59 / 74
決戦 1/4
しおりを挟む
大聖堂に辿り着いたティアは、門前で待ち構える二人の男を見て顔を顰めた。
自身の行動を読まれていたことが、彼女に苛立ちをもたらす。
「来たか」
フェルメルト・ギルムートの声は、やはり地を震わせるように重々しい。
「あなたは、アルシーラの……」
「単身で乗り込んでくるとは、無謀にも程がある」
フェルメルトの着込む金彫りの鎧が、魔導照明の光を浴びて輝いている。かつて隆盛を誇ったアルシーラ聖騎士団。当時のままの雄姿だ。
「果たしてそうでしょうか」
ティアは剣を抜く。その切っ先を、フェルメルトに向けた。
フェルメルトは退屈そうな、しかし油断ない眼差しでティアの握る剣を一瞥する。
「メイドが剣を握るなど、片腹痛い。勝てると思っているのか?」
ティアはその問いに答えない。力が及ばないことは自身が最もよく解っている。切っ先をフェルメルトに向けたまま、声を絞り出す。
「お嬢様を返しなさい。さもなくば……どてっ腹を掻っ捌いて腸を引きずり出してやるぞ」
虚勢でも何でもいい。全身に滲む恐怖を塗り潰す。守るべき主の為に命を賭して戦う覚悟はできている。
フェルメルトの目が細まる。その目に何を見ているのか。ティアには解らない。
知ったことかと言わんばかりに、アーリマンが一歩を踏み出した。
「将軍。ここは私にお任せください。この者とは少なからず因縁がございまして」
「アーリマン!」
ティアの叫びは烈々とし、かつてない剣幕は義憤で満ちていた。
「恩知らずのゴミクズが。お前のような忘恩の輩は、犬畜生にも劣る!」
「うるさいな」
アーリマンが腰の剣を抜く。護拳を備えたサーベル。不敵な面持ちは自信の表れか。
「ははっ。せっかく拾った命を、ここで捨てていけよバカ女!」
言いながら、彼は一直線に駆け出した。喜色を浮かべ、思うままに剣を振るう。
ティアにとってはあまりにも拙い剣筋であった。剣戟を交わすまでもない。アーリマンの剣の鍔に切っ先を引っ掛けると、そのまま絡めとり、巻き上げる。彼の剣は頭上高く飛ばされ、くるくると回転した後に地面に突き立った。
フェルメルトの短い嘲笑。ティアの剣が、アーリマンの首筋に触れていた。
「大口を叩いておいてこの程度ですか?」
「ああ、いや……そうだね。参った」
軽薄な面持ちのまま、彼はお手上げとばかりに諸手を上げる。
「僕の負けだよ」
アーリマンから降参の意思を感じ取ったティアは、意識をフェルメルトへと移す。
それが失策だった。
突如として現れた魔力の波動。黒煙じみた魔力を纏ったアーリマンが、その手に生み出した不定形の大剣を振り下ろす。
咄嗟に剣で受けとめるも、魔力の余波はティアの全身を叩き、侍女服の所々を切り裂いて彼女を吹き飛ばした。受け身も叶わず向かいの建物に叩きつけられる。衝撃が肺の空気を一気に押し出した。
「おーおー。油断したねぇ」
明滅する視界の中で、ティアは地を踏み剣を構え直す。
「この……!」
「おっと、卑怯なんて言わないでくれよ。僕はビジネスマンだからね。これは知恵、いわゆる処世術ってやつさ」
迂闊であった。そもそもこの男に正々堂々を求める方が間違いだったのだ。
「勝負ありかな? まだ諦めてないって感じだけど。どのみちその剣じゃ、もう何も出来やしないだろ」
言われて、ティアは自分の握る剣を見る。先程受けた魔力の影響か、頑丈に鍛えられたはずの剣は無残にも朽ち果て、今にも砕けてしまいそうだった。
