26 / 74
アルシーラ聖騎士団 1/4
しおりを挟む
夜半。街に火の手が上がった。
エルンダには賊が入り込み、街は騒然となっていた。怯えた住民は家に籠り、多くの衛兵が路地を駆け回る。
賊の狙いは食糧庫や宝物庫をはじめ、商隊が保管する金品、果ては馬や武具にまで至っていた。もちろん、シルキィの所有する魔導馬も例外ではない。
セスが騒ぎに気付いたのは、襲撃後それなりの時間が経った後だった。部屋の窓から宿の敷地内を確認すると、馬車の周りに数人の賊が集まっているのが見える。
「まずいな」
黒装束の男達は馬車を検めているが、生身の馬の倍以上も重い魔導馬を運び出す手段はないようだった。運搬も牽引もできず、しかし強奪を諦める様子はない。
セスは部屋を飛び出して、シルキィ達のもとに向かう。
その時、思わぬ妨害がセスを襲った。廊下の木窓を蹴破って、黒装束の男が現れる。その手に握られた短刀が月光を反射して妖しく光った。
セスは舌打ちを漏らし、黒装束を迎え撃つ。逆手に抜いた剣で短刀を止め、男を窓の外へと蹴り飛ばした。
相手にしている暇はない。廊下を駆け抜け、シルキィ達の部屋を目指す。
「お嬢! 無事か!」
扉を蹴破って部屋に転がり込んだ時、すでに事は起こっていた。剣を構えたティアがベッドに横たわるシルキィを守るように立ち塞がっている。
賊の数は三人。そのうちの一人がセスに気付き、襲いかかってくる。残りの二人はティアとシルキィを取り囲み、じりじりと距離を詰めていた。
「狼藉者! このお方をどなたと心得えるか!」
「はっ、知ったことかよ」
「帝国貴族なら誰だろうと同じだ。売れば金になる」
ティアの問いに、賊二人は笑い交じりに答えた。
「売る? なるほど。貴様らが例の人攫い」
ティアの剣が、窓から差し込む月光を映して煌めく。
「よく分かりました……死ね!」
言い終わる頃には、ティアはもう動いていた。鋭い剣閃で一人を斬りつけると、返す刃で二人目を狙う。片方には胸に深い傷を負わせることができたが、もう一人の短刀がティアの剣を受け止める。
「なっ! てめぇっ! メイドのくせにッ――」
彼女は賊を弾き飛ばし、前進して追撃を放つ。打ち合った剣が火花を散らし、薄暗い部屋を明滅させた。都合三度目の剣戟で、ティアの剣が賊の腹部を貫いた。間違いなく致命の一撃。セスが部屋に突入して数十秒も絶たぬうちに勝負は決していた。
賊から剣を引き抜いた後も、ティアは剣を構えたままで息を荒げている。ちょっとした興奮状態にあるようだ。
襲いかかってきた賊を一太刀で葬っていたセスは、急いでティアに駆け寄った。
「大丈夫。落ち着いて」
上下するティアの肩に手を置く。彼女が息を整えるまで、少しの時間が必要だった。
「馬車と魔導馬が狙われてる。どう対処する?」
セスは今後の方針をティアに尋ねる。アルゴノートは雇い主の指示に従うものだ。勝手な行動は出来るだけ控えたい。
「お待ちください。少し、考えます」
返ってきたのは困惑の声。彼女は見るからに狼狽えており、とても的確な判断を下せる状態には見えなかった。平時ならいくらでも待つが、今は一秒でも時間が惜しい。
「馬車を捨てて逃げるか。危険を覚悟で馬車を取り戻すか」
「……魔導馬を置いていくわけにはいきません。あれは皇帝陛下からお借りしている大変貴重なもの。奪われでもしようものなら、ラ・シエラは重罰を免れません」
「そりゃそうだ」
セスは護衛だが、その任務は旅を完遂させること。移動手段を失うわけにもいかない。
「このまま宿に留まるのはいけませんか? 魔導馬を起動するにはお嬢様か私の魔力が必要です。賊もいずれ諦めるかと」
ティアの考えに、セスは首を振って否定した。
「その仕組みを知ってる奴がいる可能性もあるし、そもそもこの部屋は守るのに適してない。大人数に攻め込まれたら袋小路になる。どちらかと言えば、こちらから斬り込んだ方が状況をコントロールしやすい」
ティアは逡巡しているようだった。剣を握る手がかすかに震えているのを、セスは見逃さない。
「怖いかい?」
「っ! そんなわけあるかっ!」
言葉では否定しているが、その胸中は隠せていない。
物怖じしない性格だと思っていたが、存外臆病らしい。剣の腕は一流でも、修羅場の経験は少ないのかもしれない。
「ティアの腕なら大丈夫。旅はまだ始まったばかりで、道のりは長い。こんなところで躓くわけにはいかないだろ? お嬢のためにさ」
ティアはシルキィの寝顔を見やる。こんな状況でもぐっすり寝入っている主を見て、彼女はほんの僅か、よく観察していないとわからないくらいに頬を緩めた。
「参りましょう」
力強く変わったティアの言葉に、セスが頷く。
セスがシルキィを抱え上げ、ティアが荷物を背負う。一行は宿を飛び出した。
