アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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辺境伯 1/4

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 深い森の奥。整備の行き届かない石造りの道に、長い木漏れ日のカーテンが垂れ下がっている。セスはブーツの底で、でこぼこ道に軽快な足音を鳴らしていた。
 視界の奥には煉瓦造りの塀とそれに囲まれた大きな館が見える。敷地の周辺は森林を切り開いており、日光が燦燦と降り注いでいた。

「なんか、ボロボロだな」

 見上げるほどの門は鉄製でいかにも頑丈そうだが、ところどころ錆びついており、長らく手入れがされていないことが窺えた。煉瓦造りの塀は色褪せ、いくつかの罅割れが見て取れる。広大な領地を持つ大貴族の館にしてはやけに古ぼけた印象だ。

 屋敷の前にたどり着くと、セスの到着を待っていたかのように――実際待っていたのだろう――金属の軋む音を立てて門が開かれた。現れたのはティアだ。彼女はセスを見とめると、両手を重ねて折り目正しく一礼した。

「お待ちしておりましたセス様。恐れ入りますが、お腰のものを」

 セスに大きな荷物がないことを確認すると、彼女は目を伏せて白い両手を差し出した。

「よろしく」

 セスが剣を預けると、ティアはくるりと踵を返す。

「こちらへ」

 ティアの先導で、セスは館へと立ち入った。剣を抱えて前を歩くティアは無用な口を開こうとしない。なんとなく気まずさを感じながら館の廊下を歩いていく。
 大きな館だ。塀や外壁と同じく修繕が必要な場所は多々見受けられたが、好意的に見れば情緒豊かであるとも言える。開け放しの窓から見える中庭には、古ぼけた大きな噴水がある。が、稼働はしていない。庭園は人の手が入れられなくなって久しいようだ。木々の枝葉は整わず、雑草が生い茂っている。

「やけに人が少ないね」

 使用人の数はそのまま貴族の力を表すステータスとなる。ラ・シエラほどの大貴族であれば、屋敷の使用人は多すぎるくらいが自然だ。

「当家にも事情がございます。いらぬ詮索はなさらぬよう」

「ああ、うん。そうだね。失礼した」

 ラ・シエラの財政は火の車、という噂を聞いたことがある。先の戦争で多大な戦果をあげたラ・シエラがよもやこれほど困窮しているとは、実際に目にするまで信じられなかった。戦後、戦果に適う恩賞を得られず疲弊したままというのは本当のようだ。

 皮肉なものである。ともすれば、侵略された地であるヘレネア領の方がよほど豊かではなかろうか。これではラ・シエラは皇帝に使い潰されたようなものだ。勝ったからといって領地が栄えるわけではない。セスは戦争の非情に憂いを禁じえなかった。
 やがて廊下の奥に辿りつくと、ティアが扉をノックする。

「旦那様、アルゴノートの方をお連れしました」

「通せ」

 奥から男性の声が聞こえると、ティアはゆっくりと扉を開いてセスに入室を促した。
 旦那様だって? その驚きはセスの喉元までせり上がった。まさか領主と会うことになろうとは。いや、令嬢の護衛を担うのだから当然か。

「失礼します」

 戸惑いと緊張を胸に入室したセスは、奥の机につくのは初老の男を見た。彼はセスの姿を認めるとすっと立ち上がり、皴の入った顔に明るい表情を浮かべる。

「よく来てくれた」

 白髪交じりのプラチナブロンドをオールバックに整えた壮年の領主が、セスに歩み寄って親しげに手を差し出した。

「ラ・シエラ領主。トゥジクス・デ・ラ・シエラだ」

 セスは意表を衝かれた。辺境伯ともあろう地位の者が一介のアルゴノートに右手を差し出すなど、到底考えられないことである。

「ヘレネア領のアルゴノート。セスと申します」

 セスは束の間の自失を経て、躊躇いがちに差し出された手に応えた。
 トゥジクスが力強くその手を握る。分厚い笑い声は耳に心地よく聞こえた。

「よろしく頼む」

 聞きしに勝る人物だ。というのが第一印象であった。貴族にありがちな傲慢さは欠片も感じられないし、柔和な所作からもその穏やかな内面が見て取れる。

「大したもてなしはできないが、まあ楽にしなさい」

 セスはソファの上に腰を落ち着けた。向かいに座ったトゥジクスが目配せをすると、ティアは一礼を残して退室した。

「さて、セス君」

 セスは硬い表情を自覚する。これから何を言われるのか戦々恐々だ。
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