アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

文字の大きさ
52 / 74

帝国の闇 1/2

しおりを挟む
 グランタリアに入った翌日。セスは街中を巡ってエーランド残党の足跡を探し回った。住民や同業者への聞き込みから始まり、公報誌の履歴を収集し、実際にエーランドの根城に乗り込むにまで至った。
 労力の割に成果は芳しくなかった。彼らの行方を掴むための情報が不自然に少ない。ここまでくると、何者かによって意図的に隠蔽されているのは確実である。

 大事を取って宿で休んでいたティアは、神妙な面持ちで帰ってきたセスを労った。彼女の心中はひどく波立っていた。シルキィがどのような目に遭っているか、考えただけで気が狂いそうになる。

 さらに翌日。セスは再び組合に赴いた。エーランド残党に動きがあったなら、真っ先に情報が集まる場所だ。自身の所属する組織に、一縷の望みを賭けたのだ。
 だが、待っていたのは予想だにしない手荒い歓迎であった。

「C級のセスだな」

 組合に入るや否や、鋭い目の男に険のある声を投げられた。明らかに殺気立っていて、今にも背負った大剣を抜きそうなくらいの佇まいだ。同業者に絡まれる心当たりはない。アルゴノートにはそれらしい因縁をつけて喧嘩をふっかける乱暴者も少なくないが、この男もそういう手合いだろうか。

「よしな。まだなんにも話してないってのに」

 制止したのは事務員の老婆だ。彼女はしわがれた声でぴしゃりと言い放つ。

「悪いね。うちのモンが」

 老婆は軽く謝罪を口にすると、爬虫類じみた両目をセスに向ける。

「お前さん。まだエーランドについて嗅ぎ回ってるみたいじゃないか」

「何か問題があるのか?」

「大アリさね」

 長い煙管をふかす。紫煙が虚空に溶けきってから、老婆は言葉を続けた。

「今後指示があるまで、エーランドには不干渉。奴らに関わる依頼は即刻中止せよ。ってのが上からのお達しだ」

「なんだって?」

 セスは耳を疑った。計ったかのようなタイミングである。

「お偉方から直々の下知だよ。あんたも組合の一員なら、従うのが筋ってもんだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな滅茶苦茶な」

 これにはセスも慌てふためいた。アルゴノート組合は帝国政府直営の組織だ。帝国に不利益となる依頼の受諾が制限されることも多い。しかし、今回の話は急すぎる。以前にもこのようなことはあるにはあったが、もっと事前に通告されるものだった。

「大事な依頼の最中なんだ。急にそんなことを言われても困るよ!」

「心配せんでもええ。依頼を投げ出しても、評価に影響はないんだよ。報酬について損が出るようなら、組合がきちんと補填するがね」

「そういう問題じゃ――」

 なおも食い下がるセスの肩を、先程の鋭い目の男が掴んだ。

「おい、いい加減にしろ。昨日からテメェのせいで迷惑してんだ。聞き分けのねぇガキじゃねぇんだからよ」

 言い方はともかく、男の主張は正しい。組織に属する以上、管理者の意向には従って然るべきだ。

「一体何がそんな不満なんだい。評価が下がるでもなし、赤字が出るわけでもなし。いいじゃないか。アルゴノートなんてやってれば、こんなことくらい幾らでもあるだろう」

 よほど苦々しい表情をしていたのだろう。セスの顔を見た老婆は、煙たい溜息を吐き出した。

「納得いかないって顔だね。C級にもなって情けない」

 老婆が、煙管の灰を落とす。

「お前さんはアルゴノート失格だ」

 瞬間、セスは掴まれていた肩から引き倒された。背中を床に打ち付け呼吸を忘れる。男の振りかぶった大剣が風切り音を鳴らして迫っていた。身体を捻って間一髪で躱す。大剣は床を粉砕し、石材を舞い散らせた。

「はっ! C級にしちゃあいい動きだ!」

 確実に殺しにきていた。当たっていれば今頃真っ二つだ。
 セスは跳ねるように飛び起きると、腰の剣に手をかけた。すでに建物内のアルゴノート達が得物を手に臨戦態勢を整えている。その数、都合十人。

「腕利きのB級達を集めておいた。大人しく捕まった方が身の為だよ」

 再び煙管をくゆらせながら、老婆がつまらなさそうに言う。

「そういうこった。抵抗すれば、分かってるな?」

 歯を軋ませるセス。

「ここまでするか……!」

 組合にどんな思惑があるか知らないが、依頼を中断するつもりは毛頭ない。アルゴノートの信頼や実績などはどうでもいい。報酬などなくてかまわない。セスは不動の信念のもとにこの依頼を遂行しているのだ。そもそも依頼というのも形式に過ぎない。
 セスは腹をくくった。この二年間で培ったアルゴノートとしての実績を、すべて投げ捨てる覚悟を決めた。
 何の為か。決まっている。ただ一人シルキィの為に。

 血気盛んな大剣の男が、豪快な横薙ぎを繰り出した。鋭くも力強い一撃。セスに剣を抜く暇さえ与えないつもりのようだ。
 肩の辺りを狙ったその斬撃に対し、セスは半歩前に踏み込んだ。腰を落としたセスの頭上を大剣が掠める。同時に、真っすぐ放った拳が男の鳩尾を抉った。鈍い打撃音と、息の詰まった呻吟。男は大剣を振り抜いた勢いに引かれ転倒。泡を吹き、白目を剥いて気絶していた。
 アルゴノート達が騒めいた。上級者であるはずのB級が、徒手のC級に一撃で敗れた。その事実は、彼らの間に動揺を走らせる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

近すぎて見えない物

あんど もあ
ファンタジー
エルリック王子と一夜を共にした男爵令嬢。エルリックの婚約者シルビアが、優しく彼女に言った一言とは。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...