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持つべきものは心の友
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「サイラス兄様の過干渉がウザいので、振り切って帰ってきました」
俺が率直に伝えると、母様は表情を変えずに頷いた。
「そうか。良い具合に翻弄しているな。サイラス様は、相変わらずお前以外眼中にないようだ」
愛息子を悪女みたいに言わないで。そもそもそんなの狙ってないし。
サイラスお兄ちゃんは、お目々が曇り過ぎてるんじゃないの。
「僕の身辺警備に心を砕く暇があったら、ふさわしいお相手と交際でもしたら良いのに」
「お前という婚約者がいるのに?」
「婚約など、紙切れ1枚の約束事に過ぎないと父様が言っていました」
「爺さんなんてことを」
「お前が嫌ならばいつだって白紙に戻して良いんだよ。真実の愛に出会えたら迷わずパパに相談なさいとも」
「どうしようもない親バカ恋愛脳だな」
母様は頭が痛いとばかりにため息をついた。
「数ある有力貴族の中でも、レオンハルト家の家格は抜きん出ている。
アインシュテルンの安泰を願うなら、レオンハルトとの繋がりは確実なものにしておいた方が良い」
でも母様、断罪されて絶縁される未来を思えば、関係は薄い方が傷も浅くて済むというものです。
そんなことを言うわけにもいかず、俺もため息をこぼす。
「シエル、お前はサイラス様が好かんのか」
「好きとか嫌いとか…それ以前の問題なのです」
サイラス兄様に近づき過ぎてはならない。執着も束縛もしてはいけない。
彼の前には近い未来、真実の愛を捧げるべき人が現れる。その人のために、彼の傍らは空けておかねばならないのだ。
「サイラス様との未来を、描けないのか」
母様は淡々と、凪いだ声で尋ねた。疑問形だけど、ただ俺の心を確認するだけの言葉だった。
「サイラス様には、今に僕よりずっと大切な人が出来ます」
だから俺も淡々と答えた。未来のお告げをするように。
母様はそうか、とだけ呟いた。
◇◇◇
俺は転生前も文系だった。そして運動音痴だった。
転生したら、器に備わった能力で何でも器用にこなせると思うじゃない?
悲しいかな、シエル・アインシュテルンという器も、紛うことなき運動音痴のようだ。
「すごいね。走るフォームは精霊みたいに綺麗なのに、歩くのとほぼ同じ速度しか出てなかったよ」
栗色の癖っ毛をふわふわ揺らしながら、眼鏡の少年が感嘆の声を上げた。
褒めるところじゃないんだよ。ちなみに少年の癖っ毛を揺らしているのは、俺の瀕死の荒ぶる呼吸。ぜぇはぁ。
「グレンは眼鏡っ子のくせに、どうして俊足なんだろう…」
「もしかしたら視力と引き換えに、足の速さをギフトしてもらったのかも!」
「眼鏡っ子のくせに、何故か頭は悪い…」
「先生ー、シエル君が何の脈絡もなく侮辱してきますー」
グレン・マクシミリアンの口を塞ぎながら、俺はため息をついた。
転生して美少年の外見に恵まれても、鈍足の呪いからは逃れられなかった…
悪役令息シエルのポテンシャル、そんなものでいいの?