アーリマンの手に再び黒煙が生まれる。辛うじて剣の形を為す魔力の塊。彼はそれを容赦なく振り下ろした。
受ければ致命は免れない。しかし回避も間に合わない。
もはや、打つ手なし。
ならば諦めるのか。主を奪われたまま、足掻くこともせずに。
「まだ――」
そんな馬鹿な話があるものか。
ティアの脳裏に、シルキィとの過去が蘇る。幼い主の泣き顔、些細な喧嘩の思い出、自分の名を呼ぶ澄んだ声。花の咲き誇るような、輝かんばかりの笑顔。
ティアは背中の剣を取る。シルキィが大切に抱き、鞘から抜くことさえ許さなかったお守りの剣。
「――まだぁッ!」
アーリマンの一撃によって、剣を固定していた紐が綻んだのが幸いした。鞘に収まったまま迫る漆黒を受け止める。
これが並の剣であれば、魔力に侵食され破壊されていただろう。
ところが、ティアが握った剣はそうはならなかった。激突した剣と剣は眩い光を放ち、ひび割れた鞘の隙間から七色の光が閃く。
「なに? これはッ――」
その場にいる誰もが感じ取った。剣に宿る、異常なまでの魔力の奔流を。
魔力と魔力の衝突。その余波に晒された鞘が塵となって燃え尽きた。解放された刀身に走る紋章。そこから拡散した閃光が周囲を埋め尽くす。
「嘘だろッ! こんな――」
尋常でない圧力を受けたアーリマンが堪らず退くが、迸った虹の輝きは彼を逃さない。七色の光はさらにその勢いを増し、漆黒の魔力を呑み込んで消し飛ばした。
やがて光の爆発は収束し、虹は穏やかに、静謐なまでに剣を包むばかりとなった。鍔に埋め込まれた宝玉が一際強い七色を秘めている。
ティアの荒い息遣いだけがこの場の全てであった。アーリマンは大聖堂の壁に半身をめり込ませ、意識を失い、否、死んでいるかもしれなかった。
自身の行動を読まれていたことが、彼女に苛立ちをもたらす。
「来たか」
フェルメルト・ギルムートの声は、やはり地を震わせるように重々しい。
「あなたは、アルシーラの……」
「単身で乗り込んでくるとは、無謀にも程がある」
フェルメルトの着込む金彫りの鎧が、魔導照明の光を浴びて輝いている。かつて隆盛を誇ったアルシーラ聖騎士団。当時のままの雄姿だ。
「果たしてそうでしょうか」
ティアは剣を抜く。その切っ先を、フェルメルトに向けた。
フェルメルトは退屈そうな、しかし油断ない眼差しでティアの握る剣を一瞥する。
「メイドが剣を握るなど、片腹痛い。勝てると思っているのか?」
ティアはその問いに答えない。力が及ばないことは自身が最もよく解っている。切っ先をフェルメルトに向けたまま、声を絞り出す。
「お嬢様を返しなさい。さもなくば……どてっ腹を掻っ捌いて腸を引きずり出してやるぞ」
虚勢でも何でもいい。全身に滲む恐怖を塗り潰す。守るべき主の為に命を賭して戦う覚悟はできている。
フェルメルトの目が細まる。その目に何を見ているのか。ティアには解らない。
知ったことかと言わんばかりに、アーリマンが一歩を踏み出した。
「将軍。ここは私にお任せください。この者とは少なからず因縁がございまして」
「アーリマン!」
ティアの叫びは烈々とし、かつてない剣幕は義憤で満ちていた。
「恩知らずのゴミクズが。お前のような忘恩の輩は、犬畜生にも劣る!」
「うるさいな」
アーリマンが腰の剣を抜く。護拳を備えたサーベル。不敵な面持ちは自信の表れか。
「ははっ。せっかく拾った命を、ここで捨てていけよバカ女!」
言いながら、彼は一直線に駆け出した。喜色を浮かべ、思うままに剣を振るう。
