に、悪いわね。」
「いや、俺の方こそ。でも、どうしても話したかったんだ。」
彼の声には、どこか切迫した響きがあった。沙織は目を閉じ、その声を全身で受け止めるように耳を傾けた。電話越しの沈黙が、まるで二人の間に漂う緊張を形作る。彼女はソファの端を指でなぞりながら、言葉を探す。
「何を話したいの?」
彼女の声は震え、かすかに上ずっていた。駿は一瞬黙り、息を吐く音が微かに聞こえる。その音さえも、沙織にとっては危険な誘いのように感じられた。
「沙織さん、最近、俺のこと、どう思ってる?」
その質問に、彼女の心臓が跳ね上がる。どう思っているか。彼女自身、答えを出すことを恐れていた問いだった。彼女は唇を噛み、目を閉じて答える。
「駿くんは……優しいわ。いつも気にかけてくれる。でも……」
「でも?」
彼の声が一層低くなり、沙織の耳元で熱を帯びる。彼女は言葉を続けることができず、ただ沈黙を返す。その沈黙が、二人の間にある禁忌をより濃く浮かび上がらせた。
「沙織さん、俺、最近ずっと考えてることあるんだ。あなたと話すたびに、抑えきれなくなる。」
彼の告白めいた言葉に、沙織の体が熱くなる。抑えきれないもの。それは彼女自身も感じているものだった。彼女は目を閉じ、電話を握る手に力を込める。
「駿くん、そんなこと言わないで。私、妻だし、母なのよ。」
「分かってる。でも、沙織さんだって感じてるだろ? 俺と同じように。」
彼の声は静かだが、確信に満ちていた。沙織は反論できず、ただ息を呑む。電話越しの沈黙が再び訪れ、応接間を包む夜の静けさが一層重く感じられる。窓の外では、遠くで車の走行音が聞こえ、雨に濡れた舗道に赤いネオンの光が反射しているのが見えた。彼女の胸には、欲望と理性がせめぎ合い、熱と冷たさが交錯する。
「駿くん、私……分からない。どうすればいいのか。」
彼女の声は弱く、懇願するようだった。駿は一瞬黙り、息を吐く音が再び聞こえる。
「沙織さん、俺も分からない。でも、このままじゃいられない。もっとちゃんと話したい。顔を見て、ちゃんと。」
その言葉に、沙織の心が揺さぶられる。顔を見て。直接会う。それは、彼女が最も恐れ、最も望むことだった。彼女は目を閉じ、電話を握る手に力を込める。
「駿くん、それは……」
「沙織さん、考え直して。俺、待ってるから。」
彼の声は静かだが、強い意志が込められていた。沙織は答えられず、ただ電話を耳に当てたまま動けなかった。通話が切れた後も、彼女の耳には彼の声が残響のように響き、胸の奥に熱を宿し続けていた。
彼女はスマートフォンをテーブルの上に置き、ソファに深く沈み込む。夜風がカーテンを揺らし、湿った空気が肌に触れる。彼女の瞳には影が宿り、唇には微かな震えが残っていた。次に会うこと。それは、彼女にとって破滅への一歩かもしれない。だが、その予感さえも、彼女の心を高ぶらせる禁断の火花だった。
沙織は立ち上がり、窓辺に近づく。カーテンを軽く開け、雨上がりの夜空を見上げた。遠くで街灯がぼんやりと光り、彼女の心に一つの決意が芽生えつつあった。次は、顔を見て話さなければならない。そうでなければ、この熱は消えない。彼女は静かに息を吐き、窓を閉めた。その音が、夜の沈黙に小さく響いた。
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