もっと主人公君を絶望させられるような、付け入る隙のない悪として君臨しなくていいのかしら。
魔法学を学ぶ魔法学舎にも、体育の授業はある。
戦闘魔法を使うこともあるので、身のこなしの鍛錬は必要だというのと、小さな頃から体を動かすことは成長のために大切だよーっていう理由。
ごもっともな理由である。
この国では、貴族平民を問わず能力のある者は、魔法学舎で魔法を学び、訓練所で武術を修練することができる。
といっても、施設内で貴族と平民の過ごすスペースは分かれてはいるんだけど。
魔法学舎も武術訓練所も、得意分野の技術を磨いて専門職をめざす、専門学校のようなものだ。
魔法を修めれば魔術師や治癒師、武術を鍛えれば騎士や兵士などのジョブに就ける。
魔法騎士やダンジョン解呪師のように、魔法と武術の両方を必要とするジョブもあるので、通い先も期間も人それぞれ。
平民は、なるべく幼いうちから通い始めて、就職後に働きながら学費を返済する、奨学金制度を使うのがほとんど。
貴族の子女は、マナーや教養の基礎を一通り身につけてから通い始めるので、12、3歳からが多いかな。
そのため、下は10歳前後~上は20代半ばまで。なかなか幅広い年齢層が集うことになる。
グレンは平民出身だけど、幼い頃から魔法の素質が高く、11歳で年少組のトップ3入りした特待生だ。
土属性と聖属性の魔法が得意で、将来の夢は農場経営。
11歳にしてなかなか手堅い夢を持つところに感銘を受け、俺たちは年齢差も身分差も超えて親しくなった。
転生前が元々庶民なので、何となく平民グループの方が、居心地が良いというか付き合いやすいというか。
「もしグレンが農場主になったら、僕を使ってくれる?」
「シエルを農場で?何ができるの?」
「日照りの畑に水を降らせたり…猛暑期の畜舎の温度調節したり…」
「冬場は役立たずってこと?」
痛いところを突かれた。
「そもそもシエルはアインシュテルンの御曹司でしょ。家督を継いで領地経営するんじゃないの。
どっちかっていうと、ぼくを使う方の立場でしょう」
この11歳児、しっかりしてるなぁ。
俺はしょんぼり肩を落とした。
「もし僕が貴族じゃなくなったら、どうやって生きていけば良いだろう。盗賊か暗殺者以外の生業で」
「えっ…貴族じゃなくなったら?」
グレンは榛色の目を瞬いた。
「盗賊も暗殺者も、シエルの運動神経じゃそもそも難しいだろうし。
そうだねぇ、その時は…」
さりげなくディスりはされたものの、バターや精肉の冷凍運送業者として雇ってくれるそう。
俺は未来の雇用主(になるかも知れない)グレン様の助言に従い、乗馬の訓練に勤しむことにした。
俺が率直に伝えると、母様は表情を変えずに頷いた。
「そうか。良い具合に翻弄しているな。サイラス様は、相変わらずお前以外眼中にないようだ」
愛息子を悪女みたいに言わないで。そもそもそんなの狙ってないし。
サイラスお兄ちゃんは、お目々が曇り過ぎてるんじゃないの。
「僕の身辺警備に心を砕く暇があったら、ふさわしいお相手と交際でもしたら良いのに」
「お前という婚約者がいるのに?」
「婚約など、紙切れ1枚の約束事に過ぎないと父様が言っていました」
「爺さんなんてことを」
「お前が嫌ならばいつだって白紙に戻して良いんだよ。真実の愛に出会えたら迷わずパパに相談なさいとも」
「どうしようもない親バカ恋愛脳だな」
母様は頭が痛いとばかりにため息をついた。
「数ある有力貴族の中でも、レオンハルト家の家格は抜きん出ている。
アインシュテルンの安泰を願うなら、レオンハルトとの繋がりは確実なものにしておいた方が良い」
でも母様、断罪されて絶縁される未来を思えば、関係は薄い方が傷も浅くて済むというものです。
そんなことを言うわけにもいかず、俺もため息をこぼす。
「シエル、お前はサイラス様が好かんのか」
「好きとか嫌いとか…それ以前の問題なのです」
サイラス兄様に近づき過ぎてはならない。執着も束縛もしてはいけない。
彼の前には近い未来、真実の愛を捧げるべき人が現れる。その人のために、彼の傍らは空けておかねばならないのだ。
「サイラス様との未来を、描けないのか」
母様は淡々と、凪いだ声で尋ねた。疑問形だけど、ただ俺の心を確認するだけの言葉だった。
「サイラス様には、今に僕よりずっと大切な人が出来ます」
だから俺も淡々と答えた。未来のお告げをするように。
母様はそうか、とだけ呟いた。
◇◇◇
俺は転生前も文系だった。そして運動音痴だった。
転生したら、器に備わった能力で何でも器用にこなせると思うじゃない?
