アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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辺境伯 2/4

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「ティアから組合での顛末を聞いた。自ら売り込んだそうじゃないか」

 返事の代わりに、セスは頭を下げた。

「きみ、歳はいくつだね?」

「つい最近、十七になりました」

「若いのに大したものだ。仕事とは自分の手足で獲得するもの。それをよくわかっている」

「恐縮です」

「しかし、なぜこんな依頼を受けようと? 何か考えがあってのことか?」

 セスに向けられたのは、同情とも胡乱とも違うなんとも言えぬ種類の眼差しだった。

「こんな依頼、ですか。実のところ、詳しい依頼内容はまだお聞きしていません」

「なんと。それはまことか?」

「はい。帝都までの護衛とだけ」

 いつものセスならば、依頼内容の確認は怠らない。C級ともなると、危険度の高い依頼が回ってくることもある。生き残る為に依頼の吟味は念入りにして然るべきである。だが今回に限っては、セスは拙速を尊んだ。

「シルキィめ。なんともいい加減な」

 トゥジクスは口元を押さえ、難しい顔を作る。

「何か問題があるのでしょうか?」

 セスにとって帝都へ向かう任務は初めてのことではない。商隊の護衛、物資の運搬などの依頼は世に溢れている。道中の主な脅威は魔物や賊の類であるが、ラ・シエラの兵士らが一緒ならば特に危険はないと考えていた。

「ふむ。一から説明せねばならんか」

 トゥジクスは今回の依頼内容とその背景を語り始めた。
 夏季休講で帰省していたシルキィを帝都の上級学院まで送り届けるというのが、大まかな依頼内容である。世話人としてティアが同伴し、身の回りの世話を担当する。
 日数、経路、移動手段、休息地点など、ある程度の詳細を確認した後、セスはかねてより気にかかっていた疑問を口にした。

「お嬢様の護衛は、何名で行うのですか?」

「ひとりだ」

 まず、聞き間違いだと思った。

「きみひとりだ」

 トゥジクスは念押しとばかりに繰り返す。
 ひととき、セスは言葉を失った。

「私はてっきり、正規の護衛隊の補強要因に加わるものとばかり」

「そうであろうな。そもそも我々貴族がアルゴノートを雇うのは、特別な事情がある時だけだ。例えば特に治安の悪い地域で、危険を回避するために地理に精通した現地のアルゴノートを雇うなどがそれにあたる」

 にも拘らず護衛は一人だけと言われたセスの心境は、驚愕というより懐疑で埋め尽くされていた。

「隠しても仕方ないことであるから白状するが、恥ずかしながら我がラ・シエラはひどい財政難でな。日ごと兵を削減し、今では治安維持のための必要最低限しか残しておらぬ。これまではなんとか護衛を用意していたが、流石にもう限界だ。とてもではないが旅に同行させる余裕はない。シルキィには休学を勧めたのだが、あの子は学院に戻ると言って聞かんのだ。勉強熱心なのも良いことばかりではないな」

「それで、アルゴノートをお雇いに?」

「うむ。私から娘に与えた旅の条件だ。兵が出せぬのだからそうする他にあるまい。実を言えば、諦めさせるための方便のつもりであったが……あやつは毛嫌いするアルゴノートを護衛にしてでも学院に戻りたいらしい」

 シルキィ自ら依頼をしに現れたのは、そういう理由があったからなのか。セスは妙に得心していた。少しでもましなアルゴノートを選びたかったのかもしれない。

「お言葉ですが、トゥジクス様はそれでよろしいのですか? こう申し上げてはなんですが、大切な一人娘を満足な護衛もなく旅に出すなんて」

「伝説に語られる白竜は、生まれたばかりの我が子を深い滝壺に投げ捨てるという。長い時を激流に踊らされ、沈められ、それでも尚屈せずに滝を昇り切った時、竜の子は初めて天高く舞う力を得るのだとか。いずれはこのラ・シエラを継ぐ女だ。危ない橋の一つや二つ渡り切れぬようでは、どのみち領主など務まらぬ」

 厳しい口調で言い切ったトゥジクスには、為政者として自身を律する風格があった。

「と、もっともらしい理屈をつけることもできるが。実際は、吐いた唾を飲めぬ、というのが一番の理由よ。貴族やら領主やらといっても、所詮父とは娘に弱い生き物なのだ」

 一転して表情を崩し、彼は重厚な笑い声を漏らす。セスもつられて笑みを零した。
 間もなくノックの音が聞こえ、ティアがお茶を運んできた。テーブルに置かれたカップから湯気と香りがたちのぼる。紅茶を口にすると、緊張が少しほぐれた気がした。
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