秋天のリユニオン

朝食ダンゴ

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再会

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 大学生になって二回目の秋を迎えた今でも、高校時代のことはよく思い出す。それが大学生全体に言えることなのか、俺がマイノリティなのかは解らない。だがおそらく後者だろうと、大体の予想はつく。華やかな大学生活に比べて、高校生時代の日常がいかに退屈であったことか。大学生の現在いまが楽しいせいで、ほんの一両年前のことすら思い出そうともしないだろう。俺自身、優雅なキャンパスライフを満喫していることは否定しない。

 それでも、何の前触れもなく、ふとした拍子に思い出すことがある。軒並みつまらなかった高校時代の記憶の中で、ただ一つだけ決して忘れられない。それどころか、頭蓋骨の裏に写真でも張り付けているのではないかと思うほどに、それは常に俺の記憶に住みついている。

 俺が想いを寄せていた少女の笑顔。
 黒いシルクを思わせる長い髪を揺らし、快活なステップを踏む少女は、朝日よりも眩しく破顔する。人間の記憶は美化されるというが、俺の中の彼女に限ってそれはない。これ以上美化のしようもないほど、彼女は美しかった。
 笑顔が浮かんでくると、連鎖反応のように次々と記憶の波が押し寄せる。力強くありながら透き通るような声。意外と華奢な体つきと、そこからは思いもよらない力で俺を引っ張る白い腕。そして彼女だけの呼び名で俺を呼ぶのだ。
「こーちゃん」と。

 初恋だった。
 だからだろうか。伝えたい想いを、そのたった一言を口にすることができなかった。俺は臆病だ。怖かった。恐れていたのだ。彼女との関係が変わってしまう、あるいは終わってしまうことを。
 気が付けば俺達は卒業して、別々の大学で違う道を歩んでいる。
 俺が忘れられないのは何故だろう。未練か後悔か。それとも、綺麗な思い出だからなのか。
 女々しいのは重々承知の上だ。それでも彼女が打ちこんだ楔は、変わらず俺の胸を痛ませている。
 大学で恋人をつくり、新しい恋が愛に変わった今でも。
 俺の初恋は、まだ終わっていない。



 柄にもなく呆けていた俺は、優奈の視線に気付いてつい微笑んだ。
 しつこく居座っていた残暑の姿もそろそろ見えなくなってきたのだが、日中の体感温度はそれなりに高く、俺は羽織っていた厚手のジャケットを脱ぐ。

「なに?」

 俺が尋ねると、優奈は幼さの残る微笑みで首を振る。

「先輩のぼーっとしてる顔見てただけです」

 まるで至福と言わんばかりに俺に寄り掛かる。一つ年下の恋人の、茶色がかったセミロングウェーブがくすぐったい。
 俺は気恥かしさを誤魔化すように、オレンジジュースのストローに口をつけた。
 ベンチから見る風景はこれぞ文化祭という感じで、雑踏と喧騒から人々の興奮が伝わってくる。キャンパスのいたるところに露店が並び、時に怪しげな衣装の客寄せが自作の看板を掲げて練り歩いている。一歩建物の中に踏み入れば、文化を嗜む学生達が催しを行い、慌ただしく動き回る者もちらほら。
 通勤時の駅構内のような込み具合に、優奈は少し疲労気味である。昼時にベンチを確保できたのはほとんど僥倖だ。

「噂以上の賑やかさですね」

 俺は頷く。他大学の文化祭を訪れるのは初めてではないが、ここまで大規模なものは見たことがない。食べ物やイベントの数も種類も比較にならないほど多い。しかし人というのは不思議なもので、選択肢が多すぎるとかえって選択の幅が狭まるのだ。珍しいものが多いせいで、ついいつもと同じようなものを食べたり飲んだりしてしまう。

「せっかく来たのに、楽しみきれてない気がするよ」

「えーそうですか? 私は先輩と一緒にいるだけで舞い上がっちゃいます」

「言うねぇ」

 恥ずかしげもない真っ直ぐな愛情表現に、俺は内心どぎまぎさせられる。不意をつかれたわけでもないのに。こういうのは慣れないものだ。
 ケチャップまみれのホットドッグを齧りながら、優奈は俺が開いたパンフレットを覗く。

「次どこ行きます」

「そうだなぁ」と呟いて目を通すが、如何せん雑然としたレイアウトの紙面では情報の取捨選択が難しい。分厚いだけの役立たずなパンフレットを優奈に渡し、俺は周囲を見渡す。
 年齢問わずカップルがよく目につく。女性グループの楽しそうな声がそこかしこから聞こえ、あるところでは彼女らに声をかける男達も見かけた。

「先輩、これなんてどうですか」

 優奈の声に視線を戻す。彼女が指していたのは、クレープとかパフェとか、とにかく甘い食べ物の単語を適当に並べてくっつけたような長い名前だった。

「ほんと甘いものが好きだな」

「もちろんですよ。ただでさえ世知辛い世の中なんですから、日頃甘いものがないとやっていけません」

 どういう理屈だ。
 俺は優奈に手を引かれ、目当ての露店に向かう。優奈の背は俺より頭一つも小さい。前にいても前方の様子は見える。人混みを縫うように進んでいるうち、優奈があっと声を漏らした。

「あれですよ。結構並んでますね」

 優奈の人差し指の先に見えるテントには、確かに十数人の客が列を作っている。しかし、どこのテントも同じようなものだろう。そう思った矢先、列は次々長くなっていく。

「先輩、早くいきましょう!」

 小走りで手を引かれ、俺はたたらを踏みながらも優奈の後を追う。
 一瞬、視界が真っ白に光る。頭の中でスパークが迸り、周囲の喧騒から切り離され、ただ優奈の姿だけが鮮明に浮き上がる。
 いや、違う。
 艶やかな長い黒髪は、優奈のものではない。俺の母校の制服を、優奈は着ない。優奈はこんなに背が高くない。
 いま俺の手を引いているのは優奈ではなかった。
 再び目の前がホワイトアウトしたかと思うと、俺はいつの間にか列に並んでいた。騒がしい雑音が耳に入り、行きかう人々が網膜に映る。隣では瞳に期待を湛えた優奈が俺の手を握っている。
 こめかみを押さえる。まただ。また彼女が見えた。似ても似つかぬ優奈と重なって。
 ダメな男だな俺は。昔の恋を引きずって、囚われて。それを優奈に隠したままで。

「先輩、次ですよ」

「ああ」

 忘れようとは思っている。このままでは優奈にも失礼だし、俺の心は摩耗する一方だろう。だが、どうすればいい。どうすれば忘れられる? もしかすれば、彼女の楔は徐々に外れかけているのかもしれない。俺の知らぬうちに、時の流れが解決してくれるのかもしれない。

「いらっしゃい!」

 その元気な声に、俺は我を忘れた。財布を出すことすらできずに。
 運命ってやつはいつもそうだ。むかつくほど粋で、笑ってしまうほどお節介焼きで、どうしようもない皮肉屋だ。

「二つお願いします」

「はいよ!」

 優奈からお金を受け取った店員が、ぴくりと肩を振るわせる。その視線は俺へと向けられており、次に優奈に、再び俺に戻る。
 俺はというと、まるでパラフィンで固められたみたいに身じろぎひとつできなかった。ただ心臓だけが、引き裂けんばかりに脈動している。

「こーちゃん?」

 ああ。どうしてだ。
 何故だ。どうしてここで、お前は俺の前に現れる。
 何の因果で。
 どうして、今なんだ。
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