悲しいかな、シエル・アインシュテルンという器も、紛うことなき運動音痴のようだ。
「すごいね。走るフォームは精霊みたいに綺麗なのに、歩くのとほぼ同じ速度しか出てなかったよ」
栗色の癖っ毛をふわふわ揺らしながら、眼鏡の少年が感嘆の声を上げた。
褒めるところじゃないんだよ。ちなみに少年の癖っ毛を揺らしているのは、俺の瀕死の荒ぶる呼吸。ぜぇはぁ。
「グレンは眼鏡っ子のくせに、どうして俊足なんだろう…」
「もしかしたら視力と引き換えに、足の速さをギフトしてもらったのかも!」
「眼鏡っ子のくせに、何故か頭は悪い…」
「先生ー、シエル君が何の脈絡もなく侮辱してきますー」
グレン・マクシミリアンの口を塞ぎながら、俺はため息をついた。
転生して美少年の外見に恵まれても、鈍足の呪いからは逃れられなかった…
悪役令息シエルのポテンシャル、そんなものでいいの?
もっと主人公君を絶望させられるような、付け入る隙のない悪として君臨しなくていいのかしら。
魔法学を学ぶ魔法学舎にも、体育の授業はある。
戦闘魔法を使うこともあるので、身のこなしの鍛錬は必要だというのと、小さな頃から体を動かすことは成長のために大切だよーっていう理由。
ごもっともな理由である。
この国では、貴族平民を問わず能力のある者は、魔法学舎で魔法を学び、訓練所で武術を修練することができる。
といっても、施設内で貴族と平民の過ごすスペースは分かれてはいるんだけど。
魔法学舎も武術訓練所も、得意分野の技術を磨いて専門職をめざす、専門学校のようなものだ。
魔法を修めれば魔術師や治癒師、武術を鍛えれば騎士や兵士などのジョブに就ける。
魔法騎士やダンジョン解呪師のように、魔法と武術の両方を必要とするジョブもあるので、通い先も期間も人それぞれ。
平民は、なるべく幼いうちから通い始めて、就職後に働きながら学費を返済する、奨学金制度を使うのがほとんど。
貴族の子女は、マナーや教養の基礎を一通り身につけてから通い始めるので、12、3歳からが多いかな。
そのため、下は10歳前後~上は20代半ばまで。なかなか幅広い年齢層が集うことになる。
グレンは平民出身だけど、幼い頃から魔法の素質が高く、11歳で年少組のトップ3入りした特待生だ。
土属性と聖属性の魔法が得意で、将来の夢は農場経営。
11歳にしてなかなか手堅い夢を持つところに感銘を受け、俺たちは年齢差も身分差も超えて親しくなった。
転生前が元々庶民なので、何となく平民グループの方が、居心地が良いというか付き合いやすいというか。
「もしグレンが農場主になったら、僕を使ってくれる?」
「シエルを農場で?何ができるの?」
「日照りの畑に水を降らせたり…猛暑期の畜舎の温度調節したり…」
「冬場は役立たずってこと?」
痛いところを突かれた。
「そもそもシエルはアインシュテルンの御曹司でしょ。家督を継いで領地経営するんじゃないの。
どっちかっていうと、ぼくを使う方の立場でしょう」
この11歳児、しっかりしてるなぁ。
俺はしょんぼり肩を落とした。
「もし僕が貴族じゃなくなったら、どうやって生きていけば良いだろう。盗賊か暗殺者以外の生業で」
「えっ…貴族じゃなくなったら?」
グレンは榛色の目を瞬いた。
「盗賊も暗殺者も、シエルの運動神経じゃそもそも難しいだろうし。
そうだねぇ、その時は…」
さりげなくディスりはされたものの、バターや精肉の冷凍運送業者として雇ってくれるそう。
俺は未来の雇用主(になるかも知れない)グレン様の助言に従い、乗馬の訓練に勤しむことにした。
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