エルンダには賊が入り込み、街は騒然となっていた。怯えた住民は家に籠り、多くの衛兵が路地を駆け回る。
賊の狙いは食糧庫や宝物庫をはじめ、商隊が保管する金品、果ては馬や武具にまで至っていた。もちろん、シルキィの所有する魔導馬も例外ではない。
セスが騒ぎに気付いたのは、襲撃後それなりの時間が経った後だった。部屋の窓から宿の敷地内を確認すると、馬車の周りに数人の賊が集まっているのが見える。
「まずいな」
黒装束の男達は馬車を検めているが、生身の馬の倍以上も重い魔導馬を運び出す手段はないようだった。運搬も牽引もできず、しかし強奪を諦める様子はない。
セスは部屋を飛び出して、シルキィ達のもとに向かう。
その時、思わぬ妨害がセスを襲った。廊下の木窓を蹴破って、黒装束の男が現れる。その手に握られた短刀が月光を反射して妖しく光った。
セスは舌打ちを漏らし、黒装束を迎え撃つ。逆手に抜いた剣で短刀を止め、男を窓の外へと蹴り飛ばした。
相手にしている暇はない。廊下を駆け抜け、シルキィ達の部屋を目指す。
「お嬢! 無事か!」
扉を蹴破って部屋に転がり込んだ時、すでに事は起こっていた。剣を構えたティアがベッドに横たわるシルキィを守るように立ち塞がっている。
賊の数は三人。そのうちの一人がセスに気付き、襲いかかってくる。残りの二人はティアとシルキィを取り囲み、じりじりと距離を詰めていた。
「狼藉者! このお方をどなたと心得えるか!」
「はっ、知ったことかよ」
「帝国貴族なら誰だろうと同じだ。売れば金になる」
ティアの問いに、賊二人は笑い交じりに答えた。
「売る? なるほど。貴様らが例の人攫い」
ティアの剣が、窓から差し込む月光を映して煌めく。
「よく分かりました……死ね!」
言い終わる頃には、ティアはもう動いていた。鋭い剣閃で一人を斬りつけると、返す刃で二人目を狙う。片方には胸に深い傷を負わせることができたが、もう一人の短刀がティアの剣を受け止める。
「なっ! てめぇっ! メイドのくせにッ――」
彼女は賊を弾き飛ばし、前進して追撃を放つ。打ち合った剣が火花を散らし、薄暗い部屋を明滅させた。都合三度目の剣戟で、ティアの剣が賊の腹部を貫いた。間違いなく致命の一撃。セスが部屋に突入して数十秒も絶たぬうちに勝負は決していた。
賊から剣を引き抜いた後も、ティアは剣を構えたままで息を荒げている。ちょっとした興奮状態にあるようだ。
襲いかかってきた賊を一太刀で葬っていたセスは、急いでティアに駆け寄った。
「大丈夫。落ち着いて」
上下するティアの肩に手を置く。彼女が息を整えるまで、少しの時間が必要だった。
「馬車と魔導馬が狙われてる。どう対処する?」
セスは今後の方針をティアに尋ねる。アルゴノートは雇い主の指示に従うものだ。勝手な行動は出来るだけ控えたい。
「お待ちください。少し、考えます」
返ってきたのは困惑の声。彼女は見るからに狼狽えており、とても的確な判断を下せる状態には見えなかった。平時ならいくらでも待つが、今は一秒でも時間が惜しい。
「馬車を捨てて逃げるか。危険を覚悟で馬車を取り戻すか」
「……魔導馬を置いていくわけにはいきません。あれは皇帝陛下からお借りしている大変貴重なもの。奪われでもしようものなら、ラ・シエラは重罰を免れません」
「そりゃそうだ」
セスは護衛だが、その任務は旅を完遂させること。移動手段を失うわけにもいかない。
「このまま宿に留まるのはいけませんか? 魔導馬を起動するにはお嬢様か私の魔力が必要です。賊もいずれ諦めるかと」
ティアの考えに、セスは首を振って否定した。
「その仕組みを知ってる奴がいる可能性もあるし、そもそもこの部屋は守るのに適してない。大人数に攻め込まれたら袋小路になる。どちらかと言えば、こちらから斬り込んだ方が状況をコントロールしやすい」
ティアは逡巡しているようだった。剣を握る手がかすかに震えているのを、セスは見逃さない。
「怖いかい?」
「っ! そんなわけあるかっ!」
言葉では否定しているが、その胸中は隠せていない。
物怖じしない性格だと思っていたが、存外臆病らしい。剣の腕は一流でも、修羅場の経験は少ないのかもしれない。
「ティアの腕なら大丈夫。旅はまだ始まったばかりで、道のりは長い。こんなところで躓くわけにはいかないだろ? お嬢のためにさ」
ティアはシルキィの寝顔を見やる。こんな状況でもぐっすり寝入っている主を見て、彼女はほんの僅か、よく観察していないとわからないくらいに頬を緩めた。
「参りましょう」
力強く変わったティアの言葉に、セスが頷く。
セスがシルキィを抱え上げ、ティアが荷物を背負う。一行は宿を飛び出した。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる