アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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転換の夕食

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 その日の夕食は、宿の個室食堂で行われた。
 セスが入室した時、すでにシルキィとティアの二人が並んで食事をとっていた。一目で貴族とわかる上等な装いのシルキィと、侍女服のティアが同じ食卓を囲んでいる光景にはやはり違和感を覚える。とはいえ公式の席ではないし、本人達が何も言わないのだからいつものことなのだろうと、セスは改めて彼女達の親密さを実感した。

 とはいえ会話は弾んでいなかった。部屋の空気は明らかに沈んでおり、シルキィは目に見えて悄然としている。宿に帰ってきた時からずっとこの調子だ。
 一体何があったのだろうか。セスは何度も尋ねようと思ったが、うまくきっかけを掴めないまま今に至っている。

 シルキィは静かに手と口を動かしてはいるものの、食はあまり進んでいない。ティアは何があったかを知っているはずであるのに、あえて説明しようとはしなかった。
 どうやら口火を切るのは、自分の役目のようだ。セスは意を決して、わざとらしく咳払いを漏らした。

「あのさ。何か、あったのか?」

 特定の誰かに投げかけた言葉ではなかった。シルキィかティアか、どちらかが答えてくれればいいつもりだった。無論、返事はない。
 食器の触れる音だけが部屋に響く。

「お嬢」

 少し強めた語気に、やっとシルキィが反応した。

「なによ」

 その声に、いつものような張りはない。

「もし何かあったなら、言って欲しい」

「うるっさいわね。なんであなたにそんなこと」

「レイヴンズストーリーの作者に嫌なことを言われたのなら、俺が倍にして言い返してくる。頼みを聞いてもらえなかったなら、俺が代わりに頭を下げる。だから、何があったか教えてくれないか」

 ぴたりと、シルキィの手が止まった。
 セスの言葉は良心と思いやりから生まれた言葉である。そこには嘘偽りない誠意が込められていた。だからこそ、シルキィの耳にはあまりにも煩わしい。
 シルキィは、イライザとの険悪な雰囲気を思い出し、感情を昂らせた。

「一体誰のせいだと思ってるの……ぜんぶぜんぶあんたのせいよ! あんたがいなかったら、あの子と仲良くなれたのに!」

 シルキィは瞳に涙をためていた。もしかしたら、イライザと心を通わせることができたかもしれない。友達になれたかもしれない。それが叶わず、シルキィは行き場のない激情をセスにぶつけた。彼女にとって敬愛する作者と仲良くなることは夢のような出来事であり、近しい年齢の友人を作る機会はあまりにも貴重だった。

「あんたが……! あんたなんか!」

 叫んで、シルキィが腕を振り上げた。持っていたフォークをセスに投げつけようとしたのだろう。
 その腕は、すかさず立ち上がったティアによって掴まれた。
 そしてあろうことか、その侍女は主の頬を強かに引っ叩いたのだ。
 部屋に響いた平手打ちの音。その光景にセスは目を疑った。

「目を覚ましなさい! シルキィ・デ・ラ・シエラ!」

 この旅始まって以来の、ティアの怒声であった。

「ティア……?」

「ご自身の失態を他人になすりつけるとは何事です。それがお嬢様の理想とされる貴族の姿なのですか」

「それは」

「アルゴノートがお嫌いならお嫌いで結構。お嬢様の好きや嫌いにまで口出しは致しません。信念に基づいて彼らを見下すことにも目をつぶりましょう。ですが、それを理由にご自身を貶める行いは厳に慎みなさい!」

 今まで影のように付き従っていたティアが、主であるシルキィを引っ叩き叱責する。主従関係においてあるまじき行為であった。

「この際ですから申し上げますが、私はお嬢様がアルゴノートを卑下されることもよく思っておりません。いつかこのような問題に繋がると、そう懸念していたからです。それが今日、現実のものとなりました」

 シルキィは張られた頬を押さえてじっとティアを見上げていた。

「私は、お嬢様が道を踏み外さぬようにと旦那様から仰せつかっております故、無礼を承知で申し上げました。どうか、然るべき罰をお与えください」

 ティアはあえて強い言葉を使った。仕える主の未熟さを戒めるためとはいえ、自分の身を投げ打つ覚悟がなければできないことだ。シルキィに己の言動を省みて欲しい一心であった。
 シルキィの息遣いに、嗚咽が混じる。彼女はにわかに泣き出してしまった。
 親に叱られた幼子のように、ただ大声をあげて泣いた。ティアの厳しい諫言が痛かった。恣意的な感情に流された自分が情けなかった。けれど素直に納得もできない。この心をどう表現すればいいのかわからない。だから、泣いたのだ。

 シルキィは許しを請うかのように、ティアの豊満な胸に飛び込んだ。従者は泣きじゃくる幼い主を、慈しみをもって抱きしめた。
 誰も、何も言うことはできなかった。シルキィが泣き止むのを静かに待つだけ。
 しばらく経って落ち着いた時には、彼女の瞼は赤く腫れていた。深い息を何度も吸って吐いて、シルキィはやっと泣き止んだ。

「みっともないわね。私」

 ある者を貶めることは、それ以外の誰かを貶めることになる。親しい誰かかもしれないし、尊敬する誰かかもしれない。愛する者かもしれないし、まさしく自分自身なのかもしれない。
 イライザとティアの叱責は、シルキィにそれらを痛感させたのだ。
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