アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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決戦 2/4

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「虹……虹だと? そんなバカなことが」

 フェルメルトが唖然として、うわ言のように繰り返す。

「どうなっている。アシュテネに女児がいたという話は、聞いたことがない」

 明らかに混乱している。失われたはずの虹が現れたこと。それは彼にとってあまりにも衝撃的な出来事だった。
 ならば勝機は今。ティアは裂帛の気合と共に突撃する。

「貴様。その剣は、なんだ」

 警戒して数歩ばかり後ずさるフェルメルト。

「なぜラ・シエラのメイドが、アシュテネの虹を持つ」

 ティアは構わず前進する。疾風怒濤の連撃は難なく防がれ、けれど怯まない。相手に攻勢に転ずる隙を与えず、ティアはただ攻め続けた。持てる力と技の全てを出し切って、文字通り全力の、全身全霊の剣を見舞う。

「お嬢様を……返せぇっ!」

 もっと強く、もっと速く。限界を超えるのだ。全ては愛すべき主の為に。

「これが、アシュテネの虹だと?」

 ティアの剣はより鋭く、激しさを増していく。それでいて尚、圧倒的な地力の差は如何ともしがたい。ティアの連撃は、その悉くが迎撃されていた。

「ぬるい」

 フェルメルトの無造作な一撃。剣と剣とがぶつかり合い、あえなく力負けしたティアの体勢が崩れる。
 致命的な隙だ。息を呑む間もない。

「さらばだ」

 この瞬間、ティアの生殺与奪はフェルメルトの手中にあった。

「勇敢なメイドの剣士」

 刃が迫る。だがティアは決して目を閉じなかった。
 最後の意地。決意の発露。絶対なる不屈。必ず主を救い出すと誓ったのだ。
 強靭な心の力は、時に奇跡を起こす。
 だが哀しいことに、奇跡を頼むにはあまりにも敵が強すぎた。フェルメルトもまた、彼自身の使命に不退の誓いを立てていたが故に。
 奮戦虚しく、ティアはフェルメルトの凶刃に切り捨てられる。

 決して覆らぬ決着――そのはずだった。
 刃がティアを斬り裂く直前。夜天から飛来した紫電の槍が二人の間に突き立ち、石畳を爆散させた。強烈な衝撃に煽られ、両者とも別々の方向に吹き飛ばされる。
 ティアには何が起こったか理解できない。魔力の槍が自身を助けたことにも気付いていなかった。ただただ驚き惑うのみ。
 転倒したティアの耳に、蹄鉄の音が聞こえた。顔をあげると、通りの向こうから魔導馬を駆るセスの姿。後ろにはイライザが同乗し、紫色の魔力を引いていた。
 魔導馬は跳躍し、ティアの前に踊り出る。明滅する青白い魔力が、彼女の心に一筋の光明となって差し込んだ。

「流石だ、ティア。彼を相手によく持ちこたえた」

「セス様」

 傷だらけのセスを見て、ティアは上ずった声を漏らした。馬に乗っているのが不思議なほどの重症だ。

「そのお怪我は」

「なんともない」

 そんなわけあるはずもないのに、セスは事もなげに言ってみせた。浮かべた笑みには隠しきれない衰弱が滲んでいる。

「エーランドと手を組み、人質を取って帝国の動きを封じるなんて。恐れ入ったよ」

 表情を引き締めて、セスはフェルメルトと対峙した。

「わからないな。あなたは一体、何の為に戦っているんだ」

 その問いに、フェルメルトの眉間に深い皴が集まる。

「野良犬には理解できんことだ」

「そうかい。まぁ、そうだろうな」

 セスはティアを一瞥する。馬を下りたイライザとも目線を交わし、互いに頷き合った。

「剣を」

 セスが手を差し出すと、ティアは握っていた七色の剣を両手で支えて持ちあげた。

「セス様に、託します。どうか、お嬢様を救ってください」

 この剣を持つ資格はセスにこそある。自分でも不思議なことに、ティアはそう信じて疑わなかった。
 剣を受け取ったセスは刀身を検める。一振りすると、周囲で七色の煌めきが舞った。
 フエルメルトはセスの所作をじっと見据えていた。殊勝にも待ちに徹しているのは、虹の魔力を警戒してのことだろう。

「将軍。交渉の余地はあるかい?」

「……言ってみるがいい」

「俺達はお嬢さえ返してもらえれば他には何も望まない。これ以上、あなた達の邪魔をするつもりもない。エーランド再興でもなんでもやればいい」

 セスはこれ以上血を流したくはなかった。取引によってシルキィを引き渡してもらえるならば、それ以上の僥倖はない。

「どうだろう? お互い無駄な戦いは避けたいと思うんだけど」

「笑止」

 だが、フェルメルトは嘲笑をもって答えた。

「己の姿を見ろ。死にぞこないの野良犬が何を吠えようと、大空を舞う鷹には届かん。その程度の簡単な道理も理解できんか」

 彼の鎧にあしらわれた雄々しい鷹のシンボルが、灯りに照らされてきらりと光る。
 セスとて最初から上手くいくとは思っていなかった。ただ、フェルメルトならば受け入れてくれるかもしれないと、心のどこかで期待していた節はある。清廉潔白を体現し、騎士道の模範とされた彼を、セスは幼い頃より尊敬していたのだ。 

「仕方ないな」

 ティアとイライザに目配せをする。

「派手にいく。お嬢を頼むぞ」

 言うと同時に、セスは虹の剣を振りかざした。
 七色の光が唸りを上げて膨張し、眩い閃光を放つ。その魔力は、他の比類を許さぬ圧倒的なまでの密度を誇っていた。
 セスは、フェルメルトごと大聖堂の大扉を破壊するつもりだった。

「面白い」

 その意図を察したフェルメルトが、深緑の魔力によって武装した。鎧と剣の隅々にまで行き渡る魔力は、聖騎士団長の勇名に違わぬ精彩を湛えていた。
 今にも激突が起こらんとする緊張感。互いの視線が交錯する。
 一触即発の空気は、肌をちりちりと焼くようだ。
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