ティアにとってはあまりにも拙い剣筋であった。剣戟を交わすまでもない。アーリマンの剣の鍔に切っ先を引っ掛けると、そのまま絡めとり、巻き上げる。彼の剣は頭上高く飛ばされ、くるくると回転した後に地面に突き立った。
フェルメルトの短い嘲笑。ティアの剣が、アーリマンの首筋に触れていた。
「大口を叩いておいてこの程度ですか?」
「ああ、いや……そうだね。参った」
軽薄な面持ちのまま、彼はお手上げとばかりに諸手を上げる。
「僕の負けだよ」
アーリマンから降参の意思を感じ取ったティアは、意識をフェルメルトへと移す。
それが失策だった。
突如として現れた魔力の波動。黒煙じみた魔力を纏ったアーリマンが、その手に生み出した不定形の大剣を振り下ろす。
咄嗟に剣で受けとめるも、魔力の余波はティアの全身を叩き、侍女服の所々を切り裂いて彼女を吹き飛ばした。受け身も叶わず向かいの建物に叩きつけられる。衝撃が肺の空気を一気に押し出した。
「おーおー。油断したねぇ」
明滅する視界の中で、ティアは地を踏み剣を構え直す。
「この……!」
「おっと、卑怯なんて言わないでくれよ。僕はビジネスマンだからね。これは知恵、いわゆる処世術ってやつさ」
迂闊であった。そもそもこの男に正々堂々を求める方が間違いだったのだ。
「勝負ありかな? まだ諦めてないって感じだけど。どのみちその剣じゃ、もう何も出来やしないだろ」
言われて、ティアは自分の握る剣を見る。先程受けた魔力の影響か、頑丈に鍛えられたはずの剣は無残にも朽ち果て、今にも砕けてしまいそうだった。
アーリマンの手に再び黒煙が生まれる。辛うじて剣の形を為す魔力の塊。彼はそれを容赦なく振り下ろした。
受ければ致命は免れない。しかし回避も間に合わない。
もはや、打つ手なし。
ならば諦めるのか。主を奪われたまま、足掻くこともせずに。
「まだ――」
そんな馬鹿な話があるものか。
ティアの脳裏に、シルキィとの過去が蘇る。幼い主の泣き顔、些細な喧嘩の思い出、自分の名を呼ぶ澄んだ声。花の咲き誇るような、輝かんばかりの笑顔。
ティアは背中の剣を取る。シルキィが大切に抱き、鞘から抜くことさえ許さなかったお守りの剣。
「――まだぁッ!」
アーリマンの一撃によって、剣を固定していた紐が綻んだのが幸いした。鞘に収まったまま迫る漆黒を受け止める。
これが並の剣であれば、魔力に侵食され破壊されていただろう。
ところが、ティアが握った剣はそうはならなかった。激突した剣と剣は眩い光を放ち、ひび割れた鞘の隙間から七色の光が閃く。
「なに? これはッ――」
その場にいる誰もが感じ取った。剣に宿る、異常なまでの魔力の奔流を。
魔力と魔力の衝突。その余波に晒された鞘が塵となって燃え尽きた。解放された刀身に走る紋章。そこから拡散した閃光が周囲を埋め尽くす。
「嘘だろッ! こんな――」
尋常でない圧力を受けたアーリマンが堪らず退くが、迸った虹の輝きは彼を逃さない。七色の光はさらにその勢いを増し、漆黒の魔力を呑み込んで消し飛ばした。
やがて光の爆発は収束し、虹は穏やかに、静謐なまでに剣を包むばかりとなった。鍔に埋め込まれた宝玉が一際強い七色を秘めている。
ティアの荒い息遣いだけがこの場の全てであった。アーリマンは大聖堂の壁に半身をめり込ませ、意識を失い、否、死んでいるかもしれなかった。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる