秋天のリユニオン

朝食ダンゴ

文字の大きさ
2 / 4

変わらぬ恋

しおりを挟む
 朱音。それが彼女の名前だ。

 優奈は親しげに俺を呼ぶ朱音を不審に思ったらしい。高校時代の友人だと説明しておいた。嘘は言っていない。ただ優奈は、朱音が美人だと言うことを理由にやきもちを焼いていた。
 店が混んでいたこともあり、朱音とは二言三言交わしただけだが、何を言ったかも憶えていない会話が、以前の五割増しも魅力的になった朱音が、ずっと頭から離れなかった。
 その日は夕方頃文化祭から引き上げた。優奈に気取られないようにしていたせいで、どっと疲れが押し寄せる。

「今日は楽しかったです。先輩といる日はいつも楽しいですけどね」

 周りに人がいるのを憚らず、優奈と軽い口づけを交し、

「それじゃ、また。帰ったらメールしますね」

 電車に乗り込む優奈を見送ってから、俺は携帯を取り出した。
 本来なら逆方向の電車に乗って帰るのだが、今日に限っては無視できない懸念事項がある。
 ディスプレイには、再会を久しく思い、今夜会えるかを尋ねる旨の文面が綴られていた。

 高校時代以来、久しくなかった朱音からのメール。連絡先を知らなかったわけではないが、なんとなく気まずくて連絡が取れなかった。一旦間が空いてしまうと、それからは気まずさが増す一方で、結局今日まで朱音の進学先さえ知らなかった始末だ。
 正直少し迷った。今の俺には優奈という恋人がいるわけで、たとえやましい事実が無いにしろかつての想い人と二人きりで会うのはいささか後ろ暗いものがある。
 挙句、俺は朱音の誘いを断ることができなかった。そりゃそうだ。たとえ誰かに浮気者と罵られようと、俺の心は朱音と会いたがっているのだから。優奈には黙っていればいい。旧友と久闊を叙するだけなのだ。報告する義理はないだろう。

 待ち合わせの時間と場所を尋ねる文面を送る。返信はすぐに来た。
 優奈に罪悪感を覚えながらも、俺の胸は期待で膨らんでいる。
 指定されたのは朱音の大学からほど近い駅前のバスターミナルだった。時刻は十九時。夕陽も完全に落ちて、俺はジャケットごしに多少の肌寒さを感じていた。三十分も前に到着した俺は手持無沙汰に携帯を弄りつつ、冷静さを取り戻そうと努める。なかなかどうして、収まってはくれなかったが。

 約束の時間を五分ほど過ぎた頃、俺の目の前で一台のバスが空気の抜ける音を鳴らして停車した。数人の降車客に混じり一際目立つ容姿の女性が見え、それを朱音だと理解するのに二拍ほどかかり、理解した途端に逃げ出したくなった。
 朱音は俺に気付くと、にっこりと笑みを浮かべた。それは優奈の儚げな微笑みとは違い、溢れんばかりの生命力を感じさせる。思わず引き寄せられてしまうような満面の笑顔だ。

「久しぶり」

 心地よい、張りのある透き通った声。

「ああ」

 長かった髪は肩のあたりで切りそろえられており、そのせいで印象が違う。すらっとした体躯に落ちついた色合いの服を纏った朱音は、記憶の中の彼女よりずっと大人っぽく見えた。ただ短いスカートを履いているのは昔と変わらない。

「髪、切ったんだな」

「最近ね。どう、似合う?」

 言うに及ばず、これ以上ないほど似合っている。

「まあまあかな」

 俺の口をついて出たのはそんな言葉。
 朱音は小さく笑うと、昔を懐かしむように俺を見る。

「そのぶっきらぼうな感じ、相変わらずね」

 朱音と違い、俺は大学生になって変わった自覚は無い。あるとすればほんの少し世間を知って、目算では解らない単位で身長は伸びただけ。
 お互い夕食がまだだったこともあり、「お酒、飲みいこっか」との朱音の提案で居酒屋に行くことになった。彼女は俺の手を取って歩き出す。約二年振りに触れた朱音の手は、以前と何も変わっていない。白くひんやりとした手のひらだった。

 ごめんな、優奈。
 俺やっぱり、まだこいつに惚れたままだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

男装の騎士に心を奪われる予定の婚約者がいる私の憂鬱

恋愛
私は10歳の時にファンタジー小説のライバル令嬢だと気付いた。 婚約者の王太子殿下は男装の騎士に心を奪われ私との婚約を解消する予定だ。 前世も辛い失恋経験のある私は自信が無いから王太子から逃げたい。 だって、二人のラブラブなんて想像するのも辛いもの。 私は今世も勉強を頑張ります。だって知識は裏切らないから。 傷付くのが怖くて臆病なヒロインが、傷付く前にヒーローを避けようと頑張る物語です。 王道ありがちストーリー。ご都合主義満載。 ハッピーエンドは確実です。 ※ヒーローはヒロインを振り向かせようと一生懸命なのですが、悲しいことに避けられてしまいます。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...