アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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グランタリア

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 パマルティス解放より遡ること数日。
 主幹闘技場の地下道を抜けたセスは、うずくまるティアを見てシルキィが拉致されたことを悟った。その時の彼の無念たるや、筆舌に尽くしがたい。時既に遅し。事の全てが終わった後の平原には、ティア以外に誰も残ってはいなかった。

「ティア!」

 幼い少女のように泣きじゃくるティアに駆け寄ると、彼女はくしゃくしゃになった顔でセスを見上げる。赤く腫れた目で何かを訴えて、彼女はセスに抱きついた。胸に顔を埋めてくるティアに多少なりとも驚いたが、セスにはティアの気持ちがよく理解できた。行き場のない激情が胸中に渦巻く時は、誰かに縋りつきたくなるものだ。セスはティアを優しく抱きしめ、幼子をあやすように宥める。

「セス様……申し訳ありません」

 落ち着くと、ティアは涙ながらに事の顛末を語った。アーリマンに謀られ、ウィンスという男にシルキィを奪われた。シルキィが治癒魔法でティアの傷を治したことも包み隠さず。

「ウィンス・ケイルレス。エーランドの第一王子か」

 彼が首謀者だとすれば、目的は自ずと明らかとなる。エーランド残党が帝国支配からの脱却を目指していることを、セスは知っていた。

「お嬢を連れ出した女の子っていうのは、アーリマンの仲間なのか?」

「いいえ、おそらくは違います。イライザ様は私を守って下さいました。彼女は、アーリマンに利用されたのでしょう」

「イライザ……?」

 セスはその名に引っ掛かりを覚える。だが今は重要なことではない。

「その子は今どこに?」

 ティアは辺りを見回すと、ふるふると首を振った。

「わかった。とにかく後を追おう。お嬢を助けるぞ」

 セスは立ち上がる。ウィンス達が去った方角と、彼らの行動範囲を併せて考えれば、まず目指すべきはデットラン公爵領である。残党は旧エーランドに隣接するかの地で精力的にゲリラ活動を行っていた。

「後を?」

 ティアが零したのは、落ち込んだ声色。

「セス様、それは無謀です。まずは旦那様にご報告申し上げ、兵を送って頂かなければ」

「そんな悠長なことを言ってられるか」

「エーランドの残党は、私たちだけで対抗できるような勢力ではありません! たった二人で一体何が出来るというのです!」

「別に全滅させようってわけじゃない。お嬢を助けるだけなら、やってみせるさ」

 セスの語調はいつになく鋭い。

「ですが……!」

「俺は行く。一人でも」

 護衛として雇われたからではない。それはセス個人としての想いだ。

「あなたは、死ぬのが怖くないのですか」

「怖いよ」

 ティアに背を向けて、踏み出した一歩を止める。

「けど、死ぬより恐ろしいものなんていくらでもある」

 自身の信念に背き、保身に心を委ね、膝を屈してしまうこと。
 恐怖と苦難に、敗北してしまうこと。
 正邪が転倒し善悪が曖昧になったこの世界に、確かな正義が埋もれてしまうこと。

「だから俺は、お嬢の為に命を賭ける」

「セス様……あなたは、どうして」

 ティアは自らの心を恥じた。雇われの傭兵でさえ身命を惜しまないというのに、長年シルキィに仕える自分が及び腰になっているとは一体どういうことか。誰よりも先んじて動かなければならないのは、自分だというのに。
 泣いている場合ではない。悲嘆に暮れる暇など、ほんの少しもあってはならない。

「私も参ります」

 最早ティアに迷いはなかった。涙を拭って、唇を引き結ぶ。
 セスは微笑んで、しっかりと頷いた。

「いこう」

 急ぎ宿に帰還して、魔導馬を駆ってデットランへ急行する。魔導馬の機動力を最大限発揮するため、馬車は宿に預けておいた。
 目指すはデットラン公爵領の主都グランタリア。
 魔導馬の速力は生身の馬の倍以上に達する。疲れ知らずの魔導馬ならではの強行軍で、通常ならば五日はかかる道程をわずか一日足らずで踏破。

 太陽の傾く夕刻に、二人はグランタリアに辿り着いた。
 公爵領の主都というだけあって、グランタリアの規模は他都市の比ではない。街には流行の服装を纏った若者達で賑わい、最先端のデザインや建築技術が惜しげもなく使われた建物が並び立っている。
 残念ながら、今のセス達に洒落た街並みを楽しむ余裕はない。二人はグランタリアに到着したその足で現地のアルゴノート組合に赴いた。情報を集めるなら、ここ以上に適した場所はない。
 老婆の事務員に残党軍の動向を尋ねると、気難しそうな口調で訥々と喋り始めた。

「んん、あいつらね。どうにも、ここ数日は根城にも姿を見せていないようだ。うちから派遣した偵察もな、口を合わせてそう報告してきたわい」

「根城にいない、とは?」

 疲労の滲んた様相のティアは、カウンター越しに前のめりになっている。シルキィの行方が知れないことに、苛立っているようだった。

「さぁね。それが分かりゃ、対処のしようもあるがね。ともすれば、どこかに逃げちまったんじゃねぇか? それはそれで、こちらとしては助かるの」

 煙管の紫煙をくゆらせて、老婆が引き攣った笑いを漏らした。
 セスは思案する。千にも及ぶ勢力を簡単に見失うだろうか。根城を移すといっても、その際には誰かに目撃されるはずだ。
 組合を出たセスは、神妙な顔つきで口元を押さえる。

「これは、なにか裏があるな」

「裏、ですか?」

 考えたくないことではあるが、組合がエーランドに加担している可能性もある。弱みを握られているか、賄賂を受け取っているか。いずれにせよ、間違いなく情報統制は行われているだろう。そうでもなければ、大所帯の残党軍が誰の目にも留まらず移動できるわけがない。帝国の目は、節穴ではないのだ。

「もし組合と残党が繋がっているとすれば、厄介だな」

「そんなことがあり得るのでしょうか? 滅ぼした国の残党に手を貸すなんて」

「それで得をする奴がいるのかもしれない。政治ってのはそんなものだ。皇帝にその気がなくたって、他の誰かが面倒を起こすのさ」

 セスが政治という言葉を使ったのは、裏に貴族の影を感じたからだった。

「考えすぎだったらいいけど」

 その呟きは、グランタリアの活気ある喧騒に溶けて消えた。
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