アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

文字の大きさ
36 / 74

イライザ 2/2

しおりを挟む
 物語の登場人物が実在するとの確信を得て、シルキィは一段と作品を好きになった。

「ああもうっ。どうして私ったらあの時代に生まれていなかったのかしら! レイヴンやエリーゼと会って話ができたら、それ以上幸せな事なんかないのに」

 もし彼らと同じ時代に生きていれば、自分も物語の登場人物になれたのだろうか。詮無き事といっても、切望せずにはいられない。

「そう言ってもらえて、レイヴンもきっと喜んでる」

「ほんとう? そうだったらいいな」

 少女達はお互いに相好を崩す。殺風景な部屋に、まるで花弁でも舞っているかのような雰囲気が訪れていた。

「あーあ。どうして私の護衛はレイヴンみたいに素敵な人じゃないのかしら。あんな奴じゃなきゃ、もうちょっといい旅になったはずなのに」

「護衛? そんなに大変な旅をされてるんですか?」

「そうなのよ。アルゴノートなんて野蛮人を雇っちゃったばっかりにね」

「アルゴノート……?」

 艶のある唇に指を当てて、イライザは思案しているようだった。

「あの、私からも一つ聞いてもいいですか?」

 肩を竦めながら控えめに手を挙げたイライザ。

「なになに?」

 シルキィは身を乗り出して答え、しばらく口を噤んだ彼女の言葉を待つ。

「そのアルゴノートの人って、どこの人? なんていう名前ですか?」

「聞きたい事ってそれ?」

 何を聞かれるのかと期待していたせいで、思わずぶっきらぼうな声色になってしまったかもしれない。よりにもよってそんな質問だとは思わなかった。

「ヘレネア領のセスっていうんだけど。なに? あいつがどうかしたの?」

 そっぽを向いたシルキィが見逃してしまうくらいのほんの一瞬ではあったが、セスの名を聞いたイライザはその眠たげな瞳を見開いていた。

「そう……やっと来てくれたんだ」

「え? 何か言った?」

 シルキィはイライザの呟きを聞き取れず、思わず聞き返してしまう。

「別に興味を持つような奴じゃないわよあんな奴。ただの護衛よ。根無し草の野蛮人で、身の程も弁えずいちいち雇用主の行動に口出ししてくるような図々しい男。アルゴノートになる人間なんてろくなもんじゃないんだから。多少は腕が立つみたいだけど、なんだかんだ理由をつけて馴れ馴れしくしてくるし、まったく馬鹿だと思うわよ」

 シルキィの言動は全て貴族としての価値観から生まれたものだ。悪気は一切なく、むしろ野蛮人を非難することに正義こそ感じていた。
 故に、不意に豹変したイライザの雰囲気には衝撃を禁じえなかった。

「最低」

 自身に向けられた強い呵責の瞳と、尖った氷のような声。短い糾弾の言葉。シルキィは背筋にぞっとしたものを感じた。
 イライザは背を向けると、窓の外を見据えたまま動かなくなった。
 シルキィは状況が良く呑み込めず、戸惑いながらもとにかく手を差し伸べようとする。

「え、あの。イライザ?」

「出てってください」

 絞り出した声は、拒絶の意志で色濃く染まっていた。
 シルキィは動けなかった。何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか。アルゴノートを悪く言ったのがまずかったのか。もしかして、彼女の身内にアルゴノートがいるのかもしれない。

 部屋に重たい沈黙が訪れる。
 見かねたティアが、シルキィの華奢な肩を優しく叩いた。

「お嬢様、今日のところは」

「でも」

「また後日、お詫びに伺いましょう」

 イライザはこちらを見ようともしない。怒りだろうか、それとも悲しみなのか。シルキィには彼女の心情を読み取ることはできない。

「……わかったわ。アーリマン、あとはお願い」

「御意に」

 名残惜しそうに、イライザの方を何度も振り返りながら、書斎を後にする。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 胸に抱いたサイン入りの小説を、慰めるように撫でた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

近すぎて見えない物

あんど もあ
ファンタジー
エルリック王子と一夜を共にした男爵令嬢。エルリックの婚約者シルビアが、優しく彼女に言った一言とは。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...